彩妃 言葉プロローグ


『Colorless spring』

カーテンの隙間から朝日が差し込む寝室に一人のメイドがやってくる。
慣れた手つきで部屋の片付けを済ませるとベッドで眠る少女に声をかける。

「おはようございます、お嬢様」

少女はもぞもぞと寝返りを打つと再び寝息をたて始めた。
メイドはとくに急かす様子も無く同じトーンで声をかける。

「お嬢様、今日は大切な日なのでは」

眼をこすりゆっくりと体を起こした少女はネグリジェを脱ぐとメイドにされるがままに着替えを済ませた。
廊下を歩くにも顔を洗う際も食事のテーブルでも使用人に付き添われる日々。
両親が屋敷にいないことを除けば不自由の無い生活、ただこの屋敷の外の世界を一人で歩いてみたかった。
そんな少女の小さな思いが叶う日が来たのだ。

桜の花びらが舞う4月、初めての登校日。
今日からは普通の学生のように学校に通い、周りの生徒と一緒に寮生活を送ることができる。
同年齢の友人のいなかった少女にとってはまさに夢のような場所である。

(……行ってきます)

唯一、心を許せる存在であった植物庭園の花たちに挨拶を済ませると屋敷の門を出た。

いつもは車の窓から見るだけだった景色もいまは自分の足で歩くことができる。
学生たちが着る制服も少女にとっては新鮮な衣装だった。
自然と胸が高鳴り歩みも速くなる、昨日あれだけ興奮してしまったのにそれを更に上回る感情。
学園の校舎が目に入る、そこに通う生徒達の数も増えてきた。
信号機が点滅しだすと横を歩いていた生徒達は走っていってしまった。
少女は取り残されるように交差点の赤信号で足を止める。
校門まであと少しの距離、ここを渡ればあの子達と同じ場所で生活することができる。
逸る気持ちを抑え信号が変わるのを待つ。
だが少女が横断歩道を渡ることはなかった。

穏やかな朝の空気を切り裂くブレーキ音、鈍い音を立て宙を舞った人影。
楽しげな挨拶はたちまち悲鳴に変わる。
桜の花びらが舞う学園前、信号は再び赤くなった。



「ドクター、お嬢様のご容態は?」

屋敷を任されている執事が専属の医師に尋ねる。

「不幸中の幸いというやつでしょうか。外傷は擦り傷に打撲、数日で完治する程度のものでした。」

それを聞いて安堵のため息を漏らす執事。

「ただ」

説明を続ける医師の表情は明るくなかった。

「打ち所が悪かったのか意識の方が戻っていません。こちらは手の施しようが……」
「そんな!? 旦那様や奥方様になんと説明をしたらいいのか」

少女の為に植物園の近くに建てられたガラス製の病室

妃の芽は薗先で眠る

見る夢は吉夢か悪夢か

目が開くのは夢のその先
最終更新:2016年01月25日 20:36