矢塚 白夜プロローグ


「ンッフフンッフーン♪」

夢と夢の狭間に魔人能力「夢の掌握」によって作られた自分専用の空間で
矢塚一夜は上機嫌に小躍りしながら鼻歌を歌っていた。

つい先ほど、この空間に増築したモニターに現世の映像と音声を再生する機能を
持たせる事に成功したのだ。
モニターには先ほどから弟である白夜の様子が映し出されており、
その映像の視点は通常時は半自動で白夜を追尾し、一夜の意思によって
視点を手動で思い通りに動かすことも可能になっている。

そして一夜はテーブルの上にパソコン型の端末とスタンドマイクを設置した。
通常時は端末からキーボード入力によって描写を行うが、場面によっては
自分の音声実況を録音しそれを後に文字に起こすことによって勢いを付けたほうが良いと考えたのだ。

「へへへ、なんとかの報告書を思い出すな。
よし、それじゃあ白夜のプロローグとやらを作り始めるか!」


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2016年12月大阪

カラスの鳴き声が響き渡り、それを隠れ蓑にするようにひそひそ声が聞こえ、淀んだ空気が漂う
矢塚白夜はそんなスラムと化した人気のない不気味な廃工場地帯を歩いていた。
嘗て『関西黙示録』『関西滅亡事件』『希望崎修学旅行テロ』等と呼ばれた
一人の魔人能力を引き金に発生した人為的大災害によって関西には巨大なスラム街が多く存在しており
白夜が歩くこの廃工場地帯もまた『関西黙示録』発生前は栄えた工場地帯であったが
今ではならず者どもの巣窟と化している。

なぜそんな危険地帯へ足を踏み入れているかというと、勿論無色の夢絡みだ。
白夜が俺の消息をたどる為に雇った魔人探偵―――推理光線とかは
あまり撃たず、身辺調査とかを得意とするタイプの魔人探偵だ―――
のもたらした情報によって俺が利用した『意図的に無色の夢を見る方法』が
いろいろあってこの廃工場を根城としたギャング『トリニティ・ヘッズ』の元へと流れ着いて居た事が分かったからだ。

そうして白夜はさっきからこの廃工場の周りをうろついて…おっと
ついに入り口の方へと足を進めていったぞ。
そこには2人のチンピラが門番として立っていた、片方はサングラスをかけていて
もう片方はハゲでタバコを咥えながら見張りを行っている。

「おい、そこのお前」
「はっはい!?なんでしょうか?」

スーツを着崩した2人の門番チンピラが白夜に威圧的に話しかける。
当然だ、見知らぬガスマスクを被った男がギャングの縄張りをうろついているのに
黙って見過ごす程のマヌケはそうそう居ない。

一応言っておくと2004年の関西黙示録以降の関西ではガスマスクを着用した人間自体はそう珍しくない
あの事件で大量の化学兵器が使用された事やそれ以降の大気汚染、そしてその後も何度か
化学兵器を使った犯罪が行われた故にそれらを恐れた住民達がガスマスクを常に装着したり持ち歩いているのだ。

まあ、勿論そのままギャングの縄張りをうろついていたら警戒されて当たり前だ

「いえ、あの、俺はただちょっと道に迷って…」
「ああ!?道に迷ってこんなとこまで来たってのか!?」
「お前、ちょっと怪しいな」
「ひ、ひぃぃすいません本当に迷っただけなんです勘弁してください…」

チンピラが懐に手を入れると、白夜は情けない声を上げながらうろたえた。
ああ、なんと情けない姿であろうか、できる事ならこの様子を録画して
ヤツの知人たちに見せてみたいとこだ、この空間に録画装置も作っておくべきだった。
まあ、勿論白夜のこの反応はただの演技だが、2人のチンピラは白夜の反応を見てまんまと油断したのか
顔を合わせたのち下品な笑み浮かべながらわざとらしく見せびらかすようにゆっくり拳銃を懐から取り出した。

「さあて、どうしようかな?」
「そうだなあ、迷いこんじまったなら通行料いただかないとなあ?」
「でもよお、怪しい奴だしいっそバラしちまった方が早いんじゃねえ?」
「ひっ」

サングラスのチンピラが銃口で白夜を指すように拳銃を振りわざとらしくハゲと会話する。
安いカツアゲ行為だ、ギャングの一員の癖にこんなショボい恐喝で小遣い稼ぎしようとするあたり
こいつらの頭脳レベルが街の不良と大差ないカスである事がよく分かる。

「そ、そんな…」

そしてハゲがタバコを吐き捨て、新たなタバコを取り出す。
すると白夜はすかさずハゲに近寄りオイルライターを取り出した

「こ、これ火をどうぞ…どうか命だけは…」
「ほほう、なかなかいい心がけじゃねえか」

チンピラどもは完全に油断している、バカ丸出しだ
相手が懐から物を取り出して近づいてきた事に全く警戒していない
もし白夜が取り出したのがライターではなくナイフや拳銃なら今すぐに死んでいただろう。
っていうか白夜これ遊んでないか?

