AMF内――

幾重にも施された結界により
飛行能力を封じられた高町なのはの前に立ちはだかる法衣の男
死力を尽くした戦闘は、既に2時間にも及んでいた
尋常ならざる相手――瞬き一つで絶命させられかねない――

目の前の男に高町なのはは かつて無い戦慄を覚える
自分より強い敵なんていくらでもいた  
武装隊、そして戦技教導隊での過酷な鍛錬

どのような強大な敵を前にしても、恐れない………恐れないだけの事をしてきたつもりだった

「貴方が今までどんな思いをして生きてきたのか、私は知らない…

しかし、それでもいつものように戦えない焦燥感 
AMFや空戦を封じられたという戦力的なものでは断じてなかった

高町なのはは混乱していた
目の前の男は自分を「悪」と断じている  他人の不幸が愉悦とまで
倒すべき悪に違いない相手……彼を放っておけば、間違いなく多くの人が災厄に見舞われる
故に倒す……救うために
正しい事をしてる、迷いもない、いつもと同じだ  

なのに―――

「もし貴方が、不幸な過去を背負っていて それで歪んでしまったのならば
 私達の言葉は、今は甘い戯言に聞こえるのかも知れない…… 」

彼女は、目の前の男を計れないでいる

今まで会った敵や犯罪者、「狂気」 「悲しみ」 「憎しみ」 
歪んだ思いを抱いたものに常に感じてきた負の感情
それが目の前の男から感じられない  
いや、不吉なのだ  不吉な気配を漂わす男なのは間違いない  
だが、しかし………それはどこか純粋で――

一寸も気を緩める事なく、言葉を紡ぐなのは

「でもね……それでも歩んできた道がある!」

桃色の魔力の奔流が 気を吐くような咆哮と共に翻る

「築いてきた世界がある!
 守ってきたという誇りがある!!
 信じてきた正義がある!!! 」

と、同時に30を超える魔力の弾丸を、目の前の男に叩き込む

「だから他人の不幸が愉悦だなんて言う人は許さない! 
 絶対に負けない!! 」

非殺傷とはいえ、相手の魔力、活動力を削り取るスフィアの直撃
ただの人間ならば、これでKO  耐えられるハズがない―――
………だがしかし、なのはは微塵も構えを崩さない

果たして硝煙の中       
何事も無かったように立っているのはヒトのカタチをしたナニカ――

「思い上がるな 小娘 」
「ッ!?? 」

警戒していたにも関わらず、懐に入られた
刹那の一瞬 
神速を超えた躍歩からの頂肘が なのはの鳩尾を穿つ

「あ、 ぐッ !!!?? 」
「日の当たる道しか歩んで来なかった者が 道 を語るな 」


そう、彼は既に人間ではなかった
聖杯の力を得たスカリエッティによって現世に蘇った サーヴァントの如き存在
でありながら、かつて馴染んだアンリマユの力を切り取り
スカリエッティの支配をも跳ね除けた魔人  それが今の彼である

「祝福された世界しか知らぬ者が 世界 を語るな 」
「つッッッ!  レイジングハートッ! バリアを捨ててBJを強化ッッ 」

重装甲Sランク魔道士の神域の守りは三重の鉄壁 生半可な事では突破出来ない
故に いかな絶技とはいえ、生身の拳が なのはに届く事などあり得ない
しかし、目の前のこの男は聖杯の泥の<侵食>を持ってバリアを犯し
八極の内功を持って フィールドとBJの上から、なのはの肉体を削っている

100%には程遠い……80%は威力を殺された打
しかし、その20%で十分なのだ
数分違わず急所に打ち込まれる一撃必殺の絶招、その20%の衝撃が 
もともと頑健でない、なのはの身体を貫くには十分な威力なのである

「踏み躙られた事もない者が 誇り を語るな 
 正義の本質も知らぬ者が 正義 を語るな 」

正中線に矢継ぎ早に叩き込まれる殺撃の崩拳
ミリ単位で急所を外すのが精一杯のなのは

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……は、  、ぅ……」

「偽善の極みだ」
「バインドッッ! 」

捕らえられない  
単純な速さならフェイトの方が断然速い 威力ではヴィータに遠く及ばない
しかし、彼女は知る 
鎧も盾も持たない身で ただひたすらに己の五体のみを鍛え上げた者の技を その踏み込みの鋭さを  

