「その通りだ……我に歯向かう愚行の意がようやく理解出来たか。」

沈黙を破り、何を今更といった風体で言葉を返すギルガメッシュ。

「常より示しているであろう?この世全ては我のもの。我が庭だと。
 我と相対するという事は世界と相対するに同義―――
 いかに雑種が足掻こうが矮小な力が常世に穿てるものなど在りはしないのだ。」

「じゃあ今度は場所を北極か南極に移して戦わない…?」  

対して精一杯の虚勢を張り上げて王と相対するなのは。

「………貴方に負けたくなくて色々と調べたんだよ。
 確か貴方は生前、地続きだった世界=メソポタミアを統一したけれど
 あの時代ではまだヒトは極点にまで手を伸ばしていない筈……
 なら戦場をそこにすれば、少なくとも貴方の地の利は消えるよね…?」

「浅知恵も甚だしい。その無知こそ死に至る罪だと言うのだ。
 その絶海に至るまで治むるに易きよう、この世の果てに氷の魔剣を放ち
 それぞれ北と南の極地に氷土の大陸を創造せしめたのは他ならぬ我である。
 ちなみに現世にて犬ぞりなるものがあるが――
 アレも我が地獄の番犬を従え氷の大地を闊歩した事に由来しているのだぞ?」

「……そう。良い考えだと思ったんだけどなぁ」

「――――、」

はは、と笑う魔道士。
冗談のつもりで言った軽口。

しかし―――その後が続かない。
不屈のエースが常時纏っている静かなる覇気。
それが今は全く霧散してしまっている…。

「腑抜けたか雑種。
 いつもの威勢はどこへ置いてきた?」

「…………」

王の言葉を前に下を向いてしまう。
この相手にこんな情けない態度を取りたくはない。
取りたくないが―――今はどうしても体に、心に力が入らないのだ。

「貴方こそさっきまで全然らしくなかった。
 どことなく元気がなかったよね……どうして?」

「俺が陰を煩ったと? たわけが。
 貴様らの尽きせぬ茶番に辟易していただけの事よ。」

ほとんど苦し紛れの負け惜しみのように返した魔道士の言葉に対し
相変わらずの嘲笑混じりの答えが返ってくる。

「ことにあの人形の道化ぶりには嘆息も漏れぬ―――
 場末の踊子に即興を練らせてもあそこまで下卑た真似は披露すまい。
 その顛末もまた甚だ似合いの有様であったぞ。」

話しかけなければよかったと早くも後悔する魔道士である。

「……やめて」

自分はいい。だが今、フェイトの悪口を言われる事は――
それだけは聞き流す事が出来ない。
項垂れる魔道士の白い肩が震える。

「全く――自暴自棄となり、暴走し、自傷にかられて自滅する。
 実に工夫の欠片も見出せぬ無様な道化であった。……あのような痴態、我に二度見せる事は許さぬ。
 今後、貴様はあの者が外に出ぬよう海神の檻へでも放り込んでおくのだ。これは王の命である――」

「……やめてよ」

「ふん――――だが……気づいているか雑種? 
 あの無様極まりない痴態。目を背けずにはおれぬほどに泥臭い舞い。
 その全てが一体、誰のためにあったのかという事を――」

「………、やめなさい」

ぎりっと歯を食い縛り、なのはが殺意すら篭った目で英雄王を見る。
ほとんど無意識に胸のデバイスに手をかけていた。

「その懐のもの――いかにするつもりか?」

「…………」

この男は敵である。
だが高町なのはは自身の戦績において敵を憎んで――
憎しみをぶつけて戦った事などほぼ無い。
だが今、なのはは彼に対し未だかつて無い本気の怒りを感じていた。
冷静沈着、激情のままに力を振るう事など考えられないこの魔道士が
友の名誉を踏み躙られて――憤怒に身を焦がしている。

「ならば抜くが良い。この上、恥の上塗りをしたいと申すのならば事のついでよ…
 卑賤なる宴の肴など我にとっては一基食すも二基食すも変わらぬ。」

(く、ぅ……)

いや―――その憤怒。
そのやるせなさは男に対するものよりも、むしろ自分に対して――
自分の無力さに対する尽きせぬ怒りに起因しているのかも知れない。
なのはの口からくぐもった吐息が漏れる。
悔しかった……これほど悔しいと思った事はない。

