omake 3 ―――

――― prologue

――休日

ビームと閃光飛び交う苛烈な余暇を過ごす者もいれば何も起こらない他愛の無い一日を送る者もいる。
休日の過ごし方は人によって様々だ。
今回は前者とは打って変わるような、ゆるーい休日を過ごした者のお話である。


――――――

降って湧いたような休日というのはその実、消化に困るもの。
普段、休みなどとは無縁の環境にいる者には尚更その傾向が強い。
彼の場合もそう―――

主の命があるまでひたすら待機し、不定期に担ぎ出されて使役される。
そんな生活に長い事、従事していた身の上に対し「今日一日は好きに使って良い」などと
臨時休暇を出されても正直、どうして良いか分からない。

もっとも最近では世間もだいぶサーヴァントに優しい世の中になっているようだ。
暇な日は一日、家でゴロ寝してる者。バイトに出かける者。夫婦で旅行などをする者。
そもそも年がら年中、休暇みたいな者など様々だ。
わざわざ呼び出した英霊に一日ヒマをくれてやるほど我が陣営は持て余しているかと正直心配になる。
不景気だリストラだと騒がれるご時世――そんなに仕事が不足してるのかと現世にいらん心配をしてみたりもする。
まあ、貰えるものは遠慮なく貰うのが彼の流儀だ。
ゆっくりして来いと言うならそうするまでの事。

天気も良い。良い風も吹いている。
こういう時はアレだ……アレしかないだろう。
男の順応力は半端ではない。
どんな世界に呼ばれようとその状況下でつつがなくやっていくだけの柔軟性が彼にはあった。
花屋のバイトに喫茶店。ぬいぐるみの売り子。彼は何だって器用にこなす。
ケルトの英雄はその汎用性こそが真髄である。

そうして貯めた預金を惜しげもなくつぎ込んだ道具一式―――
それを肩から背負い、チラシ片手に久方ぶりに遠出しようと思い立つ。
本来ならば近場に良いスポットがいくつかあったのだが
そこはもう赤と金のハゲタカに食い荒らされて見る影も無い。
楽園を荒らされた傷心の傷は未だ男の胸を痛く締め付ける。
だが荒らされたならば新たなオアシスを探せばよい。 人生は常に前向きに歩く者を祝福する。

あのバカ二人もまさか―――県を跨いだ場末の餌場にまで足を伸ばす事などは無いだろう。

そんなこんなで意気揚々と鼻歌交じりで歩く彼。
お日様はぽかぽかと降り注ぎ、今日が良い一日になる事は疑いようもない。
そんな燦々たる道中を足取りも軽く進む君―――

―――だけど君よ……忘れていないか? 

己が身を苛む運命というものを…

世界はいつだってこんな筈じゃない事ばかり、というが
しかし第三者視点から見ると案外お約束通りに進むものだ。
どう逆立ちしても抗えない事象というものは確かに存在していて
むしろ君の数値の内に潸然と輝く「幸運E」が――

君に心地よい休暇などをプレゼントすると本気で考えているのかね―――


燦々と照りつける太陽は目的地に近づくにつれて陰りを見せ
まるで男を哀れむかのようなシトシト雨を頭上に降らす。
大英霊が直々にはるばる馳せ参じた新天地。
チラシに記された住所の前に今降り立った――そんな彼の眼前には
どう見ても………寒風吹き荒ぶ廃墟にしか見えない空き地が広がっているのみである…

土壌を風が撫でる度に削れたアスファルトから発する砂埃が舞い上がり
景色を荒んだ黄土色に染め上げる。
そこは既に「祭という名の嵐」が通り過ぎた跡。

内戦の被爆地よろしく、削られ、抉られ、
その情観からは元の楽園を想像する事など到底出来ない。
そんな悲壮な光景を前に―――

男の肩からずるずる、と最新式の釣り師道具一式がずり落ちていくのであった。


――――――

――― AM10:00 Lancer meet Irongirl

「なあ―――」

乾いた男の声が場に響く。

「俺って呪われてんのかな…?」

「さあな。日頃の行いじゃねえの?」

「いや俺、一応、後世には真っ当な英霊で通ってるんだが……」

楽園を追放された英雄が求めた新たなオアシスは既に枯れ果てていた―――

閑古鳥も鳴かないあばら屋と化したその廃墟。
それがかつてご近所さんにもウケの良かった釣堀屋であると誰が予想できようか?

