注: 

この空間は非情に不安定で移ろい易い泡沫の夢のようなもの。
登場人物の記憶や人格、人間関係など既存の彼ら彼女らには持ち得ないものが生じているかもしれません。
それは多分に同空間に意識を委ねている方々でないとあるいは理解が困難でしょう。

平時は戦いに従事する彼ら彼女らですが此度は過激な振舞いは一切致しません。
心温まるハートフルな行楽風景をどうか見守ってあげて下さい――――


――――――

道中―――

三月某日――

昼下がりの日光が燦々と照りつける中
見晴らしの良い海沿いの二車線道路をメタリックブラックの大きなクルマが軽快に走行する。

セダンにしては車高の低い、しかしクーペにしては大きすぎるその車体。
それは日本のどの既存メーカーの規格とも合わない仕様であった。
対抗車線にて通り過ぎた者が「珍しい車種だな…どこの外車だろう?」と振り返るくらい
見事に日本の公道にマッチしていない。
外車―――そう呼ぶ事は大まかに言えば間違っていない。
確かに国内で生産されたものでない自動車をそう定義つけるならそれは文句無しの外車であろうから。
もっとも普通の人がそのように呼ぶ車種といえば連想するのはせいぜい外国――
アメリカやドイツなどの有名ブランドで作られた高級車を指す事だろう。
だからまさかその通り過ぎた車が、外国どころか外宇宙にて生産されたものだなどと想像に及ぶ者はいないだろう。
今、地球上における文字通りのブラックボックスじみたマシンのステアリングを握り
軽快に車体を繰るのは金髪の女性――フェイトテスタロッサハラオウンその人であった。

働き詰めの親友の疲れを癒そうと、その手腕を惜しげもなく駆使し
多忙な時空管理局の中にあって一日――
たった一日だけ自身と友達両方合わせてのオフを取る事に成功した。
そんな彼女が今まさに今日という日を謳歌すべく目的地に向けて移動中だったのである。


――――――

休日の前日。自身のノルマを雷速の速さで終わらせたフェイト。
同僚の目には、その日の彼女の動きは残像現象すら起こすほどの凄まじいものだったという。
(それでいて書類に誤字一つ見当たらないのは流石としか言いようが無い)

そして夜はぐっすりと睡眠を取り、起きたのが朝の7時。
待ち合わせである地球での自分の住処でいち早く用意を整え
支度をして待っていたところに――

「フェイトちゃ~ん!」

向かいの信号の向こうから駆けて来る彼女の親友、高町なのはの姿を認める。

「なのは……!」

嬉しそうに手を振り返すフェイト。まるで尻尾をふる犬のように。
白一色のワンピースに青いポーチバックを下げた楽な格好で
パタパタと走ってくる栗色の女性は紛う事なき彼女の大親友。
内股で小走りに駆けて来る可愛らしいこの姿――
「不沈艦」だの「人間防壁」だのとやたらとゴツイ異名で呼ばれる事の多い彼女であるが
今の彼女の姿からは、そんな物騒なお方と同一人物だとは到底思えない。

(……………)

「はぁ、……はぁ、……、ご、ごめ~ん! 待った?」

家下の車庫で佇むフェイトの所まで走ってきたなのは。
少し息を切らせながらに金髪の友達に声をかける。

(……………)

「……フェイトちゃん?  フェイトちゃ~ん?」

(……………イイ。)

嗚呼――眩し過ぎる。 その親友の艶やかな姿。
数ヶ月もの間、なの禁を課せられてきた彼女の両眼には刺激が強すぎる光景だ。

(なのは……生なのは……やっぱり可愛いなぁ…)

ほわーんと軽く己が心象世界へと旅立ってしまったフェイト。
その姿に眉を顰める高町なのはさん。

「…………フェイトちゃん?」

「はうっ!? なな、何でもないよ! 何でも!!」

慌ててダイブした意識を引っ張り上げる執務官であった。

「変なフェイトちゃん…」

深呼吸しながら息を整えるフェイト。まだ一日は始まったばかり。
初っ端からこれではとても体と心が持ちそうにない………


激務で疲れているだろうに待ち合わせ5分前という理想的な時間に必ず現れるのが彼女――
高町なのはという人物である。
親しき仲にも礼儀あり 。休日とはいえ公務に勤しむ者として時間にルーズな所は絶対に見せない。

彼女は昨日は高町家に一泊。愛娘のヴィヴィオは翠屋に預けてきたらしい。
愛娘である少女は士郎、桃子夫婦にも兄姉にもよくなついているので心細い思いをさせる事は無いだろう。
本当はヴィヴィオも連れて来たかったのだが、今日はお互い久しぶりの友達同士の水入らずの旅行だ。
他ならぬフェイトが積極的に計画を立ててくれたのだから一日くらい羽を伸ばしてもバチは当たらないだろう。