だが、手を震わせ――
爪を自身の胸に食い込ませ――
それでも彼女は相棒にSETと……命ずる事はなかった。

相手の強大な力を恐れたのではない。
フェイトが一人で被った罪を、その身を自ら捕縛させて収めた場を
この自分が無駄にしてどうするというのか…?
それこそ友の行為を無駄にする事になる。

「貴方には……分からない」

だからそれだけを言ってなのはは踵を返し男に背を向ける。
もうこれ以上、話す事もないだろうから。

「貴方には分からないよ。」

「―――、」

二度目の言葉はもはや何の熱も感情も篭らない、とても冷めた心で紡がれた。

―――この人には分からない

そう、分かるわけが無いのだ。
人を信じず、人を近づけず
他人を対等の者として見ようともしない男には分からない。
今の自分のこんな無残な気持ちも――

想いがすれ違ったもどかしさ。
その気持ちに上手く答えられなかったやるせなさ。
悪戯に心配させて右往左往させた挙句、辱めてしまった罪悪感。
その全てがこの男には無縁の感情なのだろう。

「……さよなら」

男に背を向けてその場を立ち去る。
時間はまだ残っているが――先ほどの眼鏡のアルバイトの言う通りにとても釣りを楽しむ気分にはなれない。
あの青年が用意してくれた待合室でフェイトの解放を待とうと歩を進めるなのは。

―――英雄王ギルガメッシュ
恐らく今度再会する時は間違いなく敵同士。
傍若無人な決して人の心を解さぬ王。
お話も通じず、自分とは決して理解し合えぬ存在として――死力を尽くして戦う事になる。
それだけの事だ。
此度の邂逅がもたらしたものは所詮、それだけの事――

「――――我が友も」

「……………?」

「――――我が友も……神によって作られし人形であったな。」


それだけの事の、…………………筈だった。


――――――

「……………え?」

既に全ての感情を写さなかったなのはの顔が
この男に対する趣を全て失った筈の魔道士の顔が
その顔が唖然と、何を聞いたか分からないと言った表情を作る。

白き魔道士が振り向いた先――王はどこか虚空を――

遠い空を見上げるように視線を彷徨わせていた。

「今……何て言ったの?」

「――――、」

しかしながら陽炎の様に、小さく短い言葉を彼が再び紡ぐ事はなかった。

(……今のは)

今の言葉の意味するところは――
それはつまり―――

「そ、その人は……?」

「――――、」

それ以上の事を王は決して語らない。

目の前の無礼な娘に。決して相容れる事の無い端女などに。
この偉大なる王が抱く共感などありはしないのだから。


――――――

――― 人類最古の英雄譚

ギルガメッシュ叙事詩に記されし男の数々の偉業。

だがその詞には男の活躍のみが記されているのではない。
男の傍らには必ずといっていいほどに「ある者」の存在があった。

性別すらも定かではない。
史上もっとも強大な力を持つが故に唯我独尊を余儀なくされていた男を
唯一、叩きのめす事が出来た「彼女」

誰もが恐れと敬意を以って高みに頂くのみであった男と
唯一、対等に語り合えた「彼」

王は決して考えない。
かつては敵だった「神によって造られし者」
ソレとの死闘の果てに「その者」は自分の友となった。
その過程が期せずして目の前の端女と重なってしまったなどとは考えない―――

無二の親友となった人形と切磋琢磨して幾十年――
強大な試練と、冒険に立ち向かった日々。
神の放った不死身の雄牛を、共に協力して屈服させた。

――あれは痛快だった

協力などという言葉を知らなかった自分が、共に手を合わせて為した所業に悦を感じた。

そんな自分に苛立ちを覚え、舌打ちをするも
その者とならば不思議と悪い気分ではなかった。
それは丁度、今、友と協力して我が身立ち向かうこの女達のように、などと思う筈もないが―――

そしてその者とならばどこまでも高みに昇れると信じて疑わず
神の意に真っ向から相対し――二人は敗れた……

これ以降――男の叙事詩にかの者の名前が出てくる事は無い。
「その者」は、最後はこの目の前の女の友が、たった今見せたような穏やかな笑みを遺して――

あっさりと、あまりにもあっさりと無残に朽ち果てていった。

その記憶は男の胸の内にのみある
友との、尽きせぬ思い出の終焉に
男は初めて深い悲しみと絶望を識り
文字通り己が半身を失い――

真の孤高の存在となった。

男の心に永久に紡がれる事となった
かの者の名は――――


――――――

決して王は表さない。
郷愁。哀愁。その他、一切の弱き心を衆愚に晒すは王の恥。
故にただの一言―――

「―――雑種の分際でつまらん事を思い出させてくれた」

吐き捨てるように口にしただけ。

「……………」

しかし――それで十分だった。

彼が消沈していた理由。
今しがた一瞬、見せた顔。
その瞳の奥に宿る今まで見たことの無い悲しい光―――

無論、その全てを高町なのはが理解できたわけではない。
だがしかしそれは今の自分と同じ――
強大不遜な王が垣間見せた憂いは今まさに自分が感じているものと同種の
いや、もっともっと、想像も出来ないほどに昏く哀しいものに見えた。

