それは異常としかいいようがない現象だった。
人知を超えた身体能力。
剣の神が存在するなら、これほど愛されたものはいないだろうと思わされるほどの技量。
自身の盾ともいえるプロテクション系の魔法すら使う暇がない。
視認することすら不可能。
唸りをあげる剣閃は、ただそれだけで大気を裂く。
明らかに異常。
「ちぃっ!」
自身の直感に従い、崩れた体勢の勢いのまま体ごと投げ出す。
投げ出した体があった空間を暴風が通る。
だが、同時に自分の失態に思わず舌打ちしてしまった。
明らかなミス。体が崩れ、死に体である。
このままでは異常なほどの切れ味を誇る敵の剣に一刀のもとに切り伏せられる。
そんな悪夢を想起させられた。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
だが、そこに申し合わせたかのように部下が突進してくる。
「待て!」
彼女の制止は、当然である。空戦型のため地上では万全とはいえないにしても、魔導師ランクがSを超える自分が劣勢にたたされるほどの強者。
それに突撃することは認められない。
そして、彼女は見た。
自身の叫ぶより遅く動き出したにも関わらず、自身の叫びよりも速く活動する異常を。
剣を持った腕がぶれた。
後から、それは剣を振ったために起きたのだと理解できた。
それほどの速度。
下段に構えられた剣は、これ以上もないほどの速さをもって振り上げられた。
彼女の制止の声は、
両断され崩れ落ちる部下の体が地面に打ち付けられる音で遮られた。
―――くっ!なんということだ!?
あまりにもあっけなく斬り殺された部下に思わず歯噛みする。
あまりにも異常な相手。
地上限定とはいえ、技量がかけ離れた相手。
それを若干不利な状態で持ちこたえていられた理由。
それは。
「■■■■■■■ー!!」
そう。敵である黒き騎士に理性がないせいであった。
いうなれば、戦術など途方考えられない突撃。
場当たりに認識したものに次々に切りかかるという脈絡の無さ。
それが、彼女を生きながらえていた理由である。
―――だが、理性がないとはいえ、この剣の冴えはなんだ?
部下が斬り殺された隙に、上空に上がり部下たちにもそれを徹底するように命令を下した彼女は、自身に対する怒りとともにそんな疑問を覚えた。
その禍々しい凶態にも関わらず、その技量はまさに神の領域。その太刀筋は狂人には不可能なものだ。少なくとも彼女が知る限りは。そして、その状態と技量の隔絶は、剣の騎士たる彼女すらも見惚れてしまったほどだ。
その所為で数人の部下が死んでしまったことが、彼女の疑念を膨らませる。
それにしても、と眼下で叫ぶ狂人の手元にあるデバイスを見つめながら彼女は思う。
魔導師の杖――デバイスは、その特殊性から認証システムを搭載している。
つまり、それは登録された所持者以外は使用するのは、設定自体を変更しなければ基本的に不可能だということだ。
だが、それを覆された。
目の前の黒い騎士は、初めに奇襲によって殺された部下二人の剣型アームドデバイスと杖型のインテリジェントデバイスを問題なく使用していた。
しかも、ミッド式とベルカ式という異なる術式を同時に多重起動を行ったのだ。
これが異常とはいわずなんというのか。
それに、物理防御に優れたプロテクション系の魔法防御すら問題なく切り裂いた。
まるで、豆腐を切り裂くようにあっさりとだ。
こういった防御系の魔法を打ち破るには簡単に分けると三つの方法がある。
一つ目は、単純に張られた防御につぎ込まれた魔力以上の魔力を用いる方法。
これは、非常に簡単だが魔力量が多くないと後が続かず、自滅してしまうことが多いが、高ランク魔導師が格下のランクの魔導師には手っ取り早いということで使うことが多い。
