#1

その少し前

「ヴィータ空尉」

「なんだ?」

自分の後ろについて来ていたユイが立ち止まるのにつられて振り返る
人気の無い廊下を鋭い目で見据えるその様子にヴィータは彼の視線を目で追った

「なんか居るのか?」

「いえ、……ただ、
今の状況なら入り込めさえすれば工作員も動きやすいかと」

ユイの物言いに鼻を鳴らす
非戦闘員は避難済み、主戦力は正面玄関に集中ということもあって、
人気も無くひっそりとした廊下はどこか普段と違う空気を放っている

「そうなると発令所と動力室が気になるな、
―――しょうがねぇ、そっちは任せた」

ヴィータが口にした二箇所は重要区画であると同時に、
JS事件で真っ先にたたかれた場所である
現場にいながら相手のいいように弄ばれた記憶は今も苦い思いとともに刻まれている

上空にいる何者かへの対処が現在の急務である、これははずせない、
一瞬迷った末に、ヴィータはこの場を彼に任せて外へと向かうことにした

「承知しました、御武運を」

「お前もな」

そのまま改めて走り出す、
正面玄関から飛び出すとすれ違い様に魔法生物を薙ぎ払う

「よぉし、調子はまぁまぁだな」

慣らし運転代わりに一暴れした所に、
正面の防衛に当たっていた陸士部隊の分隊長が駆け寄ってきた

「ヴィータ空尉」

「ロジャー陸尉、こいつらの親玉は空に居るのかもしれない、
あたしはこれから対空迎撃に向かう」

「了解した、随伴の航空魔導師は必要か?」

下手に戦力は切り崩せない、
陸尉の申し出を断るとヴィータは単身上空へ向かいかけ、
その途中ヘリポートが目に入った

魔法生物の侵入を防ぐ為ヘリの格納庫の扉が閉ざされてしまい、
JF―704式が一機置き去りにされていた

「アルトの奴か……
しかしあいつ等結構やるな」

三人だけで十分どころかお釣りが来そうな勢いである、
魔法生物だけなら二人でも行けるか? と彼女は三人の動きを見て思った

「お~い、お前らちょっといいか?」

状況に反して随分暢気な物言いで声をかける
虹色の魔力光で相手を薙ぎ払っていたヴィヴィオがそれに反応して通信を開いた

『何?』

簡潔な一言は身内であることと戦闘中であること甘えと緊張の両方から来るものだ

「上に行くんだが、
ナノハとアルの二人だけでここをどうにか出来るか?」

『う~ん、どうかな二人とも?』

『ヘリがあるけど……多分何とか』

『機人モードを使っていいならいける、かな?』

アルバートはざっと戦場を見渡してのあたりとして、
ナノハの方は大雑把な希望的観測としてそれぞれ答えをかえす

『えぇ、機人モードは駄目だよ!
扱いが難しいし、自分もブレイズも怪我するから振動破砕は使わないことって
スバルさんも言ってたでしょう?』

『ちょっとだけでも……駄目?』

『駄目だよ、前に使った時、
ブリッツと一緒に両足の骨格が歩けなくなるぐらいボロボロになったのに
一臣と二人なら使わなくっても大丈夫、ナノハは強い子でしょ?』

『はぁい……』

しぶしぶといった感じでナノハが応じる、
どうも制限されていることへの不満と言うより自分の実力にいまひとつ自信が無いらしい

「話は纏まったか?」

『はい―――
じゃ、一臣……じゃなかったアル、
ナノハのこと任せたからね?』

『了解』

通信が切れると共に虹色の光がこちらに向かってくる
合流するとヴィータたちはまっすぐ上へと向かっていった

「クレイドル・ピース、WAS!」

上りながら広域探査魔法を発動する、

魔力の感知こそ出来ないが、なにかの気配を感じたらしく、
ヴィータはヴィヴィオが放った探査魔法のスフィアを目で追いながら首をめぐらせた

―――いる!

かなり巧妙に隠蔽しているが、隠れている奴が居る
フラフラと動くスフィアの動きが一つどころに向かっていくのを見て取って、
ヴィータはヴィヴィオと示し合わせて突進した

たたきつけた鉄槌が空間に波紋を浮かべて止められる
その波紋が収まると、黒い衣装の魔女がその場に姿を現した

「随分としたご挨拶ね」

足元に在る奇妙な機械が気になるが、恐らく偽装用だろう
魔導師然とした格好なのはいささか拍子抜けだが、
サーヴァントならば油断は出来ない

「やった後で悪いが警告させてもらうぜ、
お前のやっていることは騒乱罪及び市街地危険魔法使用容疑にあたる
こちらに従うつもりがあるなら抵抗はするな、
おとなしく捕まれば弁護の機会が与えられる」

「あら、貴方達の法に私が従う理由があって?」

剣呑な空気を纏いながら襟元の飾りを掴み取り、
足場にしていた機械から飛び降りる
纏っていたローブが翼のように広がり、襟飾りが杖に変じるのを見て、
二人は相手が臨戦態勢に入ったことを感じて身構えた

「―――なかなか好みだけれど、仕方ないわね
見られた以上は生かしておく義理も無いことだし、
まず、貴方達から消えなさい」

ズラリ、といつの間にか魔女と自分達の間に大量の魔法陣が浮かび上がる
規則的に並べられたそれを見て、どこか既視感に捕らわれる
それが同時に莫大な魔力を発生させるのを見てその認識は確信に変わった

―――複数の魔法陣による並列同時砲撃魔法(フレースヴェルグ)?!