呆然と世を儚むかのような独り言にしか聞こえない彼の呟きには
しかし今、返答を返すものが存在した。

「ん」

「おお……悪いな嬢ちゃん。」

そう、隣には彼が「嬢ちゃん」と呼んだ者がおり
氷菓子――両手に山ほど抱えた「ガリガリくん」をほいっと男に手渡す。

彼よりも二廻りは小さい少女だった。
赤い三つ編みのお下げを可愛く両脇で垂らし
歪な表情をしたウサギ柄のTシャツを着た健康的な美少女。
彼女はヴォルケンリッター鉄槌の騎士ヴィータ。
休日を満喫しようと遠出したサーヴァントランサーとここでばったり鉢合わせしていたのだった。

優等生の身内がしでかしたまさかの大暴走。
その後始末に赴いた地で宿敵とのまさかのエンカウント。
当然、その小さな体に走った戦慄は計り知れないものだろう。

(サ、サーヴァントだと……しかもあの野郎ッ!)

とっぽいアロハシャツを着込んではいるがあの顔は見間違いようが無い。
聖杯戦争のサーヴァントの中でも危険度S、遭遇率Sランクの魔槍使いだ。
戦慄と共に感じるのは血が沸騰するような戦意の高揚。
速攻であのどてっ腹を砕き散らしてやろうと身構えるヴィータ。
だったのだが―――

四肢を地面に付き――おいおいと涙を流して――
絶望に暮れる男の背中はあまりにも惨めで小さくて……
見れば見るほど、それはまるで捨て犬の濡れ細った背中だった。
以前に会った時とはあまりにも違うその様相に
自慢のアームド・デバイスを振り上げた状態で目を白黒させるヴィータである。

(さ、さすがのアタシもコレには打ち込めねぇ……)

死人に鞭打つ趣味でもなければ―――これは無理だ。

所在無くウロウロする少女を背にしながら――男のすすり泣きは今暫く続く。


――――――

――― PM00:00 GARIGARI KUN

廃墟の一角――

かつては人気の釣堀場。
その休憩所の名残を残した区画のベンチに隣り合わせで座り
氷菓子をバリバリと食うアロハシャツの男と幼い少女。

「美味えな、これ。」

「だろ?」

傍から見ると怪しげなバイヤーが幼女をかどわかしたか。それとも援助交際の類か。
それはどう見てもお巡りさんに即、逮捕されてもおかしくない光景なのだが――
生憎こんな僻地に好んで近づく物好きはいないようで
春の木漏れ日の中で二人の氷をガリガリかじる音だけが場を彩っている。

「なぁ……」

そんな中、未だ目に涙の跡を残す男におずおずと声をかけるヴィータ。

「アンタ、一応名前と目的を教えてくれるか?
 こっちも遊びで来たんじゃねーんだ。」

偶然とはいえ出会った以上、最低でも職務質問くらいはしておかないとカッコがつかない。

「人に物を尋ねる時は自分から名乗るのが礼儀だぜ? お嬢ちゃん」

「嬢ちゃんじゃねえ! 時空管理局所属ヴィータ三等空尉!
 こっちは鉄の伯爵グラーフアイゼンだ!」

<Guten Tag>

「俺は―――ランサー。そんでもってこっちは………
 コンニチワ。 ボクハ ノロイ ノ マソウ。 ナマエ は ナイショ♪」

「おい、ふざけんなっ! それは名前じゃ無いだろ!
 お前がランサーだって事くらいは知ってんだよっ!!」

「サーヴァントが易々と真名を名乗るわけねえだろ? ……ったく巧みな誘導尋問だぜ。」

「じゃ後半のは何だっ!?」

「最新式に対するささやかな抵抗ってやつだ。
 最近の宝具はどいつもこいつもペラペラ人語を解しやがっていい加減立つ瀬がねえ。」

性能ではまだまだ遅れを取るとは思えないが宝具も所詮は古代の兵器。
そういった利便性ではもはや敵わない。
兵器もアナログからデジタルに移行せねばならない時代なのである。

