「―――、」

「………」

「もはや全てが手遅れ。
 あのアーチャーよりあらゆる意味で救いが無いと評されていたがその通りの有様とは―――
 贋作を理解出来るは贋作者のみ。ク、、哀れよな…」

「私は贋作じゃない」

廊下にてギルガメッシュとフェイトの対峙は続いていた。

「良い。起源すら持たぬ剥製人形如きがよくぞ我を前にそこまで吼えた。
 我が鑑定を遥かに超える道化ぶり―――楽しませてもらったぞ。
 故に数々の無礼は不問とする。大儀であった。」

そう言い放ち、一方的に納得したまま
男は踵を返してフェイトの元を去ろうとする。

「…………まだ話は終わってない」

「――――――、ほう?」

だがここで逃がしてなるものか。
本題はこんな下らない話に時を費やす事ではないのだ。

「未だ我を哂わす余興を抱え持っていると言うか?
 まったく――あまりに芸達者なのも考え物だぞ。
 良き興も引き際を誤らねばこそ。これ以上は蛇足と解せぬか?」

「…………なのはに二度と近づかないで欲しい。お願いです」

言って、フェイトは深々と頭を下げる。
帽子からこぼれる金の長髪。
それが頬にかかるほどに魔道士は男に嘆願する。

自分の大切な友達を、自分の命よりも大事なものを
どうか傷つけないで下さいと――

「それは聞けぬな。」

「…………何故?」

フェイトの頭を下げながらに問い返したその声が―――震える

「もはや手遅れよ。あの女の運命は既に極刑と決まっている。
 いずれ我が手によって断罪されるその時までの余命――
 覆しようもない我が裁可である。」

「……」

「我に楯突いた罪―――償うに値する刑……そうだな。
 魔女狩りの例に乗っ取り火炙りか断頭が妥当なのだが―――さりとて我が手を下すまでに持つのかアレは?
 矮小な身でありながら常に棺桶に足を踏み入れているかのような行状。
 ク、、我が手を下す前に壊れてしまっては元も子も無いぞ。」

「……」

「故にな。刑の執行にあたり、断頭の鎌よりも先んじて反魂の香の用意をせねばと苦心していたところだ。
 奴は我が裁きを存分に受けた後、悶え、苦しみ、泣き叫びながら煉獄へと落とされる。
 その義務を果たさぬままには死す事すら許されぬのだ! フ、、クク、――フハハハハハハハハハッッ!!!」

目の前にて礼を尽くした頭をゆっくりと上げていくフェイト。
ゲラゲラと巫戯けた笑いを貼り付けた顔が――おのずと視界に入ってきた。

―― 理解していた ――

彼女自身、その全身に生まれて初めて抱く感情。
慈愛しか映さぬのではと知人がこぞって語るその両眼に――
氷のような 憎悪と殺意が灯っていくのを。
彼女は自身の命が危険に晒されてもこうはならない。
この執務官が本当の意味で戦鬼になるとしたら――
それは大事な者が命の危険に晒された時、それを傷つける者に対してのみ。
大切なものを傷つけられた時の怒りはヒトであろうと英霊であろうと変わらない
ヴィヴィオを傷つけられた高町なのはの憤怒も凄まじいものだった。
だが、恐らくフェイトのその刃は、下手をすればなのはのそれより鋭く
重く、凄まじく、そして壊れやすい―――

「なのはに指一本でも触れてみろ。後悔させてやる」

「血迷うな。人形風情が我の敵になり得ると本気で思っているのか?」

王がその言葉を最後まで言い終わる――、事はなかった

神速の雷撃。フェイトの得意魔法サンダーレイジが音も無く打ち出され
一瞬の間において語る英雄王の頬を掠める。
ヂュン、――という肉を焼く音と共に男の頬に残る焦げた跡。

途端、ビチリ!!!と――確実に境界を越えた音がした。

それは日常と殺界を隔てている壁。

日常の隣に常にある非日常――

そこに今、二人は足を踏み入れたのである。


たった今、負った傷を指先でなぞりながら――男は目に憐憫の情すら称えていた。
面白い玩具だから生かしてやろうと思っていたのに
今宵は尊大なる慈悲にて矛を収めているというのに
目の前のコレはみすみす死を選ぶと言う。
ならば仕方が無いな―――という、尽きせぬ哀れみだ。

