#1

『そうか、ティアナは持ち直したか、
分かった、話があるから戻ってきてくれるか』

「うん……了解です、八神二佐」

聖王医療院のロビーにて、
公共通信の為かやや格式ばった返答でなのはは通信を切った
自責に駆られてはいけない、ティアナはベストを尽くしたし、
他の皆もベストを尽くした、出来なかったことを悔やむより、
次にやることに全力を尽くすべきだ

「なのはさん」

「あれ、ヴァイス君、
どうしてここに?」

病室のある側から顔を出した男に声をかけられ、なのはは首をひねった
現れたのは地上本部のヘリパイロットであり、精密狙撃ではなのはも一目置く
凄腕のスナイパーであり、元機動六課の戦友でもあるヴァイス・グランセニックだった

「シグネム姐さんの見舞いです、
で、戻るついでになのはさんを拾って来いとはやてさんから」

「そっか」

帰りの足を外来用のバスにするかタクシーでも呼びつけるかで迷っていたなのはには
渡りに船の話である
ちょうど、彼には話したい事もある、気分を切り替えるにはもってこいだった




―――かくして

「未来から―――というか並行世界から来た俺の息子……ねぇ、
ほんとっすか?」

「多分ほんとじゃないかな、
少なくても、あの子達が嘘をついてるようには見えなかった」

帰りの車内、なのはの話に、ヴァイスは眉根を寄せてまぜっかえした
話の内容は、彼の言うとおりである

「あとしいて根拠を挙げるなら―――私の、ヴィヴィオの母親としての勘かな、
もちろん、一通りの検査は受けてもらったけど」

とはいえ、科学的な検査では時間移動を証明出来ないのはミッドも同じこと、
分かるのはせいぜい、そのほうが辻褄が合うかな、というレベルの情報である

「頼りないっすね、
まぁ、姐さんもやられて人手不足で猫の手も借りたいのは判りますけど」

「まぁね、今回だって陸士隊と膠着状態で向こうが油断してたからこそ追い込めたけど、
もし最初から私達が当たってたらあんなにうまくいってたかどうか」

戦場ど真ん中に大型の炸裂砲が決まったからこその戦果である、
奇襲は奇襲、二度目があるとはなのはは思っていなかった

「でもね、そのアルバート君なんだけど、
確かにヴァイス君と似てるんだけど、こうなんて言うか、
―――ゲームの2Pカラーと言うよりは、ヒーロー番組の偽者みたいな感じ、
っていうとわかるかな?」

「本物より目つきが悪かったり、
マフラーが黄色かったりするような?」

「そう、それ!」

本人が聞いたら「聞き飽きた」と言われるかも知れない例えだなぁと思いつつも、
ついつい笑ってしまう、事実、アルバートの容姿はヴァイスの髪を左右反転させて
目つきを悪くした感じなのである
あぁ、でも髪の色はむしろ私に似てたかなぁと思いながら、
ふと、男といえばとなのはは思い出した

「う~ん、やっぱりランサーさん相手に浮ついてたのかなぁ、私」

「なんか脈絡が無いんすけど、
どうしたんで?」

「あ、うん、
ティアナが連れてきた重要参考人のランサーさんなんだけど……
―――ほんとにダーマットだとしたら、その、うん……」

そうなのかどうなのか判断しかねるなぁと思いつつ一人でうんうん唸りだすなのは、
横目でそれを見ながら、突然に歳相応の顔を覗かせる高町なのはという珍しい光景に、
見とれすぎないよう注意しながらヴァイスはハンドルをきった





#2

その頃、八神はやて二等陸佐執務室

「なんだかなぁ……」

そわそわと落ち着きが無い様子でヴィータが一言ぼやいた
他の女性陣も概ね似たり寄ったりである

「なぁはやて、重要参考人をほいほい現場に向かわせて良かったっけ?」

「あ~、それなんやけど、
ちょう私もランサーさんやったらえぇかな思てしもてな
―――う~ん、これがダーマット伝説の愛の黒子なんやろか?」

誕生を妖精に祝福されたダーマットには
その顔に乙女の心をときめかす魔法がかけられているという
仕事において公私混同はしない主義のつもりだったが、
どうやら知らぬ間に必要以上に彼に入れ込んでしまっていたらしい

「愛の黒子って―――用は精神操作系のレアスキルってことか?」

「せやね―――先に言っとくけどせやから言うてあんま攻めへん様に、
ダーマット伝説の悲劇は、全てその黒子から始まったものみたいなもんやからな」

老主君フィン・マックールの婚礼のまさにその最中、
花嫁たるグラニアがこの魔貌に魅入られたことに端を発する英雄伝
其処に流された流血は伝承として華々しい反面決して意味のある流血ばかりではなかった