「改めておはよう、フェイトちゃん。
 こうやって直接会うのは何ヶ月ぶりかな?」

「えと、二ヶ月と12日ぶり……」

「そっかぁ。お互いやる事に追われてると時間が立つのも早いね…」

しみじみと学生時代と社会人になってからの時間経過速度の違いを痛感する二人。
こんな事では25歳、30歳などあっという間だろう。
気がついた時にはお婆ちゃんになっているのでは?と笑いながらに危惧してしまう。

「ところで……」

話しながらにフェイトの私服姿――
カジュアルルックに身を包んだ親友をしげしげと見つめていたなのはが口をつぐむ。

「珍しいね? フェイトちゃんが帽子被ってる。見違えちゃったよ。」

「うん……」

自身の長い金髪を纏め上げてすっぽりと頭半分を覆っている
その鍔付き帽子の存在に気づいて彼女は言った。

「これが釣りに行く時のフォーマルな格好なんだって。」

「うわぁ……気合入ってるなぁ…」

なのはが驚くのも無理はない。
美しい金の長髪は彼女の大きなチャームポイントの一つだ。
それをすっぽりと隠してしまえばそれは印象も変わるだろう。
細身の長身の体躯を簡易のスーツとジャケットで覆った出で立ちは
その豊かな胸や、細くて広い女性特有の腰つきを感じさせない中性的な雰囲気を醸し出している。
一見、凛々しい北欧系の美青年にさえ見える風体だった。

「私、普通のワンピース着て来ちゃったけれど……向こうで浮かないか心配だよ。」

「大丈夫! 似合ってるよなのは!!」

なのはほど「白」という色に愛されている人間なんてこの世界にはいない!
割と本気でそう思ってるフェイトさんが、何を仰いますやらと断言する。
たはは、と照れくさそうに頬を染めるなのはさん。
いつも通りのラブラブな二人だった 。気負いも余計な飾りもない。
心底、気心の知れた旧知の間柄のやり取りとはこういうものである。

だがそんな中――フェイトは雑談にかまけながらも
なのはの様子をチェックする事を忘れない。
体調――主に顔色や血色。声の張りや相手の佇まい。
執務官として培った観察眼をフルに活用して友人の現在のステータスをつぶさに計る。

「……………」

(大まかに見たところ……)

今はあのメールで見たような多大な疲労感は感じられない。
背筋もしゃんとしているし歩き方も重心がぶれていない。
今日に備えてしっかりと睡眠を取ってきたのだろう。
だが目の下にあるクマを白粉で隠した跡が少々見受けられる…
一泊の睡眠では到底回復出来ない体の芯に残った疲れ。そんな類の物が体内に根付いている事は十分に予想できた。

「なのは……」

「ん……何? フェイトちゃん。」

「………」

思わず口走りそうになって慌てて思いなおすフェイトである。

「……今日は楽しもうね。」

「うん……楽しむよ。
 フェイトちゃんが誘ってくれたんだもの。」

同年代の若者のように決して声を張り上げたり大声で笑ってはしゃいだりしない。
しかしてそんな二人の落ち着いたやり取りは幼少の頃から変わらない。
車の助手席に乗るよう、うながすフェイト。従うなのは。
このせっかくの一日に執務官は、初っ端から水を差しそうになった自分を心の中で叱咤する。

(メールの事はこちらから言うべきじゃない………)

あの様子――察するまでも無く、あまり覚えの良い話で無い事は明らか。
あれだけのストレスを感じてしまうほどの事柄にこちらからそれに触れてやる事は無い。
いやな事を思い出させるよりも――今日は忘れさせてやる事に全力を注ぐのみ。
そんな気配りレベル全力全開のフェイトさんのまさに磐石の様相を呈するエスコートの元――

あまりにも晴天過ぎて逆に暗雲の到来が心配になる、そんな青空に向かって
ともあれ楽しい楽しい二人旅行が始まった。
休日=事件の発端というお約束のフラグが今日だけは立ちませんように…
そんなフェイトの切なる願いを乗せて―――


――――――

彼女達のスケジュールに合わせてようやく取れた本日の休暇。
それは当然、地球における日曜・祝日と鉢合わせられるものではない。
つまり現地は普通に平常日。
市街や道路は平日らしく行楽客のほとんどいない閑散たる雰囲気を醸し出していた。

そんな中、車は市内を抜けて県境を回り込むように超え
そうして走り出してはや30分が過ぎようとしていた。

助手席に身を預ける親友の栗色の髪が風でなびき
その爽やかな感触を鼻先や頬に感じて、なのははくすぐっそうに目を細める。
そんなゆるやかな空気の元で、ハンドルを握るフェイトも鼻歌などを口ずさみそうになる。
つつがなく出発した二人は現在、こうして目的地までのドライブを満喫していた。

「でもフェイトちゃん? どうしてこっちの道にしたの?」

些細な疑問を口にするなのは。

「○市に行くなら山道を越えて行った方が早いよ?」

「峠道は色々と物騒なんだ。
 ガケ崩れとか暴走族とか――自転車とか」

「そっか。まあ安全に越した事はないよね。」

Sランク魔道士が二人もいるのだ。 多少の不測の事態でどうにかなるとも思えない。
少し慎重すぎる友人に微かな違和感を感じるなのはであったが――

(………自転車?)

