注:

この空間は非情に不安定で移ろい易い泡沫の夢のようなもの。

登場人物の記憶や人格、人間関係など
あやふやな様々な世界の影響を常に受け続ける
狭間の世界にて紡がれる出来事である事を―――

先ずはご了承下さい。


平時は戦いに勤しむ彼ら彼女らですが
今日は春の日差しに恵まれたポカポカ日和。

その中でまったりと行楽を楽しむ彼らを見てあげて下さい。


――――――

舞台は三月の上旬――

若者がにわかに活気立つイベントが目白押しのこの時期。
春の訪れを祝し、初花粉に悩まされる―――そんなとある一日の出来事であった。

多忙を極めた職務から一時解放されて休日を満喫する筈だった時空管理局の魔導士二人。
高町なのはとフェイトテスタロッサハラオウン。
謎の疲労困憊に陥った友人のために力技と裏技を総動員してブッキングした、この一日限りの弾丸旅行。
ただ静かに終わってくれれば良い……そんな執務官の願いとは裏腹に――

「「「「……………」」」」

場は安息と言うには程遠い空気で満たされている。

それは一見、何の変哲も無い釣堀の光景ではあったのだが
見るものが見れば間違いなく下顎の関節が瓦解するような光景であろう。

―――――何故、この四人が……と。

右から金、白、黒、赤。
一つの堀に綺麗に並んだ四者が、背中にバチバチと――
視認可能なほどの緊張感を纏って並んでいる。

この顔ぶれで平穏無事に終わるなどという事。
それこそがもはや夢のまた夢。

―――ああ、、どうしてこんな事に……

世の中、神も仏もいないのだ。
いるとするならば――
人の運命を弄び、腹を抱えて爆笑する性悪な悪魔だけである。


――――――

(金色のサーヴァント……金色……)

足元の固定台から伸びる六本弱の金の釣竿。のみならず男のあらゆる器具。
予備のルアーからボックスに至るまでがゴールドに彩られた徹底的な黄金漬け。

(……金……金だ。)

陽光が反射して無遠慮に周囲に撒き散らす傍迷惑な後光。
白のシルクの上着にやはり金箔の刺繍をふんだんに使い
その豪奢な出で立ちを映えさせている、そんな佇まい。

――――イカれてる。

ここまで徹底して金箔を塗されては
普通ならそう評されても仕方のないところだ。
悪趣味な成金野郎まんまの格好である。
だがそんな下品な装飾でしかない光り輝く装備の数々を見事着こなしている彼。
まるでやんごとなき素性の者だという事を全身で体現しているかのようだった。
そんな「黄金の君」と呼ぶに相応しい男を見れば見るほど――もはやピンと来るまでもない。
間違いはなかった。友達の表情、反応を見れば分かる。
高町なのはの金アレルギーは―――

(貴方か………元凶はっ…!)

二つ隣の男を睨み据えるフェイト。
それは優しい執務官にして有り得ないほどの厳しい表情だった。

――― 金がイヤになりました ―――

勿論、自分も金髪だ。
遠まわしに「フェイトちゃんはもうお腹一杯です」と突きつけられたのではないか?という錯覚に陥り
そんな筈はないと自分に言い聞かせつつも、心配で心配で夜も眠れなかったフェイトさん。
もしそうならとても生きてはいけない。
染めようか、脱色しようか、それともいっそ出家しようか――
そんな煩いを抱えての道中だっただけに、ここでまずはほうっと安堵の溜息をつく。

「どうしたのフェイトちゃん?」

「へあっ!!??」

マイワールドに旅立っていたフェイトが現実に引き戻される。

「はっ………なな、何でも無いよ!? 
 何でも…あは、あはは……」

「…………」

「ホ、ホントだよ?」

「そう…」

「いや、はは、、ははは…」

………………

(な、何を安心してるんだ私は……!)

その通りである。
重ね重ねそんな場合では断じてない。
今のこの状況――なのはの浮かない表情が全てを物語っている。

フェイトの些細な「If」を遥かに吹き飛ばす強大な地雷を踏んでしまったこの事実。
なのはの心労の元凶が……今まさに目の前にいるという非常事態。
親友の慰安旅行で来た釣堀にて今、最悪の敵とエンカウントしてしまったのだ!