そしてハゲが咥えたタバコを突き出すように顔を近づけ
白夜がライターの火を点けようとした正にそのとき
あたりに轟音が鳴り響いた、爆発だ、チンピラどもの背後にある
奴らのアジトである廃工場で大爆発が起きたのだ!

しかしなぜそんな爆発が起きたか?それは俺がこの廃工場の描写を始める少し前の事だ
白夜の奴は魔人探偵に俺の消息調査を依頼した後、続けてこのギャング共、『トリニティ・ヘッズ』の
規模、構成員数、魔人構成員の能力、根城などについての情報の調査を依頼してた
(相当なカネを使ったはずだもったいない)
その情報により工場敷地内の外周沿いに資材置き場があり、そこに中身の詰まったLPガスボンベが
放置されてる事を知った、そして白夜は事前にその場所に火の点いたマッチを投げ込み
時間差でガスボンベに火が点くちょうどいいくらいに火を増大させていたのだ。


「なんだってんだ!?」
「オイ、これは…」
「ああ、そんな急に振り向くと危ないですよ!」

ボウッ!!

白夜のライターの炎が急激に勢いを増し、ハゲの顎を焼き
そこから一瞬にして炎の波が広がりハゲ頭を丸ごと包む!

「うがぁあああっ!?」
「こ、今度はななぐぁっ!?」

白夜がハゲの頭に腕を向け、そこからサングラスの居る方向に仰ぐように大きく腕を動かすと
ハゲの頭からサングラスの顔面へとたなびく絹のような炎が燃え広がった
これによりサングラスも顔面火達磨状態だ!

「うああ!!てめえの仕業か!?」

激昂したサングラスは拳銃を構え白夜が居た方向目掛けて発砲!
しかし既にそこに白夜はいない、サングラスは眼球も火の中であるため前方が見えてない!
一方ハゲは…ああ、もうサングラスの方も毛根を焼かれてハゲになってしまった…
単にハゲと言っただけではどちらのハゲの事が区別できないな、
まあ、サングラスでない方のハゲはゴロゴロと転がりもんどりうっている

白夜はそんな二人の頭部へと腕を突き出しながら距離を保っている。
もちろん廃工場の敷地内も誰か来ないか見張るのも怠っていない。
もっとも敷地内は先ほどの爆発とそれに伴う火災が功を奏したようで
入り口での戦闘には誰も気づいてない様子だ。

やがて10秒もしないうちに門番のハゲ2人は動かなくなり
白夜はかざした腕を左右に振り内側に引くように動かし拳を握ると、
それに合わせてハゲの頭の炎はアスファルトへと移動していった。

そして白夜はおもむろに気絶してんだか死んでんだか分からない
物言わぬハゲのスーツの上下を剥いで自分の服の上から着込んだ
どうやらこの為にハゲの体を焼かずに顔だけを焼いたようだ、そして
廃工場敷地内へと走りながら入っていった。

白夜としては爆発と火災による混乱に収集が着く前に蹴散らしたいところだろう
そうこう言ってるうちに消火器を持ったチンピラと遭遇した。

「おい、お前!大変だ!毒ガスと炎を使う魔人が襲撃してきて門番の一人がやられた!
一応入り口からは退けたが、奴の使うガスは無色で恐らく無臭だ!これを使え!」

白夜はそう叫びながら予備のガスマスクをチンピラに投げ渡す。
毒ガスを使う魔人という嘘によって自分がガスマスクを着けてる事を正当化して
そのガスマスクのおかげで白夜の顔と声は分からない、更に相手にガスマスクを
渡してやる事で信頼感を得て仲間のフリをしようって魂胆だな、
そして相手は敵襲で軽くパニクってるから冷静な判断ができず余計信じやすいだろう、たぶん。

「ああ、悪いありがとうよ」
「ところで例の『夢の奴』西側倉庫にしまったままか?あの魔人、それが狙いかもしれん」
「ああ、そうだな特に移動させたって話は聞いてないが…そう、丁度ヘッド様が様子を見に行ったはずだ」
「分かった、じゃあ俺はヘッド様に侵入者の報告をしに行くお前は消火活動をがんばれ」
「ああ、分かったぜ」

そうやって会話をしながら白夜はおもむろにチンピラの背中にこっそりと
オイルライターで火を点けた、能力によって熱を伴わない炎にされている為チンピラは気づかない
やがて建物に入っていったのを確認すると白夜は能力を解除した。
これで更なる火災と混乱が期待できるというわけだな、相変わらず普段はおとなしいくせに
戦い、特に火を使った戦いになるとえげつない事をしやがるぜ。

