#1

「かっ……は―――っ」

自分のわき腹を貫いた黄色い槍の一撃に、
スバルは何が起きたのか理解できないまま盛大に血を吐いた

直感的に危険だと感じ、前に飛び出した直後に目の前に鮮血が飛び散り、
意識がそっちに向いたところに正面から何かが飛んできた
その“何か”こそこの槍である訳だが、では一体何処から来たのか?

そう思ったところにやや軽い音をさせて槍に絡まっていた何かが落ちた
それが人の腕だと理解したところで、遠のいていた意識が現実に戻ってきた

鮮血の流れる傷口を晒したまま、ランサーがその背に自分をかばっていた、
そしてその視線の先、禍々しい輝きを放つ一振りの剣を手に立つバーサーカーの姿

特に左腕から流れる血の量が半端ではないと思いながら、
ランサーの様子を確認したスバルはようやく合点がいった

「下がれるか?」

「あ―――っ」

肩越しに問われて言葉に詰まる、
飛び出したことを詫びればいいのか、助けてくれたことに礼を言えばいいのか
それとも傷の心配をすればいいのか、混乱する頭で言葉を探していると、
後ろから誰かに掴まれ、引きずるようにして後ろの陸士たちのところに連れて行かれた

「医療班は!?」

「事故車両の被害者相手で出払ってます、
現場に戻ってくるにはもう暫くかかるかと」

「よその連中も呼び出せ、108の部隊長に娘が急患だって伝えろ、
そうすりゃ人手ぐらい出す!」

「スバルさん、しっかりしてください」

陸士隊とキャロたちの間に悲鳴と怒号まじりの声が上がる
腹部と言うのは臓器を収めた袋である、
そこに刃を突き立てれば当たり所が悪ければ即死する
事実、スバルとて戦闘機人の生命維持機能がなければとっくに死んでいる

「あんたも退がれ、その傷じゃ無理だ」

「そうも―――いかん!」

隊長の言葉に残った右腕で辛うじて相手の剣をさばきながらランサーが答える、
愛剣を抜いたバーサーカーの動きはそれまでの比ではなく、
片腕では離脱どころかまともに防ぐことさえままならない

―――空気が呑まれている

半ば以上混濁した頭でスバルはそう思った、
単純に目の前の重傷者二人にパニックをおこしているわけではない
その位では現場慣れした局員ならば動揺こそすれ混乱には至らない
パニックを起こせば助かるものも助からないと彼らは身を持って知っているからだ

バーサーカーが剣を抜いたという事実
ただ其れだけの事にこの場の全員が飲まれていた

鍔元にいずことも知れぬ文明の文字が刻まれ、
禍々しい漆黒の拵えでありながら凪いだ湖面を思わせる刀身
それが“在る”だけで場の空気そのものを作り替える圧倒的な存在感

あるいはこの場にシグナムがいれば、
これがあの黒騎士の剣と相通じるモノであると気付いたであろう

「……ar……er……Ar……thur……!!」

ゆらりと狂戦士が足を踏み出すと、
遠巻きに見守る形になっていた陸士達が思わず後ずさる
この怪物と“剣を交える”という事が何を意味するか考えるまでも無い
居合わせた全員が“自身が斬られる”という事実を漠然と受け入れなければならない、
そう思わせてしまうだけのものがあった

その中にあってランサーが、ようやく攻防から逃れ、息をつきながら呟いた

「騎士王の盟友―――円卓最高の誉れの騎士、ランスロットか……
よもや湖光の剣を其処まで穢れさせるとは」

業の深さで言えば人の事は言えんが、と自嘲気味に言いながら

「最後まで王に怨嗟の念は抱かなかったと聞き及んでいたのだがな、
あれは俺の聞き違いだったか?」

答えなど返るはずの無い問いかけを口にし、せん無いことと首を振って打ち消すと、
ランサーは改めてバーサーカーに向き直った




#2

その頃、ミッドチルダ上空

「―――サー・ランスロット?」

空間モニターでレールウェイの戦況をモニターしていたシャーリーは、
横合いからそれを覗き込んだ大男の言葉に鸚鵡返しに訊ねた

「うむ、あれほどの神格の宝具となれば衆目にさらした時点で真名をばらすのと同義だ
『無毀なる湖光』を持つ騎士となれば奴の真名はそれ以外にあるまい」

天駆ける戦車の手綱を取りながらライダーが答えるところに寄れば
英霊には時代の前後を問わず他の英霊の知識が与えられる
その情報の精度は、座に祭り上げられた霊格の高さに比例して詳しくなる
神造の宝具となれば、英霊にとっては、性能は別として真名を看破するなど容易い
そしてそれが唯一無二の物である以上、
宝具の銘を知られるということは己が真名を知られるのと同義である

