#1

新暦96年某所―――

「それで、『カレイドスコープ』の本体は確保できたの?」

フェイト・T・H執務官は先行していた少年に向かってそう言った
長い金髪をなびかせるその顔は古強者の風格こそ帯びているが、
いまだにその美貌に衰えを感じさせない

「それについては問題ない、
けど、一つ気になることがあるんだ」

「気になること?」

直接見た方がいい、と言う彼に連れられ
フェイトは、洞窟の奥深くへと踏み込んだ

「これがそう?」

フェイトが指摘したのは発見されたロストロギアに書き込まれた文字である
見たところベルカ語のようだが、コレがどうかしたのだろうかと思った彼女だが、
すぐにあることに気が付いた

「確かに、随分シンプルな書体だね、これじゃまるで―――」

「地球の文字みたいだろ、
英文はミッドに近いから違うとして―――ドイツ語、だっけ?」

研究していた者たちから押収した手記もベルカ語の記述にしては
書体や文法に細かな差異が散見されるのだという

「でも、それはおかしいよティス
地球には魔法文化なんて無いんだから、こんなもの作れるはず無いし」

次元航行の技術も無いのだ、
こんな辺境の無人世界に来ること自体そもそも不可能だろう
広い次元世界だ、書体や文法の違いくらいは誤差の範囲である
特に古代ベルカは地方によっての誤差が激しく、いまだに歴史家達もまとめ切れていない

「そう思いたいところだけど、こっちを見てほしい、
―――実は、さっき別の研究員から押収した物なんだけど」

「それが、どうかしたの?」

首をかしげる彼女にティスと呼ばれた少年は、懐から手帳のようなものを取り出すと、
紙媒体とは珍しいと驚く彼女にあるページをめくり、それを差し出した

「ここの記述、
どう見ても日本語なんだ」

擦り切れて全貌は分からないが確かに日本語で「―坂の悲願」や「四代前の当主」、
「マキリ」、「衛宮の―――」「時計塔」と言った記述が見て取れる、
読める範囲で分かることでは、この記述を残した人間の先祖がこの技術にたどり着き、
実験の果てにこの世界に飛ばされたらしい

「元々帰れる見込みの無い片道切符だったみたいだね、
過去か未来かも分からない未知なる世界への旅立ち―――聞こえはいいけど、
コレを書いた人は、親に捨てられたって事かな?」

もしくは、そうしなければならない事情があったか―――
そう思いながらページをめくり、フェイトはそれに気が付いた

「『私はここに“天の杯”を再現する
いかなる信仰も届かない最果ての地であるが、
我が家系のたどり着いた“魔法”を持ってすれば、
土地における信仰の有無は問題にならない、ここに私と言う人が居て、
その可能性を夢想することが出来る以上、この“万華鏡(カレイドスコープ)”にとって、
それは存在しうるからである』―――なんだろう、“天の杯”って?」

万華鏡というのはこのロストロギアのことだろう、
その機能が平行世界運営―――
「○○である」という可能性をある程度実現させるものであることは分かっている
では天の杯とはなんだろうか?

「どうもコレを作る前に書かれたものらしい、
―――母さん、ここ」

ティスの指すほうに目をやると、
ロストロギアの本体にHeaven's Feelと言う文字が読み取れた
もしこれが“天の杯”を指すのだとしたら
この巨大なロストロギアはもともとそのために作られたものなのだろう

「ヴィヴィオたちがどこかに飛ばされたのも、
その“天の杯”のせいなんだろうか?」

「かも知れない、
とにかく―――もうじき局のスタッフがくるから、全てはそれからだね」

考えても仕方が無いと、フェイトは背伸びをすると僅かに悪戯っぽい微笑を浮かべた

「ティスは、ヴィヴィオが心配?」

「消えた3人とも心配だけど、ヴィヴィオは俺達より年上だし、それ程は、
一番心配なのはむしろナノハかな、他の二人に比べるとどうも間抜けだし、
―――そういう母さんはどう?」