「へーい、
でもこうなると気になるのは……」

「キャスターとアサシンはグルなのかどうかやね」

先にヴィヴィオを襲った影が容貌からアサシンであることは
ランサーの証言から明らかである
そのアサシンを援護していた者が使った投擲用ナイフと、
先ほどティアナを襲った物が同じ種類の物であることは一目瞭然だった
だがそれがキャスターを援護する目的であるという確証は無い
その可能性は確かに高いが、単に場の混乱を狙った可能性も否定できない
いずれの可能性も疑ってかかるべきだが、はたして―――

「失礼します、八神二佐」

二人の思考を遮るように青年が一人入って来た
青い制服を着ていることから地上部隊ではなく本局の局員であることが分かる

「おぉ、ユイや無いか久しぶりやなぁ、
どないしたん?」

ここしばらく会っていなかったなじみの武装隊員である、
思いがけない登場にはやては首をかしげた


「無限書庫で資料を調べていたスクライア司書長から資料を預かってまいりました、
それと、テスタロッサ執務官から伝言を、
『此方の案件は片付いた、本局に帰港次第そちらに合流する』以上です」

「ホンマか、それは朗報やな、」

フェイトが合流してくれれば戦力アップは間違いない、
長期航行任務の後に休み無しでというのはいただけないが

「ところで、ユイは手、空いてるか?」

「はっ!
ハラオウン統括官からの要請で、此方に合流するよう承っております」

びしりと隙の無い敬礼で返答するユイ、
堅苦しい立ち振る舞いながら、それゆえの頼もしさを感じさせる人物である

「シグナムの復帰には暫くかかるし、ティアナはすぐに回復するやろうけど一応リタイア、
このタイミングで戦力の補充はありがたいな、ユーノくんとリンディさんには感謝せな」

資料に目を通しながら、そう口にする、
それは偽らざる彼女の本音であった

ところで、愛の黒子云々の件におけるヴィータの発言について、
聞いていたほとんどが内心で、
“ヴィータが恋愛と言う事柄に興味がある”という事実に驚いていたというのは
大きな余談である




#3

フェイト・T・ハラオウン執務官は
今まさに3ヶ月ぶりにミッドの地に降り立ったところであった

―――信じられない話だが、シグナムが惨敗した

乗りなれたクラウディアの艦長室、艦長であり義兄でもあるクロノ・ハラオウンの語る
ニュースにフェイトが絶句してから、まだ四時間しか経っていない

今だ読みかけの資料には俄に信じがたい話が目白押しだが、
一先ずはやてに会おうとフェイトは空港のロビーから出口に向うことにした
本局に預けてある愛車が地上に戻ってくるまでは時間がかかる、
タクシーで向かうかレンタカーにするか迷いながら、ロビーの自動ドアを潜った彼女は、
そこで信じられない物を見た

中空に浮かぶ虹色の輝きを放つ結晶体

それはいい、魔法やロストロギアを見慣れたものならばしばしば目にする光景だからだ
だが、次の瞬間、その結晶体は膨大な魔力と式を持って弾け、
一人の人間を形作ったのだった

「ほほう、月が二つ、それもあれ程デカイとは、
別の世界とは愉快だが―――こりゃどうしたもんかなぁ」

2メートルを超えるその大男は、ひとしきり辺りを見渡してその景色に感心すると、
やおら腕を組み、むむ、とうなり声を上げた

異界に来る前に元の世界を征服したかったよなぁ、勿体無いなぁ、
という男のその目は、好奇心を抑えきれぬ子供のそれである

それにしても聞き捨てなら無い物言いである
男が何処の何者かは知らないが、仕事柄もあり、
フェイトは懐のバルディッシュに手をやりつつ男に近づいた




「失礼、時空管理局執務官フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです、
貴方の所属する世界、組織、ならびに貴方の氏名を教えていただけますか?」

「ほう、この国の司法機関の役人か?
自ら名乗りを上げて問われたとなれば答えぬわけにはいかんわな
―――余はイスカンダル、マケドニアの征服王イスカンダルである、
まぁ、そう言った所で異界では知りもせんか」

「マケド……ニア?」

はて、そんな名前の国を以前どこかで聞いた覚えがあるようなと首を捻り、
それが、地球在住時の社会科の教科書だと思い至りフェイトは目を丸くした

「アレキサンダー……大王?」

「ほほう、かような別天地にも関わらずいきなり余を知る者に出会えるとは、
なんとも幸先が良い」

思わず口走った名前に手をたたいて相好を崩す大男
なにが何やら分からず、フェイトは思わず目を白黒させた

「―――では互いに名も知れたところで案内してもらおうか」

「え、案内……どこへ?」

反射的に、素で訊ねてしまった、完全にペースに乗せられているが、
相性が悪いことに、ことこういう手合いは勢いに乗ると強く、
それを受けるフェイトは一度会話の主導権を握られてしまえばあまりにも弱い性分だった

