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眼前に広がる滝――いや、それを果たして滝と言ってもよいものか?

明らかに人ならざる超常の現象によって作られたそれは虚空へと続く滝。
その深さは計り知れず、地獄の底へ繋がっていると錯覚させるほどの堀に生じた裂け目である。
そんな水面に生じた断層が、かの賢人モーゼが渡り終えた後の十戒の海のようにゆっくりと閉じていく。
それを見据えて……いや、実際には見据える余裕もなかったのだが―――

「、  、  、 ………ふ……」

彼女、高町なのははその場でゆっくりと息を吐き
まるで長距離マラソンを走り終えたランナーのようにガクリと膝をつく。

<master! Are you all right?>

「大丈夫、と……言いたいところだけど…」

デバイスに精一杯の強がりを言うが余裕が無いのは明らかだ。
自分の呼吸の音が感じ取れない。息を吸っているのか吐いているのかすら分からない。
点滅する視界に、キーンと鼓膜の奥からの耳鳴りが止まらない。
体の至るところから鳴らされる警報は、限界突破モードの安全弁を開けてしまった事の証。

白き衣を纏った空戦魔道士の後ろには、4門のビットによって形成された投網が――
否、それは術者自身の意思によって自在に変化し、既に巨大な魔力の水槽と化している。
そしてその中で今宵、彼女と争った相手――英雄王ギルガメッシュが落とし込む筈だった戦利品。
堀の中の全ての魚が悠々と泳いでいる。
これ以上ないほどの大逆転劇のうちに彼らの勝負は幕を閉じた。
後ろのソレが、軍配がどちらに上がったのかを如実に現している。

なのはのその細い肩は大きく上下していて、ヒュー、ヒュー、と
喘息のような呼吸を喉から漏らす。
地面に滴り落ちる大量の汗はまるでサウナに入った後のようだ。
自身の杖にすがり付く様に、立つのがやっとの姿を晒している彼女。
その朦朧とする意識の中で事の顛末を―――ただ静かに肌で感じていた。

他ならぬ自分の勝利が決まった瞬間を―――
この馬鹿馬鹿しい遊興の終わりの光景を―――

終わってみれば――やはりそれは単なる遊びに過ぎなくて
悪餓鬼同士の砂玉のぶつけ合いや陣取り合戦と何ら変わらない。
つくづく大人げないやり取りだったと認めざるを得なかった。
子供は大人になるにつれ、分別を持ち、代わりに心身の鮮度は反比例するかのように殺がれていく。
新鮮な驚きに出会う機会はどんどん減り、全ての事に全力で当たる事が難しくなっていく。
それはとてもとても悲しい事で――心はいつも少年少女で居続けたいと思うのは
きっと全ての人間が持っている願いであろう。

―― リリカル ―― マジカル ――

彼女が一つの出会いを果たし、初めて口にしたそれは魔法のコトバ。
情熱的で不思議な出会いをいつまでも忘れないで――
そんな幼少の彼女なりの願いが、そのコトバには込められていたのだろう。
しかしながら―――

「だけど………あはは…
 これはちょっとやり過ぎたと思う……我ながら」

やっぱ物事には限度というものがあるという事か。
ゼイゼイと深呼吸もままならない真っ青な顔で彼女ははっちゃけ過ぎた自分に対する苦笑が止まらない。

「うん……間違いなくやり過ぎた。」

正味な話、人がとことんリリカルになった時、遊びと真剣勝負の境界などはあっさり崩れ去る。
いつの間にやら命をかけた大勝負になっていたりする。 故にこの世は実に恐ろしい。

まあ――今回は相手が相手だけにしょうがないと言えばしょうがないのだが。
誰だって負けたくない相手はいる。 引くに引けない相手がいる。
高町なのはにとって本日相対した男はまさにそれ。
たとえ遊びでも絶対に屈したくない部類の敵であったのだから。

彼――英雄王ギルガメッシュはいずれぶつからねばならない相手。
故に彼女は寝ても覚めてもギルガメッシュ攻略法なんかを考え続けてきた。
この一途な想いは、その強さだけを見て強烈な恋心などと比べても遜色の無いものだ。
脳内でシミュレーションを立て、その度に串刺しにされる自分を見て悔しさに身を焦がれ
そんな思いを幾晩幾日と過ごしてきたのだ。

