#1

「それにしても見事に吹き飛んだモンやねぇ」

改めて現場を視察して八神はやては嘆息した
クラナガン西廃棄区画―――其の一端がきれいな更地と化していた

―――まぁ、都市再生計画の予算が浮いたからよしとしとこか
そうでも思わなければやってられへんだけやけど

ミッドチルダは景観豊かな自然と、活気あふれる都市に混じり
いくつもの廃棄された都市が並ぶ世界だ
時空管理局発祥の地と呼べば聞こえはいいが
その実いまだ癒されることの無い旧暦の傷跡はそこかしこに多い

「コチラにいらしてたんですか八神二佐」

「ティアナか、
まぁ現場百回言うやつやね」

後ろからの声に振り返ると、
腰まで伸びるオレンジ色の髪の歳若い執務官がこちらへ歩いてくるところだった

「……ヴィータはなんとか勝ったんやけどな、
シグナムは本人重症、レヴァンティンは大破、アギトも入院中や
―――自分で言ってて信じられへん位の完敗ぶりやね」

「正直言って、
シグナム空尉が其処までぐうの音も出ないほどに負ける姿なんて想像できません」

「そやね」

なまじ彼女の実力を知るだけにティアナには想像できないだろう
それもシグナムが負けたのはクロスレンジの剣技である
エイプリルフールの冗談でも誰も信じへんやろなとはやても思う

「マリアージュ事件から3ヶ月ほどでまたミッドにとんぼ返りか、
ティアナも忙しいなぁ」

「最初の仕事で凶悪事件を任されて以来ずっとそんな調子でして、
今回もクラナガン近郊での連続児童誘拐事件の調査です」

其の事件ははやても知っている
深夜、眠ったはずの子供が翌朝には失踪していると言う怪事件
何件目かにおいて一家惨殺現場が発見されたことにより
事件は凶悪犯による誘拐事件の様相を呈してきた

「あれか……
確かとある屋敷に残ってた防犯カメラの映像に犯人が写ってたんやったか?」

聞いた話によれば、道化師のような不気味な格好をした大男であったらしい、
それが夢遊病のように歩く子供達の列を引き連れて歩いていたというのだから
その様は想像するに不気味である

「はい、八神二佐は映像をごらんには?」

「管轄違うから見てへん、そんな暇無かったし、
ようやく手が空いた思たらこれや、
それで、態々そう言うからには、この事件と関連があるんやな?」

「はい―――実はこの件に関して重要参考人を一人確保しています
お会いになられますか?」

「手ぇ早いな、流石は元六課期待の出世頭」

「止めてくださいよ、もう」

眉間にしわを寄せた顔で返すティアナに手を振って踵を返す
いろいろと周囲の期待と好奇の入り混じった複雑な視線にさらされ気苦労も多いらしい

まぁ、私らも通った道やけどな

「さて、バシッと行こか」

ただの更地に用は無い、事件は待ってはくれないのだ
はやてはブンッと腕を回して気合を入れた




#2

それは、其の影からすれば取るに足りない雑事であった
いつの時代も、子供一人を攫うというのは、ただ人気が無ければ事足りるのである

てくてくと歩く少女の愛らしさなど歯牙にもかけず影は音もなく忍び寄り、
ゆらりとその姿を現した

全身黒ずくめの中顔だけが髑髏を模した白い面に覆われた長身
かすかな気配に少女が振り返るが、その小さな体では到底抵抗できない
たわいない仕事だと影が思った其の時だった

「アブソリュートぉぉぉぉ・ブレイカぁぁぁぁぁ!!」

横合いから飛び込んできた何かに影は盛大に跳ね飛ばされた

「大丈夫?」

「ふぇ?」

声をかけられて少女は事態についていけないまま乱入者を見上げた
すらりとした長身、黒いボディースーツの上に白いジャケットを着込んだ女性
其の足にいまだくすぶる魔力の残滓は先ほど影を蹴り飛ばしたものだ

「何者だ……」

「うわぁ、結構本気で蹴っ飛ばしたのに、まだ立てるんだ―――
でも、負けないからね」

それなりに強烈な一撃を叩き込んだはずだがまだ動けるらしい
ムクリと影が起き上がるのを見て取って、
後ろ出に少女に防御魔法をかけながら立ち上がる

「この色……」

少女を包み込む魔力光の色、それは虹色だった
少女はこの色のもつ意味をよく知っている
なぜなら、少女こそ其の魔力光を持つ、いまや唯一人の存在だからだ

「言ってくれる……」

くぐもった声でそう言って身構える影
だが、其の足運びは決して戦うもののそれではない

「逃げる気なんだ、口だけの人はモテないよ?」

「貴様と我らでは勝利と言う言葉の意味するものが違う、
私にとっては今は退くが正しい」

片足を引き大きく跳躍する姿勢に入る影
逃すまいと踏み込みかけた直後、その手があらぬ方向にむけて振りぬかれた


カランと乾いた音が響く
音を立てて転がったのは死角から投擲された黒塗りの短剣だった

「一人じゃないんだね……」

姿を現さないが物陰に何人か潜んでいるようだ
どうやら尋常に戦うタイプではないらしい

「ヴィヴィオ~!!」

遠くから誰かを呼ぶ声がする
これ以上目撃者が増えるのはまずいのか、影は本腰を入れて逃げの姿勢に入った

「待て!!」

「笑止、
サーヴァントでなく、神秘も無い貴様らに捕まる我らではない」

とっさに放ったバインド魔法を巧みにかわし、影が其の姿を滲ませる
程なくして、魔力の残滓を残して影は完全に消え去った

「クレイドル・ピース、サーチは?」

“完全にロストしました、魔力反応、生命反応ともにありません”