魔法陣の中心から次々と細い魔力が放たれる
さして攻撃力がある訳ではないそれに一瞬何事かと判断に迷ったヴィータだが、
直後魔法陣の角度が微妙に変わるのを見てその意味を理解した

照準用のガイドレーザーか!?

思い立つと同時、ほとんど反射で鉄槌を振り上げ突進する
撃たれる前に潰す、魔法陣の照準のほとんどは下に向いている
これが想像通りの代物なら、撃たれれば間違いなく地上本部周辺は壊滅する

「ギカントハンマー!!」

これだけ大掛かりな魔法である、先ほどのような防御は出来まい
ギガントモードに切り替えたグラーフアイゼンで殴りかかるその眼前に

「!?」

一枚の魔法陣が展開し、それに触れた瞬間ヴィータの動きが縫い止められた
空間に設置されていた拘束魔法だ
既に十を超える魔法陣を展開していながら、なおこの仕掛けを仕込んでいたとなると
一体どれほどの力があるのか

「くっ……そ!」

とは言え、兎に角相手の目の前で無防備にしていて良い訳が無い、
拘束を振りほどこうとするヴィータの目の前で、魔女は歪な刃先の短剣を取り出していた

(まずい!?)

どんな効果があるか知らないが、あれが危険なのは間違いない
デクライン系の魔力干渉をするには術式が違いすぎて手に負えず、
力ずくで破れるほどもろい作りでもない
焦るヴィータに短剣が突き立てられる瞬間

「アブソリュートぉぉぉぉ・ブレイカぁぁぁぁぁ!!」

横合いから叩き込まれた文字通りの飛び蹴りによってそれは防がれた

「すまねぇ、助かった」

「うん」

無理やり魔法陣ごと蹴破った為、少なからぬダメージをヴィータも追っているが、
其処は自分の不始末だと割り切って構えなおす

照準のいくつかがこちらに向き直る、
少なくても、より警戒すべき相手だと認識されたようだ

まずは全部向けなきゃ勝てないと相手に思わせなきゃな―――

これは意外と厳しいかもしれないな、と
ヴィータは汗の滲む手でアイゼンを握りなおした




#2

ヘリポートの魔法生物を片付け、地上本部内に入ったナノハとアルバートだったが、
早々に問題を抱えることになっていた

「まさか本部施設内での武装許可が下りないとは思わなかった」

「カズ君、どうしようか?」

命令通りバリヤジャケットを解除して途方にくれる
万が一に備えて中に入った筈なのにこれでは意味が無い
かと言って指示に従わなければそれこそ自分達が疑われる

「出たとこで行くしかないだろ、
“実際に何かあった場合”の武装許可は取れたわけだし」

「でもそれってデバイスの補助抜きで初撃をやり過ごせってことでしょ?
先生やお母さん達ならともかく、私自信無いよ」

緊急事態の人の出入りにあわせ証明の落とされた廊下の薄暗さも手伝って
待機状態のデバイスを弄びながら不安を口にするナノハに相槌を打ちながら、
あれこれと頭の中で思案する

さて、とりあえずどうするか?

この場合発令所や動力室といった所が注目されがちだが
地上本部はある意味その建物自体が重要な施設であると言える
潜入されると言うこと自体本来は在ってはならないし、
容易にそれを許すほど甘くも無い
(JS事件におけるナンバーズの潜入工作はセインを脇に置けば、内部の手引きと、
人員配置に対しスカリエッティ側の要望が入れられていたという事情があって
初めて行われた物である、本来はセンサー、人員共に安易に破れるものではない)

加えてむやみに広い、これを二人で防衛するのは不可能、
それでなお万が一に備えるとすれば

「選択肢が多くて絞り込めないな」

「そうだね」
極端な話、24時間営業であり内部に食堂などの生活施設を抱える管理局施設は
食料庫を荒らされるだけでも甚大な被害になる
例えば人知れず進入し証拠一つ残さず食材一つに毒物を仕込んで立ち去るとする、
そうなれば毒物の混入時期、流通ルート、産地、警備状況、責任問題、
それら全てに疑惑が発生することになる訳だ

「とりあえず、動力室に行くか、
流石に発令所にはそれなりの手勢が詰めてるだろうし」

「それを言うなら一回はやてさんの部屋に戻った方が良いんじゃない?
あの部屋、魔導師みんな出払ってるし」

それもそうかと思い、向かいかけた所で視線の端に何か白いものが止まる
反射的にそれを目で追いかけた瞬間、ナノハに襟首をつかまれる格好で、
アルバートが地面に伏せたのと、四方から黒塗りの短剣が投擲されたのは同時だった