余談であるが―――
常に最悪の事態を想定し、一切の妥協を許さない高町なのは。
彼女のイメージトレーニングにおいて、英雄王特有の「油断」や「慢心」を考慮に入れた事は無い。
そんなものにつけ込むのは不確定すぎるし、それで勝ったとしても運任せと同じでとても攻略法とは呼べない。
だから彼女はいつだって―――男の「最大戦力」を想定してシミュレーションを立てていた。
アンノウンのステータスを最大に設定していたのだから、彼女の目に
このサーヴァントがどれだけ巨大に写っていたか想像に難くない。
そりゃボコボコにされるだろう。聞けば聞くほど彼女らしいというか、無理も無い話である。

教導官、高町なのはが対ギルガメッシュ戦に望むに辺り立てた戦術の一つとして
兎にも角にもまずはエアを――あの最強宝具を抜かせるという戦案があった。
本来ならばあれを抜かせたら終わりというのが真っ当な見解だ。
そのような切り札をあえて抜かせるというのは一見、矛盾している理論なのかも知れない。
だが彼女のスタイルは昔から相手の切り札を凌ぎ切り、引っくり返して勝利をもぎ取るのが動かぬセオリー。
未だ全貌は五里霧中なれど、結果的にそれが最も勝率の高い戦術と直感で判断し
結論付けた彼女の決断は故に英断と言えよう。
そして今回、期せずしてフェイトからの贈り物――
栄養剤に含まれたヘビの因子が偶然、その状況を作り上げてしまった。
天敵の要素を取り入れた事によって、否応無しに王は慄き猛り
危機感から乖離剣(性格には竿)を取り出してしまったのだ。

「ちょっと出来過ぎ……」

ぼそっと紡いだ一言に彼女の今回の戦いの感想の全てが集約されている。
まったく偉そうな事を言っておいて、これでは運任せと代わらないではないか。
神がかり的な展開に助けれての勝利はきっと女神様がこちらに全額PETでもしてくれていたに違いない
だが、もし本物の戦いだったらこうはいくまい。
後のためにデバイスに記録していた今日の勝利データは――故に「本番」では微塵の役にも立たないだろう。

「はは……」

知らず苦笑いが漏れてしまう。こんな所で運を使い果たしていいのだろうか?
出来れば今回のようなのは「本番」まで持ち越しておきたかった幸運だ。
少し勿体無かったと言わざるを得ないが……運というのは取捨選択できないから運なのであって――
乾いた笑いしか出ない己が表情に溜息を付きつつ、今回はこの幸運と勝利を遠慮なく拾わせて貰おう。

<!!  Master!!!>

「っ!!!?」

そう思い立って体を起こそうとした高町なのはの後方から突如の異変――
空を切り裂く白刃――もしソレが「その気」なら自分は絶命していたかも知れない。

今まさに高町なのはの首の皮一枚のところに突きつけられた凶悪な刃によって――


epirogue ―――

彼女の右後ろ―――
満身創痍の魔導士を見下ろすようにソレは立っていた。

これほどの憤怒の塊。これほどの怨嗟の念に。
辛うじて反応出来たのはエースオブエースならではと言わざるを得ない。
鬼相とも言うべき歪んだ形相を灯し、手に禍々しい断頭の鎌を称えたモノ―――

「………、―――」

蔵から取り出されたる宝具はハルペイの鎌。
その切っ先が勝者である高町なのはの喉元に突きつけられ
なのはは寸での所で、魔力シールドにて凶刃を阻んだのだ。

彼――英雄王ギルガメッシュがなのはの眼前に再び立ちはだかる。

王の戦利品を投網で掻っ攫っていった女。
王の所業に相応しい力を以って戦った自分に対し、その威容に一欠の敬意も払わず
横合いから手を刺し込み、一切合財をぶっこ抜いて行った女。
王の力の間隙を縫った姑息な狙い撃ちによってこの戦いは既に決着を見ているが――
当然、それを男が納得するかはどうかなど誰にも知る由も無い。

「――――、」

彼女の喉に突きつけられた冷たい感触。
その妖気を伴った紫紺の金属は多くのニンゲンの魂を無造作に刈ってきたのだろう。
刃には障壁越しにさえ、犠牲者の絶望と怨嗟の魂がこびりついているかのようだった。

「髪型、変えたんだ…」

ゾッと背筋の凍るような冷気に晒されながら、それでも普通に言葉を返すなのは。
―――ビキビキ、、と男のこめかみの辺りから異音が、比喩ではなく本当に歪な音が響く。
どうやら地雷、踏んだらしい。それもそうである。
先ほどまでは綺麗にセットされ、天にそそり立つ様に撫で付けられた彼の髪は
彼女の指摘通りに前髪ごと、ざんばらに降ろされている状態だった。
これは言うまでもなく急遽、思い立ったイメチェンなどによるものではなく
機先を制してカマされたあの濁流のような砲撃に巻き込まれてのものに他ならない。

