病院から抜け出したのは、大した理由があったわけじゃない。
 誰も自分の言っている事を理解してくれないからだ。
 なぞるだけで、硬いイスだって、重たいベッドだって何でも切れてしまう「ラクガキ」。子供なりに、これは結構大変な事だと思うのだが、大人は理解してくれない。
 そこにラクガキがあるんだ、と主張しても、目の検査とか、脳の検査とか、ちょっと難しい事を言われてしまう。

 そのうち、自分だけにしかこのラクガキは見えないんだ、と言うことが理解できた頃には、
僕は病院を抜け出して、広い草原に来ていた。
 病院は、ヒトもモノもラクガキで一杯でちょっと気味が悪いけど、外ならあまりラクガキは見えない。
勿論、目を凝らせば草や木、時々地面に見えてしまうことも有るんだけど、少なくとも空や雲にはラクガキは見えなかった。

 だから、そうしていつものように空を見上げていて、僕はその人に出会った。
「そんな所で寝てると、風邪ひいちゃうよ?」

 その人は、いや、今思い返せば、その子も僕も子供だったのだけれど
――その人は、とても白くて、僕よりちょっとだけ年上のお姉さんだった。

 ある夏の日。
 この時、遠野志貴9歳、高町なのは、11歳。


 それから何回か、なのはさんと会った。
 最初はなのはさんが凄く大人びて見えて、僕はなのはお姉さんと呼んでいたのだけれど、
なのはさんが照れくさいと言うので、それからはなのはさんと呼ぶようになった。

 なのはさんは、友達が病院で手術を受けるので、その付き添いで何日かこの街に来ているらしい。
 でも手術に必要な検査とか、体力をつけるために休んだりとか、色々な事があって、あまり一緒にはいられないらしい。
 僕にはお見舞いに来る人がいないから、その友達と言うヒトがうらやましいな、と思った。
 同世代の友達と言うと、妹の秋葉か、――か、それか、屋敷にいた――か。
誰にしろ、父は厳しい人だったし、皆屋敷から出しては貰えないだろう、と思う。

 お互い時間が余っていたし、少しお姉さんだったけど、周りの大人よりはずっと話すのが楽しくて、僕達は色々な話をした。
 なのはさんの友達は足の病気で、いまはまだ歩けないけど、手術が成功すれば歩けるようになるらしい。
 凄く腕の良いお医者さんがこの病院にいるんだって。青崎先生と言うそうだ。僕もそんな先生にかかりたかったな。


124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 15:04:41 ID:MaMd+PVp
 僕は、自分でも良くは覚えていないのだが、何か交通事故に遭って大怪我をして入院する事になった事を話した。
 なのはさんは僕を心配してくれて、自分がもしそんな怪我をしても頑張れるかどうか判らない、と言っていたと思う。僕はなのはさんが何を頑張るのかよく判らなかったけど、そんなに体が痛いとかそういう事はないよ、心配いらないよ、と言うような事を言った気がする。
「よし、それじゃ私も、何があってもシキ君に負けないように頑張ろう」
 同じ子供なのに、何をそんなに頑張るのだろうと、当時の僕は不思議でならなかった。

 妹の話は結構好評だった。
 話を聞くところなのはさんにはお兄さんがいるそうで、剣術の達人らしい。
 僕にはそんな取り得はないなぁ、と思ったけど、ラクガキの事を思い出して、
少しなのはさんをびっくりさせてやろうと言う子供ながらの悪巧みと言うものもあって、
近くにあった木の枝で、大きな木の枝を一本払って見せた。

 その時のなのはさんの顔は、今でも忘れる事は出来ない。
 本当に怖かった。凄く怒られた。僕はあまり怖いとか、
そういうのには鈍い方だと思うのだけど、アレだけは何年経っても忘れられない事件だった。

 とにかくよく判らないけどひとしきり怒られて、その後は凄くお説教されたと思う。
 凄くケイソツなことだとか、力はそういうことに使っちゃいけないとか。
 僕は最初はなのはさんが怖くてもう泣き出しそうになりながら謝ったけど、
なのはさんも泣きそうになりながらお説教しているのを見て、嬉しかった。
 僕を怒ってくれた人、というのは、これが初めてだった気がする。