対するフェイト。
高町なのはを例えて青き炎で静かに燃え盛る闘神ならば
本気で怒ったフェイトテスタロッサハラオウンは無慈悲なる死神だった。
今の彼女ならば何の躊躇も無く一瞬で――敵である者の首を刈り取るのにコンマの単位を数えまい。

「――覚悟は出来ておろうな」

「…………」

死神にとって相手が王だろうが関係は無い。
万人の頭上に公平に振り下ろす死の鎌を彼らは持っている。
しかし目の前の男にとってもまた相手が死神だろうが闘神だろうが関係は無い。
この男こそ比喩でも何でもない――真に神に最も近い存在。
仮に本物の死神や闘神が前に立ちはだかったとしても苦も無く叩き潰してしまう――
そんな現世においては明らかに場違いなモノである事は既に語る必要も無い。

フェイトとて10年のキャリアを持った執務官だ。
力量の差くらい分かる。恐らく普通に考えれば勝率の叩き出せぬ戦い。
それでも――

「バルディッシュ……セット・ソニック・フォーム。
 目標、前方のサーヴァント。 一瞬で決めるよ…」

それでも、それでも―――

――― 許せない ―――

今、はっきりとなのはに対する男の害意を
親愛なる共に対する尽きせぬ殺意を聞いた今となっては
ここで、この男を野放しにする事など出来ない。

   私の命などいくらでもかけてやる
   なのはを……
   なのはを守るためなら――――

ギチギチ――と空気が凝固していく。
先ほどまで何の変哲も無い回廊は数秒後には――
間違いなくどちからの血潮で真っ赤に染まるだろう。

…………………
…………………
…………………


「フェイトちゃんッッ!?」


もっともそれは――

その時―――悲鳴じみた絶叫が
廊下中に響き渡らなかったならの話であったのが。


――――――

「何やってるの……こんな所でっ!」

両者が向かい合う廊下の突き当たり。
フェイトの帰りが遅いので気になって様子を見に来た高町なのは。
彼女の血相を変えた顔がそこにあった。
懐のレイジングハートを抜き、セット状態にしつつ
ダッシュで間を詰めた白いワンピース姿の魔道士がフェイトとギルガメッシュの間に割って入る。

踏み込んだ瞬間、感じた充満した殺気が――
もはや今までの冗談の類ではない事を察知し、険しくなるエースの表情。
危うい均衡の元に成り立っていたその一線を、今確実に踏み超えてしまったのだと理解した。

「どいて。なのは……」

「フェイトちゃんっ……! だ、駄目! 下がって!」

底冷えのする聞いた事のないようなフェイトの声。
瞳が恐ろしいほどの殺気に染まっているのを見た瞬間
なのはの背筋が寒くなり、ゴクリと息を呑む音が木霊する

「フェイトちゃんッッ!」

しかし今ここで闘うのはまずい。
どうしても戦端を開かねばならないとしてもそれは十分に作戦を練った後だ。
でなければ――無策でこの男を相手にしては呆気なく殺される。

二人してそれは承知のはずなのに――
そんな事が分からないこの親友ではない筈なのに――
いつもは冷静沈着を絵にしたようなこの執務官が――

(い、痛ッ……)

なのはの静止の声をまるで聞かない。
遮る白いワンピースの肩を掴んで――何となのはを力任せに押しのけようとしている。
今度こそ血の気が引くなのはの相貌。

「………ぅ、」

ギリギリとフェイト爪が肩に食い込み、苦痛に顔をしかめる教導官。
何が――何があったというのか。
このフェイトをそこまで憤怒の渦に落し込む事を目の前の男がやった。
それは明白なのだろうが、しかし――

「どいて………」

「く、ッ……どかないっ!!!」

なのはの声はもはや絶叫交じり。
何が原因かは分からないし、問いただす暇も無い。
今はただ友達が行おうとしている自殺行為を止めるだけ。
膂力に任せてなのはを隅に追いやろうとするフェイト
金髪の鬼がより力を込めた瞬間、なのはが大きくバランスを崩して小さな悲鳴をあげる。
その合い間を縫って―――英雄王に一気に踏み込もうとするフェイト。

