吹き荒れる風が彼女の精悍な顔を叩き続ける。
その度に栗色の髪が後ろに靡き彼女の頬を激しく撫で付ける。
台風のような突風があらゆるものを吹き飛ばそうと猛威を振るい
そこはさながら紅い風で構築された洗濯機の内だった。

そんな普通ならば目も開けていられないような紅蓮の嵐に晒されながら
彼女の――エースオブエースの瞳は一点の曇りも無く見開かれ
その双眸がただ「ソレ」だけをつぶさに、迅速に捉え続ける。

負けるつもりで此処へ来たわけではない。 たとえ差は歴然だとしても――
普通にやっていたのでは覆せない差を理解していたとしても
それでも勝つために決戦の地に足を踏み入れたのだ。
そして敵がヒラの勝負ではなく「こういう」戦いを仕掛けてきた以上
これは高町なのはにとって有利に働く展開に他ならない。

何故ならヒラの釣り勝負では所詮、彼と彼女の立場は素人と玄人。
どんなにコツを掴もうと一日二日では埋められない差がある。
対して己が全ての業をここに示して良い戦いならば話は別。
魔法――自身の持つ唯一無二の、己が意思を貫く力。
それを解放出来る戦いであるのなら―――
なのはは自身に含有したほとんどの力を発揮出来る。
つまり「1:10」の戦力差を、少なくとも「5,6:10」ほどには縮められるという事。
故に、そう――――

―――― 一撃 ――――

ここに彼女は一撃で―――全てを決めるつもりだった。
だらだらと戦っていても戦況が有利に働く事は無い。
ならば今こそ、勝利の光がはっきりと見える今こそが勝負の時!

敵の切った札はジョーカー。
切り札というものは常に強力無比だが、逆にそれを真っ向から返されれば
あっさりと逆転を許してしまう諸刃の剣。
そして自分の今のスペックは最高――150%全力全開。
決して屈さぬ不屈の心に友の願いが生んだ奇跡が織り込まれ
勝利の道を決して見紛わぬ両の目とその奥に宿した蒼炎の魂が煌き
彼女の眼は虚空に舞い上げられた対象―――計37尾の魚を余さず捕らえて逃さない。

(6時方向に10……いや12。右区画に6。
 更にその後方に重なるように3………
 逆方向、左下区画に8。これを最優先で、)

<Yes allrange look on>

それはさながらミサイルの多重ロック。次々と、彼女と相棒のデバイスにデータが送られる。
今、完全トランス状態に入る高町なのはの思考は外界の如何なる雑音、騒乱もその心胆を揺るがす事は叶わない。
決して恵まれた体躯でもなく、頑健な肉体でもない。
しかし彼女には空戦闘者としてこれ以上無いほどの天から送られたギフトがある。

――――空間把握能力

同魔道士達と比較してなお異常なほどに特化していると評される彼女のそれが
眼前に広がる対象全ての位置を把握。否、掌握するのにかかった時間は―――僅かコンマ数秒!
よって刹那を許さぬ制限時間付きの反撃の機会を今、彼女は見事に自分のものとするのだ!

「ブラスタービット…………全、射出ッ!!!」

鈴のような声と共に紡がれる高町なのはの最終兵器。

ブラスター2――
本来ならば心身に相当の負荷をかける限界突破モードの第二形態。
気力、体力、精力全てのメーターを振り切っている今の彼女ならば
猛馬の如きパワーをほぼ完璧に押さえつける事が可能。
モードリリース2によって跳ね上がった魔力が4門のビットに余すとこなく注がれて
今、彼女の元より解放され、黒海の滝と化した堀に飛び込んでいく。

「ぬうっ!?」

勝利を確信した――
いや、元から勝利を疑っていなかった英雄王ギルガメッシュが今宵初めて驚愕の声を発する。

ブラスタービット――
砲撃特化型にして決してバランスが良いパラメーターとはいえない彼女、高町なのはが
自身、単騎で任務をこなすオールラウンダーとして戦い続けてきた際に出した一つの答え。
浮遊する杖の先端より放たれた物体はそれぞれが爆発的な魔力を消費する。
故に通常モードではおろか、エクシードモードでの運用すら困難な紛う事無き彼女の短期決戦兵器。

その一つ一つが攻撃、防御、術者の補助を要する非常に高度な戦術武装であり
操作技術、掌握度によってはまさに術者の分身――自身を複数に増殖させたかのような効能を得る事が出来る。
つまり高町なのはが瞬時に複数に分裂して行動するようなもの。
そんな不条理と言うしかない戦果を叩き出す事が事実、可能となるのだ。

その彼女の分身たちが今、水面に生じた裂け目―――
乖離竿によって生み出された死の滝に決死のダイブを敢行する。
空間断層のクレパスに左右上下に飛来するブラスタービット。
互いに離れ、寄り添いを繰り返し、それぞれの周囲に魔力の幕を形成。
四方に散らされて断層に叩き落されるのを待つだけだった魚たちをヴェールのように優しく
確実に包み込み、一箇所に集めていく。