深く考えるほどの事ではないだろう。
そのまま景色を楽しむ事にする。

「自転車といえば、ここ辺りはサイクリングコースにもなってるんだよね。」

何の気なしに呟いた友達の言葉にフェイトの眉が微かに動く。

「…………サイクリングコース?」

「うん。サイクリングスポーツを営む人の周回コースによく使われるんだって。
 さっきからちょくちょく見かけるけど……みんな速いなぁ…」

………………

――― サイクリングコース――自転車 ―――

一瞬、嫌なものが脳に浮かぶフェイトである。
万が一の地雷も視野に入れて、こうして遠回りしてきたのだ。
なのに――

(まさか、ね……)

回り道したその先がまた地雷原でしたなどという
そんな不運な事がよりによってこんな日に限って―――

(あるわけないよ……あるわけな――)

「うわぁ! 凄い速いねあの人っ! ほとんどバイクだよ!」

………

「ていうか早過ぎない? 
 何? 女の……人? ねえフェイトちゃんっ! 
 あの自転車こいでるの女の人だよ!す、凄い…!」

(…………………)

「でもメットもしないで……危ないなぁ。
 綺麗な長髪だけど目に入ったりしたら転んじゃうよ、あれ。」

なのはが運転席側の前方――紫紺の髪をなびかせて
凄まじい速さで疾走する謎の女ライダーの姿に釘付けになっているその横で―――

脱力したように………力無くハンドルに突っ伏す執務官の姿があったとか何とか……


――――――

「……フェイトちゃん?」

返答が帰って来ない事に訝しんだなのはが運転席のフェイトの方を向く。

「……うん。そうだね、なのは。」

そこには変わらない笑顔を称えたいつものフェイトがいる。
この世界中で信頼の置ける者の助手席ほどリラックス出来る場所などそうはない。
故に日々の疲れのまどろみと共に外の景色に目を向けている高町なのは。
だから彼女にその違和感――瓶の底に微かについたようなヒビに気づけという方が無茶な話である。

   何で……何で貴方達はいつもいつもそうやってピンポイントでちょっかいかけてくるんだ
   そこまで空気が読めないのかいやむしろワザとかそうなのか確かにこの仕事は休日
   なんてあってないようなものでむしろ災害も犯罪も休日に起こる事が多いから緊急ス
   クランブルで休みを潰された事も一度や二度じゃないよもうそれはしょうがない自分の
   選んだ道だから諦められるだけどそれでも今日くらいはそっとしておいてくれてもい――

口元は笑っていた。だが完全に死んだ目をしているフェイトさんの表情。
それは逆光になっていてなのは側から見えることはない。
まるでラジオのノイズのように車の排気音に紛れて聞こえてくる地獄の呟きも、その耳には届いていない。

ちょうど目前から少し脇。路肩を自転車で走る紫紺の長髪。
言うまでもなく―――奴だった。
金髪の魔道士の目が限りなくスワっていく。
まるで獲物を狙う鷹のように無機質な瞳。それは同時に仇でも見るかのような異様な光を称えている。
己が目的のためならば可愛い子猫を打ち抜く事も厭わない、それはあの幼少時のフェイトの表情そのものだ。

握っているステアリングを指先でポンと優しく叩く――
一言二言何かをぶつぶつと呟いた後、ミラーやクラッチレバーをさする――
それは人によっては「エイメン」とも「アーメン」とも訳せる祈りの言葉か。

何にせよ人に福音を齎す神言を以って――
我が身に立ち塞がる全ての障害をどう処理するかなどもはや考えるまでも無く
ああそういえば愛車の借りを返せる絶好の位置にいるね……と彼女が気づくのにさしたる時間を必要とせず――

…………………………

――― さあ、鎮魂の鐘を鳴らそうか ―――

「あっ! なのはッ!! あんなところで水樹奈々さんが野音やってるっ!!」

「ええっ!?? 嘘っ!? どこっ!?」

親友の目を意図的に完全な死角へと向けさせるフェイト。
大ファンでもある元演歌歌手の人気シンガーの名前を聞いて
普段からは想像も出来ないほどに目を輝かせて表を見回すなのは教導官。

瞬間――フェイトの目がカッと見開かれる!

