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/ Prolog -3

 ○その二日前

 バイトの帰りだった。
 食料が詰まったビニール袋を片手に持ち、ぼんやりと歩いていたのが三秒前のこと。
 日はとうに落ち、夜の帳が落ちている。
 平凡な道。電灯の下で。
 青年は『それ』を見た途端、少しだけ目を泳がせた。
「……えーと、これは一体どういう状況だ?」
 困惑しきりと言った顔で、その青年――衛宮士郎は額に手を当てた。
 視線の先には、小さな体。
 その小さな体が――地面にうつぶせに倒れている。
 電柱の横で、目をグルグル回しながら倒れている。
 挙げ句の果てに、ぐぎゅる~という音が聞こえている。
 そして、その小さな口から。

「お腹……空いた……」

「――――」
 ……行き倒れ、か?
 士郎はどうしたもんかと首を捻った後、ごそごそと袋を漁り。

「……喰うか?」
「喰う――――!」

 差し出したどら焼きをビニールごと、というか手ごと食らい付く――高町なのはを視線に収めて。
 士郎は再び、どうしたもんかと首を捻った。

 そして。

「……何かしらコレ」
 市街からの帰り、遠坂凛は道路の端に打ち棄てられたように転がっている『ソレ』を見つけた。
 幾ら街灯があるからといって、簡単に見つかるようなモノでもなかったが、目ざといのに定評がある遠坂凛だ。流石である。
 ひょい、と指でつまみ、街灯の明かりに透かしてみた。
「あら、綺麗。宝石――かしら」
 指先にあるのは赤い玉だ。どうも宝石とは違うように思うが、しかし作りは安くない。
「……」
 むぅ、と腕を組み、何秒か思案した後。

「今日の夕食は何にしようかしら――――!」

 言って、赤い宝石をコートのポケットに入れた。

 ――――ネコババ、だった。


/ Prolog -2

 ○その三日前

 言峰綺礼はその夜、ソファに体を沈み込ませながら、言った。
「見ろ、ギルガメッシュ。これは一体何の冗談だろうな?」
 ワインを片手で燻らせ、そして一口飲み込んだ。
 その掌には――紋様が刻まれていた。ミミズ腫れにも似た、ソレ。
 言峰の対面にいる黒いジャケットの金髪の男――ギルガメッシュは、それを見て。
「……まさかお前が再び参加者になるとはな。――茶番、だな。一体どういう風の吹き回しだ? 綺礼」

「さぁな。聖杯の考えなど私に分かるはずがない。だが、これは確かに異常だ。
 恐らくシステムそのものに重大なエラーが起き……〝枠〟そのものが大幅にズレたのだろう。
 いや、ズレたのは――〝枠〟ではなく……ふふ。気をつけろよ、ギルガメッシュ。今回は前回以上に狂っている。何が呼び出されるか、何が起きるのか分かったモノではないぞ」
 ギルガメッシュは「――は」と鼻で笑い。
「抜かせ。これが見せ物というなら、我は精々楽しませて貰うとするさ。それで、誰かから令呪を奪う手間が省けた――貴様は一体何を呼び出すつもりだ?」
 言峰はワインを一息に飲み込み。
「決まってる。知っているだろう? 私は酷く、臆病なのだよ」
 不確定要素は要らない。前回の轍を踏むわけにはいかないのだ。
 ならば、前回の参加者が選ぶ選択肢は決まっている。
 ――――自分が知っている、扱いに慣れたクラス。
 つまり――――
「くくく、面白いことになるぞ。今回ばかりは私にも一切読めん。
 なぁ、ギルガメッシュ。興味はないか? 今回の狂いに狂った聖杯が――『何』を吐き出すのか」
 前回は新都を焼き尽くすほどの大災害が起きた。
 ならば、此度の聖杯戦争の結末。狂いに狂った聖杯が、いかなるカラミティを引き起こすのか――――
「さぁ見せて貰おうか、テンノサカヅキよ。この茶番劇の結果を。お前の、その泥に塗れた願望を……!!」
 言峰は天井を仰ぎ見た。灯りの先、真円を描いた満月を透かし見るような仕草だった。
 ギルガメッシュは黙ってその仕草を見た。
 ――――……願望機の願望を見ることを望むか。さて、狂っているのはどちらの方か。
 立ち上がり、静かに部屋を出た。
 教会の出口へと向かう、その最中。
 ギルガメッシュは少しだけ顔を上げた。
 視線の先には――――十字架。全てを見守るようにして屋根に鎮座する神の象徴。

 ――――降り注ぐ月光は、灰色にも似て。


/ Prolog -1

 ○その一日前

 そこは薄暗い部屋だった。
 明かりは無く、ただ闇がある。
 しかし、そこには蠢く『何か』がある。闇の底で、ざわざわと犇めくのは。
 ――蟲、だ。
 キィキィ、と鳴く声のみが空間に響いている。
 しかし。