まるでバレーボールのレシーブやトスによるラリーだった。
しかもボールは複数――
さながら4人のプレイヤーが30以上のボールをその一つたりとも落とさずに
繋いで繋いで中央へと誘っていくかのような光景だ。
本来、逃げる対象を捕縛するために用いられるケージ型バインドの応用と言えば簡単だが……
実演するは至難の極み。
鮮魚のようなヤワで脆い生物がもしビットに直接接触させてしまったら容易く木っ端微塵にしてしまう。

だが見開かれた彼女の目は前方に広がる全ての対象を把握しており、そんなミスは有り得ない!
豪快でありながら精密極まりない運用は人命救助を行う際、必要不可欠なスキルであるからだ。
滝に飲まれようとしていた魚たちが空中で蒼い鱗をばたつかせながら一所に集まっていく様―――
それはまるで銀の羽吹雪のように幻想的な光景を場に映し出し
やがて高速で縦横無尽に飛んでいた4つのビットが麗な五角形を形成し
体現されたのは巨大な―――桃色の投網。
ビットとビットの間に張り巡らされた桃色の魔力光がそのままフィールドとなり
魚達の落下を防ぎ、拾い、掬って完全に包み込んでいく。

「取りこぼしは無し………全部頂くよ!レイジングハート!」

<Yes excellent!!!>

なのはが魅せる!
それは芸術とも言える職人技!
見るものを唸らせる匠の絶技だった!

これだけの暴風に攫われ、落下に次ぐ落下に翻弄された魚を瞬時に一匹残らず把握し、捕獲する。
高速のビットを併走させて救命具のように魚を包み込むという離れ業を駆使して。
王と魔導士、これだけの力の行使に晒されながら――真綿のクッションに包まれた魚には傷一つついていない。
彼女が戦闘力だけでなく災害救助においても卓越した任務遂行能力を有する事のそれは何よりの証明だ。

ミシミシ、と鈍い音を立てて軋む彼女の分身たち――
男は非殺傷などと嘯いていたが、やはり孔の中は風の断層による巨大な圧搾機そのものだ。
4つのビットにかかる負荷は見た目だけでも相当のものであろう。
だが彼らは紛う事無くエースオブエースの分身だ。
滅びの空間に身を投げ出したとはいえ、一瞬で為す術なく堕ちるものは一つとしていない!
まるで彼女自身を体現するかのように、刹那の瞬間を力強く飛びながら――
宙空に展開された投網漁は今、亀裂の底から根っこごとぶっこ抜くほどの豪快な規模で
堀中の獲物である魚たちを掻っ攫わんと唸りを上げていたのだ!

この間――僅か10秒にも満たない出来事だった。
目を見張る英雄王の前で大胆不敵ないぶし銀の神業が炸裂する。
英霊に並んで劣らぬ、これが人間、高町なのはの真の力。

常軌を逸した発想を現実のものとし、己が勝利を掴み取る――
華麗に、鮮やかに、大胆に――
故に彼女はミッドチルダにおいてこう呼ばれるのだ――

――― 奇跡のエースオブエース、と ―――

王の蔵に放り込まれる筈の全ての獲物を白き魔道士が横からぶっこ抜いた
その瞬間――

「――――――貴、様ァァァァァあああああッッ!!!」

王の真なる怒りの咆哮が響き渡る―――


―――――――

ギルガメッシュの天を突くほどの怒りが黄金の王気となって場に迸る。

眼前にて行われた狼藉を憤然と見ていた(実際にはものの数秒、電光石火の早業)彼であったが
今日初めて、はっきりと高町なのはに敵意を見せる。
ビリビリと震える大気。それは王の激情に恐怖する世界の震撼そのものだ。
当然である。いくら遊戯とはいえ、無礼講とはいえ―――
よりによって王の上前をハネるなど万死に値する行為どころではない。

<Warning! Warning!>

「っ!??」

4つのブラスタービットの操作により他に集中力を一切避けない魔導士。
しかしてその脳内にデバイスの緊迫した警告の声が響き渡る。
背筋にゾワリという、身の毛のよだつ感覚――
第六感に直接働きかけられる身の危険を察知したなのは。
瞬時に身を翻すが、その時には既に手遅れだった。

周囲に赤い、虚空より繋がる孔が次々と出現し、彼女を取り囲む。
この孔が何であるかなど考えるまでも無い……王の財宝ゲートオブバビロンの射出口だ!
咄嗟の事で回避も防御もままならない高町なのはが息を呑むのとほぼ同時―――

「あッッッッ!??」

自身の右腕。左腕。右足。胴体。
そして首に――英雄王有する縛鎖の宝具
天の鎖・エルキドゥが巻き付いていたのだ!

