追撃を行ったもののマスターを殺すという目的までは達成することはできなかった。
だが、追う最中に見た男に抱えられた遠坂凛は出血も少なくなく長くはないと感じられた。
ならば目的は達成したと納得し揚々と帰ればいいのだが確証は得ていないのと、
何より目の前の男の表情がそれを躊躇わせた。
屋根の上から見下ろす顔は未だに余裕を保っている。短い間の観察とはいえ
この男はそういう男だと判断すればよかったのだが生来の生真面目さゆえに
男の余裕はマスター健在のためと思えてしまうのだった。

「もう踏み込んでこないのか?まだ、余力を残しているようだが」

変幻自在…投擲された剣は読みづらい曲線を描きザフィーラの足を封じていた。
邸内への突入は無理をすればできないことではない。
しかし、その時は男とて全力で止めにかかってくるだろう。はたして一人で危険を犯すことが最良だろうか。
そしてもう一つ、突入を思いとどめる理由があった、結界が張られたこの空間より外…
背後より自分に敵意を向けてくる存在をザフィーラは察知していた。

「避けるだけならどうということはない。いつまでも相手をしてやる。だが、お
前こそいいのか?娘は瀕死のはず」
「あれは簡単に死ぬタマではないのでな。それにあれが死んでも私はさほど困ら
ん。
ただし、代償は払ってもらおうか。仮にもあれは私の主なのでな」
「なにを…する?」
「私の宝具を大事そうに持ち歩いているバカがいるからな。ここは是非とも死んでもらうおうか」
「!?」

男の体に魔力が走る、その効果は間をおいて、耳に小さな爆音として届いた。
方向は先程まで二人がいた穂群原学園。騎士らの無事は心配ないとしても、
はやてや士郎の生存をザフィーラはただ信じる他なかった

「誰を…狙った?」
「さて、貴様の家族が一人減ったかもしれんな。
尻尾を巻いて逃げ帰るなら追いはせんぞ?貴様には客が来ているようだしな」

男は相も変わらず余裕。だが、その顔は達成感からくる微笑と僅かの焦燥感が不思議と感じとれた。

「なぜ、見逃す?」
「犬を殺す趣味はない。後ろの奴には精々喰われないようにすることだ」

ザフィーラは男が双剣を手元から消すのを確認すると結界を解除し遠目から背後を見やる。
そこには黒いタイトミニのワンピースを着た紫色の髪の女性。
その格好だけならば彼の将と似た容姿にも思えたが纏う空気は異様。
髪は力に溢れ、まるで、生きているようであった。しかし何より注意を引いたのは分厚い眼帯。
それは…サーヴァントに違いなかった。
もはや異様というよりも不吉さを感じさせる存在を前に離脱を決意する。そも、サーヴァント二人を敵に回して
やりあうというのは決して賢い選択ではない。ならばザフィーラの決断は正しかったと言えよう。
加えて、女から目を離すということをしていなかったならばザフィーラは犬男のオブジェとなっていたかもしれない。


「はぁっ!はぁっ!いい加減離せって」
「あっ…わり…」

手を離すと荒い息を整える士郎、それを何気なくぼうっと見る。
手持ち無沙汰になって周囲を見渡すとそこは商店街側の公園。

「悪い、引っ張り過ぎた…」
「ほんとだっ…たく…」

呆れるようにベンチに座る士郎に釣られて横に座る。

「けど、ヴィータには礼言わないとな、多分、あの遠坂のサーヴァントがやったことだろうけど
ヴィータがいなきゃ、俺、死んでたろうし」
「お、おぅ感謝しろよ」
「けど、やっぱり俺はお前たちは間違ってたと思う。
あいつの武器を持ち歩いたのは俺のせいだけど、遠坂をあそこで襲わなかったら
あんなことにはならなかったんだ。腹ただしいけどさ、あの黒野がいなかったら
美綴達は無事じゃなかった。ヴィータだってあいつらも助けることはできなかったはずだ」
「…士郎が反対することはわかってたし、結果を見れば確かに失敗したよ…でさ、士郎はどうするんだよ?戦いを降りて何もしないのか?
私達と一緒に戦えないのは…いいよ別に。けどさ、お前はセイバーの勝ちたいって願いはどうするんだよ?」
「…俺だって一人で戦えると思うほどバカじゃない。セイバーのことだってある。
だから戦いは続ける。だけどな、これからは俺にちゃんと全部話すこと。
それは守ってくれ…次はないからな」
「それはみんなわかってるよ。それに、こんな失敗したら多分それこそ次はない。この戦いはそんなに甘くはないと思う」