第二撃の前に飛び起きると、そのままデバイスを起動する
物陰や天井に張り付くように、
体格こそ違うが髑髏面に黒装束というそろいの格好の四人組が姿を現していた

「アサシン!?」

侵入者としてもちろん想定していた相手だが、四人と言うのは何かおかしい、
残りのカレイドスコープ全てからアサシンが実体化したのだろうか?
それでも数が合わない気がするが

「―――いる……」

漠然とした気配と物音を敏感に感じ取り、
ナノハの瞳から擬装用のフィルターがはずれ瞳の色が翡翠から金に変色する
半ば反射に近い防衛衝動から無意識のうちに戦闘機人モードに自分を切り替えたのだ

物陰や廊下、通気口の中、
通常の肉眼では見えない情報が、切り替わった視界に展開される
彼女の心境を表すかのように足元にテンプレートが現れるのを見て、
アルバートは顔をこわばらせた

エクセリオン抜きに魔法と戦闘機人システムを同時使用できるにも関わらず、
ナノハは機人モードに入ると精神に余裕がなくなり、加減が効かなったり、
最近に至っては意識ばかりが先行して逆に体が動かなくなることもままある
先だってヴィヴィオに止められたのもそれが最大の理由であり、
ブレイズキャリバーの開発当初搭載予定があったエクセリオンが外された理由でもあった

平時は体内に埋め込まれた機械の機能を一部カットし、
一般人より多少高い程度に自分を抑えているのに対し、
機人モードではその制限を取り払っているため、
向上した情報処理の為に情緒面を司る脳の機能が圧迫されているのではないか
というのが資料を見たジェイル・スカリエッティの仮説であるが定かではない
(彼自身は魔導師と戦闘機人両方の能力を持つ個体の製作を直接試みたことがなく、
虜囚の身であることもあり具体的なデータを見る立場になかったため仮説にとどまった)

いずれにせよ、今のナノハにとって戦闘機人モードは無用の長物と言って良い、とはいえ、
本来の姿には違いなく、平常心を欠いた途端に切り替わってしまうのは抑えようが無い

「―――っ」

低い、声にならない音を立てて、影が動く、
咄嗟に展開した防御魔法に更に数箇所からの短剣の投擲が命中したのを見て取り、
アルバートが先ほどとは逆にナノハの体を抱えて床に転がった鼻先を、
節くれだった長い腕が下から突き上げるように薙ぐ

「ちぃ!」

いつの間に近づいたのか、床にへばり付く様にして新たな影が現れていた
ひょろりとした体格に髑髏面と黒装束、これまた新たなアサシンである

こちらが身を起こすのとほぼ同時に
異様に長い腕を起用に蠢かしてそのアサシンが立ち上がる
どうやらB級ホラーはまだまだ始まったばかりのようだ

「うぅ……!」

跳ね起きるようにして立ち上がると同時、ナノハが低く唸ってアサシンに突進する
四角い壁面と天井を弧を描くように駆け抜けながら右手で腰の一刀を引き抜く
発射台を思わせる形に左手をまっすぐに伸ばし、目の前の一人に向けて繰り出す、
受け止めた短剣が魔力と共に耳障りな音を響かせ、
バキリと耐え切れずナノハの刀の方が音を立ててへし折れる
構わずに抜刀した左の一刀を相手の横腹につきたてようとして、
暴れ馬と化したそれに狙いを逸らす

「―――っ……」

デバイスの判断で強制的に後退する途中、右手から刀を取り落とした
痙攣する指先は、ただの一撃で彼女の右手が握力を失ったことを示していた

「ナノハ!」

アルバートがフォローしようにもこうも敵が多くてはままならない
自分の防御力が母親譲りであることを感謝しながらなんとか攻撃をしのぎきり、合流する

親譲りの先天固有技能『振動破砕』のエネルギーを、振動する起点となる躯の末端、
つまり手から対象に直接、ではなく刀に送ることで斬撃の威力を向上する攻撃法
振動剣とでも名付けるべきなのだろうが、未だスバルの振動拳のような
エネルギーのみを圧縮振動させる程の制御力に達していないナノハでは、
それはただ悪戯に体を痛めつけるだけの物に過ぎない
高速振動する腕ではまともに刃筋を立てることすら儘ならず、
刃を止められてしまえば負荷ばかりが増大するからである

震える左手で残った一振りを握りなおし、
負けたくないという思いをかき集め、追い詰められた精神を奮い起こす
まだ居る―――今見えている人数は一部に過ぎない、後いったい何人いるのか

先の魔法生物ほどに多いとしたらそれは力押しで地上本部を全滅させられるレベルだ
その位この黒装束と魔法生物には実力に差がある
初見でそう感じたが故の防衛衝動の発露による機人モードの強制発動だったのだが

まただ、また気負って失敗した

震える背中がアルバートの背中に触れたことでようやくそれを自覚する
もう彼らの後ろをついていけばいい時は終わったというのに
どうして自分はこうなのか、
ナノハは自分の弱さに唇を噛んだ

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最終更新:2009年03月14日 00:00