#1

ミッドチルダ北部ベルカ自治領聖王教会本部

「なんや、随分と人が少ないな」

観光名所としても名高いベルカ自治領は信者だけでなく観光客でも賑わう場所である
なじみの老信者に案内されながらはやては首をかしげた

「実は諸事情から信者や一般の方々の出入りを制限していまして、
詳しい話は後ほど、騎士カリムからお聞きください」

そうですかと納得し、周りを見てみると
どこか緊張した様子の教会騎士が足早に歩き回っているのが見て取れる

「これはシスターシャッハ達も急がしそうやね、
エリオには無駄足やったか」

「いえ、折角ですから何かお手伝いします」

傍らにいた付き添いの少年はそう言うと、
老信者にことわりを入れてから近くの教会騎士についていった

「カリムおまたせ」

教会騎士カリム・グラシアの執務室に入ったはやては
カリムの隣でテーブルに着く見知らぬ教会騎士に首をかしげた

「聖王教会教会騎士ユスティーツア・ヴォルフガング・ノイエシュタインだ、
時空管理局本局所属特別捜査官八神はやて一等陸佐でよろしいか?」

「あ―――はい、
八神はやて一等陸佐です、はじめまして」

騎士ユスティーツア―――現在聖王教会ヴォルフガング派の指導者の中で
カリム達とそれなりに話し合いが出来る人物とは聞き及んでいるが
同時に最も油断ならないとも噂されている人物でもある

―――この暗い目を見ると後者の印象のほうが強いなぁ
などと思いながら席に着く

「先日のアイネプッペだがな―――」

はやてが席に付いたのを確認するなりユスティーツアは前置きなしに切り出した

「少なくとも私の管轄ではないな、
派閥の全体にしても現在混乱状態で調べようも無いときた」

「混乱中?」

鸚鵡返しにたずねるはやてにカリムが思い口調で答えた

「クラナガン郊外の聖王教会支部で、
ヴォルフガング派の長老が殺害されているのが確認されたの
その数日前に騎士ユスティーツアが謁見したときはまだ健在だったそうだけど」

「それを証明できへんって訳やな?」

騎士ユスティーツア自身も容疑者と言う訳である
時空管理局でもJS事件時の最高評議会殺害の現場は誰も把握しておらず、
事件後に一部の証言などにより戦闘機人によるものと断定された経緯がある
今回の場合も似たようなものだろう

「あぁ、―――もっとも、
脳みそそのものが直接爆発したとでも考えないと説明が付かない状況だったがな」

彼女がこうしてこの会談に参加する自由を得ているのも、
それが彼女に実行できないことである確証があるからである

「爆発物ではなく、脳が?」

「物質置換で脳を爆発物に変換したというのが現在の見解だ、
もちろん物質置換は非常に高度な技術だが―――」

腕を組んで背もたれに身を預ける、
その間の取り方に、はやては相手が本題を切り出そうとしていると察し表情を硬くした

「これがロストロギア―――宝具によるものであれば不可能な話ではない」

アイネプッペの一件を脇に置きながらも
ロストロギアだけで済むところをあえて“宝具”という単語に言い直したことで
ヴォルフガング派、もしくは彼女個人がこの事件に一枚噛んでいると
言外に認めたことになる

とは言え簡単に取り押さえることは出来ない
今この部屋にいる中で実際に“強い”のは彼女なのである

「まぁそれはさておき、
―――騎士カリム、この教会本部の騒がしさは何だ?」

はやてにとってもそれは気がかりである
ここにくるまでの物々しさはやはりただ事ではない
ユスティーツアも曲がりなりにも聖王教会本部の大事となれば
放置するわけには行かないようだ

「実は―――」

深刻な顔でカリムはそれについて話し始めた




#2

「これ、かな?」

外壁に刻まれた魔法陣を確認し、エリオは一人つぶやいた
デバイスに入れたデータと照合し通信で場所を報告する

聖王教会本部の建物のいたるところに魔法陣が刻印されるという
怪現象が起こっていたのである

ミッド式ともベルカ式とも違う形態であり、ひとりでに浮かび上がるということもあり、
現在聖王協会は一般人の立ち入りを制限し、原因を調査していた

気分転換を兼ねてシスターシャッハらと鍛錬するつもりで
はやてに同行したエリオであったが、話の流れで調査に加わることとなった
とは言え魔力そのものをどうにかできる訳も無く、
報告を終えてしまえば出来ることなどない
いささか覇気の無い顔で次の刻印を探そうと首をめぐらせたその時だった