「あれだけ囲んでおきながら遠坂の魔術師一人殺せないなんてホント、間抜けね。
だめな人達。ね、お兄ちゃん。こんな人達との付き合いは辞めた方がいいよ?」
「は?」
「!?お前は!」

ベンチに座る士郎たちの前にいつの間にか立っていたのは紫の衣装と銀の髪が特徴の少女。
ちょこんと立つその顔にはいい笑顔が浮かんでいた。

「お兄ちゃんに挨拶はまだだったね。初めまして
私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。以後お見知り置きを」
「……どうも…て、えーと?」

訳が分からないと豆鉄砲食らったような顔の士郎とは対象的に敵意という意志を明確に放つヴィータは二人の間を遮るように立ちふさがる。

「てめぇ…何のようだ」
「不躾ね。私はお兄ちゃんに話してるの。あなたなんてお呼びじゃないわ」
「二人は…知り合いなのか?」
「士郎、こいつはマスターだ!アンミツベルンとかいう。外見に惑わされるなよ」
「アンミツ…」
「ち・が・うわ、アインツベルンよ。そんな簡単なことも覚えられないなんて言動の通り頭の中身は空っぽなのね」

蔑みの込められた視線がヴィータを見据える。勝ち誇ったように見える仕草にはどこか可愛げがあったが。

「あ、ああ…うっせー!ぶん殴ってやる!マスターのくせにのこのこ出てきたんだから文句はないよな」

ヴィータが手を掲げると身長と不釣り合いな巨大な鉄塊がなんの違和感もなくその右手に収まる。

「待て、ヴィータ。その子は戦う気はないだろう。もう、よしてくれ」
「…士郎」
「そう、今は戦いに来たんじゃないのよ、喜んで。バーサーカーに命じたらあなた達を簡単に殺せるけど
今はまだ夜じゃないから殺さないであげるわ」
「もうすぐ…夜だろ」

ヴィータの言葉にイリヤは酷薄に笑う。

「そうね、あの夕日が沈んだら私のバーサーカーで相手してあげる。
それまで話し相手になってくれるていうのはどう?」

対するヴィータは四周を警戒し微塵も気の緩みはない。

「…好機をみすみす逃すほどバカじゃねぇつもりだ、
無駄な殺し合いはしねぇがアレを呼ばれるとやっかいそうだからな。今ここで、やるっ」

鉄塊が振り払われれば銀髪の少女は只では済まないこととなっただろう。
が、決心を固めたその腕に力が籠もることはなかった。

「士郎!どけよ!」

衛宮士郎は銀の娘との間に両手を広げて立ちふさがっていた。

「…だめだ、ヴィータにそんなことはさせられない」
「あたしをバカにしてんのか!?人なんて今までだって散々殺してきたんだ!
こいつを殺したって何がどうなるわけでもねぇ!」
「俺はヴィータにそんなことはさせたくない。きっとはやてだってそう思ってる!」

人気がなくなり傾く夕日の下、士郎の声が静かに響く。
ヴィータ、イリヤの間に無防備に立ちヴィータを見つめる目には固い決意が見受けられた。

「優しいね、お兄ちゃんは。今の態度だけはそこのもどきの方が正しかったのに。
決めたわ、やっぱりお兄ちゃんは私が殺すね」
「は?」

柔らかな口調で語られる不吉な言葉に士郎は首だけ後ろへ回して見る。
見るや、少女は艶やかに笑っていた。
色んな意味でドキッと来る表情に士郎は顔を強張らせる。

「お前、士郎に何かしてみろ、そしたら一秒とかからず粉々にしてやる」
「はいはい、簡単に私のものにできても面白くないしね。どうせならはやてだったかしら、
彼女の前で私のものにしてあげる。それじゃあ、またね」

ヴィータの凄みに物怖じせずイリヤはくるりと背を向ける。

「あ、ひとつだけ、私のバーサーカーにはお兄ちゃんのアーサー王だって絶対かなわないんだからね。
無駄だと思うけど切嗣のサーヴァントで抵抗したいならしてもいいけど殺しちゃうから」