(完全に怒らせちゃったかな…)

本気でここで戦う事になるかも知れない――宝具の切っ先を向けられながらに思う彼女。
目は凛と一直線に英雄王の双眼を見据え
その爆弾オチのような姿の男に背筋を伸ばして対峙する。
威風堂々とはこの事。後にどんな暴力を振るわれようと勝負の結果は引っくり返らない。
サイの目の結果は塗り替えることは出来ないのだ。何人たりとも。

それでもやれるものならやってみて――と
それを貴方が、英雄王の名に恥じぬ行いと思うなら――と
エースオブエースは爛々とした眼光を男に向け続けた。

「――――ク、、」

すると怒りに染まった男の表情が奇妙に歪み、辛うじて冷笑を称えたいつもの相貌に戻っていく。
あるいは、なのはには分かっていたのかも知れない。
その刃が決して本気で振り下ろされる事は無いという事を。
彼とて英霊。重々に承知していよう。
そんな事をしても恥の上塗りになるだけなのだという事を―――

「認めよう。確かに今、この場では貴様が上回った。」

そう、認めるしかないのだ。
正々堂々と王を打ち破った、この若い女の勇姿を。
死神の鎌を引いた男の口から出た言葉が今ようやっと――
真なる意味での戦いの終了を告げたのだった。


――――――

(……………)

緊張に緊張を重ねていた肉体が、精神が今、本当の意味で脱力し弛緩する。
大きな溜息をついてその防壁を解除し、ゆっくりと男に向き直るエースオブエース。
人目がなければその場で、地面に大の字に倒れこんでいたかも知れない。

「そんな事……」

ないよ、と――
いつもなら謙遜の言葉を返すなのはであったのだが
今回は嬉しさと達成感が勝ってそれどころではない。
この英雄王自身の口からはっきりと「お前の勝ちだ」と言わせたのだ。
それは登山者が国一番の高度を誇る山を登りきった時に感じるカタルシスにも似ていて――

(…………ん)

左手をぎゅっと握り締め―――やった…という感情で満たされる彼女の心内。
自分は勝ったのだ。あの英雄王ギルガメッシュに!

夕焼けは戦士の頬を優しく照らし、栗色の髪が風にたなびいている。
既に顔を出している星が。月が。場に煌々と冴え渡り――
この素晴らしい勝負に祝福の光を落とすだろう。

「あ……」

満たされていく感情を抑えきれず、彼女の目に涙が浮かぶ。
その声は昂ぶる気持ちで少し震えてた。


   ありがとう――ございました


感謝と、互いの健闘を称えて、その言葉を紡ごう。
例え次に会った時は血に塗れた殺し合いをする仲だったとしても―――
今だけは尊敬するライバル……英霊の中の英霊として
生涯をかけて目指す事になるだろう、黄金の雄姿に対して。


「――――さて、次だ。」

……………………


そんな感動と友情の篭ったラストシーンは―――

あとはスタッフロールが流れてハッピーエンドの筈だった………


なのに、その一切合財を―――

絶対零度の冷気を伴った一言が―――


――― 全てぶち壊した ―――


……………………

「………………は?」

はにかんだ笑顔がピシっと凍りついた表情のままに――
間の抜けた声が魔導士の口から漏れる。

感涙に濡れた瞳は今、完全に瞳孔が開ききり
高速回転する思考はそれでも相手の真意を全く汲み取れず
今なら握手なんかしてくれるかな…などと、おずおずと手を差し出した姿勢のまま――
彫像のように固まるなのはさん。

「―――どうした? よもやこれで終わりというわけではあるまい?
 ここまで我を煩わせたのだ。最後の意地を見せてみよ。」

事ここに至って「引き続き、我に挑んで来いヌハハ!」みたいな事を言ってくる。
相変わらず高圧的に、見下すように――
おかしい……何だろう……会話が全然、噛み合わない。
何か根本的な部分がずれている気がする。