抱いていた微かな疑問も何となくだが氷解しつつある。
あの洗面所の邂逅――何故、剣を向けたフェイトを見逃したのか…?
自身に剣を向けてきた相手を許す男ではない。
にも関わらずフェイトがその例に漏れた理由――その答え。

―――重ねていた、?

自分とフェイトの姿にかつての男の何某かを見据えての事だったのではないか?

全ては漠然とした憶測に過ぎず、その男の事など未だ何も理解できていない高町なのは。
であったが………それでも――

「意外だね。友情とかそういうの、全然理解しない人だと思ってたのに…」

なのはの口からは独りでに、本心からそんな言葉が突いて出る。

威と、暴と、覇――彼のそんな顔しか知らない高町なのはが見た、英雄王の初めての素顔。
決して分かり合えないと諦めかけていた男の憂いに満ちた表情が初めて自分と重なった――
今、なのははこの王に対する見方に、些細ながらもはっきりとした変化が訪れている事を実感する。

「―――、チ……」

だがそんな視線を受けて舌打ちする男。
やはり余計な一言であったと苛立ちを露にしているのだろう。

「調子に乗るなよ雑種。
 我は人類最古にして最も偉大なる英雄王・ギルガメッシュである。」

支配の対象にこのような目を向けられるなど君臨する者として決してあってはならぬ事―――

「我に―――貴様ら雑種と同列に語られる要素など一切合財の悉くが有り得はせぬ。
 貴様らと我は何もかもが違う―――当然だ。我は王なのだからな。」

   だが、一方で男は思ったのかも知れない
   ――友との絆の深さに貴賎はなく、其は例外なく尊い。

   どのような矮小な輩であっても
   そこに何人たりとも貴賎を問う事はかなわない。

   友に報い、友のためにその身を犠牲にする姿は
   どんなに無様で、どんなに泥臭くても―――尊ばれるもの

「……………」

それを口に出すことは決して無い。
王はその威を、ただ玉座にあって民に示すのみ。

「いや……そういうのって、やっぱ言ってくれないと分からないよ。」

「何の事だ?」

「別に…………ふふ」

「貴様―――我を愚弄するか!」

先ほどまで感じていた怒り。
全てでは無いにせよ、どこかへ吹っ飛んでしまった。
苦笑いとも取れる微笑を称えるなのはに対し、今度は逆に英雄王が仏頂面である。
まさか自分とこの相手との間に、こんな光景が生まれるとは――
あり得ぬ空間のあり得ぬ巡り合わせ。

―― 其が生んだ一つの奇跡 ――

恐らく天文学的な確率における事態。
今世に至ってこの二人が笑みを以って相対する事など
そうそうある筈も無いのだろうし―――

「コクトー。第三を貸し切りにせよ――」

「え? でももうお客さんが…」

「王の命である。疾く致せ」

「は、はい」

英雄王が言い放ち、おもむろになのはに背を向ける。
照れ隠し……ではないだろう。
この男に限って、流石にそこまでの可愛い気を期待するのは贅沢すぎる。

「雑種。一つだけ教唆してやろう――」

「………」

「先ほど貴様は友の思いに答えられなかったと嘆いていたが――」

黄金の王が後ろ手になのはを見据えて言う。

「さも早急に答えを出す事こそ浅はかの極み。
 死した者の遺した思いに答うるは、己が一生を費やして示すもの――
 全ては己の生涯によって刻み付けたモノ次第という事を理解せよ。」

「あの……フェイトちゃん、死んでないんだけど。」

「あの人形の遺した心意気に免じて―――立ち去るというのならば追いはせん。
 どこへなりとも消えるが良い。」

「いや、だから…」

「だが――」

そう言って道具一式を虚空に納め、男は悠々と歩き始める。

「友の気概に今一度、答える気があるのならば特別だ。機会をくれてやろう・
 もはやどう足掻いてもお前の勝ちはなかろうが――
 せめてこの英雄王の敵として誇りある最期を賜ろう。」

決してそれ以上は己が心内に入り込ませぬとばかりに――
なのはに一瞥する事もなく、既に沈みかけた夕日を受けて
黄金のサーヴァントはその場から去り往くのであった。


――――――

(フェイトちゃん…)

既に人のいなくなった第二釣場の人口の芝生上。

(私、どうすれば良いと思う……?)