一難去ってまた一難。最悪の場所にエスコートしてしまった自身の拙さも去る事ながら
何よりもその運命に歯噛みするフェイト。まさに天に唾したい気分だった。
ああ、何とかしなければ――せっかくの休日が台無しに……

「飲み物におつまみはいかがですか~。」

「とろとろ桃のフルーニュだ。」

「プロテインの牛乳割りを。」

「あ、砂糖入り緑茶でお願いします…」

「いちご汁粉を貰おうか。」

「毎度ー。」

執務官の葛藤を余所に売り子の爽やかな声が響く。
見ればカウンターにいた眼鏡をかけたアルバイトが肩から商品の入ったボックスを下げて練り歩いていた。
今時珍しい、昭和テイストの入った出張売店の風景である。
品揃えの豊富なレパートリーから各々、喉を潤すための飲料を受け取り――

―――プシュ

四者のプルタブを空ける、もしくはパックにストローを刺す音が同時に重なる。
そんなとある午前中の風景は、表面上は悲しくなるほどに平和であった。

「―――――で」

一列縦隊に並んだ左端の男が隣のワンピースの女性――高町なのはに話しかける。

「何故、貴様がここにいる?」

「それはこっちの台詞じゃないかな…?」

口火を切った男と女。その内容は簡潔極まりないものだが――
誓ってボーイミーツガールのような甘い雰囲気ではない。
二人の間では既に嫌悪と警戒心の鍔迫り合いが始まっていた。

「ふむ―――下賎な者の耳には我が問いの旨が正しく伝わらなかったようだが」

品揃えの内で一番高そうな飲料を選び、どこより取り出したグラスに注ぐ。
それを優雅に底で転がしながら味わう彼こそ人類最古の英霊。
第四次聖杯戦争におけるサーヴァント・アーチャーを勤めし古代ウルク王朝の覇王。
英雄王ギルガメッシュその人だったりする。

「貴様には我が意をその肉体に存分に刻み付けた筈だが?
 九死に一生の体たらくで這い蹲りながら逃げ帰った者が未だに我が庭をのたつき歩いている。
 女―――よもや貴様、ただの死にたがりではあるまいな?」

「相変わらず酷い言い草だね……
 確かそんなに負けてばかりじゃなかった気がするんだけど。」

「たわけが。身の程を弁えよ。あれはセイバーが共にいたからこそ――
 例え英霊になり世界の後押しを受けたとて、それ無くして我が雑種に後れを取る道理な、―――」

――――ちゅるちゅるぢゅるちゅる――ポコン

牛乳パックの底を吸い上げる豪快な音が王の威厳たっぷりの言葉を見事に掻き消す。

「……あ、失礼……何だっけ?」

小さな口で大豆粉末入りの液体をこくこく飲みながら
相手を見ることもなく答えるなのはさん。百戦錬磨の返し手である。

「――――端女……」

ビキンとこめかみに血管の浮かぶ英雄王。
一気にデッドゾーン突入の雰囲気であるが、エースオブエースはどこ吹く風。
底の粉末まで綺麗に吸い上げ、飲み干した乳製品をゴミ箱に放りながら
横目で男を見やりながらに問い返す。

「貴方こそ何をしているの?」

「――――ハ、、何をだと? これを見て理解に及ばぬとは…
 どうやら貴様の目はガラス細工に劣るようだな。」

「……こんな所で釣り糸垂らしてのんびりしている筈の無い人が、実際こうやって目の前にいる。
 何か物騒な事を企んでいるんじゃないかって意味での質問だったんだけど。」

「王が自ら治むる地を練り歩く――その業の如何を問うとは
 ク、、身の程を弁えぬ性根は変わらずといったところか?」

いや、そうは言ってもだ…
ここ、場末の釣堀で六本竿を前に腕を組んで踏ん反り返っているその姿――
確かに場違いなんてものじゃない。絶対に存在するところを間違えている。

「それは邪推というものだぞ?――ナノハ」

だが彼女の当然の疑問に横やりを入れたのは右端の別の男。
奇しくも英雄王と同じく弓兵のクラスにて現界を果たしたサーヴァント。
錬鉄の騎士・アーチャーだった。

「そちらの英雄王は知らんが……私は此度は本当に戦いを望んではいない。
 余暇を楽しむ者、労働に従事する者、コタツで丸くなっている者――
 戦い殺しあうために現界したサーヴァントとて平時はそんなものだ。」