「お………落ち着いてってッ、言ってるのッ!!!」

だがそこでパァァァン、!!と――
さして広くない廊下に快音が響き渡る。

バランスを崩した事で左足に乗った体重。
それをシフトして、思いっきり腰の回転を利用したなのは。
その勢いのままにフェイトの顔面に平手を見舞ったのだ。

その唇を噛むエース。大事な友人の顔を叩くという行為に胸がズキンと痛むが
だがこれで正気を取してくれれば――
そんな願いを込めたなのはの平手打ちはだがしかしまるでフェイトに届かない。
張られた頬などまるでお構い無し。
必死に組み付いている友人の事などまるで眼中無しにバルディッシュにソニックムーブの詠唱を落としていく。

それを見て真っ青になる高町なのは。
もはや手加減をする余裕など微塵も無かった。
全体重を乗せ――平手というよりは掌底に近い打撃を
もはや自分の事など見えていないフェイトの顎の先端に叩き込む。

ゴゥ、!!―――という、先ほどの甲高いそれとは明らかに異なる鈍い音が鳴り響き
フェイトの膝がカクンと笑う。
斜め上に弾け飛ぶ友達の顔面。そして被っていた帽子が衝撃で弾き飛び、床に落ちる。
流石にこれは効いたのか、怯んだ彼女の隙を教導官は逃がさない。
力の抜けたフェイトの襟首を思いっきり捻り上げ――
そのまま強引に親友の体を、横の壁に押さえ付けていたのだった。

「う、ぐっ………」

「フェイトちゃんっっっ!!!」

これには流石に動きを止めざるを得ない。
苦しげな表情を見せてゴホッと呻き込むフェイト。
フェイトに体全体を押し付けるように――なのはは己が友人を拘束する。

「「ハァ……ハァ……ハァ、ハ、ァ……」」

全霊で組み合っての力比べだ。
二人の荒い息が、早鐘のように高まる動悸が互いの鼓膜を震わせて溶け合う。
この状況、流石に抵抗を止めたフェイトだったが、それでも視線は英雄王を捕らえて離さない。
ギリ、と――彼女の口内で歯を噛み鳴らす音がなのはの耳に響く。

(………駄目!)

背中越しに男の顔を見やるなのは。
その男の頬には微かに焼け焦げた跡がある。
紛う事なき雷撃魔法による外傷が――
誰がソレをつけたかなどもはや考えるまでもない。
戦いの開始を必死に静止してみたはいいものの……
この男は一度、自分に刃を向けた相手を絶対に許さない。

(どうしよう……こんなところで本当に彼と…)

「――――ク、、」

自分とフェイトのやり取りを嘲笑うように一瞥していた王。
その口からいつもの人を見下したような笑いが漏れるのをその耳が捕らえた。
冷や汗が止まらない――
フェイトを抑えるので一杯一杯の彼女に男の表情を垣間見る事は出来ない。
だが、今にも――今にも、あの恐ろしい宝具投擲の銃口が
自分達に向いて照準を合わせてくる事を想像せずにはいられない。

――― やるしか、ないのか ―――

もはや戦端は開かれてしまったのか…?

(レイジングハート――)

デバイスに自身の最大の切り札
ブラスターモードのセーフティを解除させる。
危険極まりない事態にて、限界突破モードの突貫力に全てをかけるしか―――

「理解したであろう人形。――――ソレが友だ」

……………
……………

…………???

(え……???)

かくして――――


ここに戦端が開かれる事は、なかった。


「取るに足らぬ端女ではあるが、友情の何たるかは貴様よりも遥かに理解している。
 永らえた命にせいぜい感謝するのだな―――」

そう言って男は結局、一人でトコトコと
自分の竿の方へと戻って行ってしまった。

呆気なく。
汗だくになって格闘している自分達がバカにみえるほど呆気なく。
何事も無かったように――

(何……一体…)

理解できない展開にしばし呆然とする教導官。
未だにカッ飛んで行きかねないフェイトを渾身の力で抑えなくてはならない
そんな高町なのはに男の胸中をうかがい知る余裕は無かった
言葉を受けたその一瞬のみしか、英雄王の顔を見る事が出来なかったのだが――

その眼が、何かをなつかしむような細めた瞳が
なのは自身の網膜に一瞬で焼きついていた。
暴虐と残忍を絵に描いたような王。圧倒的な暴威の化身。
高町なのはをして彼に対してはそういう認識しかない。
出会いはいつも彼らに戦いを強要し―――
男の苛烈な部分のみを見せ付けられてきた彼女。

だからこそ今の男の目が……理解できない。
見た瞬間、緊迫した状況すら忘れて呆気に取られてしまった、その目―――

(…………!)