ゆっくりと帽子を脱ぎ捨てる彼女。露になる全貌。
そこにいたのは心優しい……でも今は全然優しくない死神。
全てを射抜くライトニングアサシンが――


―――――――――――足下のアクセルをベタ踏んだ


――――――

―――それは運命の出会いだった

かの者達にとって自分の半身になり得る鉄騎との出会いは
百年の恋人との出会いに等しく

―――それは自身の伴侶を求める心情に酷似する

―――故にあの者との出会いには感謝せねばならない

―――もっともこの身が「神に感謝を捧げる」など……

冗談にすらならない行為である事、重々承知していたのだが――

――――――

伴侶とはただ待っているだけでは永遠に出会えぬ者。

運命の出会いと人は言うけれど、それにはまず行動をしなければ――
運命そのものがこちらを向いてはくれない。

そこは申し訳程度のライトが場を照らす薄暗い地下房。
5間と離れれば相手の顔すら満足に見えない――
そんな場所にて地上から漏れる微風に身を任せるように一人の女が立っていた。

「………貴方が?」

別の場所から声がする。その場にいたのは一人ではないようだった。
女に声をかけたのはあらかじめその場に鎮座していた影――この工房の主である。
問いかけに対し女はコクンと無言でうなづいた。

「話は聞かせて貰ったわ。依頼書も読ませてもらった。
 その上で言わせてもらうなら……」

工房の主はそこで言葉を区切り、一回だけ大きな溜息をついた後――

「正気なの?」

目の前の女に率直な答えを飛ばす。

いくら父母に「外れ者」扱いされているとはいえ
それでも最低限の義理は果たさねばならないのが世の理。
自身どう足掻いても某一族の端くれである事は変えられない。
そんなわけでかの筋からの紹介と言われ、無下にも出来ずにしぶしぶ会っては見たものの――

「どこの素人さんか知らないけれど……こんなもの人間に扱えるわけないでしょ。
 設計――特にギア比が常軌を逸してる。
 馬鹿馬鹿しい……道産子にでも漕がせるつもり? 冗談も大概にして欲しいわ。」

元々乗り気ではないのだ。
その上、こんな怪しげな話に借り出されたのだから
冷やかしに付き合わされたと判断した主がきつい口調を相手にぶつけるのも無理も無い事である。
お話にならないと一言加えて依頼を一笑に付して付き返そうとする主。 蒼い長髪が風にゆらめいて流れる。
だが――――

「―――、ふ」

そんな言葉を聞いたもう一人の女の無表情――
無機質とも言って良いほどに今まで顔に何ら感情を示さなかった
紫紺の長髪の客人が……初めて不敵に笑った。

「………何がおかしいの?」

薄暗闇に閉ざされた工房―――その闇にあって伝わえも知れぬ気配に
少々の苛立ち(あるいは得体の知れない不安感)を感じた女が問う。
いくら依頼主とはいえこの界隈、相手に「下」だと格付けされるのはよろしくない。
知らず語気が荒くなってしまう。
対して暫く含んだ笑いを漏らしていた女がややもして――

「いえ。名腕の工匠と聞いていましたが……
 この私を農耕馬と同列に語るとは――どうやら当てが外れたようだと失笑したまで。」

静かだが高いハスキーな声でそんな事を言った。

……………

互いに只ならぬ気配を持った者同士。
そんな女達の睨み合いは妖気にも似た凍てつく空気と化して場を支配する。

「………なら、体を見せて。」

そんな中、腕を組んで相対していた蒼い女がおもむろに目の前の相手に命じた。
その瞳は初めの素っ気無いものから、この客に少なからず興味を抱いたものへと変化していた。
「そちら側」からの紹介という胡散臭さ、父母が嫌う自分の「技」に対しての依頼。
そしてこんなバカな発注をしてくる客が何者なのか――少し付き合ってみるのも一興と感じたのだろう。

それは客人に対する言葉としては本来無礼な類のものだ。だがそんな事は十分承知。
蒼髪の女はつまらない駆け引きをせずに堂々と相手に踏み込んでいく。
対して紫紺の女もさして不快を感じた様子もない。
それどころか一切の手間が省けたとばかりに何の躊躇いもなく
その体から人間を勇に超える魔力を放出し――暗闇に己が真の姿を解き放っていた。

――――――――、、、

黒のタイトにジーパン。そして眉目秀麗なその相貌。
瞳に魔眼殺しの眼鏡をかけたその姿が一瞬で掻き消え
平時の彼女――肩口と脚部を露にした、黒と紫を基調とする装束へと戻っていた。
まるで闇を纏う事を宿命つけられたかのような昏き場所に在って映える彼女の姿―――