「………本当に?」

「機会があるなら新都にも赴いてみると良い。
 悪鬼のような形相で100円均一の卵を主婦と取り合っているキャスター。
 それに駅前の喫茶店ではこき使われてクリームパフェなどを作っているランサーに会えるぞ。」

「………想像、出来ない。」

神秘もへったくれもない光景だ。
伝説オイ!と突っ込みたくなるのはなのはだけではない筈だ。
ただでさえサーヴァントの凄まじい側面ばかりを(不幸にも)見せられているこの教導官である。
アーチャーの言葉をまんま鵜呑みにする事は出来ないが――

「そう……だったらごめん…」

このように言い切られてしまってはこれ以上突っ込めない。
内心はどうあれ頭を下げるしかない教導官であった。

その時―――どこかにある時計の鐘のりんごーんりんごーん、という音が
本日の一日の半分を使い切った事を大仰に示していた。

既に時はお昼時。
太陽がもっとも大地に降り注ぐ位置に身を置き
その存在を思う存分、主張する。


――――――

(フェイトちゃん……念のため何時でも応援を呼べるように…)

(…………)

念話で応対する両魔道士。
アーチャーはああ言ったもののそれを鵜呑みにするわけにはいかない。
何か行動を起こされてからでは遅過ぎる。

出会い頭の衝突こそ無かったが――
この両サーヴァントが暴れ出したらとてもじゃないが………事態の収拾は二人では無理だ。
例え全身全霊でぶつかったとしても周囲一体が瞬く間に焼け野原になるのを止められない。

(ここは私が話術で繋ぐ……
 フェイトちゃんは何とか動ける戦力を確保出来ないかな?)

(話術ってそんな……なのは一人を残してここを離れるなんて出来ないよ…)

(大丈夫。この二人とは少し面識もあるし…
 それにアーチャーさんと英雄王が対峙しているこの構図……実は三つ巴でもあるんだよ。
 バランスを誤らなければ持ちこたえられる…)

自信に満ちたその表情はエースの中のエースと謳われた彼女そのもの。
ならばフェイトも、彼女を信じないわけにはいかない。
心配で堪らない心を押さえ、自分のやるべき事をするだけだ。

(……分かった。局周辺のルートを当たってみるよ…)

言って踵を返し、その場を離れる執務官。
当然の事だが敵の目の前で救援信号を炊くような馬鹿な真似はしない。

(あまり離れないでくれると助かるかな…
 万が一戦闘になったらこの二人に私一人じゃ……一瞬で潰される。)

(………あそこの喫煙所にいるから危なくなったら呼んで。絶対だよ?)

(うん。お願い…)

小走りに駆けながら通信を開くフェイト。

「もしもし……聞こえますか? はい……
 こちら本局執務官フェイトテスタロッサハラオウン。
 はい。はい。そうです。それで至急救援要請を――」

事は急を要する。迅速な対処をせねばならない。

「うん? 彼女はどこへ行ったのだ?」

「トイレじゃないかな。」

アーチャーの疑問に素っ気無く答えるなのはである。

「…………」

「…………」

「ふ、―――やはりその姿は初々しいな。タカマチナノハ」

右側面で釣り糸を垂れながら彼女と英雄王のやり取りを面白そうに見守っていた男。
フェイトがいなくなった事でなのはと直に顔を合わせる事になった赤いサーヴァントが
意味ありげな言葉を魔道士にかけた。

「…………」

「あのキミならば―――例え英雄王を敵に回したとしてもそこまで浮き足立つ事はあるまいが――
 ふむ、、現段階で奴と渡り合うのは流石に厳しいか。」

「何を言ってるのかよく分からないけど、そちらは相変わらず擦れてるね。
 正直、未だに彼と同一人物とは思えないよ。」

「アレと同一? おいおい冗談はやめてくれないか?
 もはやこの身とアレとは非なるものだ。
 互いに相反する事はあれど迎合する要素など粉微塵たりとも持ち合わせてはいない。」