「そっか、すごいな」

女性の問いかけに、彼女の手の甲の水晶が点滅し、どこか無機質な合成音声で答えた
幻術系の魔法などで隠蔽するには膨大な魔力だと思ったのだが
どうやら完璧に消えてしまったらしい

「もう大丈夫だよ、良かったね?」

防護結界をといて目線を合わせるようにかがみこみ
あれ? と女性は首をかしげた

ルビーとエメラルドのオッドアイに金髪
何処と無く見覚えのある―――あまりに自分に似た容姿である

「あ~えっと……クレイ?」

“はい、何でしょう?”

「この子、ひょっとして……」

何か言いかけたところで背後から人の気配がする、
程なくしてサイドポニーの髪型の女性が駆け込んできた

「ヴィヴィオ~!!」

「なのはママ!」

子犬のように喜色満面の様子で少女が其の女性に抱きつく
其の様子を見て彼女は「やっぱり」とばつが悪そうにつぶやいた




#3

「新暦78年……って、オイ!」

アルバート・グランセニックは路上の大型モニターに映る日付に思わず声を上げた

「えっと……カズ君、何年前だっけ?」

「18年前、俺らが生まれる前だよ」

傍らで小首を傾げる妹分に答えて頭を抱える

「お姉ちゃんが出来るって言ってたけど、
ほんとだったんだタイムスリップ」

「厳密に言うと違うらしいけどな、
―――しかしどうすっかなぁ……」

辺りを見回していた「なにが?」と顔を向けた

「飛び散ったロストロギアとか今日の寝床とかメシとか全部」

「あぅ、……そう言えばそうだね」

財布は役に立たないし、ロストロギア『カレイドスコープ』の行方も不明

「飛び散ったのは端末12個、だったよな?」

「うん、本体は穴に落ちなかったから間違いないよ」

「アレを局が回収しててくれたら帰れるかも、ってとこか……」

望み薄だな~と肩を落とす
こんなところで自分達だけで放り出されてどうしろと言うのか


「姉貴は一人でどっか行っちまうし、
どうすっかなぁ」

コレからを思うと気が重い、
差し当たりまず服装を何とかしないと職質されれば身分詐称で牢屋行きである

「あのさカズ君、お母さんに頼んじゃ、駄目?」

遠くの方を見ながら相方が問う、連絡の取りようもないのにどうやってと言う彼に、
彼女は遠くを指差した

「あそこの建物、確かお母さんの職場の港湾特救隊の隊舎だよ、
ちっさいころよく行ったもん」

正式名称港湾警備隊・防災課特別救助隊
確かにいるには居るだろう、この時代の本人が

「先ずどうやって信じてもらうきだよナノハ?
―――いやまぁ、あの人なら二つ返事で引き受けないとも言わないけど」

それはそれでひどい言い様であるが、
あっけらかんとした彼女の母親を思い出してアルバートは相打ちを打った

「まぁ、とりあえずは却下だな」

「ふえぇ、何で?!」

目を尾丸くして何故?と問いかけてくる彼女に説明する
頼めば確かに助けてくれるかもしれないが間違いなく本局に話が行くことになる
大げさにはしたくなかった


「ことをどんだけ荒げる気だよ、
下手に元六課まとめて~なんてことになったら大事だぞ?」

ロストロギアの規模でいうと相当大事な事件である
本当に元六課に召集がかかる可能性もあるのだ
そんな事態になったら大げさではすまない

「とにかく俺達は事が大きくなる前に
『カレイドスコープ』を何とかして見つけなきゃならねぇ、
善意でことを大きくしかねない人たちの協力は仕方ねぇけど却下―――!」

「いや、そうはいかねぇな」

後ろから遮るように相槌を打たれて彼らはあわてて振り返った
いつの間にか二人の後ろに目つきの鋭い赤髪の少女が立っていた

「時空管理局本局戦技教導隊ヴィータ二等空尉だ、
抵抗するな、おとなしく従えばお前らには弁護の機会を与えてやる」

「ふえぇ?!
い、いきなり犯罪者扱い?」

そりゃまぁ身分詐称の現行犯見たいなものだしなぁと肩を落とすアルバート
ひとしきり二人の反応を見届けた後、

「なんてな、ヴィヴィオから話は聞いてる、
はやてのところに連れてってやるから付いて来い」

ヴィータは口の端を吊り上げて人の悪い笑みを浮かべ、
有無を言わさぬ口調でそう言った

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最終更新:2010年02月04日 08:27