「―――――あ、……」

何が出てこようと動じない自信のあった女の口から驚愕の溜息が漏れる。

「……………何者、なの? ……貴方は。」

息を呑む蒼髪の女。その質問は正しいようで正しくない。

目の前の人間がいきなり怪しげな光を伴って奇怪な姿の怪人に変身したのだ。
普通ならば率直にその事態に疑念を抱く。
それが常人の思考であり、そういう意味であるのなら彼女の質問は正しかった。
だが、女の疑問はそんな正しいものとは一線を画す。
何故なら彼女には外見の変化など初めから見えていなかったのだから。

瞳がまず釘付けになったのはその相手の本質。
目の前の、この世にあり得ざる相手の、内に内在するナニカ。

「………」

客人は答えない。その体内から発する強大な魔力。
それ以外に自身を説明する口を持たないと言わんばかりの佇まい――
だが問うた本人にもそれで十分。
実のところ蒼髪の主は、既に相手の言葉を必要としていない。

その目はもはや客人から離せない。
その肉体。その存在感。その圧倒的な命の輝き。
固くもなく柔らか過ぎもしない理想的な筋肉を伴った肢体。
否、否、そんな常識的な秤では到底説明の付かぬ機能と美を兼ね備えた存在。

胸が高鳴る……その、人のカタチをした究極に―――

肩口からスラリとしなる腕。
申し訳程度に薄布で隠された腰から伸びる
太股からふくらはぎにかけてのライン。

目を奪われる……その、全てに―――

(言うだけの事はある、どころの騒ぎじゃないわね……)

生半可な才気。生半可な素材ではもはや興味すら沸かなくなっていた――
そんな幾多の人間を見てきた彼女をしてこれほどの未知のレベルにある個体に出会った事があろうか。
この者ならば―――あるいは――――

「フ……」

自身の心血を注いだ魂を―――

「フ………うふふふ……」

思う存分、世に解き放ってくれるかも知れない―――

「いいわ……」

押さえ切れぬ滾り。
それを漏らすように口から笑いを紡ぐ蒼髪の女。
幼い頃からカラクリと共に育ったこの身。
幼い魔法少女にステッキなどを施した事もある(本人はいたく喜んでいたっけ…)
久しぶりに血が――夜の血が騒ぐのを感じる!

―――もはや時代の闇に埋もれるのみだったこの腕を、再び振るう機会に恵まれた事に感謝しよう!

(ここで……ここでやらなきゃ私じゃない! そうでしょう恭也っ!)

勢い良く席を立つ主。

「ノエル! 準備を!!!! 
 お望み通り仕上げてみせるわ…! ロールアウトは初春……!」 

声高らかにお付のメイドに命じる。

「汎用人型決戦兵器バスターマシン月村スペシャル!
 作るわよぅ! 究極の一を……うふ、うふふふふ!!」

「……………………は?」

生涯現役、忘れた頃にやってくる――

「私の右腕が唸って燃える! 聞こえるでしょう? 
 刻の産声を上げた貴方の半身……その存在をハートで感じなさい!」

「……いえ、あの―――」

夜の一族・月村忍ここに見参!!

メイドが後ろで紙ふぶきを散らす!
きっと久々の出番で本当に嬉しそうな主を祝福したいのだろう。

「各種武装の技名はそれぞれ貴方に任せるわ! 後で渡す用紙の欄に全て記入して頂戴!
 ドリル。ミサイル。ビーム。キャンプセットから大気圏突入機能まで
 ありとあらゆる用途に答える究極のアーマード・モジュールに仕上がる予定だから期待しててね!
 あ、音声かコマンド入力か今のうちにどちらか選んでおいてね。これは変更聞かないから。それと……」

放っておいたら血管切れるほどにハイな工房の主――
月村忍に紫紺の女はつかつかと大股で歩み寄り――

「……………頼んだのは自転車です。」

ぐわし!と両肩を掴んで、間近にまで顔を近づけ
ドスの利いた声で念を押す紫の客人――サーヴァント・ライダーさん。

「チェー……」

つまらなそうに唇を尖らせる夜の一族であった。

(……本当に、大丈夫なんでしょうね…?)