「なんだ随分しみったれたツラしてんじゃねぇか坊主」

十メートル以上はある塀の上から誰かが声をかけてきた

「誰だ!?」

反射的に身構えながら武装する
声をかけてきた男は躯の線に沿ったピッタリとしたボディスーツを身に纏っており
少なくとも普通の教会騎士ではない

「その歳で一人前に得物を持つか―――
いいねぇ」

ひらりとそれだけの高さを意に介さず飛び降りると、
口の端を吊り上げ、その手に一本の真紅の槍を手にしていた

「その槍―――ランサーさんと同じ?」

穂先や石突のこしらえこそ違うがランサーの持っていた二振りの魔槍と同じものであった
(ちなみにエリオは二週間前の地上本部襲撃時には直前の会議時には参加していたが
技術部から汎用デバイスを手に現場である正面玄関に出ていた)

「ほぉ、同郷の英霊に会ったのか
―――親父殿は神霊だから呼ばれるわけが無いとして、
さしあたり、マックールの小僧のところの色男あたりか」

口の端を吊り上げて楽しげにそういうと「まぁそれはそれとして」と、
改めて槍を構え直した

「打ち込んできな坊主、
互いに得物を抜いておいてやりあわねぇって訳にもいかねぇだろう?」

「あ、えっと?」

敵意や殺意といった雰囲気の感じられない態度に毒気を抜かれて、
エリオは思わず反応に戸惑った

笑みを貼り付けた顔でどうやらこちらを値踏みしているらしいというのは判るのだが
はたしてやっていいものかどうか?

「やれやれどういう教育したのかしらねぇがお行儀のいいこった、
なら―――こっちから行くぞ、動くなよ?」

言い終えるのと赤い閃光がエリオの顔の横をかすめたのはほとんど同時だった
当てる気の無い一撃であることがありありと見て取れる一撃だったが、
直撃していればエリオの顔には風穴が開いていたはずである

「上等、なら次は―――当てるぞ」

反応すら出来なかった一撃に、
冷や汗を流しながらも怖気づかなかったことに気を良くしたのか
引き絞る動きとともに眉間、心臓、わき腹と三連で槍が繰り出される
とっさに身構えたストラーダで眉間と心臓は防いだが、
わき腹を防ぎきれず、エリオは傷を庇いながら数歩男から距離をとった

遊び半分に命を奪いかねない男の態度だが
其処にはどこまでもまっすぐな戦士のスポーツ的な空気さえ感じられ、
エリオはさらに戸惑い、一拍おいて理解した

―――いや、そうか
この人の戦闘はなのはさん達の模擬戦と同レベルの“比べあい”なんだ

その違いはせいぜい命がかかっているかどうかだけである
それそのものは果てしない違いであるのだが
ようは死ななければいいのだと納得して身構える
そこに納得できるあたり異常な心理状態なのだが、そこは男の持つ空気ゆえだろう