「もちろん皆心配だよ、ヴィヴィオはともかく
あとの二人は生まれたときから見守ってきたんだしね」

本当は今回の任務だって一緒に来たかったくらいだという彼女に、
いい加減子離れした方がいいとティスは思ったが、
いつものことなので口には出さなかった
もっとも、ヴィヴィオはもう26歳の大人である
子ども扱いされて喜ぶ年齢はとっくの昔に過ぎているはずだ

そう言っているうちにデバイスがスタッフの到着を伝えてきた
ちょっとしたホールぐらいはある洞窟を命一杯に使った巨大なロストロギアである、
運び出すのは困難であり、当面はこのまま機材を持ち込んで調べることになるだろう
なるべく早く解決すればいいなと思いながら、フェイトは洞窟の入り口に足を向けた




#2

新暦78年―――ミッドチルダ

でたらめな状況だな、とフェイトは巨人を見下ろして思った
その巨人は莫大な魔力を持っている、だが彼が繰り出す攻撃は全てその体によるもので、
なんら魔法的なものは用いられていない
だがその攻撃は一振り放つその余波だけで建物を破壊し、
跳躍は下手すれば上空まで手が届くしろものである
おまけとばかりに―――

「攻撃が効いてない―――」

どういう手段なのかコチラの攻撃がまるで通らないのである
魔力で防いでいると考えるべきなのかも知れないが、
それはそれで自分たちが気付かないのは不自然だ

「ありゃ概念武装の類だな」

やおら聞こえた声にフェイトは傍らの男を振り返った
疑問と言えばこの男もそもそも疑問である
ロストロギアらしき戦車をのりこなし、こうして空かける自称“アレキサンダー大王”
一体何処からやってきたのか―――いや、そもそもあの魔力結晶はなんだったのか、
問いただしたいことは山ほどあるが、今現在、
有効打らしきものを与えているのは彼の方であり、
それなくして相手を押さえ込むことが出来ない以上無碍に扱うことも出来ない

「―――概念、武装?」

聞きなれない言葉に問い返す、
武装と言うからには何らかの武器なのだろうが、概念をぶそうするとはどういうことか?

「まぁ要するにそう言う能力だということだな、
どうやら神霊に近い英霊の中でも特に霊格の高い奴と見た
恐らく、純度の低い神秘ではいくら打ち込んだところで無駄であろうな」

「大技じゃないと駄目ってこと?」

「それもモノによる、サーヴァント同士でも威力だけで計れるほど安くは無い、
例え大陸を沈めるほどの威力でも神秘が伴わなければ恐らく無駄であろうし
―――それにだ」

この上まだ何かあるのかと思うフェイトをひとまず置いて、
男は気合を入れるとやおら戦車を巨人へと差し向けた

「AAAALaLaLaLaLaie!!」

空を踏んで走る戦車から目も眩むほど雷光が耳を劈くほどの轟音を伴って迸る、
それを牽く二頭の神牛が蹄を掲げ、紫電と共に振り下ろす、
先ほどから繰り返されてきた光景である、
この後は蹄で引き倒した相手を同じく電光を纏う車輪で轢きつぶし、
しかる後起き上がる前に上空に撤退を繰り返していた訳ではあるが―――

「やはりな―――てぇい!!」

受け止められた蹄に攻撃を諦めて戦車を後退させる男、
難しい顔で再び上空に上ってきたその横につけ、フェイトはどうしたのかと問いかけた

「繰り返すたびに、引き倒すのにかかる力が多くなっておったのでもしやと思ったのだが、
長引くと不利だな、ありゃこっちの攻撃を学習しとる」

「そんな―――」

唯でさえ通用する手数が少ないのだ、コレが効かなくなったらどうすればいいのか

「已むを得んな、こりゃ一息に勝負をかけた方がよさそうだ、
おい小娘―――今から余は宝具を使うが、使えば恐らくこの結界がもたん、
諸共外を焼き払うことになるかも知れんが構わんか?」