だがここでハッと我に還るなのは。
今はもっと重要なことがある。
目の前、目と鼻の先――フェイトをどうにかしなければ。

半日間、帽子に隠されていた親友の溢れ出す金髪が揺れて、なのはの肩口に掛かる。
フェイトの横顔を完全に隠した美しい髪が、その汗だくの頬に張り付いている。
それが救いだ……恐らくは自分が付けた、痛々しく腫れた彼女の頬を隠してくれるのだから。
今は脱力してなのはの腕の中で為すがままになっているフェイト。
だが―――片方の左眼に宿る危険な香りは未だ消えていない。
戒めを解いた瞬間、彼女は一気に開放されてギルガメッシュの背中に飛び掛っていきかねない。

だからそんなフェイトの眼一杯に――視界いっぱいに――
額と額がくっつくほどに、友人の顔に自分の顔を近づけるなのは。

「――――――――、ぁ……」

フェイトの怒りに堕ちた心が、紅蓮に染まった視界が
ドキン、と―――心臓の動悸が跳ね上がる鼓動に犯される。

「落ち着いて………私の目を見て。」

、――― 、――

時間にして数秒間、間近で見つめ合うなのはとフェイト。
灼熱のように湯だった雷光の死神の頭が徐々にクールダウンしていき――
執務官の顔が、別の意味で火照っていく。

荒い息を隠そうともしない両者。
一瞬の間だったとはいえ、本当に必死の取っ組み合いだったのだ。
急激に跳ね上がった心臓の動悸が両者の毛穴から冷や汗交じりのイヤな汗を噴出させ
それによって全身に張り付いた衣服がただ気持ち悪い。
互いの吐息が、鼻腔をくすぐり、慣れ親しんだ友人の匂いを共に感じさせる。

「な………なのは……」

「…………」

眼を見開いてのけぞるフェイト。
しかし彼女がのけぞった分、なのはもまたフェイトの体にのしかかる。
もはや先ほどまでの怒りはどこへやら――
あう、あう、と酸欠の金魚のように、スペースを求めて右往左往するしかない執務官。

「好きな野球チームは?」

「……………、へ?」

そんな体勢のままに――
なのはがいきなり素っ頓狂な質問を彼女に浴びせる。

「答えて! 2秒で! 好きな野球チームは!」

「は、阪神タイガース…!」

「好きな戦国武将は?」

「えと、竹中半兵衛…!」

「好きなプロレスラーは?」

「ち、長州小力…!」

「それはプロレスラーじゃないっ!」

「うわっ、ごめんなさい!」

ズビシ、とフェイトの頭にチョップするなのは。
まるで悪戯を咎められた犬のように目を瞑り、頭を垂れて受けるフェイトである。

「は………え、と…」

「…………」

荒くなった吐息は未だ収まらず
友人の金髪に揺れる頭髪を感じつつ

「………あんなのフェイトちゃんらしくない。
 しっかりしようよ………ね?」

「なのは……あの、息が…」

「落ち着いた……?」

(おお、お、落ち着けないよぅ……)

どうやら完全に正気を取り戻したフェイト。
もっともさっきとは別の意味で心臓が高鳴ってしまうのだが。
興奮で高まっている鼓動は当然、親友にも伝わっている事だろう――とても恥ずかしい。

コクコクとうなづこうにもなのはの顔が近すぎて口をわななかせるしか術がない。
恥ずかしくて居た堪れなくて涙すら目に滲んできた。
その表情をじー、と見ながら―――フェイトがクールダウンしたのを確かめて全身の拘束を解く高町なのはである。

「あ、………」

途端、グラリとよろめくフェイト。
取っ組み合いのダメージかも知れない。
すかさず肩を貸して親友を支えるなのはが――

「大丈夫? ………戻ろうか」

―――優しくそう言った。

アーチャーに竿の番を任せて来てしまったが本来、彼にそのような事を頼むのは筋違いだ。
早く戻らなくてはいけない。

「………無理だよ」

だが悲痛な面持ちでフェイトはなのはの言葉に首を横に振る。
あの男といて―――あの黄金の男を見て平静でいられる自身が無い。

―― 解かるから――

男の言った事が虚言や誇大妄想の類ではなく
多分に真実を含んでいるのが漠然と解かるから――

あの男がはっきりとなのはを「殺す」と言った以上、それは脅しや安っぽいハッタリでなく
本当に事実のみを述べたのだ。 確実に「殺す」という事なのだ。
それを聞いた自分が――あの男と暢気に釣りなど出来る筈が無い。
今すぐにでも彼に対する戦技プランを立てて戦いを挑まなくてはならない。そう感じてすらいる。
だが、それよりも何よりも―――