「お前、何か色々と間違ってないか……?」

呆れ顔で溜息をつくヴィータ。
どこまでも毒気を抜かれる会話であった――


――――――

「ところでさっきの話だけどよ。」

「さっき? 何だっけか……」

「呪いがどうとかって話。古代ベルカにはこういうコトワザがあんだよ……」

ごつい鉄槌を抱えながらアイスをペロペロ舐めている少女の口から――

「―― 主役を不意打ちする奴はロクな目に合わねえ ――」

―――厳かに語られた言葉がこれである。

しかめっ面で頭をボリボリと掻くアイルランドの大英雄。
全身が痒くなるほどに、とにかく凄い説得力の言葉であるような、ないような……

「心当たりは?」

「――――さあな…」

明後日の方向を向いて気の無い返事をするランサーさん。

―――取りあえず、思い当たる節があったりもするのだが

(そうか――――あの小僧、主役だったのか…)

そんな男の渋い表情を下から見下ろすように覗き込む少女である。

「言っておくが迷信じゃねえぞ? アタシも昔、酷い目にあったんだ。
 自覚があるなら早いトコ厄払いしないと……………死ぬぞ?」

マジ顔で死の宣告をかましてくる少女騎士。
どうやら彼女にも些かトラウマめいたものがあるらしい。

「ちなみにアタシはもう済ませたから安心だけどな。」

「厄払いったって、どうすんだよ?」

「簡単だ。そいつと仲良くなっちまえば良い。
 アクマみたいにやっかいな呪いだがよ……
 少し勇気を出して踏み込んだら紆余曲折あってすっかり仲良しだ♪
 おかげで最近は酷い時でも胸に風穴空けられる程度で済んでる。」

けらけらと笑う少女を横目に腕を組んで考え込む槍兵。
見かけによらずタフなガキだと密かに感心するのも忘れない。

(でもなぁ……)

仮にその対象と「末永くお付き合いしましょう」という事になった場合を想像する。
脳にあの赤い髪の少年の姿が映り――
それが時を経て、成長して、成長して……

(………アレになるんだろ? 結局。)

その顔がモンタージュ写真のように憎たらしい白髪の弓兵へと変貌を遂げていた。

「じゃ駄目だ……どうしようもねえ。」

げんなりとした表情のまま英霊は早くも諦めムードに入ってしまう。
踏んだ地雷のデカさを改めて再認識する。
往々にして人生、取り返しの付かない事はあるものだ。
せっかくの少女の助言であったが、こればかりはどうしようもないだろう―――

時刻は昼下がり。 少女の持参していた氷菓子を全て食破し
20本近いバーの中にアタリが一本も入っていなかったのも含めて――
己が幸運Eの凄まじさを改めて実感する光の御子御子サマなのであった。


――――――

――― PM02:00 Lancer from Lightning

カコーン、――

昼前から降り続いていた小雨も止んで太陽が改めて顔を出し始めた午後――

カコーン、――

近所の屋根の上で野良猫が寝そべり
空き地に平和の象徴たるハトが大勢でたむろする。
そんなどこにでもあるような風景に甲高い、気持ちの良い音が響く。

「ああーー!! んだよ、もうっ! 
 また一発で入れやがった!!」

少女が忌々しそうな声をあげる。

「駄目だな。やはり釣りの方が面白れぇ。」

少女が自分の得意な種目で勝負をふっ掛けたというのに――
本当に憎たらしいほど器用な男である。
初心者のアタフタする姿を見れなくて地団太を踏むヴィータさん。

「はぁ!? 釣り? 何が面白いんだよあんなの!
 魚が来るのをただ待ってるだけじゃねえか!
 アタシらみたいなのは体動かしてなんぼだろ!?」

「アレの深さが分からんとは……まだまだガキだねぇ。」

「おい。ゲートボール舐めんなよ?
 伝統的なニホンの文化にしてお爺ちゃんお婆ちゃんご用達の競技なんだ。
 人生の満了期を過ぎたアンタにはぴったりの競技じゃねえか!」

