松羽田かの子プロローグ


~1~
「私の話を聞けえ!!」

少女の頬は涙に濡れていた。

可愛らしいデザインの下着に包まれた形の良い尻からすらりと伸びた白い足が大地を蹴る。
大振りだがしっかりとしたスイングで腕を振るたびにスポーツブラに包まれた形の良い胸が揺れる。

一歩、また一歩。

素足で地面を踏みしめ速度を上げながら前に進む。

「ちっくしょおおおおおおっ!!ばか!!ヘヴィッメェモリィィィッズ!!」

叫び声を上げつつ少女はスカートを掴み脱ぎ捨てる。
もはや少女の肉体を覆い隠しているのは上下の下着のみである。
バランスの良い健康的な肉体を包む白い肌には汗がにじむ。
投げ捨てられた学校指定のスカートはふわりと風に乗ったあと。
地面にめり込んだ。

ズ、ズン……!!

学校全体が地響きに揺れる。
一体、あのスカートはどれほどの重さがあったと言うのだろうか!!
少女の走る速度が目に見えて早くなる。
この巨大な校庭を一気に駆け抜けるその姿は風のようだ!!
それを見ていた通りすがりのお爺ちゃん、犬の散歩中の徳山徳三郎(81)が驚いて叫ぶ。

「ふがふが!!あやつ、あんげな重りさあ付けて今んまで戦っとったんかいのう!!ふがっ!!」

驚きのあまりお爺ちゃんの入れ歯が外れ空を飛ぶ。

これこそが彼女、松羽田かの子の魔人能力『思い出は重いで(ヘビィメモリーズ)』である!!
身につけた服や装飾品を外したとき、その重さを100倍まで増加させ、そして増加した重さに見合った力と速度を得る。
要するに「あいつ、あんな重りをつけて今まで戦ってやがったのか!!」
という状況を生み出す、とても回りくどい身体強化能力である。
目撃したモブは思わず叫んでしまうだろう。
即ち「あいつ、あんな重りをつけて今まで戦ってやがったのか!!」と。

「ハァーハッハッハ!!泣いているのかい?かの子君!!」

校庭の端ですらりと背の高い巨乳女が笑う。

「うるさい!!ばか!!」
「泣きたいなら泣くと良い、私の胸でよければ喜んで貸そうじゃないか」
「うるさい!!ばか!!死ね!!」

弾丸のような速度で向かってくる少女に対し、女は大きな胸をそらし手を広げる。

「さあ、私の胸に飛び込んでおいで、かの子!!」
「ばか!!全部お前のせいか!!下水道橋つまるぅ!!」
「下水道橋先輩って呼んでくれなきゃやだ」
「うるせえ!!死ね!!ばかあ!!」

なぜ、こんな事になったのか。

~2~

変な夢を見た。

猫型の目覚まし時計がニャアニャア鳴くのを止める。
こういう時は大体ロクなことにならないと私の直感が告げている。

顔を洗い歯を磨き着替えを済ませ台所へ。

「よ、かの子、おはよう」
「おはよう、父さん」

リビングで新聞を読む父。
TVの占いコーナーからは今日の獅子座の運勢が最悪であると告げられる。
最悪だ。

「……」
「どうした?かの子、食べないのか?」
「父さん」
「なんだい?」
「私、一応女子高生なんだけど」
「そりゃあ、知ってるさ」

私は首に巻いたマフラーをゆっくりと外す。

「そうだな、食事の時にマフラーははずすべきだぞう、かの子」
「ヘヴィメモリーズ」
ミシリ…。
手から離れたマフラーが重い音を立てて床に落ちた。
まさか家を出る前に“使う”はめになるなんて。

「食事の時に全裸になってんじゃねええええ!!」

鉄拳制裁。
強烈な一撃を叩き込む。

「ぬわあああッ」
「乙女の眼前に汚いモノをブラブラさせるな!!ばか!!」
「しかしだな、かの子」
「どりゃああ!!」
「がふっ」
「せめてパンツを履け」
「わ、わかった、落ち着け、話を」
「でやあ!!」
「ごばぁっ」
「履け」
「わかった、ほら履いた」

服を着た父を無視して朝食を摂る。

「しかしだなあ、かの子。これは初里流(ういざとりゅう)の戦闘術の訓練で、お前も」
「ころすぞ」
「わかった、でもお前には才能が」
「死ね」
「は、はい」
「じゃあ行ってきます」
「いってらっしゃい」

父は私を後継に考えているようだが、こんな腐れ流派は滅べばいいと思う。
子供の頃、父に憧れた私に伝えられる物なら伝えたい。
あれはダメだと。
脱げば脱ぐほど強くなる武術とか。
おかげでこんな魔人能力にまで目覚めてしまったのだから。

~3~
運勢は最悪だった。

まず家を出るなりソヴィエト忍者の出口場知代(ごーるば・ちよ)に急襲された。
忍法『ペレストロ烏賊』は非常に強力でスカーフとリストバンドを“使って”しまった。
何故だかこの一年生女子は私を性的に狙っているらしくムキムキ触手忍法を駆使して襲ってくるのだ。

個性的な女子に好かれて襲われるとかラノベの主人公ならともかく、まず願い下げだと思う。
散々にブチのめしたところで通りがかった先輩の星凛(すたあ・りん)さんがズタボロになった出口場を引きずって去っていった。
おそらく恐ろしい体罰が待っているのだろう。

通学バスを乗っ取ろうとしたバスジャック犯のワーシベリアンハスキー(ムキムキマッチョの肉体にシベリアンハスキーの頭部がついた犬面人の魔人犯罪者、息が荒く非常に頭が悪い)をねじ伏せるのに靴と靴下を“使った”。

バスを降りると交差点では子供に突っ込んできた暴れ赤兎馬にのったお婆ちゃん(ムキムキマッチョ)の方天画戟を止めるためにヘアバンドを“使用”した。


信号を渡るとトラックの荷台から逃げ出した烏骨ッカトリス(烏骨鶏のコカトリス、とても美味しいがムキムキマッチョで毒もある)を捕まえるのに上着を“使う”。

商店街ではナンパしてきたムキムキマッチョのモヒカン(断ったら火炎放射器を使ってきた)とホッケーマスクをかぶったムキムキマッチョハゲ(チェーンソウを持ってる、なんなの?)を撃退するのに帽子を“使った”。

校門の前では隕石が落ちてきたのでセーラー服を“脱いだ”。

決定だ。
あいつの仕業だ。

「やあ、おはよう。かの子君」

校舎の前に佇む金髪巨乳女。
下水道橋つまる。
3年。

朝最初に見た占いの結果を他人にリアルに適用できる能力を持つ。
このクソばか先輩が!!

「今日のドキドキ朝モーニングの占いを見たかい?」
「だまれ!!ばか先輩!!」
「それによると獅子座は素敵な出会いが待ってるらしく、天秤座との相性は最高だというじゃないか」
「他に見るとこあるだろ!!ばか!!」
「獅子座、つまり君。天秤座……つまり私」
「私の話を聞けえ!!」

そして私は走り出す。
全力で全身全霊をかけて先輩をぶっとばす為に。

「死ねえ!!ばか!!」
「ぐぼああああっ!!」

今日最高の一撃を受けて下水道橋先輩は良い笑顔のまま空を飛んだ。
先輩の横をお爺ちゃんの入れ歯が一緒に飛んでいる

そういえば今日は変な夢を見た。
きっと、運が悪いのはそのせいに違いないと。
私は思った。

松羽田かの子プロローグ 了
最終更新:2016年01月25日 20:50