 瞬間、その闇を散らすように――莫大な光量が飛沫(しぶ)いた。

 部屋の中央から渦を巻く光は全てエーテル。光から逃げるようにざわめく蟲達。
 ――――それをぐちゃり、と踏みつぶす音がした。
 光の中心……魔法陣の中央には一人の人影がある。
 そして、もう一つ。魔法陣の前に、長い髪の女性の影。
 ばさり、と光を弾くように魔法陣の中央の人影――『彼』が動いた。それだけでエーテルの乱舞が止む。
 『彼』が女性の影を一瞥した――刹那。
「……」
 ひゅ、と空気を裂く音がした。その短い音が止む前に、『彼』の無骨な短剣の刃が、『彼女』の首筋の直前で静止した。はらり、と刻まれた髪が地面に落ちる。
 『彼女』は微動だにしなかった。どころか、自身の命すら危うかったのにも関わらず眉一つ動いていない。
 別に『彼女』に何か策があるというわけではない。どころか、このまま斬撃を『彼』が止めなかったら、そのまま首が落ちただろう。
 しかし、力が無いわけではない。『彼女』には『彼』を律する力がある。サーヴァントに対する絶対命令権――令呪という力が。
 だが、『彼女』は一切動かない。魔力の欠片すらも感じることがなかった。
 それが不思議なのか、『彼』は静かに問うた。
「――何故」
「――別に」
 応答はそれだけ。
 『彼女』は俯いたまま、動こうともしない。
 僅かに垂れ下がった前髪と、その奥の虚ろな双眸。そして『彼』はその顔を――見た。
「……!!」

 理解した。
 『彼女』には何もない。生への執着も、この世に対する未練も、何も。
 あるのは虚だけ。絶望を超越した、何もない虚無こそが『彼女』の本質だった。
 そう『彼女』は――このまま死んでも構わなかった。
 否、むしろ――――
 『彼』の口元が、ニヤリと歪んだ。
 ばさり、と外套がはためく。そして、そのまま。
 ――――『彼女』に傅いた。
「サーヴァント・キャスター。召喚に応じ、此処に参上した。これより我が全ては貴女と共にあり、運命は貴女と共にある。――ここに契約は完了した。さぁ、命令を。
 ――――我が主人よ」
 自分に跪く『彼』――赤い外套を羽織ったサーヴァントを見て、『彼女』――間桐桜は初めて顔を上げた。
 桜は自らのサーヴァントを見て。
 しかし、結局、その表情は微動だにしなかった。

 闇の隅で、蟲が一声キィと鳴いた。


 そして――――……


/ Prolog

 ○当日

 ――――さて、これは一体どうしたことだろう。

 と、遠坂凛は上手く働かない頭で思った。
 正直、これ以上はないってほど出来だった。
 それはもう釣り竿でクジラどころかひょっこりひょうたん島でも釣り上げたのかってくらいの手応えだった。
 というか手応え有りすぎて、少し目眩がするほどだ。
 ……うん、パスは確かに通っている。てかガンガン吸われている。〝コイツ〟、どんだけの化け物――――
 そこまで思った瞬間、頭を抱える。
 一瞬でも目の前の『モノ』を、サーヴァントとして認めてしまった自分を殺したい。それ以上に召喚したとき、あまりの手応えに『よっしゃあ!』と女子にあるまじきガッツポーズを決めた自分を殴り倒したい。
「えーと……」
 とりあえず事実を認めたくないので、遠坂はぐるりと周りを見渡した。
 現実逃避である。
 遠坂凛の自宅。その地下室。由緒あるアーティファクトから、一回使った切りで埃を被っているバランス・ボールまである。
 正直返品したい。何で買ったんだろうね私。蒔寺さん辺りに売りつけてやろうかしら。
 その中央。今だエーテルが乱舞し、赤の燐光を散らしている魔法陣があった。更にその中央に――――
「……はぁ。やっぱり認めるしかないか……」
 『ソレ』を視界に捉えた途端、再び凛は頭を抱えた。
 ――――杖だ。
 杖が、あった。
 魔法陣の中央、莫大なエーテルが満ちる中、ぽつんと杖が直立している。
 くすんだ金の柄の先端には、赤い宝玉がある。
 そこには決して人はいない。杖だけだった。