男が指すのはフェイトが旋風の如き巨人の攻撃による被害を最小限にすべく展開した
広域結界のことだった、結界の外はフェイトにも把握しきれない、
通信で問い合わせると周辺の避難事態は完了しているようだが―――

「―――公共施設の破壊は許可が下りない、
何とかこのまま、あいつを倒さないと」

「やれやれ、面倒な、
―――そうは言うがな小娘、お前さんがこの国でも指折りの魔術師と言うのなら、
恐らく、誰が来ようと無駄と言うものだぞ?」

並みの英霊ならば通じるだろうが根本的に神秘が足りないと男は言う、
もっと宗教的、霊的な概念に基づくのならば兎も角、
科学技術の延長にあるこの世界の魔術では恐らく通用しない、と

「そういうオカルトは、管理局には否定的な人が多いから」

「つまらんなぁ、古臭い宗教をありがたがれとは余も言わんが、
それはそれで世の中が面白くなくなるぞ?」

確かに一面での真理ではあるかもしれないなとは思うが、
今はあまり関係ないとフェイトは思った、それよりも、果たしてどうするか?

「フェイトちゃん!」

結界の境界線を越えて飛び込んできた桜色と白色の光に振り返る

「なのは、はやて!」

「状況は大体聞いた、
それで、こちらはどちらさんや?」

「えっと、だからアレキサンダー大王らしいいんだけど、ほんとなの、かな?」

「なんだ小娘、まだ余を疑っておるのか?」

それはまぁ、1000年以上の遥か大昔の、それも異世界の人間を自称されても
説得力も何もあったものではない
だが、はやては別の意味で驚いていた

「ちょうまってくれへん?
アレキサンダー大王がこんな大男やったら―――
玉座に足が届かんかった言う、ダレイオス3世ってどんだけの巨人やねん?」

「あぁ、ダレイオスか!
―――かの帝王はなぁ、その器量のみならず体躯もまた壮大であった
まっこと強壮なるペルシアをすべるにふさわしい逸者であったよ」

噛み締めるようにそう言う征服王の目線に、どうにも納得のいかないものを感じながら
それより問題はあっちじゃない?というなのはのまっとうな突っ込みに、
はやては我に返った

「せやったな……、
それで、あっちの正体の方はわかるんか?」

「いや、余が知っておるバーサーカーとは別の英霊だからな、
霊格が高いのは分かるんだが、真名となるとさっぱり分からん」

「ランサーさんも分からないって言ってたし……
とにかく、なんとか動きを止めないと」

言いながら、
ガシャンとカートリッジを吐き出して、レイジングハートの矛先を向けるなのは

「エクセリオン……バスター!!」

轟音を立てて吐き出される桜色の閃光
中距離砲撃の大魔法―――
だが、それが直撃したにも関わらず、巨人は無傷であった

「効いてない!?」

「恐らく宝具だ」

フェイトが声のする方を見ると、
ヴァイスと一緒に見覚えの無い美男子が一緒にいることに気がついた
そんな場合ではないと分かっていつつもつい視線がそちらに釘付けになってしまう
彼女は真っ赤な顔で目を白黒させながら「誰だろう」と首をかしげた

「うん?
おぉ、ランサーではないか久しぶりだな」

「相変わらずだな征服王、
―――それよりも見たか?」

フェイトの様子にそちらを振り返った男の言葉に、
涼やかな笑みを返して口を開くランサー

「うむ、今の砲撃が効かんとなると、いよいよもって中途半端な物は役に立たん
せめて大っぴらに余の宝具が使えればいいんだがな」

さっきからやれ法だ許可だと其処の小娘が五月蝿くてな、とフェイトをさして言う征服王、
まぁ法治国家である以上分からんでもないがとは言うものの、
ものすごくぞんざいな考え方をしている気がしてならない

