#1

「え~っと、あの黒騎士とか怨霊とかの総称がサーヴァントで、
其の正体は地球の過去の伝承に登場する英雄、なんだっけ?」

この解釈でいいのかなというナノハ・ナカジマの疑問に、
男は概ねそれで正しいと答えた
涼やかな顔立ちの美丈夫で右の目元にある黒子が印象的な雰囲気をかもし出している
ティアナが連れてきた事件の重要参考人である
付け加えて言えばサーヴァントの真の名は弱点に通ずるものであるが故、
秘匿すべきものである
それゆえ彼らは各々の割り振られたクラス名で呼ばれることとなる
其の男も自らをランサーと自称していた

「でも、この二つは兎も角、
コッチの事件は英雄とはいいがたくないですか?」

会議室のテーブルにつき、ティアナが自分の仕事である誘拐事件を指して言う
年端も行かない子供ばかりを家族を皆殺しにしてでも攫う
その所業はとても英雄のそれとは思いがたい

「いやぁ、地球の伝承見ると晩年の英雄いうんは結構ヒドインよ、
酔っぱらって裸で寝てるところ見られたからいうて
呪いかけて息子だか孫だか追い出したりとか」

この事件もそういう類のもんやろねと、はやては一人つぶやき
書類を見ながらおもむろにティアナに聞いた

「ティアナ、ジャンヌ・ダルクの話は知ってる?」

「以前フェイトさんに進められて見た地球の映画で、
そう言えばアレにもジル・ド・レって居ましたね」

それが何か? と言うティアナにこれがあるんよと答え、
はやてはモニターに画像を表示させた

「ジル・ド・レ―――ジル・ド・レィとも言うな
地球の西暦1400年代、イギリスとフランスの百年戦争において
フランスの英雄ジャンヌ・ダルクの副官を務めた人物でな
―――直接的に武力で支えた言うより資金面で活躍した人なんやけど
フランス側が当時追い込まれてた王族が盛り返した途端に手のひら返してしもてな
ジャンヌの最後はイギリスで当時最も恐れられた火刑による処刑で、
その後、領地に引きこもったジル・ド・レは黒魔術と少年少女の虐待に傾向したんよ」

紆余曲折の後、最後は処刑された訳だが、
傾倒していた黒魔術の腕前次第によっては
オカルトに否定的な時空管理局では苦しいかもしれない

「呪術的な面に関してはさほど警戒せずとも問題は無い、
かの英霊の真価は宝具の性能によるもので自身の術者としての力量はとかく低い」

「さよか、そうなるとその持ってる物が重要やね、
ところで―――」

「質問―――っ!
宝具ってなんですか?」

右手を上げて質問をしたのはオッドアイの女性、高町ヴィヴィオだった、
其の傍らには同じように右手を上げるこの時代のヴィヴィオが居る
なのはによってここに連れてこられるまでに打ち解けてしまったのである

「駄目だよヴィヴィオ、はやてちゃんの台詞遮っちゃ」

「はぁい、ごめんなさい」

なのはに叱られ首をたれてうなだれるヴィヴィオ(大)
そういうところは変わってへんねんなぁ、と其の様子にほほえましいものを感じつつ
咳払いで話を引き戻す

「改めて聞くけど、宝具ってなんや?
英霊の武器や言うたらそうかも知れんけど、あんなとんでも武器ロストロギアや無いか」

英雄の伝承に出てくる魔法の剣といえば大抵刃こぼれしないか権力の象徴である、
何処をどう間違えば一振りで街をなぎ払う様な剣になるのか

「宝具とは、其の英霊の伝承におけるもっとも顕著な逸話の具現だ
代表的なのは其の英霊の用いた武具だが必ずしもそうとは限らん」

そうした意味ではもっともオーソドックスなのが自分のそれだ、と
両の手に一つずつ紅と黄の槍を取り出す男

「それがフェーナ騎士ダーマットの魔法の槍か、
流石はランサー言うだけはあるなぁ」

其の輝きに思わず見入り感嘆の声を漏らす
一つはいかなる魔法も無効化し相手に突き立つ紅い槍
もう一つは、コレでつけられた傷は決して癒えることの無い黄色の槍

「其の槍の威力はまぁ分からんでもないけど……
アレがエクスカリバーいうんはなんかおかしいやろ」

はやてが表示した画像には、文字どうり全てを薙ぎ払う黒い極光が映し出されていた
いかに伝説において幾重もの松明より眩く、
一振りで何百もの敵を討ったといわれる魔法の剣でもやり過ぎである