「何でよ――――っ!!」

 叫んだ。それはもう屋敷全体を震わせるほどの大声だった。
「何? 何なの? これだけの宝石とこれだけの手間暇かけて結果が――杖!? 杖ですって!?
 は、確かに機械も英霊になる可能性もあるっていうのは聞いていたけど――――幾ら何でも杖は無いでしょ!
 セイバーどころか人ですらないじゃない!! そしてそれに抜群の手応え感じていた私って何!?
 ――――もしかして私って才能無かった!? 自分読み間違えていた? え、じゃあ、今までの私は!? 私って天才キャラじゃなかったの!?」
 自身のアイデンティティーの崩壊に耐えながら必死に弁解を続ける。――主に自分に対して。
 宝石の量、刻んだ陣の文字、呪文の詠唱、自身の魔力量がピークになる時間帯――――
 どれも間違ってないはず、と口にした瞬間だった。


『いえ、それは違います。現在時刻は午前零時三分五六秒です』

 と、凛の目の前の杖が達者な英語で告げた。
「……は?」
 ……――まぁ、英霊として呼びだした杖なんだから、喋りの一つくらいやってもらわないと困るわよねー。
 にしても何で英語――――……
 と、そこまで考えた瞬間だった。
 凛はおそるおそる杖に語りかける。英語で。危ない人じゃないかしら私。
「えーと、零時って本当に? 一時の間違いじゃなくて?」
『次元座標確認。当該地域のローカルネットに接続。時刻再確認。――はい。間違い有りません。グリニッジ標準時刻で現在午前零時四分四九秒です』
 あっちゃあと呟き、頭を抱え。
「時間間違えた……!」
 ……そういえば朝、家中の時計が一時間早くなってた……! 誰よ、箱開けたら屋敷内の時間ズラすような無意味なイタズラした奴……!!
 むやみやたらにレベルの高いイタズラである。ニヤリと不敵に笑う老人の顔が何故か浮かんだ。
「ここ何年かどころか人生単位で一番の大ポカだわ……はぁ、でも呼んじゃったもんは仕方ないわよね……。いつまでも沈んでられないし」
 すぅ、と息を吐いた後、凛は笑顔を作った。かなりぎこちないが。
「とりあえず、アナタ?でいいのかしら――アナタはどこの英れ」
『マスターからの呼び出しを確認。承認しました――――』
 ひゅん、と凛の言葉を遮り、杖が飛んだ。そのまま凛の真横をすっ飛んでいき、地下室の天井にぶち当たった。
 しかし、それでも止まらずに――壁をぶち抜いて、かなり豪快にかっ飛んでいった。
 ――へ、と固まった笑顔のまま、ぎりぎりと振り向く凛。
 そこには見事なまでに穴が空いた天井があった。瓦礫と共に破片ががらがらと凛の前に落ちる。
 ……えーとさ。
「――――マスターって、私じゃないの?」


 たっぷり三分くらい固まった後、凛は駆け出した。
 自身のポカは後でゆっくりたっぷりと後悔するとして、ひとまずはあの杖である。
 幾ら召喚に失敗して、明らかに人ではないものを呼んでしまったとは言え、正式な手続きを踏んだ以上、あれは自分のサーヴァントに間違いないだろう。
 ということは、だ。聖杯戦争を勝ち抜くには、こんなところで行方を見失う訳にはいかない。
 あれがサーヴァントならば、何らかの力はあるだろうし、幾ら召喚を失敗したからといって、やり直しや参加をパス出来るほど聖杯戦争は甘くない。
 ……ていうか、するつもりもないし!
 半ば意地になって、凛は駆ける足に力を込めた。
 ――そう、そうよ! 私は遠坂なのよ。偉大なお父さんの、遠坂時臣の娘なのだから――――……
 遠坂家の家訓は『常に優雅たれ』だ。
 何が起こっているか分からないが、ひとまずは落ち着こう――と凛は思った。優雅と呼ぶには既に手遅れだが。
 そして、階段を昇っている内に――邸内に『二つ』の魔力反応があることに気がついた。
 ……一つは、あの杖よね。もう一つは――――?
 どうして今まで気がつかなかったのか、という考えに至った瞬間、凛の背筋が凍った。
 簡単な話だ。
 そう、あまりに魔力反応が巨大すぎて、今まで位置を特定出来なかっただけ。一つの魔力を覆うほどの、圧倒的な魔力量――――
 今まで凛が魔力供給していたのは、あの杖ではない。もう一つの、馬鹿げた程に巨大な魔力許容量を持つ『何か』だ。
 歓喜、よりも恐怖が先に来た。
 凛自身、まだ若輩ながら、強力な一流の魔術師だ。その魔力量は平均の何倍も上を行っている。にも関わらず、いまだ魔力が吸い取られ続けている。
 ……そんなの、もう人間業じゃない。幾ら英霊とはいえ、これは――――
 悪魔、神霊――脳裏にはそんな嫌な単語が飛び交う。まさか自分は英霊ではなく、何かとんでもない化け物を呼びだしてしまったのではないかと。
 ますます鈍痛が激しくなる頭を抱えて、凛はその扉の前まで来た。
「……間違いない。いるわ、ここに」
 このひしゃげた扉の先にはリビングがある。そしてそこには正体不明の『何か』がいる。
 ――つか、何で扉歪んでるのかしら……。
 ドアノブを回して引っ張っても、全体がひしゃげているせいで開く気配すらない。
 その時、優雅にシリアス決めていた凛の額に青筋が走った。
 ……あのさぁ。幾ら何でもさぁ……上手くいかないにも程がない? 何で私こんなことやってるのかしら……。