   もう、帰ろう……なのは 

それをフェイトが口にしたわけではない。
ただ心の中で思っただけ。

   私はやっぱり戻りたくない
   あの空間にいたくない
   なのはを……行かせたくない

もうなのはをあんな恐ろしい魔人達のまな板の上に置いておきたくない…
目だけで――フェイトはそう、なのはに伝えていた。
白いワンピースの裾を掴んで、両手でしっかりと掴んで、ひたすらに訴えた。

「……どうして?」

それに対してあくまで優しい瞳で問いかけてくる高町なのは。

「だってなのは……楽しんでない。」

「楽しいよ」

「ウソだよ……」

「ホント」

「ウソだよ……ただサーヴァント相手に引けなくなってるだけ…
 楽しんでるようには、見えない…」

決本当に言いたい事をぐっと堪えての問答の何と稚拙な事か。
そうして出来る会話は本当にちぐはぐで
自分の意思がまるで相手に伝わっている気がしない。もどかしさで歯痒くなる。
これでは自分はただ駄々をこねているだけではないか―――
英霊達に嫉妬しているようにしか見えない。 恥ずかしくて死にたくなってくる……

「あの人達か……うーん」

だがなのはは少し考えた後――

「関係ないよ……誰がいても」

「え?」

「関係ない。だってフェイトちゃんが隣にいるんだもの…」

あっけらかんと答えていた。
ポカンと一瞬、言葉に詰まるフェイト。
そんな彼女の前にいつものように微笑を称え、自分の両手を握り返す高町なのはの姿がある。
強さと優しさを内包する瞳を向けて――

「フェイトちゃんが必死に計画を立てて連れて来てくれた。
 だのに楽しくないわけがないよ…
 隣にフェイトちゃんさえいてくれれば……」

彼女は何度も繰り返して言った。

「彼らを前に、一人なら不安だったかも知れない。
 でも隣に何時ものようにフェイトちゃんがいてくれるから私は全然、不安じゃないんだよ……
 あの人たちの横やりなんかで揺らされる私とフェイトちゃんじゃない……そうでしょ?」

廊下の壁に備え付けてある窓から差し込む、オレンジ色の西日が――

二人の顔を、遠慮がちに照りつけていた。


――――――

「――――危機一髪とはこの事か」

二人で肩を抱き合うようにして戻ってきた女魔道士たち。
それを見るなり、赤い男が放った第一声がこれである。

「全く無茶をする。流石に肝を冷やしたぞ…」

「………見てたんだ。ていうか見えたんだ?」

「私を何だと思っている? 弓兵の鷹の目は千里先をも見通す。
 厠の壁など目隠しにもならんさ。」 

「そう……女子トイレの覗き見を公言するなんて
 相変わらず凄いね。サーヴァントは」

最低野郎がここにもいた。
覗き。出歯亀。何でもアリのアーチャーズに吹く風は今、とことん冷たい。

「まったく珍しい事もあるものだな。
 常時は、暴走する白い暴れ牛を御する黒色の天使、の構図だろうキミらは?
 これではあべこべだ。」

「そうだよ………ビックリしちゃった。
 まさかフェイトちゃんがあんな風に……………、牛?」

ん?と怪訝な顔をするなのは。

「ねえアーチャーさん……牛って私?」

「他に誰がいるというのだ」

「……………へえ、そう」

右二つ隣の弓兵にそれはもう恐ろしげなジト目を向けるなのは。

「真逆、自覚が無かったなどと言うまいな?
 キミももはや御齢二十だ。自己分析はしかとしておいた方が良いぞ。」

「そっか。そうだね……
 ちなみに私が牛なら貴方の生前は暴走超特急だよね。」

「それには同意だ。おかげで最低の思いをしている。
 だがな。馬力がある分、キミの方がタチが悪いという見方も多々あるのだぞ?」

「よく言うよ……遠坂さんが軌道修正してくれなかったら
 貴方達二人で駅にも止まらず並走していくくせに。」

「覚えが無いな。ああ、それと雷光の魔道士よ――彼女の掌底は効いたろう。
 キミも知っての通りこの娘は味方が相手でも決して手加減が出来んという呪いにかかっている。
 後で精密検査に行く事をお勧めするぞ。」