「…………」

ズキンと――胸に痛みを感じる魔道士。

「やっぱり納得出来ない……貴方の考え方も在り様も。」

「――――年長者としての忠告だ。お節介は身を滅ぼすぞ。
 この私が言うのだから間違いはない。もっともキミは既に片足を突っ込んでいるが――」

「自分の選んだ道だもの。例えどんな結末を迎えても……
 決定を下した自分を殺したいだなんて思わないよ。私は…」

「その果てに大事な者達の屍が転がっていたとしてもかね?」

それは先のギルガメッシュとのやり取りとは違う。
互いの心の中で様々な感情が複雑に絡み合い、渦巻いている――そんなやり取りだった。

「……………今日はやめない?」

「――フ、、そうだな。」

言いたい事はまだまだ山ほどある。
だがこれ以上突っ込んでしまうと収集がつかなくなる。
この男に「話を聞いて貰う」事がいかに難関であるか――
自身の命を掛けてなお足りるか否か……
それをイヤというほど分かっていた高町なのはであうが故に
こんな行きずりの釣堀屋で決着の付く話ではないと悟るのだ。 彼との対立の決着は――

「キミは教導を嗜む。いっそその手腕でアレを矯正するというのはどうだ?
 そうすればこの最悪の結果を――少なくとも今より先に遺す事はなくなると思うのだがね。」

「ごめん……努力はしたんだけど…」

申し訳なさそうに顔を伏せるなのは。

「セイバーさんと二人掛かりでも無理だった……
 本人相手に言うのもおかしいけど、ある意味貴方より難物だよ。衛宮君は…」

「何なら腕の一本くらい潰しても構わんぞ。」

「多分、別の腕をくっ付けて何事もなかったように戦前復帰すると思う。」

「―――やはり馬鹿は死なねば直らんか」

(貴方の場合、死んでも直らなかったんだけど…)

「―――――歪な出来損ない同士、仲の良い事だな。」

「「…………」」

ギルガメッシュの横合いからの悪意の篭った侮蔑が
二人の様々な思いを乗せた対話を中断させる事になった。

中途で止められた不満はない。
元よりこれ以上話すべき事はなく、しかして話し出せば止まらない。
どこかでピリオドを打たなくてはいけなかっただけに――王の言葉は丁度良い中段の合図である。

―――仲の良い……
そういう事ではない。
そんな単純な事ではない。
なのははその複雑な思いをはっきりと定義出来ぬままにずっと心の中に持ち続けている。

このアーチャーというサーヴァントと出会った時から――
自身とどこまでも近いようで決して交わらぬほどに遠い。
そんな道を歩いてきた二人の戦士。

「食べるか? 私の手製だ。」

「あ、うん……ありがとう…」

弓兵のナップより出された握り飯。
受け取ったなのはが一口――

……………

洒落にならないほど美味しかった。

その口の中に広がっていく味付け――
控え目ながらも絶妙な塩加減――
それはやはりどこか、あの赤毛の青年の作るそれに似ていて――

(迎合する要素がないなんて……そんな事ないよ…)

なのはは目の前の英霊の悲しき運命に唇を噛む。

そして――――

―― いずれキミも私と同じ道を歩むのかも知れんな ――

その言葉を噛み締める。

今は忘れよう…
その時が来れば誰でも戦わねばならないのだから。
この道を行く限り、正義や自身の貫き通してきた信念のツケ――
どう繕っても拭えない矛盾、己の歩んできた宿命、自身の影と――

だからその時が来るまでは――

(フェイトちゃんは……?)

胸に残ったしこりを振り払うように
なのはは不安そうに喫煙所に消えたフェイトの影を見やる。

その時フェイトは―――


――――――

「はいそうです……管理外世界の―――え?
 もう定時だから上がる……? ちょっと待っ、(つー、つー、つー、)
 うう……私だって休暇中なのに…」

(ピピ、ピポパ、ピ)

「…………あ。もしもし聞こえますか? はい……
 こちら本局執務官のフェイト、、は……あ、はい?
 ――外出中?、、あ、ちょっと待って下さい!?」

(―――――そうか……あちらではもう夜半か。)

「…………………すみません。お待たせしました。
 お手数ですがミッド市内のスカイウォーカーってお店に、はい…
 はいそうです…キャバクラです。
 ええ。そこで飲んでいる筈なのでそちらに連絡してくれますか? 電話番号は――」


――――――

―――ある意味、なのは以上に苦戦していた。


ハァ、と溜息をつくなのは。
チラチラとフェイトの方に目を配る。
だがその不自然な挙動を双方サーヴァントに気取られるわけにはいかない。

「長い用だな。」

「便秘なんじゃないかな。」

虎の巣の中に置き去りにされて一人っきり。
不安の八つ当たりにしては些か酷なフォローだった。

「―――、何といったか?」

「……………!」

そんな中、フェイトの行動を悟られないよう留意するなのはに改めて声をかけてくる黄金の王。
アーチャーと違い、この男との邂逅は常時命懸けだ。魔道士の心中に緊張が走る。