「させると思うか! 雑種ゥゥゥゥ!!!」

カラン、―――と甲高い音が地面を叩く。
それは不意の襲撃で、魔導士がその命であるデバイス
レイジングハートを手から離し、前方に取り落としてしまった音だった。
デバイスの補助無しではブラスタービットを制御する事も限界突破の自己ブーストを維持する事も出来はしない。
なのはが束縛された身を捩じらせながら、キッと男を睨みつける。

「くっ……直接加撃っ………
 正々堂々の勝負に水を差す気なの…!?」

「たわけが! 釣堀場において他人の投擲した釣り糸が風に晒され
 他者に巻きつく事など日常茶飯事! 珍しい事ではあるまい!」

「珍しい事って……こ、これ明らかにワザと、」

「よくある事故だ―――死ねィ!!!」

「……!  か、はっ、!?」

不平を紡ぐ喉が圧迫され、彼女の口からは苦しげな吐息となって呼吸が漏れるのみ。
苦悶に喘ぐなのはの顔には、これのどこが糸……!?とありありと書いてあるが――
本人が糸というからにはそうなのだろう。
その首に、胴に、四肢に絡みつき、ギリギリと締め上げてくる鎖が
かつて天より使わされた怪物をも締め降したといわれる縛鎖であったとしても――

ただでさえ全身に多大な負荷をかけるオーバードライブ中。
BJで守られているとはいえ、この不意打ちの効果は決して小さくはない。
急激に体力を削られ、なのはの意識が遠のいていく。

「…………ぅう………あ、ああぁッ!!!」

英雄王の怒りの縛鎖。それは直接の攻撃ではないにせよ、かつて天の雄牛を拘束し、動けなくしたほどのものだ。
その締め付けの強さは本気でなのはを殺しかねないものだった。
手足を逆方向に引き伸ばされる強烈な牽引に必死に抵抗する魔導士。
少しでも力を緩めればたちどころに彼女の体は十字架にかけられたように四方向に伸びきってしまう。
必死の面持ちで首と胴に巻きつく鎖を解こうともがくが―――
暴れれば暴れるほど宝具は強烈に、執拗に彼女に絡みつき、その四肢を捻り上げる。
まさにクモの巣に絡めとられた白い蝶だった。
常時、歌うような美声を発する彼女の喉が精一杯の怒声を張り上げ
それが悲鳴めいたものに変わり、やがてか細い嗚咽へと変化するのにさしたる時を要さず―――

「ぁ、…………か―――」

その表情から力が抜けていくと共に瞳孔から光が徐々に失われていく。
最後の逆転の切り札だったブラスタービットの推力が減退し、その力を失い始める。
大出力魔法において杖のオート航行による運用など、術者の魔力供給を断たれては長く持つ筈もない。
高町なのはが地に伏せば、この一世一代の逆転劇はあっさりと幕を閉じるだろう。

「ここまでだ。狼藉の咎を償って貰おう………
 まずはひざまづいて許しを請えぃ!!!!」

絡みつく金の鎖の重さで膝をつき、前のめりに倒れ付そうとする高町なのはの身体。
這うように地についた四肢はまるで引き摺り倒された咎人のようだった。

「―――ト………ん、」

黄金の蛇が頚動脈に食い込み、真っ赤になった彼女の顔が急激に蒼みを増して行く。
視界が暗くなり、全ての意識がシャットダウンしていくのが分かる。
パク、パクと何か言葉が漏れるも―――それが音になる事は無い。

「無様な――」

嘲笑う王。その醜悪に歪んだ暴君の相貌。
しかし彼女はそんなものにはまるで構わずに―――
這うように、這うように、ほとんど自由にならない腕を前方に伸ばす。
目の前の空間を掻きむしるように、何かを求めて腕を伸ばす 。

「――イ、ト……ちゃ、」

脳に酸素が行き渡っていない。
見開いた目には、彼女の前方に広がる光景――滝のように割れた堀。
その中で、自身が生成した巨大な魔力の投網が効能を失い、五つのビットがまさに陥落寸前。
保護された魚たちが再びあの虚空に落とされる恐怖に悲鳴をあげ
投げ出されたデバイスが必死に、必死に、自分の名前を叫んでいる。

その全てが彼女の耳に――――目に入ってくると共に

彼女が足掻いている理由。
彼女をもがかせているモノ。
彼女を誘っている存在を――改めて思い出す魔導士高町なのは。

「フェイトッッ……ちゃあああん!!!」

それは既に視力のおぼろげな眼が確かに捕らえた友の幻影―――

必死に自分の名を呼び、こちらに手を伸ばす――綺麗な金の髪の親友。

その幻に向かって咆哮する白き魔道士、
伸ばす手の先にフェイトテスタロッサハラオウンの姿を確かに垣間見ながら――
エースオブエースが体内から搾り出すように獣のような絶叫を上げていた。


――――――

「なのはぁぁあああああああああああああああああああああっっっ!!!」

「オウチッッ!?」

それはここより遥か地下。
地底帝国より放たれた魂の絶叫だった。

おぞましい器具やオブジェに彩られた部屋で監禁されていた金髪の魔導士。
物静かな口調を決して崩さぬ彼女が、普段決して見せぬ激昂を――
いや怒りではない。何かを死に物狂いで求めるような――
目前に崖から落ちそうになっている我が子、恋人を前にした時のようなそんな形相と共に
虚空に向かって手を伸ばして叫んだのだった。  びびる猫。