「あ、あの………あの、さ。」

出した手を所在無くニギニギさせながら乾いた声で問う高町なのは。

「許す。申せ」

「私の、勝ち……だよね?」

「そうだ。忌々しいが認めよう。
 確かに今回の邂逅では我を貴様が上回った――――この場ではな」

快晴のような雰囲気だった場に
感動のラストシーンの筈だった場に
何やら怪しい雲行きが立ち込める。
猛烈にやな予感がする――

「何を呆けている? 喜べよ雑種。この我が<一回戦>は譲ると言ったのだ。
 常に完全・完封による勝利こそが我が紡ぐ闘争の結果であり、それ以外を認めるは屈辱の極みなれど――
 英雄王に食い下がったその健闘を一応は称えてやるというのだ。これ以上の栄誉はあるまい?」

「…………」

「それとも貴様、まさかこれで終わりだなどと思ってはいまいな?
 この我が治むる強大な領土の端の、端の、僻地を切り取った程度で我に勝利したと?
 ハッ! これは笑止千万!! まさかそこまでお目出度い思考を晒すつもりではあるまいなッ!?」

盛大に手を広げて何か言ってる王様。 その彼の指し示す眼前には――

「周囲を見てみよ! 未だ手付かずの堀がそら、そこにも、あそこにも、残っているではないか!!!」

「………」

感動と喜色を称えていたなのはの表情には、もはや健闘を称え合うとか――
次に会う時もこんな出会いであればいいなどという爽やかな気持ちなど、とうに霧散していた。

「矮小な雑種よ。教えてやろう。 
 王の敗北とはすなわち己が所持する全ての領土を蹂躙される事にある。
 ちなみに我の所持する釣り場は出張店舗も含めてあと108場はある
 貴様が我を打破するにはつまりはあと108回、我を上回らね、―――」

「もう営業終了してるよ。 制限時間はどうするの…?」

「――――営業時間延長だ。ナイター施設もあるので問題はない。」

「…………」

曲がりなりにも平静を装っていた彼女。
どんな時も冷静沈着、同様の兆しを一切見せなかった不動のエース。
そんな高町なのはの肩が、ついには小刻みに……プルプルと震え出し――


「ズ、ズ、………ズルいっっっっっっっっ!!!」

「フハハハハ―――はーーーーっはっはっはっはっは!!!」

「卑怯者!!  卑怯者っ!!!!!」

最後には耐えかねたように真っ赤になって批難の声を上げるなのはさん。
それを掻き消す王の高笑いがいつまでも場に響いていた。

いつまでも――
いつまでも――


――――――

<M...Master...>

「ううう………う~~~~~!!」

猫のように獰猛に、しかしどこかに愛着を感じさせるような
そんな唸り声を上げるなのはさん。

分かっていた事だが――
やはり聖杯戦争を殺しあうサーヴァントにスポーツマンシップなどあるわけもない。
亀の甲より年の功。
常に保険をかけておくのが賢いオトナのやり口だ。
化かし合いでは、やはり年若い女魔導士よりも、人生の甘いも辛いも味わってきた英霊諸処に一日の長あり。
世の全てを支配した元祖・王様は―――実に汚かった。
断言できるが古今にはこびる悪徳政治家たちの元祖もきっとコイツだろう。マジで。

「いいよもう……とことん付き合う。
 レイジングハート。やるよ……」

ゆらり――と体を起こし
王と再び相対する高町なのは。
本日最大の怒りのオーラを身に纏った彼女の風格はもはやラスボス以外の何物にも見えなかったりする。

完全に一本取られた彼女であるがならばなおの事――これで終わりになどするものか!

不屈の名は伊達ではない。 小賢しい大人の策略でお株を奪われたのならば
こちらはあくまで若さと勢いで正道を貫くまでだ。
現代の仕事に生きるキャリアウーマンのバイタリティを舐めるなってもんである!

<But Master...Your energy is already...>

「やるよ。」

<Y、Yes>

その殺気に長年付き従った紅玉の杖すら口を挟めない。
打ち止めとなった堀を後にし、向かい側の釣堀に並んで向かう覇王と魔王。
不遜な佇まいを崩さぬ男と、目に爛々とした光を称えた女がのっしのしと歩を進める。

「「さあ、次だ (よ)」」

詰まるところ、二人の戦いはエンドレス何たら――
周りがもうやめてくれと頼むまで続けられる類の――
つまりは行くとこまで行くしかないという感じのモノであり……

新たに持ち替えた竿を蹂躙の爪牙に変えて、王と魔導士が次なる狩場にまかり通る。

―――時刻は17:15分

残りの獲物を喰い尽くすには―――十分過ぎる。

夜桜に彩られた帳の中――

祭はまだまだ終わらない。


――――――

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