「分かった分かった……気遣いありがとよ。 嬉しくって涙が出るぜ」

カコーン、――

即席の道具でゲートボールなどを嗜む男と少女。
それを屋根裏の猫やハトが不思議そうに首を傾げて見据えている。

かつては戦場だったこの場所――
強者達の空気を存分に醸し出していたこの場も今や戦後の焼け野原。
サーヴァントと6課の騎士の勝負事となれば、何かの拍子に白熱してアレの再現になるかとも思われたが――
一旦、最高温で燃え上がり、灰燼と化した溶鉱炉に再び火が灯るのはある程度の時間が必要である。
こんな静かな空気には断じて戦の神は宿らない。
事ここに至って二人の遊びが、付近一帯を焼け野原にするほどの壮絶バトルに発展する事は無いであろう。
時間はゆったりと静かに過ぎていき――それにこうして、ただ身を任せる赤枝の槍兵と鉄槌の騎士。

「………ウチの若いのでエリオってのがいるんだが覚えてるか?
 紅い髪のランス型アームド・デバイスの奴。」

「あの小僧か―――まあ、忘れちゃいねえよ。」

戦の申し子と称された神話の麒麟児が戦場で相対した敵を忘れる事など有り得ない。
未だ未熟ながら、思い切りの良い踏み込みでこちらに切り込んできた年若い槍兵の姿が思い起こされる。

「あいつ、お前の槍捌きが忘れられないって言っててよ。
 絶対に技を盗んでやるんだって息巻いてたよ……お前の伝承を記した本も熱心に読み漁ってた。」

「見所のあるガキだが――
 極めたいなら初めからゴテゴテ便利な機能が付いてるもんを振り回してるうちはダメだ。
 竹槍から始める事をお勧めするぜ。」

「偉そうに………まあ、悔しいが確かにアンタの戦闘技術はちょっとだけ凄え。
 あいつにとっても勉強になるんだろ。
 うちには槍を教えられる奴がいないからなー。」

「いつでも相手になってやるって伝えといてくれや―――ほい!」

「あ、バカ! そこはアタシが取っておいたのに!?
 入るな外せ外せ外せ外せ!!」

カコーン、――

「うあぁぁッッーーー!!??」

「必中の槍は伊達じゃねえんだよ。」

頭を抱えるヴィータを見下ろし、得意げに踏ん反り返るランサー。
子供である。どっちも子供である。

「くそ……そろそろアタシも本気出さねえと…」

少女としてもこれ以上、ド素人に遅れを取るわけにはいかない。
海鳴老人会のリトルプリンセスと呼ばれたその腕が廃るというものだ。

「あとフェイトからも伝言だ。 知ってるだろ? 黒いBJの奴」

「ああ、知ってる。何度か頭をカチ割られかけた」

「お前だけは絶対に許さない……執務官の意地にかけて必ず捕まえる、だってさ。」

「………」

先ほどの健康的な少年とはうって変わって物騒なメッセージが来たものだ。
一瞬だが場の空気が凝固し、シーンと静まり返る。

「そうかい……ま、いつでも来いやって伝えといてくれ。」

「あのな………あの温厚なフェイトがここまで怒るなんて異常だぞ?
 アンタ何か心当たりあるだろ?」

心当たり―――そんなもんあり過ぎて困る。
何せ管理局を相手にしょっちゅう槍を持って強襲をかけてる身なのだ。
恨まれる理由なんてそれこそ吐いて捨てるほどあるだろう。