こめかみが引きつるのを止められないサーヴァントだった。
部屋の棚に置いた一抱えもあるような可愛いヘビさん型の貯金箱。
中身はマスターに内緒でバイトをして貯金してきた彼女の全財産。
それと目の前の職人の女を交互に見やり―――
一抹の不安を抑え切れない騎兵なのだった。


――――未だ寒風吹き荒ぶ冬の末日の出来事。

夜の一族と神話の化生の決して正史に語られる事のない出会いは……こうして終わった。


――――――

「♪」

そして迎春――

思わず鼻歌を口ずさんでしまうほどに今の彼女はご機嫌である。


―――サーヴァントにだって休日を謳歌する権利くらいはあるだろう。

いつも理不尽で血生臭い仕事ばかりをやらされる騎兵のクラスに召喚されたメドゥーサさん(年齢不詳)
現在の3Kの凄惨な職場に従事して早幾年。
お国に残してきた家族は………正直あまり心配はしていないだろうけれど
ともあれ休日にまでヒステリックなワカメの面倒を見るなど御免だ。

頬に、髪に、体に一杯の風を感じながら騎兵は
バイトで溜めたお小遣いを全てはたいてこしらえた新車――
自分用にカスタマイズしたマシンを思う存分に疾走させる。

「ふふ……流石です。どうやら彼女の腕は確かだったようですね。」

改めて「彼女」と自分を引き合わせてくれた運命に感謝するライダー。
いかがわしいモノが出てきたらどうしようかと気が気でなかっただけに
その懸念がどうやら100%杞憂に終わり、更に期待以上のものが出てきた事に喜びを露にしていた。

「速度、レスポンス共に申し分ない。 ――――最高です。」

勤労に勤しみ対価を得て己が趣向を満たす。
人間だけに許されたそんな幸福を自分が享受出来る事に感謝をしつつ――
さて、と……そろそろ今日のメインディッシュを、と気色ばむライダ。
両足に力を込めてペダルを踏み込み前傾の立ち漕ぎ姿勢となった彼女。
グン、とスピードの乗る車体。その脚力を十二分に発揮し――
チェーンが火花を散らしてギアに動力を伝える。
いよいよ本日の最高速に挑戦だ。

「行きますよ四号! 私の鉄騎!
 今こそスピードの向こう側へとその身を解き放ち、意のままに駆け抜け――」


   ぼ    げ    ん    !  、、、、、

…………………

瞬間――――彼女の視界が反転した。

「!? !?? !!!???」

突然の衝撃。突然の浮遊感。
耳に残る鈍い衝突音と共に重力に逆らうように舞い上がる自らの肉体と愛車。

転倒――――? 

いや、有り得ない。

いくらスピードに乗っていたからといって、この騎兵に限って
何も無い平地でマシンをこかすなどあってはならない。

―――なら、一体何が?

極限まで軽量を施されたボディは圧倒的な質量によって後押しされたかのように一瞬でコースアウトし――
何の抵抗も出来ずに急勾配のガケにその身を躍らせる。

そう―――

―――彼女は知らなかったのだ。

彼女の記念すべき新車。記念すべき四代目。
しかしこの国において四は死番―――
番付けとしては意図的に欠番にされるほどに縁起の悪い数字。

―― 故に祝福には最もそぐわぬ番号であるそれを、自身の生涯の半身に用いてしまったという不覚 ――

故に彼女は死神を呼び込み―――
人生(?)最高の日であったが故に、陶酔に溺れていたその感覚は
背後から忍び寄る漆黒の鎌に反応できなかった。

霧散する視界の中で騎兵は――

ウィンドウからなびく、どこかで見覚えのある金の髪を――

その瞳に写したような気がした。


――――――

岸壁に叩きつけられながらその細い体が
まるでピンボールのように弾かれて落下していく。

これほどの衝撃――これほどの速度――
全身を強く打ちつけた肉体のその宿主である彼女の意識は
既に失われているか、とうの昔に事切れているかのどちらかであろう。

「――――――ふ、」

………………言うまでの無く彼女が人間ならばの話であるが。

石呉と泥に塗れて為す術も無く落下するその体。それが短い掛け声と共に機動を開始。
猫のように跳ね上がり、全身のバネを総動員して受身を取りつつ衝撃を殺して体勢を立て直す。
両手を両足を崖の面に沿わせて減速。迫る黄土色。
崖下に間もなく到達するその体が地面に叩きつけられる瞬間――
雪原を滑るスノーモービルのように体を滑らせ、滑空してきた岸壁から自ら飛翔。
空中で三回転ほどその身を捻ってずざざざざざ、、と地面を滑りながら
見事、地面に叩きつけられる事なく着地したのだった。
サーヴァントの身体能力が可能とする絶技。まさに奇跡の生還である。

(…………)

凄まじいクラッシュに襲われたというのにまるで何事も無かったように佇むサーヴァント。
その泥と埃に塗れた自身の体と崖の上を交互に見やりつつ――

「まさか―――これが噂に聞く……」

―――轢き逃げ………?