「そもそもアーサー王が龍の化身言うのはあくまで表現の一環と言うか、
シンボル的な意味合いで、エジプトのファラオを神の化身言うみたいなモンやないか」

「はやてちゃん、それを言ったらそもそもアーサー王が女の子の時点で変だって」

「いや、それはえぇねん、
グレアムおじさんの話やとイギリスでは普通にある説やから、
まぁ、源義経女説とかの同類やね」

アーサー王伝説自体複数の英雄譚が編集されて出来上がった代物である、
其のモデルとなった人物の中に一人ぐらい女性がいてもおかしくは無い
なのはのツッコミを流し、とにかく物騒なロストロギアという認識でOKと、
自己完結するはやて
人の身では最早作ることの叶わない代物と言う意味では
あながち間違った認識でもないのか、ランサーは何も言わない


其の時、警報が鳴り響いた


「なに?」

反射的になのはが通信を開く
地上本部発令所によると、連続誘拐事件の犯人を発見、
現在陸士部隊による包囲中ということらしい
現在この事件の専任はティアナである
なのはは彼女の判断を仰ぐべく水を向けることにした

「たくさんの子供達を引き連れた状態みたいだけど、
ティアナ、どうする?」

「人質の安否を最優先にして、
引き離した上で何とか無力化するしかないですね、
武装隊の要請は?」

「ティアナ次第かな、
もちろん、他の英霊が出た場合対応できる体制も必要だけど」

引き起こされる行為の悪辣さに比べれば
ある意味直接的な危険度は低い、そのことはランサーに確認している
下手に刺激を与えるよりは少数の方がいいかもしれない

「分かりました、では私とランサーが正面に、
なのはさんには万一の場合の相手の動きを封じる為のけん制役を」

「わかったよ、それじゃはやてちゃん達は」

「他のサーヴァントが出てくる可能性を考えて待機やね」

「はい、おねがいします」

阿吽の呼吸で役割分担を決定して立ち上がる
それに異を唱えるものは一人も居なかった




#2

たどり着いた現場は、既に阿鼻叫喚の様相を呈していた
黒い蛸のような怪生物が大量に現れ陸士たちはそれらと攻防を繰り広げていたのである

「コレは一体―――人質は?」

「それが―――」

割って入りながら、その場に居た陸士に問いただす
なのは達の問いかけに、其の陸士は、手の中の物を握りしめ、悔しげに俯いた

「なんてこと―――」

「まさに、外道此処に極まれりと言うところか」

其の端整な顔を怒りに歪めてランサーが言葉をつむぐ
見渡せば言葉にせずとも分かる、そこかしこに散らばる肉片は、
この怪生物を生み出す苗床に使われた子供達の成れの果てである

此処にたどり着くまでのたった数分が実に歯がゆい
自分さえ最初から居合わせれば、せめて一人はと思うのは傲慢であろうが、
それでもそう思わずにはいられない

「ランサー、ほんとにアナタの宝具でこの化け物を止められるのね?」

「無論だ、あれはキャスターの持つ宝具が呼び出した妖魔の類に過ぎない、
我が槍で奴の宝具さえ貫けばたちどころに形をとどめられずに霧散する」

「そう願いたいわね、みてるだけで気持ち悪くなりそうだし」

口元を押さえながらティアナが戦場の真ん中でふんぞり返る男をにらみつける、
男の手にある一冊の書物、莫大な魔力を放つそれがこの場の元凶なのは明らかだった
やることが決まったところで、其の手に武器を構える


「それじゃ、全力全開でいってみようか
レディ……GO!!」

子気味よい音を立ててカートリッジが廃莢される

念話で陸士に退避を促しながら魔力を充填する

「ストレイト……バスター!!」

反応炸裂型直射砲で一息に怪生物をまとめて吹き飛ばす
陸士部隊の戦闘力に完全に魔導師の実力をなめてかかっていたのか、
其の一撃で実に半数以上が吹き飛んでいた

「なんと!!」

驚愕に目を見開く男の目前に炸裂を目くらましに踏み込むひとつの影

「いざ―――覚悟ッ!」

「ひぃい!」

耳を打つ悲鳴は追い込まれた小物のそれだ
もとより自ら戦場に立つ身ではないこの男には
敵に踏み込まれること自体が既に王手である、
主を守るべく集う怪生物も、一山いくらの小物では其の槍を防ぐたてとはなりえない