「何かぜんぜんそれっぽくないんやけどなぁ?」

納得いかないとはやてが首を捻る、
ランスロットと言えばアーサー王伝説におけるもう一人の主役といっても過言ではない、
どうにもこの悪役然とした幽鬼とイメージが一致しない

「まぁバーサーカーのクラスに収まった時点で、
伝承のイメージなどあってないようなものだからな、
―――しかし、これは傷に関係なくランサーには厳しいな」

英霊とは概念である
『座』に祭り上げられた時点で彼らは“そうあれ”というアリカタに縛られる
そのアリカタは時として宝具以上に英霊の優劣を決定付ける

「なんとなく分かりますけど、どうしてそれでランサーさんが不利なんですか?」

実際実力でも圧倒されているのは確かだが、
在り方、概念において不利になるとはどういうことか?
戦車の横を並行して飛びながら、なのはが当然の疑問を口にした

「其処の所はランスロットという英雄の由来を紐解けば分かるであろうよ」

「円卓最高の騎士やろ、それがどうしたん?」

はやての即答はある意味では正しい、
彼女の認識が『アーサー王の死』の流れを汲む物語である以上
それは仕方が無いことであり、多くの人々にとって馴染み深いのが同様で在るゆえに
英霊『ランスロット』とは、
東に危機に陥る貴婦人在れば、行ってその危機を救い、
西に苦難に倒れる友在れば、行ってその者に成り代わり名誉の為に戦う
完全無欠の騎士と賞賛されるにふさわしい人物と謳われる

「では聞くがな、騎士王の円卓に座るというのはそんなに安いものなのか、
―――言って置くが、あの小娘は己が王道において意固地なまでの理想主義であった、
理想家にして常勝の王とも在ろう者が有象無象を容易く“対等”の席に置くとは、
余は思わんが?」

顔触れで言うなれば我が盟友にも引けを取らぬ益荒男の集まりであろう、
と、まだ見ぬ英傑に思い馳せるライダー

言われてみればその通りである、自分達に置き換えてみても、
事あるごとに西に東に呼び出されねばならないほど時空管理局は無能揃いではない

「伝承に尾鰭はつき物だからな、全てが嘘とは言わんさ、
だが―――」

円卓を囲む騎士の多くはケルト、ウェールズの神話、伝承と無関係ではない
代表的なのがランスロットと双璧を成すサー・ガウェインである
彼の伝承の祖は太陽神やクランの猛犬であり、
また、ケルト伝承において彼はアーサー王に次ぐ地位を約束された身分でもある
だが、今日の彼の扱いは伝承によっては時として五分の勝負を演じることもあるが、
多くの場合その礼節や誠意を表した部分は除かれ、唯の引き立て役に成り下がる

「ケルトの英雄、神格の末裔の集いとなれば即ちヴァルハラの縮図であろう、
その中で戦技無双とあれば、それはコーンウォールに敵う者のない無敵の存在だ
―――そんな話をありがたがって広めたとあっては、
ケルトの神格につばを吐く礼儀知らずとそしられても仕方あるまいよ」

だが、事実としてランスロットはそうした存在として描かれ、語られてきた、
アリカタ、信仰による概念が重要な英霊にとってそう謳われてきた事実は大きい

そして、ディルムッド・オディナはそうして蔑にされて来たケルトの英雄である、
ランスロットにとっては、本人の意識はともかく引き立て役のやられ役であると言える

「そう言うもんですか
―――これは終わったらアーサー王伝説を読み直さんとアカンなぁ」

いっそグレアムに洋書でケルト神話を送ってもらおうかと思いかけたところで、
はやてはなのはに声をかけられ立ち止まった

「はやてちゃん、私もレールウェイの方に行くよ、
地上本部、任せてもいいかな?」

戦力配分を再検討しなければならないのは確かだ、
とは言え迷うも何もそれ以外の選択肢は残っていない
地上本部は地上本部で何とかするしかなかろう

「せやな、その方がえぇか……
―――何かの役に立つかも知れんし、これも持ってき」

そう言って差し出したのは虹色に輝く魔力結晶
―――今回の事件に関係するロストロギア『カレイドスコープ』であった

「いいの?」

「情報が見えた方が対策のしようもあるやろ、
これで見えるパラメータやったら弱点の一つも分かるかも知れへん」

ランスロットにそんなものが在ればやけどな、といいながら投げ寄越す、
正反対とは言わないまでも今向かっている地上本部とレールウェイの現場とは、
空港を視点にぐるりと回った方角になる、引き返すなら長話は時間の大きな浪費だ