 理不尽。その三文字の漢字が頭の中を乱舞した途端。
 ――――凛の怒りがピークに達した。
「ああもう……邪魔だ、このぉ――!!」
 優雅も何も知ったこっちゃねぇ!と言わんばかりに、扉を思いっきり蹴り倒した。八つ当たりである。
 凛の怒りがたっぷり込められた蹴りが炸裂。扉は綺麗に吹っ飛んだ。
 そして、凛が踏み込むと――そこには。

「うーん。どうしようか、レイジングハート? 何か勢い余って思いっきり天井ぶち抜いちゃったけど……」

 謝った方が良いのかなぁ、なんてぼんやりと杖とやり取りしてる女性の姿があった。
 がしゃん、と凛の前に瓦礫が落ちた。
 見上げると天井に穴が開いている。見下げると地面にも穴が開いている。というかリビングが全壊してる。
 目の前の光景に理解が及ばず、放心してる凛を見つけた女性が朗らかに笑った。
「あ、アナタがマスターさん? えーと、何だっけ。召喚に応じ、サーヴァント・アーチャー此処に参上しました。早速だけどゴメンねー。召喚された場所が、ここの上空、つまり真上で――痛いの嫌だから、砲撃で天井ぶち抜いちゃった」
 てへ☆と語尾につけんばかりのテンションで、女性は告げた。
「……」
 呆然とそれを見るだけの凛。
 若い、女性だった。
 年齢は二十代だろうか。背は自分よりも少し高い。肩に届く長い栗色の髪。白と蒼と赤のジャケットとロングスカート。だが、その色はどこかくすんでいる。
 色褪せた――灰色。
 その色が、女性――己がサーヴァント・アーチャーに対する遠坂凛の第一印象だった。
 凛の瞳が、目の前の惨状と、アーチャーの笑顔を見比べるように動いた。文字通り、桁違いな魔力量がそこから流れている。
 どうやらあの杖はあくまで宝具か何かであり、本体である英霊は彼女、ということで間違いないだろう。英霊と杖は繋がっている。つまり、間接的に杖と凛は繋がっていることになり、慌てていた凛は杖に自身の魔力が流れていると勘違いしてたらしい。
 ということは――――目の前の、このどこか脳天気なお姉さんが。
「私の……サーヴァント?」
「そうだよー。真名言っても良いけど、多分知らないし、意味無いと思うな。私〝この世界〟では全然無名だから、名前バレしてもデメリット無いし」
 メリットもないけどね、とアーチャーは明るく付け加えた。
 凛の口元が、ひくっと痙攣のように吊り上がった。その顔のまま。
「もう……何だって言うのよ、コンチキショウ……!!」
 最早叫ぶ気力もないのか、凛はがっくりと項垂れながら呟いた。
 人生、そう上手くはいかないよね――という些か老成した事実を、二十歳前にして肌で実感した秀才・遠坂凛だった。
 そんな凛の姿――正確には、その短いスカートのポケットを見て、アーチャーは。
「……ふぅん。そういうことか。なるほどなるほど――なるほど、ね」
 先ほどの表情から激変。
 残酷なまでに狂的な笑顔を浮かべて、アーチャーは酷く静かな声で呟いた。
 天井に穿たれた穴。そこから覗く月を仰ぎ見て。

「……待ってなさい、高町なのは。今こそ私は、全ての罪を精算する。アナタだけは……私が必ずこの手で――――」

 ――縊り殺す。
 その言葉は誰にも届かず、ただ風に乗って消えた。


 ――――こうして。一つの結末から迎えた一つの始まりは終わった。

 全ての因子は捻じ曲がり、あるはずだった物語を巻き込んで裁断する。
 因が捻れたものならば、自然、果も捻れたものになる。
 狂った因果は有り得ない未来を呼び寄せるだろう。
 さぁ、開幕だ。
 一世一代の大茶番劇。悲劇と喜劇が入り交じった舞台。
 一人の魔法少女が駆け抜けた灰に塗れた夜の物語。
 盤上の人形を操っているのは誰か。それとも世界か。

 第五次聖杯戦争が今始まる――――