「ッッ (距離をッ  この間合いはダメッ…) 」

「この期に及んで、まだお前は殺さずに私を退けるつもりか 
 以前にも、お前のように青臭い正義を語る小僧と戯れたが……」

「ッレイジングハート!! フラッシュム――」

遅い 
黒鍵にて逃げ道を塞がれた中
練られた渾身の一撃により 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるなのは

「あうぅっっ!!! 」
「まだ、奴のほうが……救える者と救えない者の分別はあったぞ」

ずる、と崩れ落ちるなのは  
視界が定まらず、意識が混濁する  

かつて悪魔と罵られた事を思い出した
憎しみの 恐れの 感情をぶつけられた事もあった

悲しかった 
杖を持つ手が震えた
でも感情を殺して耐えた  
それが皆を救える道だと信じて耐えた

名前を呼んで貰った  
嬉しかった

諦めなかった 絶対に諦めなかった 
そうしたら救えた  
嬉しかった

どんなに辛くて苦しくても その先に何かを見いだせるのなら
耐えられる  ……進めるんだ   

それが彼女がこの道を選んだ理由  
そして全てだった

ガムシャラに突き進み、どんな辛い訓練にも耐え、ひたすらに高みを目指して飛んだ
そして今 自分はここに立っている


ならば――――

この男は何なのだろう
自ら悪を担っておいて何を求めているのか
救いも幸せな未来も
自分の身すら求めずに 
どんな世界を求めているのか

意識が、崩れ落ちる―――寸前で踏み止まる
息が出来ない 打ち込まれた箇所が痛い
口内から血の味がする 

だが、男とて無傷ではない
あらゆる攻撃を弾き返してきた、なのはのBJを素手で殴り続けているのだ
叩き付けた拳から血が滴っている


「何が、、いけないの…?」
「なに? 」

「全てを救いたい! そう考える事の何がいけないの!!? 」

裂帛の気合と共に、愛杖を振るうなのは 

先端のACSが翻り、言峰の身体を薙ごうとするが

「皆が皆、初めから幸せだったわけじゃない
 辛い目にあったりキツイ思いをしたり…」

それは空を捕らえるばかり  
接近戦における錬度 技術の違いは圧倒的だった
それでもなのはは引かない  男の虚無の瞳を見据えて叫ぶ

「でも皆、頑張って幸せな世界を作ろうとしてるんだよ!
 誰もが優しい時間の中で過ごせる 誰も傷つけ合わない 
 争わなくて良い世界を! 」

至近距離でシューター 交わす男  
拳打による致命傷   かろうじて外すなのは
魔弾と魔拳の応酬
もはや、それは常人の視認すら許さない域での戦闘

「大事な人のため 守りたいもののためにっ!! 」
「黙れ 」

男は遮る 
まるで汚泥なるものを見るような目で彼女を一瞥し 

「そのような虫唾の走る妄言を、これ以上私に聞かせるな」
「…………… 」

男に初めて、感情のようなモノを見た
それは嫌悪

「一つだけ忠告してやろう」
「…………」

「その考えでは世界の半分の人間しか救えない
 お前の側にいる人間だけだ」  
「……」

「お前は自分が、裁かれる側から何と呼ばれているか分かっているのだろう?
 管理局の悪魔  法の番犬、、」   

ズキンと―――胸が痛む

「分かってる……それでも、例え恨まれても…」 

そう続けようとした言葉を――

「正義を為して、何故悪の称号を携わる? 
 お前はそれに何の疑問も抱かないのか?
 貴様に撃たれ 捕らえられ 誇りを失い 首輪を繋がれ
 怨嗟の声を上げる者を尻目に――それでも管理局とやらの尖兵になるか……
 はたまた 牢に繋がれた不心得者達に
 今 貴様が説いたゴミのような説法を得々と聞かせてまわるか……」   

更に男に遮られる

「狗の人生だな…」

<自分>を <自分の人生>をはっきりと否定される言葉……  
侮蔑に、屈辱に歯を食いしばる

いつもの彼女なら、こんな言葉に揺れたりはしない 
しかし、この男の言葉は 一つ一つが鉄鎖の呪いのようで…
問答無用で薙ぎ払う事がどうしても出来ない

「じゃあ――大事な人が傷つけたり傷ついたり争ったりするのを見過ごせって言うの?
 私は……そのための力が欲しかった  
 子供の頃、身近な人が傷ついても何も出来ない
 そんな自分が嫌いで………だから――」