「無礼にも王の庭を無断で踏み荒らし不遜に嗅ぎ回る―――
 その不埒を事も無げに<管理>などと抜かす下衆なドブネズミの集団。
 はて―――確か名前は…」

白いワンピースのその肩がピクンと震える。
栗色の髪の魔道士、その内心を突く王の言動。

「………………時空管理局」

「そう、それだ。」

周囲では弁当などを取り出し昼餉にしている人も多い。
彼もまた昼餉のビーフ100%ジャーキーをコリコリとかじりながら
そのままに灼眼の瞳を高町なのはに向けている。

「端女――貴様はまだ性懲りもなくあの俗物どもの走狗となり、我が領土を嗅ぎ回っているのか?
 先程は我を場違いなどと抜かしたが―――ふん
 その手付き……釣りに熟練した者とは程遠い。」

初心者丸出しのその仕草。カウンターから借りてきたレンタル竿。
釣り針をセットした時のおぼつかない手付き。
マニュアルなどと睨めっこしながらの準備全般――
そんな先程までの姿を見咎められていたのだろう

「……言っておくけど今日は私達もオフで来たの。管理局は関与して無いよ。」

何か起こればすぐ動くけど、と小声で付け足す彼女。

「そう言いながら今まさに援軍を、と考えているのであろうが?
 所詮は烏合の衆――我を前に一人二人ではさぞ心許なかろう、、ク」

「…………っ、!」

視線は前に向けたまま特に感情を現さずに応対するなのはだったが―――

「…………」

やはりこのサーヴァントには隠し事など通じない。
内心の些細な心の揺らぎすら見透かしてくる紅い瞳。
それに射竦められてはいかになのはと言えどもそう長い時間は持たない。

(フェイトちゃん……)

内心の焦りと共に親友の名を呼ぶなのは。
その時、後方からパタパタパタと音がした。

(!)

待ちに待ったその足音。
振り返るとそこには親友――フェイトテスタロッサハラオウンが、
焼きそばパンを口に頬張りながら申し訳なさそうな顔で駆けてくる姿があった……


――――――

(………)

些か息を切らして小走りに駆けてきたフェイト。
額にうっすらと掻いている汗が、前髪にこびり付いて難儀そうな様子である。
それを差し引いても………あまり芳しい表情とはいえない彼女。

「なのは。取りあえずお昼……
 て、あれ? そのおにぎりは…?」

「あ、これ…? これは……自分で持ってきたの。」

アーチャーとの関係は色々と複雑で正直、説明出来る自信がない。
故に適当にはぐらかすなのはである。
フェイトの手から改めて菓子パンを二つばかり受け取りながら――

(………どうだった?)

その、既に予想のついている答えを遭えて聞く。

(たらい回された……)

(………)

――――やっぱり、

予想済みとでも言う様な顔をする高町なのは。

(話を聞いてくれる人も何人かいたけど……
 聖杯戦争、サーヴァントって言った瞬間、問答無用で切られた。)

低く唸って目頭を押さえる教導官である。
お役所仕事の世知辛い現実が今ここに……

「ク、、ハハハッッ!!  これは傑作だ!! 援軍は焼きそばパンか! 
 貧相な貴様にお似合いだぞ端女!! フハハハハハハハ!!!」

英雄王が愉快そうに天を仰いで笑う。

(な、なのは……? もしかして、もうばれてる…?)

(気にしないで。この人ちょっと異常なの…)

「異常」な鑑識眼、という意味である。
決して危ない人というイミではない。 ―――多分

(でも、はやてちゃんがキレた理由が最近になってつくづく分かる気がするよ。)

(義母さんが人手不足で胃潰瘍になった理由もね…)

Sランク魔導士の憂鬱が募る午後の釣堀場。
もっとも無理も無いのかも知れない。
エリートの執務官でさえ凶悪な事件は避けて通る傾向にある。
それが言うに事欠いて「聖杯戦争」――局にとっては一種の鬼門に当たる事項だ。
規模は小さいくせに危険度は五つ星ランク。
管理外世界での極東のいざこざである以上、解決しても次元振や星系間による犯罪を解決したほどの功労もない。
でありながら一旦、内情に関わればニアSランク魔道士を最低でも10名以上――
つまりは機動6課クラス以上の戦力を整えなければならない。
下手な戦力を差し向ければ瞬時に全滅。 甚大なる被害を被る割には旨みも少ない。
故に真っ先にスルーされる類の事件―――それがかの冬木の奇跡、サーヴァント同士の聖杯争奪戦である。