と、首を傾げて思案に耽る。

決して鈍重な思考の持ち主ではないライダー。
故に敵の奇襲ならば迅速に対処する彼女であったが―――
それでもなおこの自分が「轢かれた」という事実を認識するのに暫くの時を要す。

「………」

何せ初めての体験だ。
敵を刎ね飛ばす事あっても刎ねられた経験など絶無。
暫くの沈黙の後―――

「ふ、ふふふ……」

(そうですか……これが――)

現世の法ではこんな時、すぐに法務機関に届けなくてはいけないのだろう。
しかし、騎兵を轢き逃げ……
洒落がきき過ぎていて何をするでもなくつい笑ってしまう彼女である。
頭をもたげるのは殺気よりも―――歓喜だった。

「どこの誰だか知りませんが――」

どこか弾んでさえいる声で呟き、彼女は追撃の意を新たにする。

誰が警察になど任せるものか――
最速のサーヴァントの尻を刎ね飛ばしたのだ。
こんな愉しい事―――もとい、それがどんなに恐れ多い行為か目のものを見せる。
その上で犯人には相応の報いを受けさせてやらねばならない。
そうだ……丁度、相棒の性能テストの途中だった。
せいぜい相手の恐怖と絶望に彩られたデビューを飾らせてやろう――
元々が女禍――災厄として歴史に名を遺すサーヴァントだ。
もはや戸惑う理由も無い。さっそく準備に―――

………………

ところで…………

先程から右手に妙な違和感がある。

それは、手に何か握っている感触―――

(――――はて?)

今日は純粋に新車を遊ばせたかっただけ。
持ち物などは邪魔になるので他に小物入れ一つ持ってきていなかった筈なのだが…

「―――ん?」

その手に握られたやけに軽い棒――
自転車のハンドルのような形をしたソレを――
フォン、フォン、と目にも止まらぬ速さで振るライダー。

「―――――、」

果たしてソレが何なのか……

足元に転がっている散乱した鉄屑の数々が何であるのか……

未だ人の世の悦びに目覚めて日の浅いライダーにとって因・果・応・報・という言葉はあまりにも――
あまりにも重く、凄惨で―――


眼前の結末を彼女が正しく認識するまでには――


―――――――まだしばらくの時間が必要であった。


――――――

「――――、イトちゃん! フェイトちゃんッ!」

「うん……何? なのは。」

自然な仕草でスッと帽子を被り直し
何事も無かったように親友に笑いかけるフェイト。

「何って……どうしちゃったの?
 ダメだよ。急加速なんかしたら危ないよ…」

「うん。ちょっと操作ミス……ごめんね、なのは。」

「操作ミスってフェイトちゃんが…?」

「うん。ちょっと浮かれてたみたいだ…」

後方では長髪の女性と自転車がゴロゴロと崖下へと転がり落ちていっているが
そんな事など露ほども気づかずにフェイトを叱る高町なのは。

「というか今、凄い音したんだけど……どこかにぶつけた?」

「気のせいだよ。なのは」

ニコリと笑うフェイトさん。

「そうかなぁ…」

「ドントウォーリだよ。なのは」

「そっか…」

その屈託のない笑みに平常を取り戻す車内。

   させないよ……今日だけは誰にも。
   サーヴァントだろうが何だろうが今日だけは邪魔させない…
   せっかくのなのはとの時間―――邪魔されてたまるか…

執務官の優しげな表情の奥にこれほどの断固たる決意が宿っている事など誰が知ろう……
たった今、一仕事終えたばかりのモーターカーはその漆黒のオーラを撒き散らしながら――
道中を駆け抜けていったのだった。


――――――

大きな看板。
変わった趣向の絵が飾られた、珍しい名前の釣堀屋。
それは現地到着後、すぐに見つかった。

海鳴より走り続けて数時間――
某市内を縦に割るように通った県道を南下し
最寄の駅前の有料パーキングに車を泊める。そして歩く事10分弱。
路地裏を2,3抜けた先の、まさに穴場というに相応しい場所にそれはあった。

「うわぁ………結構人いるねー。平日なのに…」

「そうだね。それにしても変わった名前だ……
 グレー、…? あまり釣りとは関係ないような。」

大仰な装飾の施されたその門前にて物珍しそうに二人は立つ。
初々しい二人の姿はまるで新卒のピッカピカの一年生のよう。

、、、、、、、、、、、、


   ク、、フハハハハハ――! どうした贋作者? 食いが甘くなっているぞ?
   薄汚い偽者風情に釣られ続けるほど魚も愚かではないという事か?
   いい加減、己が矮小さと共に負けを認めたらどうだ?


   フ……そうして構えていられるのも今のうちだけだと思うがね。
   我が内に在る幻想がその身にとって無視出来ぬ大敵である事実――
   よもや忘れたわけではあるまい…? フィーーシュッ!!」


   ぬうッ……おのれ…! 