相変わらずの二人のやり取り。
だが、挟まれているフェイトは――うつむいて黙ったまま。
陰鬱な表情はまるで晴れていない。
その横顔――なのは側から見たフェイトの、口元の痛々しい切り傷…

(本当にごめん……フェイトちゃん)

他ならぬ自分の平手でついたものを見て
目を伏せながらに言う高町なのは。

(叩いた事もそうだけど、この人達との関係……黙っててごめん。
 そうだよね。変に思って当然だよ……
 あとでちゃんと説明する。約束するよ……だから)

「………」

「だからせめて今は楽しもう? 
 せっかくフェイトちゃんが誘ってくれた二人きりの旅行なんだから。」

最後は念話ではなく口に出して言った。
その思いがより確実に相手に届くように――

「………」

(………フェイトちゃん、)

しかしそんななのはの声もすっかり沈んでしまったフェイトの心には響かない

   決定的にぶち壊してしまった日常
   楽しい旅行を自らの手で……

   どの面下げて良いのか分からない

もはや今まで取り繕っていた笑顔すら返せず
完全にシュンと肩を落としてすっかりと沈んでしまっているフェイトである。

(…………)

英雄二人の攻撃すらいなす教導官も
フェイトの……親友のこんな顔を見るのが一番辛い。

さりとてこれ以上声をかけられず、二人の間に沈鬱な空気が流れるのみである。

「これもいつもとは逆の光景だな。」

「少し黙って。お願いだから」

「む、むう……」

なのはに鋭くばっさりと切られ
鼻の頭をかき、所在無く引っ込む空気の読めない弓兵。
KYな彼は、今日も地味に散々であった


――――――

(それにしても本当に……)

親友の事は気になるが――それにも増して気がかりであり
心底、胸を撫で下ろしている事が一つ。
それは言うまでもなく……チラっと左隣を見据えるなのは。

親友、フェイトテスタロッサハラオウンが激情に任せ
怒りを相手にぶつけるほどの何かがあそこであった。
しかし理由はどうあれ、まずはフェイトが無事だった事に安堵せずにはいられない。

自分達がトイレから帰ってきた時、先に洗面所を出た英雄王は既に戻っていた。
そしてこちらを特に意識する事無く竿を見つめている。
胸のデバイス――レイジングハートを握り締め、最大限の警戒態勢をとっていたなのはだったが――
あれだけの騒ぎを起こした後だというのに、拍子抜けするほどに何も無かった。

そして今も不気味なほどに静かなこの男。
あの英雄王にケンカを突っかけたのだ。
目撃した時は、本当に心臓が止まりかけた。
何事も無くてよかった…本当に―――

(どうして………?)

そう。だから安堵を存分に感じたその後には強大な疑問が首をもたげてくる。
チラ、チラ、と横目で王の様子を探るなのはであったが、彼はは相変わらず黙して語らず。

(何を考えてるんだろう……? ギルガメッシュさん)

なのはの心の中には彼が先ほど一瞬だけ見せた
暴虐の殲滅者らしからぬ優しい顔が――
いつまでも網膜に焼き付いていたのだった。


――――――

なのはとフェイト。
それにギルガメッシュとアーチャー。
それぞれの思いが交錯する釣堀場。


強敵と対峙し立ち向う傍ら、友達の思いをも受け止めようとするなのは。
かけがえの無い友人を癒し、護るために奔走するフェイト。
そんな二人を時に翻弄し、時に手を差し伸べる(?)二人の英霊。


太陽が西へと差し掛かり
西日が錯綜した四者の思いを照らしながらに地平線へと沈んでいく中―――


この有り得ざる虚言の休日もまたゆっくりと
だが確実に――

終局へと向いつつあったのだった。


―― ここまでの戦績 ――

  • 英雄王ギルガメッシュ
spec/skill: 壁に耳有り、マイルド+3
14HIT

  • 高町なのは
spec/skill: 初HIT、テンションゲージMAX、
1HIT

  • フェイトテスタロッサハラオウン
spec/skill: 友情、意気消沈、教導官の掌底のダメージ
0HIT

  • アーチャー
spec/skill: 障子に目有り、KY
13HIT

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最終更新:2010年11月29日 16:55