「フェイトが感情を表に出すのは大事な人間に手を出した時だけだぞ。
 何かあんだろ? 思い出してみろよ。 例えば……なのは関連とか」

「なのは――あの白いお嬢ちゃんか。」

高町なのは―――
忘れようも無い、数ある交戦相手の中で一際、異彩を放つ女魔導士。
戦場にて、飛びっきりの光を放つエースオブエース。
強さと愛らしさを同居させた戦女神のような女。

(だからといって特別な事は何もしてねえぞ……? さして対応を変えたわけでも無い―――
 あまりに良い女だったから挨拶代わりにちょっと接吻カマしただけで。)


――― B・I・N・G・O・!!! ――― 


ピンポイントである。教導官のファーストキス―――
このアホは自分でも気づかないうちにとんでもないものを簒奪していたのだった。

目の前で「それ」をやられた某執務官さんがどんな顔をしたのか……想像するのも恐ろしい。

その怒りは如何ほどのものか――
その無念は如何ほどのものか――
その喪失感は――――

「もしなのはに危害を加えたのならアタシも黙ってねぇ!
 心当たりがあるなら今吐け。すぐ吐け。さあ吐け!!!」

「お前にゃ十年早えよ。嬢ちゃん」

「うおあっ!?てめ、何しやがる!?撫でるな~っっ!!」

追求する少女の頭をわしわしと乱暴に撫で回すランサー。
まあ、やっちまったものはしょうがない。
子供にはまだまだ早すぎる問題なので――
適当に茶を濁す女の敵、もといランサーさんなのであった。


――――――

――― PM05:00 Lancer from MIDCHILDA Ladies

案の定、特別な事は何も起こらず、場を引っ掻き回す闖入者もついには現れなかった。
適当に汗を流した男と少女が夕日が覗く廃墟にて帰り支度をしていながらの事である。

「おい……これ、シグナムからだ。」

そう言ってヴィータが懐から取り出したのは銀紙に包まれた拳大の物体。

「シグナム―――ほう……」

「もし地球で会えたら渡してくれって。
 まさか本当に会えるとは思ってなかったから忘れるトコだったぜ」

ひょいっと投げてよこしたそれをこれまた無造作に受け取り―――

「何だこりゃ………チョコレート?」 

訝しげな表情になるランサーである。

「おいおい。随分と被れた事するじゃねえか?
 あの姉ちゃん、闘り合った時にはそんなタイプには見えなかったが……」

期せずして行われたバレンタイン・サプライズの再現。
どうやらこの場はあの製菓会社の陰謀めいた行事の魔力に犯された場なのかも知れない。

「剣を交し合う者同士の礼と尊敬を込めて、だってよ。
 地球には敵に塩を送るって言葉があるけどあれじゃねえの?」

「塩、ねぇ」

もっとも所詮は脳まで筋肉で出来てるような女騎士の事だ。
送った本人もこの時期に異性にチョコを送る事の意味などよく分かっていないのだろう。
単に地球の礼式の一環として受け取っているだけなのかも知れない。
何せ同僚内では同姓に送ってた人もいるくらいだし……

「……………」

この時期、渇望という名の大罪に身を焦がす男たちが聞いたら真顔で石を投げてきそうなシチュである。
が、もてる男はもてるのだ……しょうがない。
無骨なチョコを一口、かじり、そのままバリバリバリと
男気溢れる豪快な食べっぷりで美麗な剣士の贈り物を平らげたランサー。


――― そんな彼が一言………


「…………鉄の味がするんだが」

少女に感想を述べた。


「お前に串刺しにされた腕から血が止まらんって言ってたな。
 案の定、鉄分か何かが混入したんじゃねえか?」

「ふ、ふざけんなっっ!? 呪いのチョコじゃねえか!」

ブーっと焦げ茶色の物体を吐き出す槍兵。
ざまぁみr――もとい、不幸な出来事だった。
まさに血のバレンタインである。

彼らサーヴァント――に限らず使い魔達は他者の体液を内部に混入されるとマズイ事になる。
隷属を強いられたり行動を制限されたりと色々面倒な事態に陥ってしまうのだ。

「汚えなもう……いいじゃねえか!
 そんなに繊細な神経してねえだろアンタはよ!」

繊細だとかそういう問題ではない。

「…………ちくしょう――――盛られた」

伝承におけるこの槍の英霊の最後の戦い――
あの時もこんな風に食べてはいけないモノを誤って口に入れて、彼は最後の時を迎えたのだった。
今、あの烈火の将に攻め込まれたら間違いなく――自分は殺られる。