「差し当たり、どこか適当にそこら辺に」

あんまりといえばあんまりな返答に本当に頭が真っ白になる
初見で彼女を司法の役人と認識しておきながらの発言とは思えない、
たちの悪いナンパの方が余程まだ現実的な発言である

思考が硬直し、思わず立ち止まったところで、男は不意に彼女に近づくと、
やおらその身を小脇に抱え、大きく跳躍した

「―――っ!」

フェイトの喉から抗議の声が形になる前に地に叩き付けられる巨大な棍棒
それは、どこからか投げつけられた、荒削りの岩の塊であった

「一つ聞くが、この世界ではこういう挨拶が流行なのか?」

「そんなこと、ある訳が―――きゃっ!」

言い終わらないうちに降ろされる、
彼女にとって今回のように荷物の同然に小脇に抱えられたのは初めてだったが
まともに受身も取れずにしりもちをつく格好になり、
一体何処を恥ずかしがればいいのか分からないまま彼女は顔を真っ赤にして立ち上がった

「であろうな、
ありゃどうもこっち絡みのようだ」

先ほどまでと打って変わり、どこか底冷えさえ感じさせるその声は、
歴戦の戦士と覇者の風格を備えた威厳ある声だった
目線の先に見据えるは、いつの間に現れたのか男をさらに上回る大男、
否、もはや巨人としか呼び様の無い代物であった
こいつがこの岩塊の持ち主であることは疑うべくも無い

「■■■■■■■―――!!!」

理性の無い咆哮、鉛色の体躯が一瞬で掻き消え、直後地響きを立てて目の前に現れる
戦慄と共に、彼女は今日、もう何度目になるか分からない絶句に言葉を詰まらせていた

―――速い!

一流の魔導師であるフェイトの目をもってして一瞬消えたと思わせるほどの身のこなし、
それが、この彼女に倍するかという身長を持つ巨人の、唯の跳躍に過ぎないという事実は、
魔導師ならずとも“絶望”の二文字で脳裏を埋め尽くさんばかりの光景である

「バルディッシュ!」

反射的に武装し、相棒を握り締める、
それは常の彼女からは信じられない話だが、
身構えるというよりもすがり付くと言った表現が似合う有様だった

―――あのシグナムが惨敗した

その信じがたい情報すら、今此処でおきている事件の中では
始まりに過ぎない瑣末ごとだと思い知らされる

―――だが、彼女の認識はまだ甘い
確かに、目の前の巨人はシグナムを倒した黒騎士と遜色無い怪物ではあるが、
同時に、見た目で言うならば極めて分かりやすい脅威であり、
黒騎士とはまったく別のベクトルの存在なのだった

「それにしてもバーサーカーか……
もったいないなぁ、ダレイオス王にも勝るとも劣らぬ益荒男なんだがなぁ」

飄々とした口調だけは変わらずに、正面から巨人の覇気を受け止め、
男はゆるりと腰に刺した剣を抜き放つと虚空を一閃、
否、文字通りに空間を切り裂いた

轟音を立て切り裂かれた虚空から顕現する神雷、それは

「チャリオット?」

驚くフェイトの目の前に神牛の蹄に引かれ現れたるは、
その昔、コレを解きし者即ち世界を取るもの也といわれた結び目に縛られし神の戦車
人呼んで『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』であるが、
そんなことは今の彼女には知るよしもない

「乗れい、来るぞ!」

御者台に乗り込んだ男の声に反射的に続き、それに飛び乗ったところで、
直前まで彼女のいた場所を振り回された岩塊が薙ぎ払った

「―――っ、空港が!!」

ここに来て、自分がいた場所を思い出し、起きるだろう惨劇を予見したことで
彼女の中で何かが弾け、それが自らの恐怖を振り払う起爆剤となった

ぐるりと旋回し、巨人に向き直る戦車の御者台から飛び降り、天へ飛び上がる黒衣、
大鎌を携え雷光を纏うその姿こそ彼女の真骨頂

「ほう、この世界では人が雷光をも従えるか、
―――おもしろい!」

その様を見て呵呵大笑する大男、
咆哮する巨人に向けて、今二つの“雷光”が牙を剥く
それは、紛れもない神話の光景であった

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最終更新:2009年01月25日 10:21