「痛ッ! いきなり耳元でシャウトするにゃぁぁあっ!
 お前はすでにあちしの虜。大人しく恐怖と苦痛に打ち震えていればいいにゃ!!
 さあ反省の言葉を紡ぐが良い。取りあえず 「ひぎい」 と 「らめえ」 からイッてみよぉ♪」

「………ッ」

ナマモノの執拗な嫌がらせがフェイトを責め苛む。
手足を縛られたフェイトの脇の下に這わされるマジックハンド。
栄えある祖国を侵そうとした罪は重い。
その尖兵たる猫モドキに一切の情け容赦はなく
故に、侵略者とされたフェイトの受ける責めも相当のものだろう。

「なのはッ! 頑張れなのは!! 私はここだよ!!
 ここにいる!! 超好き、愛してるッ!!!」

なのにっ……なのに嗚呼、何たる事か!
初めは魔導士の気丈な顔に、微かな恐怖心を灯した表情に、嗜虐心をそそられていた。
だのに今はまるで猛禽か猛獣の如く暴れまわる金髪。
真っ赤な顔で怒声を上げる。不可解に喘ぐように金切り声をひり出す!

「何故朽ちぬぅぅぅ!?? 何ゆえ我が地獄の責め苦が効かぬのか!?」

「こ、こんなものより……母さんの鞭の方が百倍痛かったからだ!!」

「にゃにぃっ!!!?? ドメスティック!! 猫では駄目だというのかぁぁ!!?」

「なのはぁぁぁ!!!!」

地上の豪奢で華やかなものとは程遠い、地の底深くで行われる暗闘は続く―――


――――――

なのはとフェイト。
どこにいたって彼女達の想いは同じ。
そして彼女らが共に互いの存在を感じながらに戦う以上――
数100mほどの隔離が何の壁になるというのか!

―――聞こえる

両膝を付き、力尽きる寸前の高町なのはの耳に確かにフェイトの声が届く。

――― 戦ってるんだ ―――

――― フェイトちゃんも戦ってるんだ ―――

「う、う……」

自身の身に幾重にも絡みつく宝具の鎖。
天の鎖にその身を潰されようとしていた体が
消え入りそうな呻き声と共に一歩――――

「んん、ん………」

また一歩――――

のそり、のそり、と動き出す。

「―――、」

英雄王の灼眼が忌々しげに歪む。

もはや勝負は決した。
人間風情が宝具エルキ・ドゥから逃れられる筈は無い。
その前進は芋虫のようにのろく、頼りなく―――
いつもの悪足掻きかと男に溜息をつかせる以上の価値を示さない。

一歩――
一歩―――
また一歩――――

ズリ、ズリ、と靴底を擦るように前進を続けるなのは。
彼女の底力をしてこれが精一杯―――最後の蝋燭の灯火は今にも
次の瞬間にも容易く吹き消えて幕を下ろすと思われた。

そんな筈は―――


そんな筈は―――――無いのに!!!!!!


「んん、ん………んぅぅぅ。 うううっっっ~~~!!!!!!!!」

ズリ、、ズリ、、
ずり、ずり、ずり、
ずりずり、ズリズリズリズリ、

ズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリ、!!!!!!

「な、何だと―――!?」

幾重の鎖の束を握り、獲物の力尽きる寸前の吐息をその手の平に感じていた英雄王。
その手に今 明らかに力を灯した負荷がかかり―――彼は声を荒げざるを得ない!
死にぞこないに過ぎぬ女の突然の蘇生。
それはまるで巨大な黄金の蓑虫――ほぼ簀巻き状態だった魔道士、高町なのはが
四肢を拘束されているにも関わらず強引の極みとも思える重厚さを以って
戦車のような不退の強行前進を開始したのだ!

鎖に巻き付いたまま歩を進める彼女の肢体はもちろん
表情の半分までもが天の鎖エルキドゥによって隠れている。
そんな中、辛うじて頭半分はみ出た栗色のツインテールだけが勢いよく振り乱され――
それが左右に揺られる度にぞり、ぞりぞり!と前に進む! 轟天・なのは号の尽きせぬ前進の始まりだ!

「馬力だけは一人前か―――!!」

憤怒に染まる英雄王。その相貌は同時に心内にかつての伝説の戦いの光景を――
彼と友の二人で天の雄牛を制したあの壮絶な戦いをオーバーラップさせていた。
未だこちらにも余裕はあるとはいえ、女の膂力は凄まじいものでとても死にぞこないとは思えぬほどだ。
信じられない事に自身が地を食む足ごと徐々に、徐々に、相手の牽引に引き摺られていく。

――さながら天の雄牛ならぬ魔法の雌牛

「ク、クク…」

などと含み笑いを浮かべてしまうのも
あの激戦が彼の持つ記憶の中で数少ない、友と過ごした楽しい記憶だったからに他ならない。

ずりずりずりゃりゃりゃりゃりゃざざざざざざ、!!!!!