受け取ったなのはが一瞬迷ったような顔を見せたが、
はやての言うことも一理あると、カレイドスコープを懐に仕舞うと、
それじゃ、と言いながらくるりと向きを変え、一直線に飛び立っていった

「本局の人間が言うことや無いけど―――
地上にももうちょっと有能な人材が欲しいなぁ」

それを見送って、
傍らの地上本部の戦況を映す空間モニターに目を向けながら、はやてはつぶやいた
ここでさらに新手でも出られたら手札が無い、
とは言え本局からの人手などこれ以上はもうどうあっても望めまい
肩を竦めて、それでも何とかしていこうと思い直し、
はやては立ち止まった分の遅れを取り戻すべく、飛行魔法の速度を上げた




#3

地上本部ヘリポート

両足のウィルの回転も勇ましく、小柄な影がヘリポートを疾走する
群がる魔法生物へと正面から挑みながら彼女は腰の後ろから二刀を引き抜いた

「ブレイズキャリバー!」

両足に纏ったデバイスが呼びかけに応じて加速する
伸脚の要領で足を広げ軌道を操作しながら両手の刀を振るい蹴散らしていく

「ととっ!」

地上本部とはいえ魔導師が高速で走り回るにはヘリポートはあまり広いとは言えない
二度、三度と複雑な軌道を描いているうちにポートの端に行き着いてしまい、
慌てて、軌道を修正する
と、それに気を取られた瞬間に背後からの接近を許してしまう、
即座に気が付いたものの、体勢が悪く対応は間に合わない―――
そう思った刹那、その魔法生物が弾けとんだ

「ボサッとすんな莫迦!」

「うぅ、ごめ~ん!」

投げつけられた言葉に謝りながら体勢を立て直す、
タンッ、タンッとテンポ良く薄碧い魔力弾で援護射撃をしながら、
アルバートはナノハの様子にやれやれと肩を竦めた

「スバルの子だって聞いてたのに、
シューティングアーツじゃないんだね、あの子」

声のした方を向くと、コクピットに陣取っていたはずのアルトが、
彼が背にしたヘリのハッチから顔を出していた
今のアルバートの役割は、援護射撃と魔法生物の侵入を防止する都合で
ポートに置き去り状態になっているアルトのヘリの防衛である
危ないからせめてコクピットに引っ込んでて欲しいんだがなぁと思いながらそれに答える

「親戚関係でごちゃ混ぜで覚えてますからねぇ、あいつ」

シューティングアーツもやってない訳じゃないんですけどねと言いながら、
的確な射撃で魔法生物を撃破していく
ちなみに魔法が母方、剣術は父方による指南である

その視線の先で、ナノハの両足首のデバイスでブレイズスピナーが唸りを上げる

「ブレイズ……シュート!!」

回し蹴りの要領で振り上げられた右足が旋風を生み出す、
スバルの使う射撃魔法リボルバーシュートの足技版である

大分数が捌けてきたなとヘリポートを見渡して様子を確認する
新手は今の所無い、上空を見るとちかちかと魔力光が閃くのが見えた
どうやら上空に隠れていた相手との遭遇戦が始まったらしい

「お姉ちゃんとヴィータさん、大丈夫かなぁ?」

魔法生物を振り切り、息を整えながらのナノハの問いに、
アルバートはそっけなく「さあな」と答えた

上に居るのが本当にサーヴァントなら、その実力はオーバーS以上である
気安く答えられるほど楽観は出来ない

「それより、下のほうも手伝わなきゃなんねぇし、
こっちをさっさと終わらせるぞ―――シフトノーマルのDBな」

「オッケー!」

頷いて、高速軌道でかく乱しつつ、
ナノハがアルバートと相手を挟んで向かい合う形になるように移動する

「行くぜ、R・ヴァリスタ」

呼びかけに狙撃銃を思わせるデバイスが形を変える
大振りの弩を思わせるそのシルエットを見て取ってアルトが口を開いた

「それ、砲撃用?」

「そうですけど、何か?」

環状魔方陣を展開しチャージの姿勢に入りながら答える、
視線の先で定位置についたナノハが両手を振りかぶり魔力を集中し始めた
念話でタイミングを合わせ双方同時に魔法を解き放つ

「「ディバイン……バスター!!」」

同レベルの砲撃魔法の同時発射による敵征圧、
最終的にお互いの砲撃で相殺することで同士討ちを回避することが前提の為、
出力調整や発射する軸線を間違えると大変なことになる
大規模砲撃の扱いによほど自信が無ければ選択できないある意味無謀な試みである