、、、、、、、、、、、、

中から大きな声が聞こえてきた。
繁盛しているのは間違いないようだ。

―――ここで少し眉を顰めるフェイト

わざわざ衆目の喧騒から逃れるためにこういったスポットを選んだのだ。
少し寂しい程度に静かなくらいが丁度良かったのだが――
こればかりは自身の都合ではどうしようもないとはいえ
自分の思い描いた絵と少々違う雰囲気の店を前にして、足を止めて思案する。

「ん? どうしたのフェイトちゃん?  早く行こうよ。」

「…………」

どんな人間であれ、初めての体験というものは未知の探求心から
その者を囃し立て、浮き足立たせるものだ。
高町なのはとてその例に漏れるものではない。
親友の好機に満ちた表情がフェイトを早く早くと急き立てる。

(なのはも喜んでる……なら、ちょっとくらい五月蝿くたって…)

この楽しい一時に何ら影響を及ぼす事は無いだろう。
そう考え……彼女は、妥協した。

嗚呼………ここで引き返していれば―――

今、フェイトの頭上には確かに二つの「選択肢」が出ていた。

進むか。帰るか。二つに一つ。

その顕著なまでのDEADENDフラグは――
回避するのはさして難しくなかった筈だ。

だが……ここに来てフェイトは詰めを誤った。

他の人達が勤労や聖杯戦争に勤しんでいる平日を狙い
マイナーなスポットに目をつけ、襲撃に備えて普段通らない道を通り
それでも立ち塞がる邪魔者を排除してここまで来た。
そんな用意周到な彼女が――最後の最後でやっちまったのである…

モウ………ヒキカエセナイ――

、、、、、、、、、、、、


「看板に描いてあった絵……独特だったねぇ。
 あれはマスコットキャラかな?」

「不思議なデザイン……何の動物だか今一わからないね…」

受付で入場料を払い、餌や竿などの必要グッズを見て回る二人。
見た事のある器具から何に使うか分からないものまでズラリと並んだ棚。それを物珍しそうに眺めて回る。
これだけでも―――こうやって仕事の事も悩みも忘れてゆったりと時間を過ごすだけで――
多くは望まない…それだけで、今日は満足なんだ。

だから神様。
決して贅沢は言わない。
今日だけは何も――何も起こさないで下さい…

、、、、、、、、、、、、


   吼えたな―――ならば今一度
   我が手によって真偽の間に存在する絶対的な格の差というやつを示してくれる!


   偽者が本物に勝てぬ道理は無いという事実――既に体験済みの筈だが?
   英雄王……キミはどうやら喉元過ぎれば熱さを忘れてしまうらしいな。


、、、、、、、、、、、、

「じゃあこれとこれ下さい。」

「はい毎度あり。ごゆっくり。」

カウンターで眼鏡をかけた店員さんに受付を済ませ、お金を払って小物や餌を受け取る。
素朴な感じの店員だが、初々しい二人の仕草に笑いながら応対してくれた。
アルバイトの学生だろうか? それにしては大人びていたが…
それはもう20歳とは思えぬ円熟ぶりを持つ魔道士二人をも包み込むほどの――

そんな店員に物凄く好もしい印象を受けるなのはとフェイト。 
仮に殺人趣向の少女とかそんなのが血気に盛って現れたとしても
彼を前にしたら骨抜きにされてしまうだろう。

それはそうと――堀に近づくにつれて件の声はどんどん大きくなっていく気がする。
何かそれが聞き覚えのある声である事も多分気のせいだろうが……

「竿もここでレンタルしてくれるみたいだね。」

「初心者はあまり長くない方がいいかな……」

おぼつかない手つきで、テレビや漫画などで見たままに構えたり竿を振ってみる二人。
カウンターにて手頃な竿を借り――意気揚々とゲートを潜る。

「あ……! あの一角が空いてるよ! あそこにしよう!」

「何か賑やかなお客さんがいる……
 さっきから聞こえてくるのもあの人達の声みたいだ…」

「んー……でもあそこしか空いてないよ? 
 大丈夫だよ、行こう! 
 分からない事があったらその人達に聞いてみればいいし!」

、、、、、、、、、、、、


Welcome to hell magical lady―――


結論から言うと―――

その日、彼女達に微笑んだのは神様ではなく―――


――――――――――――――――― 悪魔だった

、、、、、、、、、、、、

「………」

「………」

「うん?」

「ほう…」

…………………
…………………
…………………

空戦のエースと雷光の魔道士と
英雄の王と錬鉄の弓兵と

既に壮絶バトルを繰り広げていた英霊二人と
初見で初々しさを隠せない二人組の女性客の目が――

ばったりと合う。

未だ寒さを残す春の風がひゅーっと……音を立てて吹き荒ぶ中―――


――――ドサリ

永遠と思われた沈黙を破ったのは――
近所のデパートで買い揃えた、肩に抱えたクーラーボックスを
フェイトが床に取り落とした音だった………

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最終更新:2010年11月29日 16:46