少なくともこの男が強いのは確かだ、遠慮は要らない

「行くよ、ストラーダ!」

まっすぐに穂先を相手に向けて構える
モード2セット、カートリッジ二発ロード

「いきます!」

「おう、こい!」

変形する槍に目を見張ったものの口元に浮かんだ笑みは変わらない
むしろ一層きつく口の端を吊り上げ、立ち向かう少年を迎え撃つ

「でやぁ!」

ドンと石突から噴出す魔力に打ち出され、一瞬にして間合いをつめる
各部から飛び出し複雑に可動する噴射機構によって強襲能力を上げた一撃を

「なんだ、結構やるじゃねぇか坊主」

身をひねるようにして振り回した槍の柄で受け流し、
そのまま石突で打ち据え、さらに―――

「うわっ!?」

返す刀で振り上げた穂先の一撃を必死に受け止めた死角から蹴りが繰り出され、
エリオは受身を取りながら地面をごろごろと転がった

「打ち込みは上々、思い切りもいい、この歳で自分の業を心得てるとなれば、
これは師の方は相当かね?」

立ち上がるエリオを見ながら仕切りなおすようにして一人呟く、
惜しむらくは歳か、流石に若すぎるなどと余裕を見せていた男が、
不意に何かに気づいて横へと視線を向けた

「そこまでです」

視線を向けた先に長髪のシスターが両手に二振りの剣を構えて立っていた

「確認しておきますが、この刻印は貴方によるものですか?」

「いいや、こそこそ仕込むのは魔術師の領分だろ、
ま、心当たりが無いとは言わねぇがな」

飄々と槍を弄びながらシスターの問いに答える

「本当ですか?」

「おう、嘘をつく理由もねぇだろう?
まぁ折角だ、教えてほしかったら―――俺に一発当ててみな」

悪戯を思いついた子供のような顔でそう言うと、
男は弄んでいた槍を再び構えなおした




#3

同じ頃、聖王医療院

「―――それほど、ですか」

シャッハの驚愕にシグナムは重い息を吐きながらうなづいた

「えぇ、正直に言ってこれ程の完敗は覚えが無い、
特に最後の一撃、あれに対抗できる魔導師はおそらくいないでしょう」

単純な威力だけなら対抗できる広域砲撃魔法もあるかもしれないが、
魔力の収束にかかる時間が短すぎる
シグナムの知る限り同等の速度で同じだけの威力を叩き出せる魔導師などいない
物量で押せばどうにかならなくは無いかもしれないが、
なるまでの間にいったいどれほどの犠牲が出るか

「ところでシスター、
教会の方はいいのですか?」

「セインはともかく、
オットーやディードも大分使えるようになりましたし、
それに、今日は別件のついでですから」

「別件、ですか?」

シグナムがいったい何だと首を傾げたそこへ

「あぁ、シスターシャッハこちらでしたか」

金砂の髪の見知らぬ少女が姿を現した

「―――っ?!」

いや、見知らぬというのは間違いというべきか
碧の瞳や肌の色などの違いはあるが、そうした要素を除いて造詣のみを見れば、
少女の外見は黒騎士と瓜二つといって差し支えない容姿である

シャッハの言うところによると次元漂流者のようなのだが
本人曰く本体ではなく写し身であるらしく、
おそらくこの世界におきている何らかの歪みが原因ではないかと言う事らしい

「―――歪み?」

「はい、詳しいことはまだ判りませんが、
この世界に何らかの歪みが起きているのは確かです」

それが何かは判りませんがと言いながら少女は言葉を濁した

「それよりシスター、
教会の方から呼び出しがかかっているようですが」

「えぇ、承知しています
病院内ですから通信には出ませんでしたが、
おそらく教会の騒動に関するものでしょう」

「騒動?」

席を立とうとするシャッハにシグナムが疑問を口にする
空間モニターを開きながらシャッハは教会におきている魔法陣刻印騒動について説明した

「魔力に反応して浮かぶのが“完成したもの”だとすれば
教会本部の建物全体にかなりの数が刻印されていることになりますね」

そう説明を締めくくるシャッハの隣でモニターの画像に見入っていた少女が
「ブラッドフォート……」とつぶやき、厳しい顔で彼女を振り返った

「シスター、
この刻印は二週間ほど前から見られるのですか?」

「そうですが、どうしたのですか?」

問い返すシャッハに答えず少女は難しい顔で思考に没頭すると
ややあって意を決したように口を開いた

「マザーカリムに連絡を、これは魂喰いです」

「魂喰い?」

聴きなれない言葉に鸚鵡返しに問い返す

「はい、その昔知り合いの魔術師に聞いたところによれば
魂どころか内にいる者をその躯まで溶解し魔力として取り込む悪質な結界だそうです」

術式が施された土地を完全に侵食するのが敷設から二週間程という話ですから、
いつ発動してもおかしくないでしょうと続ける少女の説明に絶句する

リンカーコアに干渉しての魔力収集などというレベルの話ではない
コレを施したのは文字通り“人を喰う怪物”ということだろう

「しかしおかしい、
この術は“彼女”の宝具のはず……」

絶句するシャッハ達にたいし、説明とは別に個人的なことをつぶやく
どうやら使い手に心当たりがあるらしい
それは大いに気になるが、ひとまず後回しにしようとシャッハは口を開いた

「では、とにかく一度教会に戻りましょう
詳しい説明は騎士カリムのところでお願いできますか?」

「わかりました」

礼儀正しくシグナムに暇を告げると二人は慌しく病室を後にした

客人の去った病室でシグナムは先ほどの少女の言動を反芻していた

おそらく彼女はサーヴァントによる一連の事件とは無関係ではあるまい、
むしろ核心に近いところにいると見て良いだろう

その存在が吉と出るか凶と出るか
どちらにせよ彼女が今後の鍵なのは間違い無い

「いずれにせよ、早く治さねばな」

他人のモノかと思う程動きの鈍い我が身を見回して息を吐くと、
シグナムはベッドに身を横たえた

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最終更新:2010年02月04日 14:14