思いを喉から搾り出す 
目の前の男に負けないように 折れないように

「貴方こそそれだけの力があるのに、どうしてそれを良い事に向けないの!?
 どれだけの物が救えるか、どれだけの事が出来るか分からないのに」

「争いを無くしたいのなら人間全てを滅ぼす事だ」
「なっ……………… 」

絶句して立ち尽くす
戦闘中だという事も忘れて、呆然と相手の顔を見る

「はっきり言ってやる  お前の進む道に未来などない  
 誰も傷つかなくて良い世界? そんなモノがこの世界のどこにある?」

降り注ぐ言葉はあまりにも無慈悲で、救いがなくて――

「人は黙っていても殺し合い憎みあう  ソレは理想として成立しない
 10年……戦場で力を振るい続けても、まだその真理に気づかないとは  
 …………………………そうか」

何かに気づいたように男は笑う  
子供が昆虫をカイタイする時のような 純粋で、無垢な残酷さを思わせるそんな表情―― 

「お前も、、なのだな……お前も 奴らと一緒か  クク……ククク  
 哀れすぎて笑えるぞ小娘  
 ようやくこのくだらない茶番に愉悦を感じるようになった」

取り出したる黒鍵は左右6本 

悪魔と呼ばれ、正義を為してきた若き英雄
その前に立つのは、道を見失い彷徨った末に 己の本質に辿り着いた本物の純粋悪

「……………そうやって、、ずっと世界を敵に回すつもり?」
「私は世界の敵として生まれた 初めからな」

「やり直せるんだよ……いくらでも   
 なのに、いつまで、、、いつまで続けるつもりなの!」
「死してなお――だ 管理者よ」  

「貴方はッ!!!」

桃色の光が周囲を覆い尽くす
高町なのはの最終リミッター 限界を超えた魔力行使 
己の肉体を超えた負荷と、魔道士の命である魔力を引き換えにした
一撃必殺の砲殺戦闘モード

「ブラスターモード! リリース!!!!」

その封印が、今解かれる

黒鍵の投擲、と同時に炸裂弾の如き激しさで肉薄しようとする
その男の周囲、あらぬ方向から飛来する短剣のような何か

「ぬうっ!?? 」

男の前進を止めたもの
それは砲撃魔道士・高町なのはが、クロス~ミドルレンジでの弱点を
克服すべく選んだ、空間制圧の切り札 
五門ものビット―――
それが縦横無尽に飛び交い、男の動きを制限していく

「悪魔と呼ぶならそれでもいい――」 

黒鍵がフィールドに阻まれ力なく堕ちる
仁王立ちに構えるなのは、男に対し 
かつてない闘志を奮い立たせ……

「私の中の<悪魔>が――
 <この世全ての悪>を、、、薙ぎ払ってあげる!!」

剥き出しの感情で吼えた……ケモノのように

なのはを知る者が、今の彼女を見て それがなのはだと信じられるだろうか
ここまで感情をあらわにした事など、、彼女自身の人生の中でも数えるほど

男も感じている
もはや、眼前の敵に気後れなどない
受けた傷を 痛んだ身体を まるで意に返さぬ その威圧感
その、並のサーヴァントを凌駕し兼ねない
強大な魔力の塊を前にして――

「そうだ 殺すつもりで来い  その力で私の存在を否定して見せよ!
 最早、双方の死を以って以外に決着はあり得ないのだから」

男は嘲う 壮絶に

「殺さないよ………貴方の思い通りにはならない ―――でも………」

弾けたように飛ぶのは男 
敵の中心線を穿つ 狙うはそれだけ  

「かなり痛いから覚悟してッ!!!!」

対してなのはも下がる気はない 
八極の震脚じみた踏み足で地面を噛み、迎え撃つ

誰も気づかない
なのはの目からこぼれた、一筋の涙、その意味
それは決して相容れない者との邂逅による絶望か 不甲斐無さか

今は分かり合えないのかも知れない
恐らくは自分よりも遥かに多くの物を見、聞き
そして今に至ってきたであろうこの男
そんな男と自分とでは、今の段階では話をする事さえ出来ない 

でも、負けてしまえば救えない 折れてしまえば全てが終わる
それは変わらないのだと自分に言い聞かせ

「エクセリオン・ ・ ・ ・ ・ ・バスタァァァ!!!!!!」

全力全開の砲撃を男に放つ

戦いはまだ、始まったばかりである


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最終更新:2008年05月22日 21:06