玉の声の主はそれだけ告げるとトボトボと公園を後にした。士郎の視線での制止もあり、
ヴィータはその場から動くことはなかった。が、イリヤが最後に残した言葉は、二人に何か思わせるところがあった。

「切嗣…だって…?」
「セイバーが王様って言ってたのかあのチビは。どこの王様だかは知らないけどそれが本当なら違和感あるけどな」
「アーサー王は伝説的な英雄だぞ。最後は悲劇だけどさ」
「ふーん。あいつの願いってのもその辺からきてんのかな」
「それは…」

ヴィータがなんのことなく呟いた言葉に士郎は返答できなかった。万能な願望器、
一国を治めた人間が叶えたい願いとは士郎の想像の範疇を越えていた。

「わからない。けどさ、セイバーの願いはきっと悪くないものだと思う」
「うん、それはあたしも思うよ…あいつの性格見てたらさ…帰るか…帰ったら色々話さなきゃならないよな…」
「そうだな…」

公園の出口を見つめる二人の顔には暗い影が落ちていた。そして切嗣の名前が出たことに士郎は一人、動揺を隠せずにいた。

血は処理しなくてはならない。友の血と魔術師の血。
赤く、互いに混ざった液体はどちらのものかは最早判然としない。
書に作られた生命体たる女と人外の術に手を染めた女、意外にも違いはそうないのかもしれない。
ただ、それは夕照りを受けて尚赤かった。シグナムは一度衛宮家に戻った後、再び屋上に立っていた。
目の前の赤は彼女にとって痛恨の極みとなったもの。忸怩たる思いは自然と眼差しを厳しくさせざるを得ない。
今はそれを消すことだけがシグナムにとっての慰みとなるはず、だった。

「シグナムさん、これは一体、なんですか?」
「…少し、遅かったか」
「ん…何か?」

シグナムの呟きに少年は気づかず、広がる光景に目を奪われていた。

「それは私にもわからない。だからこうして、呆然としている」
「これは、血…ですね」
「多分な」
「…校庭での爆発の件も何かおかしいし…」
「詳しく聞かせてくれ」

これにはシグナムも反応する。シグナムはシャマルが負傷し、
赤い男が遠坂凜を抱え離脱したのを見届けると、ザフィーラには追撃を頼み、
シグナム自身はシャマルを連れ家へと跳んでいた。
シャマルの傷は重く、危険な状態であった。が、それ以上に現場をそのままにしては不味いという結論に二人とも至っていた。
そうして急ぎ戻ってきたシグナムの耳にも爆発音は届いていたが、詳細は把握していなかった。

「はい、先程、校庭で突然爆発音が…俺は生徒会室にいたのですぐ駆けつけたのですが、
校庭に幅1メートルくらいの穴ができていて穴の近くの窓も割れていたのです。
被害者は幸いにしていなかったのですが」
「はやてや士郎は側にいなかったか?一成」
「居ませんでした、誰も」
「そうか、よかった」

安堵の表情を見せるシグナムを前にすると一成は却って責任感を取り戻す。

「俺は、先生方に伝えに行きます。今は校庭の方に葛木先生がいると思いますから」
「一成」

駆け出そうとする一成の背にシグナムの声がかけられる。
一成は足を止め振り返った。

「…こういう事はもう、起きないといいな…いや、起こさせないというか」
「シグナムさん…?」

シグナムは申し訳なさそうに、自嘲気味に一成を見て笑う。
それは一成が知る彼女とは微妙に違って見えた。

「どうかしたのですか?」
「いや、なんでもない。行ってくれ」

「わかりました…ただ、これは殺人…かもしれません。ですからシグナムさんも気をつけて」
「ああ…」

階段を急ぎ、降りていく音を見送るとシグナムは再び血溜まりに向き直った。

「済まないな…おそらく、もう、巻き込んでしまった…だが、まだ、最小限に留められる…か…」

そっと血溜まりに指を添え、言葉を紡ぐ。
足下に展開される紫の光は誰に見られることもなく輝きを見せる。
シグナムがふと、顔を上げると、西の空では日が沈み、夜が一面を覆い始めていた。

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最終更新:2008年10月27日 22:06