二つ目に、防御系魔法の限界を超えた運動エネルギーをぶつける方法。
魔法というのは、魔力をエネルギーにして空間を意図的に計算し書き換えるものだ。
そこには当然魔力の量と計算によって導きだされた限界というものがあり、限界以上のものを耐えることは不可能である。
だが、それは相当困難なことである。
低ランクの魔導師であろうとも、携帯型マシンガンの掃射に耐えうる強度を誇る上、高ランク――大魔道師と呼ばれるSSSランクオーバーにもなれば術式によっては戦略クラスの兵器すら耐える剛の者すらいるのだ。
事実上、個人では不可能であり、だからこそ個人レベルで戦略級の戦果をあげることができる魔導師の台頭。
だからこそ、各次元世界の頂点を管理局が君臨する所以なのだ。
事実。彼女にしても戦略級は耐えれないが、それ以外の個人携帯クラスであれば、衝撃云々を無視すれば如何なる兵器であろうと生き残ることが可能である。
更に三つ目は、バリアブレイクと呼ばれるプログラムである。
これは、所謂魔法に対するハッキング。もしくはクラッキングに相当する。
つまり、計算された術式に進入し、構成の綻びを見つけ出し、構成を解除するのだ。勿論、これには、術式の構成を熟知し、尚且つ高性能なデバイスを所持していなければ近接戦闘で行うのは難しい。
例外としては、彼女の友人である砲撃魔導師やその親友の使い魔のように、感覚でそれを行う者。そして、某無限図書の長のようにデバイスなしで計算しきってしまう天才もいるのだが。
だが、この黒き狂人はそのどれもに当てはまらない。
確かに狂人は膨大な魔力量を誇っている。
それこそ、SSSオーバーの大魔導師クラスを誇る。だが、それだけでは説明がつかないのだ。
例えるなら、狂人の使う術式込められた魔力の少なさに反する突破力。
バリアブレイクを使ったにしても、その障壁を破るタイムラグの少なさ。
そして、如何に尋常ではない身体能力を誇るとしても、繰り出される運動エネルギーが術式の限界を超えるほどとはいえないはずなのに、数人の部下が斬り殺された。
考えれば、考えるほど不可解だった。
―――それは後で考えるべきだな。
そう考えると彼女は、遠距離から飽和攻撃を行うことを部下に伝えた。
剣の騎士たる彼女にすれば、屈辱の決断。
剣に誇りを抱く彼女なら、例え自分を上回る技量の持ち主であろうともこのようなことは本来決断しない。
だが、目の前で次々に死んでいった部下たちを思い、また自分が部隊に預かるものとしての責任から確実に打ち倒せると判断できる策を取った。
剣の騎士たる彼女は理解していた。
相手の技量は恐るべきものだ。それこそ長き時間を過ごしてきた彼女ですら、見たことが無いほどに。
だがそれはあくまで地上で打ち合うことをまた重力を地面があることを前提とした武術。
不安材料として、何故か使えるデバイスの中に飛行プログラムがあることだが、それもこれほど距離が離れていれば、すぐさま対応できるだろう。
その切欠を造れたのは部下が斬り殺されたことなのが、正直悔しかったが。
―――皆すまん。だが、必ずこの狂人を打ち倒してみせる。
そう心に誓い、自身の相棒を遠距離攻撃形態に変化させる。
『Bogenform』
即座に薬莢を次々に打ち込む。
一つ。二つ。三つ。四つ。
そう次々と。
彼女自身が放てる限界まで魔力を高める。
体が熱い。
暴風のように暴れまわる魔力を渾身の力で制御する。
それは空を荒々しく翔る隼の如し。
「撃ち方構え!」
準備は万端。
後は、合図を送るだけ。
この忌々しい戦場から、残りの部下たちと共に生きて帰るために。
だから。彼女は叫んだ。
「撃てえええええええええええ!!」
そして、複数の膨大な魔力と共に戦場は蹂躙された。
最終更新:2008年12月19日 03:25