「ぬ、おおおおああっっっ!?」

ただしそんな事情は高町なのはにはどうでも良い事である。
それと……多分、乙女のカンだろう。
朦朧とした意識の中で原因不明の憤りを感じ
こめかみに怒りマークを灯しながら彼女の進行は激しさを増すばかり。
当然だ。牛扱いなんてされたら乙女ならば憤慨して当然。
男の郷愁が怒れるなのはさんに更なる推進力を与えてしまうのはただ皮肉の為せる業――

「ち、ち――!」

王の口から歯軋りが漏れる。
魔道士の進む先――ガムシャラに進んでいるように見えた彼女であったが
その求めた先に手から零れ落ちた彼女の杖
デバイス、レイジングハートの姿があるのを認めたからだ。

<master!  It is here!  Do its best!>

電子音とは思えぬ切実さで叫ぶ紅玉の杖。
更に険しくなるギルガメッシュの表情。

男の持つこの宝具は本来、王が神界と袂を別った際に
天より遣われしものを相手にする時に使用する世にも稀なる対神宝具だ。
神性を持つ相手になら無類の力を発揮し、決して弛まず相手を逃がすことはない。
だが、単純な物理強度に換算した場合――現代ではこの鎖を断ち切る事は決して難しくはない。

無論、生身の人間の膂力では到底不可能だ。
獅子や熊などの自然界に巣食う猛獣を以ってしても難儀な所業であろう。
だが、ヒトの叡智の生み出した近代兵器ならばどうか?
知恵と火を与えられたニンゲンは神代の神秘の力を徐々に失っていった。
だが代わりに圧倒的な科学技術を手に入れ、ヒトの身では到底不可能な馬力を、火力を手に入れるに至った。
幻想上の生物や地球に現存する生物達には無理でも1000馬力を超える戦闘兵器――
そのマックス出力は物理的な力に限れば伝説の武器、魔法を凌駕する。

ましてや彼女を守護する力――ミッドチルダ式魔法は
地球を遥かに超える科学技術によって編まれたオーバーテクノロジーの産物だ。
それを行使する彼女が真にリミッターを解除したとき――

「ぬ、う――――友よ……!」

鎖は切れる! 圧倒的に!!

そう、彼女は牛ではない――もはやそんな可愛いモノでは断じてない。
オーバーブーストによって運用、増幅されるエースオブエース。
高町なのはの周囲から桃色を焦がした鈍色の紅の魔力が立ち込める。
それはエンジンが焼きついた時に吹き出す危険な硝煙と酷似するものであり
しかし同時になのはの全力全開・限界突破を示す搾り出すような魔力光だった。
フェイトの思いを背負った彼女はもはや推定10万馬力―――
いかに天の鎖であろうとも―――フルブーストするロケットを拘束するには至らない!!!

「ひざまづけというのだ………この―――!!!」

反射的に手を伸ばす王。 後ろに控える数々の宝具をまさぐり
呪縛から逃れようとする魔道士の体に叩きつけようと猛る。

「――――、」

が、常であれば何の躊躇いもなく彼女の身を蹂躙していたであろう宝具の数々は
ついには虚空から姿を現す事はなかった。
今更感はあるにせよ、彼らには彼らなりの法があり矜持がある。
暗黙の取り決めが存在し、そこにどれだけ抵触せずに踏み込んでいけるか――それが今回の勝負のキモだ。
ならばこの場において、鎖以外での女に対しての直接加撃――
釣堀場においてアングラー同士の戦いでその行動はダウト。
どう取り繕っても言い訳の利かない反則行為でしかない。
故に躊躇する。歯噛みする。 万夫不当の王の攻め手がここで止まる!

「………小娘―――小癪な。」

その躊躇は本来の彼――天上天下に唯我独尊・英雄王ギルガメッシュをしてあり得ない思考。
古今最強にして最も偉大な王である自分が何故、そのような下らぬ取り決めに従わねばならないのか?
敵は滅す。従わぬものは罰す。気に触れたものは誅す。
それらが総じてこの男の動かざる行動原理だった筈だ。
故にその躊躇は………一人の誇りある釣り士―――
アングラー・ギルガメッシュとして新たに生まれたものであるに相違ない。
彼は従来の己を廃してでも今ここに、あくまで釣りのみでの勝利を選んだのだ!

「―――、!」

「…………シ、…」

しかしながらそれが―――それが勝負の分かれ目。
ギルガメッシュと、彼に対し後ろを向けている筈の高町なのはの目線が合った。
王として戦えば無敵、最強のサーヴァントであったろうに――
その僅かばかりの揺れが弛まぬ縛鎖に一瞬の隙を与えてしまう。

「シューーーートッッッッッッ!!!!」

ギルガメッシュの眼前が桃色の閃光に包まれた。
散弾めいた桃色の魔力のつるべ打ちこそ魔道士・高町なのはの18番――アクセルシューター!
三十発近い魔力の塊の雨あられを今、後方の英雄王にぶっ放す!