多くの場合、この傍迷惑な儀式は局の介入など必要としない。
地球の魔術師内で勝手に決着がつく。 ならばそれに越した事は無し――
辺境の星の極東の島国にまでわざわざ地雷を踏みに行く物好きはいない。
つまりは勝手にやっとくれ、という有様である…
たまにミッドに何らかの因子が持ち込まれようものなら
それだけでJS事件以上の騒乱の種になる――液体状のニトロ並に物騒な火種なのだ。

関与はしたくないというお偉方の本音も十分に分かる。
だが、なのはにとっては(当然フェイトも)地球は大事な星だ。
それも日本で起こっている事件―――ついつい関わってしまうのが人として当たり前の感情だろう。

(今現在、教導を施している訓練生に何とか頼んで……)

と一瞬、考えるなのはだったが――――それは論外だ。

大切な教え子たちの初陣に
こんな存在自体がロストロギアみたいな連中の相手などさせられるわけがない。

さあ困った……
孤軍奮闘だ……

(なのは……)

(…………)

「頼みの飼い主にも見放されたか? ク、、」

なのはがキッと相手――ギルガメッシュを睨みつける。

「…………心を読む宝具でも使ってるの?」

「我は王である。宝具などに頼らずとも――
 そのような捨てられた犬の如き顔をしていてはな。
 貴様の考えている事など嫌でも分かろうというものだ。」

それはウソだ……表情になど微塵も出してない。
だというのに、さっきからいくら何でも正確に読みすぎである。
このプライベート侵害サーヴァント――こんなチート野朗の言う事が信じられる筈がない。

「また何かズルい事してるんでしょう…?」

「うつけがっ! 雑種の短絡的思考などその顔に全て現れているというのだ!
 我が言葉を妄言と断ずる所業――五体を切り刻んで魚の撒き餌にしても足りぬ愚行よ!!」

「じゃあ試してみる…!? 私が今、何を考えているのか……当ててみて!」

火の出るような言い合いから一転――スウ、と息を吐き目を瞑るなのは。

―― 明鏡止水 ――

水面に移った鏡の如く
曇らず揺るがぬその心
全ての怒りも悲しみも憤りも消え去ったその心内は―――まさに無我の境地・神の領域

そして今、全ての俗世から超越した高町なのはの目がカッッッと見開かれ―――

(第236話………それはドキドキ!初デート、なのっ☆!)

彼女の全身から放たれた針のように研ぎ澄まされた魔力と共に――
英雄王ギルガメッシュに全てをぶつける。

(は~~い! 皆さぁんイタズラ心ワクワクしてますかぁ~!
 イタズラ白ウサギ高町なのは☆だよっ♪
 今日はなのはの初のデートについて思う存分語っちゃうぞっ♪
 まずはトピックス1――それは小さな出会いでした。)

………真顔である

100里先の敵を射抜くエースオブエースの鷹のような眼。
相手に戦慄を抱かせる空の悪魔の気勢。
その表情のままに――  ………真顔で壊れた高町なのは。

何かが憑依したとしか思えない戯言を次々と思考の弾幕に載せてギルガメッシュにぶつける。

だが、壊れていながらも彼女は正しい。
そう……そうでなくてはヤツを倒せない。
狂気の沙汰に至らなければ王を殺す事など不可能だ!

故に今のなのはこそ正しい在り様。戦士としての理想の像である。
敵の裏をかくには普段自分が――絶対にしない、やらない事をするのがセオリーなのだ
ならば今のなのはの思考は10年共に過ごしたフェイトや
仮に彼女を100%知る者がいたとしても読める筈が無い。

(私とフェイトちゃんがいかにラブ !&=)(%#!%’)(’& <ピーーー> 
 <ブッブーー>その時私はフェイトちゃんの$&を’$%て思いっきり’%た挙句――)

仮に誰かに聞かれでもしたら割腹自殺ものの崩壊っぷり。
対する英雄王もまた無言無表情。
その冷酷な視線をなのはにねめつけながら――微動だにしない。
表情からは、彼が何を掌握しているのか全く分からない。

まさか……この渾身の一手すらも英雄王には通じない…!?
否、そんなはずはない!
読めない……読める筈がない…!
今や英雄王の真眼に挑むエースオブエースに死角はない。
看破出来るものなら看破してみて!とばかりのなのは捨て身の攻撃は加速に次ぐ加速を経て今や神域へと―――

――ブバ、、ガタン――

そんな神をも殺す言霊爆弾が―――

(二人はそのまま%%##&’((%、、、……………え?)