「抉れ、『破魔の紅薔薇』ッ!」

右の手から繰り出された真紅の一撃が男の持つ本を串刺しにする
触れてさえ居ればあらゆる魔力を断ち切る赤槍の穂は一撃で男の術の根幹を断ち切った
すぐさま飛びのいたことで、書そのものは魔力の活動を再開させたものの
ザバリと音を立てて陸士たちと争っていた妖魔が形を保てず飛び散った
全員がことの全容を把握するすることよりも、
先ず男を取り押さえんと十重二十重に囲みこむ

最初に遭遇した時点で陸士隊による説得は行われていたが、
相手は見るからにそれとわかる狂人である、そんなものはついぞ効果が無かった
今もってその目には狂気がの他には、
目の前に突きつけられた武力に対する脅威以外、一切の感情を持ち合わせていなかった


「時空管理局法に則り、市街地危険魔法使用、公務執行妨害及び、
未成年者略取誘拐、暴行致死の現行犯で貴方を逮捕します」

「法か!
待たしても法の名の下に私から万物を奪わんとするのか知れものどもめ
―――よろしい、それが諸君らの信仰ならば
私もまた私なりの信仰を持って諸君らに報いるとしよう」

ティアナの口にした法と言う言葉に反応し、
男が狂ったように目を見開き声を上げて嗤う

「笑止、法の裁きを笑う前に己が罪を悔いるがいい外道!」

二槍を手にランサーが男に詰め寄らんとした其の時だった

物陰から数本の黒塗りの短剣がティアナめがけて投げ放たれた

“マスター”

デバイスの警告にとっさに弾くが、そもそもコレだけの魔導師がいる中で、
インテリジェントデバイスのセンサーにも気付かれずに
近づいて投擲する手誰の一撃である
弾丸さながらのそれは、とっさに身をかわしたティアナの首筋を
バリアジャケットの上から掠めていた

「投擲? どこからだ」

突然の出来事に一瞬騒然となる魔導師達、
ランサーもまた突然の出来事の犯人が思い当たるだけに油断無く目を走らせる、
なのはもレイジングハートのサーチをすり抜ける相手に緊張の色を隠しきれず、
それゆえにその一瞬誰もが男から目を離した
そして男は決してそれほどの隙を見逃すような愚鈍な存在ではなく、
再び魔書が膨大な魔力を走らせる


「させないっ!」

書の動きを無効化しようとなのはがバインド魔法を起動させる
魔力運用そのものを阻害する高位拘束魔法―――
彼女の判断は決して間違っていなかった、惜しむらくは
術の起動も魔力運用も書に任せているこの男自身を拘束してしまったことだろうか

元から術など組み上げず、ただ野放図に書から魔力を暴発させる
結果、今だ魔力のパスだけは残っていた大量の残骸が一斉に魔術的に沸騰、破裂し
どす黒い濃霧となってその場の視界を埋め尽くし、
その血臭に魔導師達は思わず口元を押さえた

ようは目くらましの煙幕である、その隙にバインドを振りほどくと、
一瞬にして己が魔力の流れを解き実体を解体すると脱兎の如く逃走を図る男
ランサーが追跡しようと飛び出すが、それを何処からか飛来した黒塗りの短剣が妨害する

「おのれ……」

歯噛みするランサーの後ろで魔導師たちが各々に濃霧を払う
ひとしきり、視界がはれたところで、なのはは思った
帰ったら念入りにシャワーを浴びよう、と

逃がしてしまったのは問題だが、なら次の手を考えるのが正しい戦術だ
次は逃がさないと心に誓い、そのまま辺りを見渡して
―――ティアナの様子がおかしいことに気がついた

「ティアナ?!」

“バイタル低下、魔力運用効率減少、
バリアジャケット維持できません”

先ほどの濃霧に当てられたにしては自分を含めた他の魔導師に影響が無いのはおかしい
疑問に思って調べてみると、
首筋の傷がうっすらと不気味な色を帯びていることに気がついた

「毒物……コッチが本命だったんだ!!」

全身をフィールドで覆い、毒ガスや炎からも身を護るバリアジャケットの防御力も
体内までは及ばない、
コレが自分ほどの堅牢さであればそもそも傷を負うこと自体無かっただろうが、
ティアナのジャケットはなのはのそれを参考にしながらも、
本人の魔力から強度はおよぶべくも無い

自分のなかから血の気が引くのを感じながら、
それでもなのはは歴戦の経験からすぐさま落ち着きを取り戻し、
矢継ぎ早に陸士たちに指示を出し、よどみなく撤収した

最もその後は、担ぎ込まれたティアナが回復に向かったことが告げられるまで、
拳を血が滲むまで握り締めながら、ICUの前を動こうとしなかったのだが

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最終更新:2010年02月04日 08:28