「市街地で危険な魔法を使うわけにもいかんしな、
それにしてもどないしょうか?」

「バスターが効かないとなると……
私の魔法だと後はもうスターライトぐらいしかないけど」

わたしはそもそも市街地で使える魔法が少ないしなぁとはやてがぼやく
なら何故来たのかと言いたいが、今出れるのが他にいないのだから仕方が無い

「ならば俺が行くしかないか」

言うが早いか青い影が双槍を構え飛びかかる
ランサーの宝具は白兵戦における立ち回りでの効果が持ち味である、
市街地での立ち回りで被害を最小限に抑えるという意味では確かに有利だ

ゴウと吼える巨人に向けて繰り出される二槍の戦技
ここで初めて、フェイトはランサーの得物が二つあることに気がついた
長柄の武器を握りなれたフェイトから見て、何の冗談かといわんばかりだが
二本の槍を巧みに操るその動きは、戦場にいるものを男女問わず魅了する巧みの戦技
かつてフィオナ騎士団にその人在りといわれたのはその魔貌だけが由縁ではない

疾風のごとき技量に思わず見とれる一同
割ってはいる余裕どころか、見とれてしまって足を引っ張りそうだと、
フェイトは場違いともいえる顔でため息をついた

「はぁ!!」

巨人の勢いは暴風ではあるが、決してかわせぬものではないと、
すれ違いザマに振りぬかれた紅の切っ先が巨人の持つ岩塊を切り裂く

「■■■■■■■―――!!!」

追いかける巨人の、岩塊を抱えていたのとは逆の腕が振り抜かれるのをしゃがんでかわし、
そのまま―――

「せい!」

倒立する勢いにあわせ黄色の短槍をけり放つ

「■■■■■■■―――!!!」

眉間を正確に穿つ軌道で繰り出される絶技、
だがそれをまるで気にせずに、いまだ岩塊の一部を握ったままの腕が振り下ろされる

「あぁ!」

「おいおい落ち着け、
あの程度ランサーからすれば先刻承知であろう」

慌てるフェイトたちとは逆に冷静に征服王が指摘するとおり、
倒立の姿勢から間髪いれず腕の力だけで飛び上がると、
砲弾のような鉄拳をやり過ごし、肩越しに背中へと回り込む

「■■■■■■■―――!!!」

蹴り放った眉間狙いの短槍の一撃が直撃するが、そのまま弾かれる
だが、もとより防御を抜く一撃としては期待していない
本命の紅の長槍を両手で構え、その背中へと突き立てる

「抉れ、『破魔の紅薔薇』ッ!」

あらゆる魔力を抜いて突き立つ紅の魔槍
完璧なタイミングで繰り出された一撃に誰もが必勝を確信し―――

「む―――」

「刺さってへん、どないなっとんねん!?」

薄皮一枚貫くことが出来ぬまま、巨人の躯に槍を弾かれ、
ランサーはたたらを踏んで後退した
それまでの過程が過程だけに、一同開いた口がふさがらない
宝具で抜けないとなるといよいよもってどうすればいいのか?

「戦車の一撃は効いてたのに……」

「あ奴の槍より、余の戦車の方が宝具の格が上なのであろうよ」

苦い顔でうなるフェイトに、顎に手を当てて難しい顔で返す
総じて対人用の宝具より対軍用の宝具の方が霊格は上の場合が多い
加えて『神威の車輪』を引くのは神の眷族である、
与えられた格で言うのなら手綱を取る征服王自身をも上回る
とは言えランサーの槍が槍の宝具の中でも屈指の業物であるのもまた事実、
これほどの神秘が通じないとなればどうするか?
防戦に陥ったランサーを見ながら、フェイトは意を決するように口を開いた

「一つ試したいことがあるんです、
―――ご協力、願えますか?」

「ふむ、余はかまわんが、
小娘、何か策があるのか?」

フェイトの打診に二つ返事で答える征服王
問い返しに頷いて、フェイトは愛機を構えなおした

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最終更新:2009年02月02日 12:35