白いワンピース姿の乙女が一人
風景に溶け込むように腰を落ち着けていた。

中天を過ぎた太陽は既にほとんど西の空へと消え去り
この釣堀場もあと半刻を待たずして閉館となる。


この後、どうするか――――

これ以上、騒動を起こして周りに迷惑をかける事無く、フェイトを引き取って家路に着く。
家では家族が、ヴィヴィオが自分らの帰りを待っているだろう。
それで穏やかな家族団欒を過ごして………この休日は終わり。

それだけだ。
それが一番、無難で問題の無い選択だろう。
だのに、今、自分は……

――― いけない事を考えてしまっている ―――

―――頑張って

―――勝って。なのは

フェイトの言葉が頭の中をぐるぐると回っている。

「………参ったな、こんなの久しぶりだよ。」

彼女の膝の上にはギンガムチェックの包みが二つ
慎ましやかに乗っている。

「レイジングハート……どうしよう。」

<What? What happen my master?>

それは言わずと知れたフェイトの贈り物――

その一つ。先ずは星型のチョコレート。
親友の友情と愛情の篭った結晶をカリ、と一口――

また一口――

もくもくと、

口の中いっぱいに広がる香りを
フェイトそのものを味わうように感じながら
その全てを口に入れる。
ほろ苦く、控えめな、ほんのりとした甘さ。
それはまるで彼女そのものを体現するかのようなチョコレート。

「美味しい……本当に美味しいよフェイトちゃん」

これだけのチョコレートを一気に体内に含めば、本来ならのぼせてしまう。
だけど今はそのくらいが丁度いい。
今や黙っていても体内を巡り走る活力―――
高速で回るリンカーコアが………彼女にもっと活力を寄越せと急き立てる。

そして喉に絡みついたカカオの塊を――

ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ、、

彼女はもう一つの包みに入っていた
ビン詰めの滋養強壮剤で全て流し込んだのだ…!

「…………は、ふ、」

目を閉じ、瞑想するかのように息をゆっくり吸って吐く。
その体内にみなぎるフェイトの思いを今、指の先にまで染み込ませるかのように――

「うん……」

深呼吸を2,3度繰り返し、そして目を開けたエースオブエース。
瞳にはもはや何の迷いも無い。

「久しぶりだ……本当に」

(……今、凄く燃えちゃってる……私!)

そしてドリンクの瓶を横に払うように勢い良く投げ放つ魔導士。
乱暴に投げ捨てた筈のそれはピンク色のオーラを伴って矢の様に一直線に
重力の法則を無視するように飛んでいき―――
50m以上も離れている空き瓶用のゴミ箱に数分の狂いも無く叩き込まれる。

神風は吹いた―――

友の奮戦が、友情が、愛情が、立ち塞がるライバルの存在が
好敵手との思いがけない邂逅が―――

「よーーーーしッ!!!!」

エースオブエース・高町なのはの真なる扉を開き「最強の状態」へと押し上げていた。

ここからが本当の勝負――風がそう告げていた。
夕日も消え入ろうとしているこの小さな戦場にて――
最後の聖戦へと向かう白き姿は、時には「悪魔」時には「女神」と称された。

ならば彼女は悪魔と神の両属性を持った者。
半神半人の英雄を相手に戦うに何ら不足は無いだろう。

白き法衣へと身を包んだ彼女。
エースオブエース・高町なのはが――

宿敵・黄金の王と最後の決着をつけにその一歩を踏み出すのだった。


ここまでの戦績

英雄王ギルガメッシュ
spec/skill : 友情を解す心
25HIT

高町なのは
spec/skill : 体力&気力&精力MAX
         熱血、必中、魂、愛、友情、奇跡
         ???因子

6HIT

フェイトテスタロッサハラオウン
spec/skill : ――――
ド反則によりリタイア

アーチャー
spec/skill : ――――
巻き添え食ってリタイア

  目次  

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最終更新:2010年11月29日 17:05