「そんでこれはシャッハからだ。」

「ま、まだあんのかよ……」

戦慄に身を硬くしていたランサーに更なる追い討ち到来。
辺り構わず節操無く手を出し続けたツケを払う時が来た。
ダメ人間の前に差し出されたのはこれも刃を交えた相手――トンファー使いの女性。
聖王教会シスター・シャッハから送られた豪壮な包みであった。

厳かに包装された一品は、しかし疑心暗鬼に陥った男の目には怨嗟の具現にしか映らない。
どろどろの感情がとぐろを巻いたように見える豪奢な包装の中に――
慎ましやかに入った可愛いらしいチョコレートをヤケクソでバリバリと貪るランサー。

   聖王教会のシスターを傷物にした報いは必ず受けて貰います 

                             ――― 教会騎士団長 カリム・グラシア 

こんな添え書きの付いた一品であるのだがそれはこの際、無視しよう……
悲しいかな。女からの贈り物を無碍にする槍兵ではなかった。
だがその砂糖菓子の味を果たして彼は楽しめているのだろうか?

「――――もう無えか?」

「いや、まだまだあるぞ。
 ナカジマ姉妹。ロングアーチのアルトに、ヴァイスの妹のラグナ。
 リンディ、レティ両総務統括官に、レオーネ、ラルゴ、ミゼットぉ!?
 ばっちゃん達までかよっ!」

「…………いい加減にしろよ、オイ」

いい加減にするのはコイツである。

「アンタ…………人気あるなぁ。」

「―――言うな」

尊敬の眼差しを向けるヴィータに対し目を逸らす男。

   やめろ、やめてくれ………
   そんなイノセントな瞳でこの汚物を見つめないでくれ…

古の時代は本能の赴くままに行動してもこんな面倒くさい事にはならなかったのだが――
悲しいかな。ここは文明の発達した現代。
野生のケダモノが野放しで歩いていて問題にならないわけがなかったのである。

「もう少し付き合いに節操持った方がいいんじゃねえのか……?
 他人の交友関係にどうこう言うほど野暮じゃねえけどさ。
 体がいくつあっても足りねえよ、これ。」

「胸糞悪いマスターに当たった弊害でな―――
 全員にちょっかい出さないと落ちつかねえ体なんだよ。」

すっかり斥候の真似事が板についてしまったクランの猛犬。
そのついでに相手にちょっかいをかける事でせめて仕事を楽しもうと考えたのが運の尽き。
ここまで来るともう同情はできない。
様々な感情が内包されたこの山のように積みあがった罵煉汰院チョコに溺れて、懺悔しながら死ぬしか無いだろう。

「面倒臭え事になってんなぁ……
 真っ先にアタシのとこに顔出してたら、後腐れなく叩き潰してやったのによ。」

「嬢ちゃんは―――もう少し胸が膨らんでから、な……」

「はぁ!? 胸は関係ねーだろ! 何言ってんだ!?」

伝言役がこの少女で幸いだった――
鬼のような数量の砂糖菓子を口に頬張り、窒息寸前の顔に
せめて蔑みの視線を浴びせられる事だけは回避できたのだから。
現代の女恐るべし。彼女らに対してあまり自分の流儀を貫き過ぎると―――
どうやらろくな死に方をしないらしい。