「貴、様―――――」

予期せぬ反撃に眼を見張る英雄王。
黄金のパラソルを全面に展開し、盾とした彼の身に
容赦なく叩きつけるマシンガンのような射撃魔法。
男の憎悪に満ちた目が、死を連想させる怨嗟の声が閃光と爆音に掻き消される。

「撒いた餌が風に飛ばされて、散乱……
 釣堀場ではよくある事、だよね。」

先ほどの趣向返しとでも言うのか。
彼女のその苦悶の表情の中に、してやったりと不適な笑いが点る。

「たわけがぁ………ソレのどこが餌だと言うか!? 
 煮ても焼いても食えぬものを蒔き餌にするなど言語道断!!」

「光るルアーを餌代わりにして魚の群れを誘き寄せる海釣りがあるって本で読んだ。
 それに蓼食う虫も、好き好き……食べられない事はないよ。
 貴方の紛い物の非殺傷設定と違って…」

「戯言をほざくか―――」

戯言ではない。本当である。「ルール抵触」には至らない!
ならば食べてみろと言われれば、なのはは躊躇いもなく魔力ダンゴを飲み込んでいただろう。
無論、無害である筈がないが彼女なら十分に耐え切るダメージだ。
慣れているから―――――魔力ダメージというものに。内蔵の奥まで鍛え抜かれているのだから。
今でこそ彼女は最強のエースオブエースと呼ばれているが
教導隊入隊初期のなのはは、苛烈な猛練習や乱捕り稽古のような徹底した実戦主義の模擬戦で
信じ難い事に毎日のように撃墜されていたのだという。
浴びるように魔力弾を受け、蜂の巣にされて地を転がり、泥だらけになり何度と無く失神を繰り返してきたという。
その経験が彼女を金剛石のように鍛え上げた。
一トンのパンチを放てるヘビー級ボクサーは同時に一トンのパンチに耐え得る頑健さをも誇るという。
その程度の悪食、エースオブエースにとってはダメージのうちにも入らない!

「こ、―――の……ゲテモノ食いめがッ!
 釣堀屋におけるマナーを何と心得る!」

「何分、初心者だから。多少の粗相は大目に見て欲しい、かな……」

自分の事を棚に上げる王様に開き直った悪魔。
つくづく酷いやり取りである。

「やああああぁぁあああっっっ!!!」

「ギ―――むおおおおっ!!?」

ともあれ綱引きならぬ鎖引きによる力比べはいよいよ佳境を迎える。
鎖を握り、引き絞る王の手の平から鮮血が飛び散る。
敵の馬力に耐えられずに王が鎖を握り切れなくなった瞬間、なのはを取り巻く縛鎖が勢い良くたわんでいく。
この期を逃がすエースオブエースではない。
屈辱に染まるギルガメッシュの相貌を後ろ手に飛び立つ白き翼。
地の底から紡がれた友達のエールをも力に買えて、一度は取り落とした杖にしかと手を伸ばす!
酸欠によって霞んだ視界も、目の前の愛すべき紅玉。
彼女の最も頼りにする相棒――レイジングハートを見間違う事はない!

「――――、!!!」

その手に再び戻る紅玉の光。
握り締める純白の柄の感触は10年来の付き合いだ。
勇気を冠する杖が、今再び高町なのはの手に戻る。

歯噛みする英雄王。
他人の決めた法になど生涯従った事のないこの身にとって、何という歯痒い戦いか――
常時ならば相手にこのような反撃の機会など与えはしない。
指の一つを弾くだけで敵はチリも残さず消え去るのみだというのに―――
何か無いか? 何か……釣り師同士の戦いにおいて全く抵触しない、それでいて目の前の女を留める手段。
右手で持つ鎖の束がどんどんその効力を失っていく。
女が自由になっていく――右手、右足、胴体ッ!
王の左手が虚空に消えて、己が宝物蔵の中をまさぐって思案。

思案、思案、思案思案、思案に次ぐ思案―――――!

……………………

「―――――――――、ク」


――――  在った  ――――

この局面を推し留める状況とそれに見合う宝具が。
カッと見開かれたウルクの魔人の相貌が今にも飛びたたんとする白き翼を見据えて猛る。

―――極稀に素人がやってしまうミスの一つとして「スロウイング」というものがある

釣り針を水に投げ入れる際、手のグリップが甘く竿ごと投げ入れてしまうという痛恨の失敗。
やると分かるがこれがひたすら恥ずかしい……
周囲の目線も痛いわ、竿は沈めるわで釣り界において最悪の凡ミスとして数えられる行為の一つ。

――しかして、ほくそ笑む王

それは玄人の威厳に関わる愚行な事は否めない。
だが、このルールにおいては妙手であった。
多少の白い目を向けられる代わりに―――KO勝ちを手に出来るのなら安いもの!
王が虚空から「竿」を悠々と取り出す。

―― 手に握られるは大神宣言・グングニル ――

一撃で勝負の幕を下ろすに相応しい北欧神話の主神の極大槍。
それをスロウイングにかこつけて魔導士に叩きつけようというのだ!

その神槍の柄に釣り糸をつける。
餌は……必要ないのだが手向けだ。伊勢海老でも付けてやろう。
そら出来た。どこからどう見ても釣竿だ!