ちなみに話の流れ大体分かると思うがヘッド様というのは
このギャング団『トリニティ・ヘッズ』のカシラの事だ。
もともとこいつらは3人の魔人を頭領とするギャング団だったがある日、3人の頭領の
ケンカがエスカレートして殺し合いに発展し、今のヘッド様である
『里譜 玲躯人(りふ れくと)』が生き残り一人でまとめることになったという訳だ。

そして白夜は時折そこらの物に放火しつつ西側倉庫へと向かった

「ヘッド様!大変です!!襲撃者が現れました!」

白夜が勢い良く扉を開けて倉庫内へと飛び込む

「ああん?なんだてめえ!?」

そこに待ち構えていたのは腰に刀を携えた身長2mを超える男だった
そう、こいつこそが『トリニティ・ヘッズ』の頭領、里譜 玲躯人だ!

「ヘッド様!大変なんです!我等のアジトを襲撃した」
「それはてめえだろうがっ!!」

白夜の声を遮り里譜が怒号を飛ばす、ちょっと、ほんのちょっとだけ恐ろしいな

「あ、あの?俺は前からここで…」
「まだとぼける気かぁあ?」

白夜は弁明しようとするが里譜は更に言葉を遮る

「な、何故そう思われますか?」
「お前のそのガスマスクよ、それはウチのもんが使ってるのとは違う!」
「馬鹿な、俺はちゃんと確認して同じマスクを用意…あ」
「確認し用意だあ?」

里譜はどうやらあてずっぽうで白夜を襲撃者扱いしたようだが
白夜はその気迫のあまりにボロを出してしまったようだな全くマヌケだな。
いや、案外こいつはブラフを使ったのか?まあどうでも良いな。

そしてボロを出してしまった白夜はため息を付くと里譜に向き直った。

「そうだ、俺が襲撃者さ、せっかくこっそりとお宝を頂いて平和的に帰ろうとしたのに
あんたをぶっ殺さなきゃならなくなった、あんたは全く持って不運だな」

吹っ切れた白夜が里譜を挑発する。
正直こうやって白夜が相手を挑発するのは珍しい。

「盗人風情が生意気な、俺様の刀の錆にしてくれらあ!」

そう叫ぶと里譜は刀を抜き、構える。

「面白いな、俺も高校時代は体育の選択授業で剣道取ってたんだよね」

そう言いながら白夜は懐からターボライターを取り出す。

「せっかくだから剣術勝負と行きますか」

白夜はターボライターの火を点け、その火を覆い隠すように左手を添える。
そして左手を徐々に上へ上へと移動させると…おお、ターボライターの火が
左手の位置に合わせてどんどんと伸びていき、さながらライト……炎の剣のようである!

「それじゃあ勝負開始といくか…!」
「かかってこいや!クソボケがぁあああ!」

白夜は炎の剣を大きく振りかぶり袈裟切り!
対して里譜は以外にも刀で防御を試みる!
ああ、白夜の炎の剣の軌道上には明らかに里譜の刀が待ち構えている
このまま炎の剣は防がれてしまうのか!?

まあ、結局のところ白夜の能力によってどんなに剣のような見た目に変形させてあっても
それが炎である事には変わりはない、燃え盛る炎に刀を振ってもすり抜けるだけであるように
刀に向けて燃え盛る炎を振ればそれもまたすり抜けるのみ。
白夜のの炎の剣は刀をすり抜け、里譜の肩からわき腹の辺りを撫でつけ発火させた。

あとは門番のハゲコンビとほぼ同じだ白夜の炎は里譜を包み込み
里譜はなんともあっけなく無事消毒されたのであった、Well done!!

ちなみに里譜 玲躯人の能力は『Xelfer』という名で
相手の物理的衝撃を跳ね返す能力であり、これで相手の攻撃を一度受けて弾いてから
その隙に斬撃を浴びせたり、銃弾を弾いての攻撃などを行っていた。
もちろんこの能力は白夜には魔人探偵を介して既にバレていた
だから白夜は自分が近接武器での攻撃をしかければ相手は防御してくる
であろう事を予測していた、この勝負は白夜が里譜の能力を知った時点で
すでに決着が決まっていたといっても過言ではないだろう。

そして白夜は倉庫の中から大きな檻を見つける
その中には一人の魔人が囚われていた。
そう、彼こそが無色の夢を意図的に見るための鍵

対象者とともに望む夢を見る事のできる能力を持った魔人

「ずいぶん騒がしくしてるな」
「ちょっとアポを取るのに手間取ってな、あんたに頼みたい事があるんだが―――」

こうして白夜の無色の夢を求める物語は終わり、いよいよ夢の戦いの物語が始まろうとしていた



よし、綺麗に纏まったな
これでひとまずプロローグは終わりで良いかな?思ったよりも疲れたがまあ
俺も白夜もこの調子なら多分、夢の戦いもなんとかなるだろ。それじゃあまたな!


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最終更新:2016年01月25日 20:39