まあ、オスとしてはある意味死んでも本望とすら言えるご機嫌なシチュエーションではあるのだが――

今はただこのアイルランドの大英雄が「ナイ○ボート」にならないよう祈るのみである。


――――――

――― <裏> Lancers heaven Epirogue

――― 一日は瞬く間に過ぎていった ―――

宝具を使ったり、撃ち合ったり、世界を割ったり――
そんな事をしない限り、24時間などはあっという間に過ぎる。

故に二人は帰る。
互いのいるべき場所へと――

「散々ガキ扱いしてるけどこの際、はっきり言っておく…!
 お前よりアタシの方が長生きだっ!」

「いや、それはねえだろ。
 嬢ちゃん、どう見ても10代前のガキじゃねえか。」

「転生して数多の世界を繰り返してきたんだよ!
 その起動年数に比べればアンタなんか赤ん坊だっ!」

「んなもん換算したらキリがねえ。俺だって死後は英霊の座で色々やってんだ」

岐路についている間もこのように
少女と男は色々と他愛の無い話をしたと思う。

深山町と海鳴町―――
その境目に行き付くまで、それぞれの場所へと帰る分岐点に至るまで
本当に穏やかな時間を過ごしたんだと思う。

その姿はまるで仲の良い兄妹のようだった。
これもまた「休日」という心休まる空間が魅せた泡沫の夢だったのだろう。

「……………今日は楽しかったよ」

少女が偽らざる本心からその言葉を漏らす。

「多分………金輪際、無いだろうな。
 アンタとこんな時間を過ごすなんて事は。」

――男の名はクランの猛犬
――少女の名は鉄槌の騎士

双方ともに千の軍を前に吼え翔り、狂気の笑みを点して敵を砕く
バーサーカーの要素すらその身に有する苛烈な戦士だ。
もし今日、出会ったのが戦場であるのなら――互いに肉を食らい合う壮絶な殺し合いになっていたであろう。

故にそれは一つのユメだった

だからこそ――

「今日、会った事はお互い忘れようぜ」

「……」

――ユメからは覚めなくてはならない

戦士としての貌を双方取り戻した以上、互いに交わす不文律。
互いに交わさねばならない約束事がある。
けじめをつける必要がある。

「次に会ったら―――手加減ナシだ」

最後に、殺気をぶつける少女。
男も微塵も揺るがずにそれを受ける。

ニィ、――と狂気の哂いを浮かべる互いの相貌。
これが本来の姿。男と少女の正しい在り方だ。
戦場に馴れ合いの入る要素などは微塵もない。
味方を守るため、勝利をこの手に掴むため、
相手に情を抱いてその切っ先を鈍らせる事など戦士にはあってはならない事なのだから。

「……んじゃ行くわ。」

「――――おう。またな」

百や二百では追いつかぬ夥しい数の人間を物言わぬ肉塊に変えてきた――
そんな罪深き者同士が、刹那過ごした平和な時間。
感慨を抱くほどではないが名残惜しいと思うくらいには稀有な時間。
その小さな後姿に今更かける言葉も見つからなかったので―――
背中越しに手を振って男と少女は別れた。

「まあ―――たまにはいいのかね……こういうのも」

彼もまた帰路につこうと思い立つ。
どこぞのタワケ野郎にぶっ潰された余暇は当初の予定からは大きく外れたが
まあ結果的に悪いものではなかった事だし――

「今日」という日は終わりを迎え、あとに残るは自分だけ。
何時までも未練がましく居座っていたら背に担いし槍が泣くというものだ。

自分は世界にその名を刻まれた英霊だ――
その存在が必要に迫られたならば
どんな世界だって馳せ参じ、どのような敵とも戦う。

案外、次は本当にあの少女と刃を交える事になるかも知れない。

「―――――は、」

既に使わぬ竿を放り出し―――変わりに手に持つは真紅の槍。


―― 今日一日、十分に休んだだろう? ――

―― 明日からまた忙しくなる ――


その粉塵に塗れし人影が
夕焼けが地平に消えるのを待つ事までもなく―――

まるで虚空に溶け込むかのように消え去っていたのだった。

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最終更新:2010年11月29日 17:15