準備は万端――極大宝具を背中越しに振りかぶり、壮絶な笑みを浮かべる英雄王。

「グリップが甘かった――許せよ雑種。
 せめてもの謝意に跡形もなく吹き飛ばしてくれよう――」

「…………いいよ。こっちも謝る手間が省けた」

「な、―――にィ、!?  ゴ、―――!!!!!!????」

だがそれを上回る展開が待っていようとは露知らず
王が目の前の光景に身を震わせた、その瞬間―――
男が生涯において数度と発さなかった苦悶の声を場に響かせる。

牛が――待ち構えていたかのようにこちらを向いていた。

その猛き角―――レイジングハートの先端をこちらへ向けて。

未だ全身を幾多の鎖に拘束されながら
既に魔法のフルチャージを終えた高町なのはの姿がそこにある。

「鈍牛、――――」

「牛じゃないよ。」

そして堀の中にて悪戦苦闘しているはずの彼女の分身――
ブラスタービットの桃色の瞳が、この瞬間、王に向けて全ての照準をつけていた。
その一つが――――今、死角から英雄王を撃ち抜いたのだ!

圧倒的な攻撃力を持つ者ほど後手後手に回ってしまうと以外に脆い。
それは度々あっさりと敗北を喫するこのサーヴァントにも言える事。
ならばこの期に畳み掛けなくてどうするというのか?
エースオブエースは――管理局の白い悪魔は――
詰めの苛烈さこそ定評がある!

「ディバイィィィィィン…………」

今度は散弾ではない!
己が牙を取り戻した魔道士が放つ次の札。
それは言わずと知れた彼女の代名詞―――――砲撃!!!
満を持して打ち放つブラスター2・ディバインバスター!
そのチャージを今、宿敵英雄王ギルガメッシュの前で終えたのだ!

(撃てる……これで………)

<Master!!! Please shoot it!!!>

(お終いッッ!!!)

人を撃つ事に喜びを感じる彼女では断じてない。
だがそれでも彼女はこのトリガーを引くのを夢にまで見た。

目の前の男とは同じアーチャー(狙撃手)の資質を持った者同士。
されど今まで男に対して決定的なアドバンテージを得た事は無い。
その無念、悔しさは当然あったし―――

あまりにも完成された一斉射撃と防御不能の大砲のコンビネーションは強固にして不落。
初めて目の当たりにしてより、ずっと――
彼は超えたくて超えたくて、でも決して超えられない山のようだった。
その男を曲がりなりにも、仮の戦闘とはいえ上回る瞬間なのだから
その万感は決して―――間違った事ではないだろう!!!

「バァスタァァァァァーーーーーーッッッッ!!!!!!!」

放たれた――高町なのはの必殺砲撃!!

「ガッ、ッッ――――!!!???」

いかに男の蔵を埋めていたとはいえ、遊興に馳せるためのパラソルなど盾にもならない。
巨大な魔力の迫撃砲はかつて彼自身の体を両断したあの聖剣の輝きにも劣らぬ威容を以って―――

男の体を丸ごと飲み込んだ―――


――――――

―――時には100キロを越す巨大な獲物をも繋ぎ止めなければならない

そんな釣り糸は、今や様々な技術での硬さ、弾力の強化が研究されてきた。
アラミド繊維等、凄まじい硬度を誇るもので編まれた商品も数多く存在する。

――――だがその硬化された糸が時として持ち主本人に牙を剥く事がある

もしそんなものが「今回のように」何かの手違いで体に巻き付いてしまったら
市販のハサミなどで除去するのは大変困難である事は言うまでもない。
そのような不測の事態に陥った場合の対応策は色々あるが
いっそ思い切りよくバーナー等で一気に焼き切るくらいの事をしなければ埒が明かない。

――――つまりはそういう事だ

一見、直接加撃の反則に見えた彼女のブレイクシュート。
だがこれは自身に巻き付いた糸を強力な火力を持つバーナーで吹き飛ばした行為に過ぎず――
故に高町なのはは何らルールに抵触してはいない。
そして、その撤去行為に「運悪く」巻き込まれた通行人Aがいた。
気の毒だが、その被害者は蛇に噛まれたと思って諦めるしかないだろう………


―――― RESULT

慢心油断躊躇王・ギルガメッシュ

25HIT  stop

――――――

砲撃魔道士は本来、発射時に土台を作り
両足を完全にロックしてから撃つのが基本である。
「何故か?」などと問うまでもないだろう。
それほどの火力を放出した際、土台である術者が全く身を固定していなかったらどうなる?
その身はロケット花火のように凄まじい推力に翻弄されて吹き飛ばされていってしまうからだ。

「く、あッ!!  ~~~~~~~~~ッ!!!」

―――― そしてなのはは今、ソレをやった ――――

ミッド全域でも並ぶ者のいないと言われる総火力を持つ彼女が
その全身をロックせずに撃ち放った砲撃。
この瞬間、なのはの肢体はロケット花火ではなく本物のロケットになる。
ギリギリと締め付けられる全身は未だ残った鎖の呪縛。
それが彼女の体に食い込み、激痛を与えるがそれも一瞬――
もはやそんな切れ掛かった鎖などこの出力を前にしては糸クズ同然。
王の友の名を冠する黄金の鎖がブチブチブチ、と一切の抵抗を許さずに破綻する。
締め付けられた全身がBJに血を滲ませる。
無骨な鎖で捻られた体には、さぞや痛々しい痕跡が残っている事だろう。
だがその痛みも、涙すらも、彼女が今受けている推力の前では些細なものだ。