狙い通り魔力を相殺しきり、ナノハが小さくガッツポーズをとった
正直いって出力調整に自信が無かったのは内緒である

とりあえずもうヘリポートには居ないなと見回して、
彼女は遠くにそれを見つけた

「ヘリだ、どこのだろう?」

「あぁ、ヴァイス曹長のだね、
今まで何してたんだろ?」

『あんな状態で降りれる訳ねぇだろ、
上は上でやばかったんだぞ』

どこか暢気なアルトの物言いにヘリからの通信が突っ込みを入れる、
ポートの敵が居なくなったのならそれはそれで受け入れなどやることがある、
その為に先客に通信を入れた訳であるようだ

『皆、大丈夫?』

後ろから通信に顔を出したフェイトの少し憔悴した表情に、
「アンタが大丈夫か」と言う言葉をアルバートはかろうじて飲み込んだ

「まぁここに居る面子はね、
それより、上の様子は?」

『ヴィータとヴィヴィオが頑張ってる、
サーヴァントみたいだけど、なんだか普通の魔導師みたいだし、
あの二人なら、多分大丈夫』

「そういう楽観的思考って失敗フラグじゃ……」

「まぁ、もうすぐはやてさんたちも戻ってくるし何とかなるだろ」

心配しても高高度での空戦についていけない自分達にはどうしようもない、
気を取り直して正面玄関の様子を確認する
物量だけで均衡していた戦線らしく、
増援が無くなったことで次第に管理局の優勢に傾きつつあった

「なんか大丈夫みたいだな」

足並みの揃った部隊と言うのは個の優秀な兵士に勝る
手を出すにしても、状況を見極めなければかえって混乱させかねない

「カズ君、カズ君」

ジャケットの裾を掴んで自分を呼ぶナノハにアルバートは何事かと振り返った
その呼んだ本人はと言うと、どうやら正面玄関の戦線より建物の中が気になるらしく、
しきりに扉を振り返っていた

「どうした?」

「美沙斗お婆ちゃんが言ってたよね、
こう言う状況って侵入工作にはうってつけだって」

なんだかやな予感がする、と言うナノハ、
こういう事に掛けては彼女の直感は優秀である、その辺り母親譲りなのだろう
立場上、特に指示は出ていないため勝手に行動する訳にも行かないし、
そもそも誰の許可を得ればいいものか?

『気になるの?』

空間モニター越しに問うフェイトに頷く、
理屈で説明できないのがもどかしいといった表情だなと、
フェイトはナノハの顔を見て思った

『そう……じゃぁ許可します、行って来て』

「いいんすか、そんなで?」

『大丈夫、何もなければそのまま正面に向かえばいいんだし、
理由なら、戦術上の危険性を考慮したってことで通るから』

「そういうとこだけ理屈こねて押し通すのは昔から変わってなかったんですね……」

普段は押しが弱いくせに、こういうところは強気な辺り、
いい性格してるなぁと感心する

「そんなことより、行こうカズ君」

言うが早いか既に戸口に向かっているナノハ、
行動するとなると兎に角早いのも親譲りである

「こら待てお前は!
―――すいませんフェイトさん、また後で」

『うん、気をつけてね』

通信を打ち切って駆け出す、
一方その様子を着陸作業中のヘリの中から見ながらフェイトは忍び笑いを漏らしていた

「どうしたんすか?」

「うん、仲いいなあの二人って思って」

ヴィヴィオや他の自分達の子供も含めて幼馴染同士だとはここに来る途中までに、
ヴァイスから凡そ聞いている
それにしても自分達の子供か、どんな子だろう?
と思っていながら、フェイトはそれに気付いてヴァイスに声をかけた

「それにしてもあの子―――アルバート君だっけ?
砲撃魔法やバリアジャケットまで使えるんだね」

「ホントに俺の子か疑わしいと?」

実際いまだ半信半疑な話である、ヴァイスが苦笑いで応じる

「うぅん、あの子のお母さん、どんな人だったのかなって気になってね
―――ヴァイスは心当たりある?」

「ある訳無いじゃないすか
知り合いならともかく、そういう意味の女には縁が無いんっすよ」

あと着陸はデリケートな作業なんで話しかけないで下さいと言うヴァイス
嘘は言っていないが、なんとなくその言葉に誤魔化しが混ざっているなと
フェイトは思い、とりあえず今の状況が落ち着いたらシグナムに聞くか、
もしくは二人がかりで追及することにしようと決めると
彼女は大人しくシートに座りなおした

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最終更新:2010年02月04日 14:08