「シキ君、私は力は誰かの為に使いたいと思ってるんだ。
 だから今、そういう勉強をしててね、何年かしたら誰かの為に働く仕事をするの」
 そういうなのはさんは、笑っているけど、凄く強い人に見えた。
「なのはさんはすごいね。僕、そんな事考えた事もなかった」
「シキ君にも出来ると思うよ。私でも判らないような『力』があるんだから。
 あ、別に、私と同じ事をしろって言っているんじゃないんだけど。仕事にしちゃったら大変だと思うし」
 あはは、と笑ってなのはさんは言う。
「でもさ、自分の為じゃなくて、誰かの為に力を使おうって思っていたら、
きっと力の使い方、っていうのかな? そういうの、間違える事は無いと思うんだ。
 自分の為に力を使ったら、凄く、わがままな人になっちゃうと思う」
「でも、こんなラクガキが見れる目、誰かの為に使えるかなぁ?」
 僕は疑問だった。何でもキレたり、コワせたりする事が、誰かの役に立つだろうか? ゴミの解体とかかな?
 そう言った僕に、なのはさんは優しく笑って言った。
「そのときは、別に使わなくてもいいんじゃない?
 だって、シキ君はこの前ラクガキが見えるようになっただけで、その前からもシキ君じゃない。
 ラクガキの事が見えても、見えなくても、それを使っても、使わなくても、シキ君はシキ君だよ」

 ああ、何と言うか。
 あの夏の日。僕はその言葉で凄く救われた気がしたのを覚えている。
 その言葉だけで、僕の目のラクガキが大分薄くなったような気がして、
それでも何か気の利いた台詞の一つも僕は思いつかなくて、「まるで魔法みたいだ」って言ったら、なのはさんは
「だって私、魔法使いだもん」
 といって、笑っていた。



125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 15:07:43 ID:MaMd+PVp
 それから、なのはさんは友達の手術が終わり、故郷へ帰っていった。
 僕は、青崎という眼鏡をかけた先生から、ラクガキの見えなくなる魔法の眼鏡というのを貰い
 ――その先生はなんだか、ジクウカンリキョクがどうこうとか、厄介ごとがどうとか言っていたけど、
 とにかく眼鏡をかけるとラクガキが見えなくなった。
 ――その先生は、なのはに礼を言っておけ、と言っていたが、残念ながら僕はもうそれからなのはさんに会う事は、叶わなかった。
 だから、もう一度会えたら、お礼を言おうと思っている。

 僕はなんだか、あの夏の「事故」前後の記憶と言う奴はあやふやと言うか、ぼんやりした印象があるが、
ラクガキから救ってくれたあの魔法使いのお姉さんの事は、今でも鮮明に覚えている。

 それから僕はよく判らないまま親戚の家に預けられる事になって、
それから8年が過ぎて、父が亡くなった事で、実家である遠野の家に呼び戻される事になる。
 8年間ほったらかしにしていた妹、秋葉に、何と詫びるべきか、どうやって顔を合わせたらいいか、
そんな事を考えていて、学校には親友とか、先輩とかに囲まれて、
別に転校するわけじゃないよ、とかそんな話をしていた時に
何と言うか、ありえない事が起きることになる。

「お久しぶりね、遠野君」

 この時、遠野志貴17歳、高校生。高町なのは19歳、時空管理局特殊潜入任務中、兼、教育実習生。
 無論そんな事はこの遠野志貴には知る由もなかったわけだが――。
 この再会の日、遠野志貴は金髪の吸血姫を殺害し、後の機動六課着任を控えていたなのはさん共々死徒事件の中心に居座る事になるのだが。

 それはこの後の話になる。


126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 15:10:24 ID:MaMd+PVp
というわけで小ネタ投下終了。

何というか、俺が言いたいことはあれだ。
スレの上のほうを見て、カップリングというならなら型月の種馬が出ないとうそだよね、と。
ただなのはさんの純潔は危ないので熱烈ななのはさんファンの方には、ごめんなさい。

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最終更新:2008年07月07日 23:50