誰かさんの脳髄を直撃していらっしゃった………

「なの、は………も、やめ――
 これ以上されたら私、耐えられ、………」

手で口元。そして鼻を押されながら、丘に打ち上げられた金魚のようにもがく肢体。
溢れるような鼻血は拭いようもなく地面にポタ、ポタ、と滴り落ちる……
その愛しき親友の隠語に塗れた言葉の剣が、純真無垢なフェイトさんの心臓をくし刺しにし――
思考回路をゲヘナの炎で焼き尽くす。

どこまでも高みに至ろうとした空のエースの悲劇――
あまりのヒートドライブっぷりに念話のチャンネルをオフにする事をすっかり忘れていたのだった。

サァ―――、と
顔から血の気が引いていくなのは。
後方でフラフラっとよろめきドターンとノックアウトされる盟友フェイトテスタロッサハラオウン。

「――――――ふぇいと、ちゃん………?」

なのはの青ざめた顔がみるみるうちに茹でダコのように耳まで真っ赤になる。
その目が力なく虚空に泳ぎ、両膝がワナワナ震えている。

「忘れて………ねぇ…忘れて……」

大量の鼻血による貧血で既に戦闘不能のフェイト。
その地に付している両肩を掴み、カクカクと揺らしながら
消え入りそうな声で懇願するエース。

ガクンガクンとフェイトの頭が揺れる中―― 
朦朧とする意識でそれでも、あまりの羞恥にこちらの目を見れないままに懇願する
真っ赤に染まったなのはの表情だけが見える。
その様相は、まるで大事な大事な録画映像に誤って上書きしてしまったのを
もはや取り返しのつかない事を重々承知していながら何とか取り戻そうとするかのよう。
フェイトの体をユサユサとゆすって脳内から必死に振り出そうとしている教導官である。

このままではなのはがイッちゃう……その事実だけは分かる
故に―――

「――シャッス! これで忘れた。 
 全て元通り……大丈夫だよなのは…」

自らの頭(ヘッド)をコツンと叩き、それだけを言う執務官。
これが今出来る精一杯の思いやり―――

「……………………ありがと……大好きだよフェイトちゃん…」

何度も何度も消え入りそうな感謝の言葉を紡ぐなのは。
ブラックアウトしかけた意識の海にどこまでも雄大に広がる青空を見上げながら―――

(なのは、グッジョブ…b)

思いがけないプレゼントを頂いたフェイトさん。

今のは心の中のフォルダーにしまっておいていつでも再生可能にしておこう――
そう心に誓う執務官に、些かの隙もありはしないのだった。

「――――くだらん」

後ろで8本に増えた金の竿に釣り上げられた新たな獲物の
ピチピチ、と刎ねる音だけが簡素に響いていたのだった。


――――――

「安心しろ。今は見ての通りこちらも手が放せぬ。
 貴様らが妙な気を起こさぬのなら我に悉く逆らいしその罪――
 刑を執行するのは今しばらく待ってやろう。故に震えなくとも良いのだぞ? ク、」

「…………別に震えてはいないけど出来ればそう願いたいものだね。」

何とかその一点だけは歩み寄れた両陣営。
紆余曲折あって(それはもう紆余曲折あって)既にヘトヘトのなのはとフェイトである。
そうなるとあとは今後の事だが――

「なのは。ここは……」

フェイトはこの場から立ち去る事を考えていた。
もう初っ端から滅茶苦茶である。とても慰安旅行の雰囲気ではない。
だいたい互いに不可侵と口頭では約束したが、それでも彼らが危険な存在である事に変わりはないのだ。

なのはの背中越しに伝わってくる緊張感もそれを物語っている。
この初期配置も黄金のサーヴァントに対して明らかに相方――
つまり自分を庇い手に塞ぐような配置で立ったが故のもの。
まるで常時、猫が敵に毛を逆立てて威嚇しているような親友の闘気に気が気でないフェイトだった。