「~~~~、くっ………くぅッッ!!!」

砲撃の反動を利用してロケット加速――
漫画などでよくある光景だが、彼女をしてこんな無茶苦茶をしたのは始めてである。
斜め後ろに吹き飛んでいく景色の凄まじさに流石の空戦の雄ですら下腹部にこみ上げるものを感じてしまう。
それは制御不能に陥った機体が管制に発するアラームのようなもの。
宝具の鎖を容易に引き千切るほどの推進力がそのまま彼女自身に襲い掛かっているのだから堪らない。
まるで木の葉のように無軌道に回転しながら宙へと放り出され
高速で、危険な角度で地面に突き刺さらんとする術者の身体。

<Master!! Master!!!>

「だ、大………丈夫…ッ!」

だが―――
どんなに危険に見えても無茶に見えても彼女は勝算の無い行動は取らない。
成功確率の低い軌道など決して取らない。
常人には爆着必至のロケットスタートに見えたそれですら、高町なのはには見えている。
理想的な軌道――勝利へのフライトの軌跡が。
空戦Sランクの魔道士はいかに不十分な体勢であろうとも己の飛行状態を失念する事はない!

ズダァァァァァァンッッ!!!!!!――――
落雷のような音と共に周囲の地面が揺れ動く。
それは上下不規則にきりもみ回転しながら 、それでも地上に叩きつけられる事も無く
寸でのところで制御を取り戻した高町なのはが地面に着陸、否着弾した音であった。
降り立った両足が地面に亀裂を――いや、地割れを作る。

「………………っっは、」

彼女の全身を襲うGや衝撃たるや相当のものだった。
脳と視界と内蔵が競り上がる感覚に顔をしかめる魔道士であったが
だが同時に、もはや自身が誰にも邪魔をされないウィニングポジションについた事を知る。

魔道士の眼前に広がるは堀。
堀を真っ二つに割る滝。
風の断面が形成する大河の中心。
全てを一望出来る位置にて――白き魔道士はゆっくりと杖を傾ける。

いつもの彼女のフォーム――砲撃の構えではない。
それは杖の柄を両握りで正眼に構えた、見間違いようの無い「釣り」のフォーム。
眼下には今にも四散しそうな彼女の分身――ブラスタービット
それらが形成する巨大な投網はボロボロで頼りなく
しかし術者の闘志に答えるように破綻を凌ぎ、その役目を未だに果たしていた。

その中でピチャピチャと蠢く魚たち。
下方に広がるは死海の断層。
きっと恐怖に押し潰され、阿鼻叫喚の思いだったのだろう。

「よく持ち堪えたね………偉いよ」

サーヴァントとの戦いで自身も倒れ付したいほどに傷ついているだろう。
だが彼女は頑張った彼らに、踏み止まった彼らに、女神のような微笑を落とす。
知性の無いフナ達であるが、彼らとて闇の底に叩き落されるよりは―――
女神の手によって釣り上げられる方を望むに違いない。
堀の前に両の足をしっかりと食み、スタンスを広げる白衣の女アングラー。
不動のエースオブエースの貫禄そのままに――

――― さあ、最後の仕上げだ ―――

4つのビットとレイジングハートの先端が魔力で紡がれた縄――
否、釣り糸を形成し、しかと繋がる。
どんなにか細かろうとそれはSランク魔道士の魔力で編まれた強固な命綱。
決して切れる事はない。

「行くよ―――全力…………全開ッッッ!!!」

小柄で華奢な肩口が震え、最後の力を振り絞って蠕動する。
途端、彼女の何10倍もの質量を誇る投網が一気に引き上げられていく。

「魔法少女の一本釣りぃぃぃぃいいいいっっ!!!!!」
 ス  タ  ー  ラ  イ  ト  ブ  レ  イ  カ  ー

背負い投げのようにデバイスを肩口から抱え込み
両足に、四肢に、渾身の力を込めて引く―――否、渾身の力を込めて担ぎ上げる!!


―――本日はご来店頂き有難う御座いました

―――当店は17:00を以って閉店とさせていただきます
―――またのご来店を、


それはこの神代の遊戯。
非凡なるアングラー二人の激戦の幕を下ろすにおおよそ似つかわしくない
しかしながら非日常から日常へと返る者達を優しく送り出す場内アナウンス。

「蛍の光」を背景曲に、他に誰もいない戦場に事務的に鳴り響く――


「いっけえええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

それを掻き消す高町なのはの絶叫と共に―――

夕闇に輝き始めていた星の光よりもなお猛き
強き輝きを以って北天を覆いつくす桃色のヴェール。
焼けた橙色の空へと――

計37尾の銀の鱗たちが、見事に舞い上がったのだった。


―――― RESULT

エースオブアングラーズ・高町なのは

43HIT   stop

――――――

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最終更新:2010年11月29日 17:08