(こんな攻撃色満々のなのはなんて初めて見るよ…)

彼女はどんな相手の前に立っても決して恐慌状態に陥ったり、震えて膝を折ってしまうような事はない。
むしろ横綱相撲のように相手の戦意を受け止め、または流し
決して自身から突っかけたりしない――
それがミッドの若手空戦No1の称号を経た、教導隊で鍛えられたエースオブエース。
高町なのはという魔道士の在り様だ。
だからこそ、だからこそ今のなのはの剥き出しの戦意がとても危うく感じてしまう。

お腹一杯で今は襲いませんと言われて、だからとライオンを前にして平静でいられるものはいない。
じわりと手に汗を握るフェイト。
おそらくはなのはの手も同様であろう。

「なのは……相手に妙な気を起こす気が無いって言うのなら
 実際に事件が起こってない以上、私達の関与する事でもない……なら。」

時間を無駄にしてしまったが――仕方がない。
今から別のスポットを回ろう。
そう思い立ち、置いた荷物を担ぎ上げようとするフェイト。
しかし――

「いいよ。今から他の所に行ってもほとんど時間が取れない。
 貴重な一日……大事に使おう。」

「え? でも……」

「彼らがサーヴァントとして動いてない以上
 ちょっと知り合いに会っちゃったって程度の話だもの。
 構う事はないよ。こちらはこちらで楽しめばいいんだし…」

(ち、ちょっとした知り合い…?)

こんな物騒な奴らを「ちょっとした」と断ずるには抵抗があり過ぎる。
誰がいようと関係ないと背景扱いにするには――アクが強すぎである。この金と赤は。

だがなのはは既に荷物を置いてここで休日を過ごす気だ…
無謀だ。無謀すぎる。
せっかく取れた休日なのだ…
ここでなし崩し的に台無しにされては元も子もない。
何か、何か他に最善の選択が―――

「じゃあ椅子とクーラーボックスはこの辺でいいよね?」

「いや、なのはっ! 少しは考えようよ…!
 せめてこの人達から少し離れて……もうちょっと向こうなんてどう…?
 真ん中に寄った方がお魚さんの食い付きも良さそうだよ…?」

「この混雑じゃ場所も選べないよ。」

(そ、そうだった……! くっ…)

手頃な人気スポットを選んだのが裏目に出た。
今はこの混雑がうらめしい……
フェイトが周囲にささやかながら恨みがましい目を向けるが
残念ながら水と魚に戯れる彼らの心には届かない。

(ど、どうしてもここで……
 この人達と休日を過ごさなきゃダメなのか……くそう)

観念したようにフェイトもなのはの隣でたどたどしく手順を進めるが
その顔は既に泣きそうである。

午前を完全に回り、昼食を終えた人達が新たに入場してくる。
そんなにわかに活気付き出した釣堀屋の場内にて――

「準備は出来た? フェイトちゃん。」

「う、うん。いつでも…」

ピヨンピヨンとしなる竿の先っぽを遊ばせる二人。
ついに初ピッチだ。
その先端から伸びる糸と針を――

「「せーの………それ!――――あっ、!?」」

鋭い掛け声と共に二人揃って堀の中に投げ入れようとして―――
互いに投げた針と糸がその中央で絡まり……餌だけがポチョンとマヌケな音を立てて池に落ちる。

「ク、、フハハハハハハハハハ!!!!! さっそく寄付とは優雅なものだ! 
 我を前に気前の良さを自慢するとは些か滑稽ではないか?
 ハハハハハハ!!!」

「ふう……戦場以外では空っきしだなキミ達は。
 少し周囲の者を見て勉強するといい――」

金のさげずみの嘲笑と赤のどこか頼りない二人を見て漏らす溜息。
それを受けてカァ、と頬を染める二人だった。

何はともあれスタートした初心者二人の釣り体験―――

(先行き不安だよ……なのは。)

やはりフェイトの表情は曇ったままである。

(で、でも挫けるものか……まだ計画が頓挫したわけじゃない…!)

今日という日の終わり。
その懐に仕舞ったものを確認しつつ――

じくじくと襲い来る胃痛などお構い無しに
彼女は手に持つ焼きそばパンを一気に口に押し込んだのだった。

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最終更新:2010年11月29日 16:49