不束 箍女プロローグ
「この先ダンゲロス!!命の保証なし!!」
つやのある美しい黒髪である。海岸をひた走る車内に少女がいる。
乗客は他にいない。通学ラッシュの時間から外れているとは言え、江ノ島電車とは思えない程に閑散としている。
「どうして江ノ島さんを見るとトキめくの?」
神奈川の民営鉄道、江ノ島電車。
広義に江ノ島といえば、美しい砂浜と海景で知られる湘南の地域全体を指す言葉である。陸に上がればそれなりの都市、人口も多い。
江ノ島電車は人々から親しみを込めて江ノ電と呼ばれる。その車体は穏やかな海と絶妙に馴染んだ。
電車に乗る少女は見た目が十代半ば、黒髪に黒セーラー服を着ている。海に電車、それだけで完成された芸術品のような組み合わせだが、それに少女が加われば神秘性すらも帯びる。そこは一つのゴシック神殿が建築されたかのように犯しがたい空間のようである。
だが、黒髪の乙女が遍く清純派かと言えば、果たして疑問である。
少女の名は、不束箍女という。
ふつつか、たがめ。両親はそう呼ぶ。だが友達は漢字が読めず、タガメッピとかメガピッピとかピッコロさんなど好き勝手に呼ぶのであった。
母校は勿論、神奈川県立ダンゲロス高校。ダンゲロスが東京湾から津波で江ノ島まで流されたのはつい最近のことだよね。彼女にとっては超ハッピーなことに、これにより江ノ電通学が可能になった。
「だめだっヤバイ。興奮してきた。」
誰も見ていない電車内で興奮した女の子がすることと言えば一つだよね?
タガメッピ(=不束箍女)は鞄から何かを取り出した。一見、粘土のような何かを。
…お蕎麦だ!蕎麦粉を丸めて餅状にした物をビニール袋にも入れずに、直接鞄の中に仕舞い込んでいたのである!なんというビッチ!許されざる悪徳と言えよう!タガメッピは蕎麦を取り出すとおもむろに壁へ打ちつけはじめた。
ビッチとは人を支配する力!!!
「そばばばばばば」
加圧トレーニングだ。新そばの季節だもんね。
「そばばばばばば」
七里ヶ浜駅、全身粉まみれになった頃合いに、乗り込んで来たのは同じダンゲロスの生徒だ。
その生徒は美しい湘南の海を遮り、タガメの前に座る。思わず蕎麦を打つ手を止める。視界を侵犯する生徒。着てるのは同じダンゲロス高校の制服。でもタガメと違って、長い黒髪を三つ編みにして、銀ぶち眼鏡が凄く綺麗だよ。大人しそうな感じが昔のタガメみたい。体から重低音BGMを流したり、眼鏡をビッチ特有の外から見えないマジックミラーに気崩して、ぬいぐるみなどのアクセサリーを飾ってる蕎麦粉ウーマンとは似ても似つかない。
あんな真面目そうな子でも遅刻するものかと思い、つい目を遣る。眼鏡のレンズは両手に開かれた文庫本に向けられている。
しばらくの間、タガメは興味深げに三つ編みのを見つめていたが、やがて席を立ち上がると、妖しい笑みを浮かべつつ、生徒に歩み寄った。
「マリー先輩じゃん、おはよう。」
ちゃんと挨拶出来ましたね。でもマリーと呼ばれた生徒はちょっと不機嫌そう。名前でも間違えたのかな?
するとマリーは返事をした。
「待たれよ。拙者はマリーではないでござる。」
マリーは武士の家系だったのだ。この者の本名は小倉丸と言った。男性である。彼はあまりにも剣の道を極め過ぎた為にセーラー服に三つ編み、丸眼鏡の出で立ちで往来を歩くという最強の戦闘法を編み出すに至った。そんな小倉マリーのことがタガメッピは昔から大好きだった。
「いや、どう見ても小倉マリー先輩じゃん。久しぶりに顔を合わせるね。中学の部活以来かな。せっかくだしドッヂボールでもしない?」
タガメッピはそう言いながら微笑み、小倉マリーの隣に座る。スキンシップの基本的なテクニックだ。一方で、この二人はお互い見知った仲のようでもある。十六歳で一年生のタガメッピに対して、小倉マリーは一歳上の二年生である。
「同じ高校なのに、丸一年くらい会ってなかったじゃん?」
十六の少女にしては、比較的男性との会話に慣れている様子が見て取れる。知った仲だからだろうか?だが、対する小倉マリーは初対面の不審者と出くわしたかのように怪訝な顔だ。
「ちょっと…待って…なんで蕎麦粉塗れなのでござるか。嫌でござるよ。蕎麦粉塗れの人とドッヂボールするの。しかもなんでドッヂボールなのでござる。誰かに見られたらどうするでござるか。」
小倉マリーはこの時はじめてタガメッピが粉塗れだということに気が付いたのだ。余談であるが、小倉マリーの父親は蕎麦を趣味としており、日曜日には自分で挽いた蕎麦粉を家族に振る舞っているので、そのため小倉マリーはタガメッピに纏わりついているのが蕎麦粉だと理解出来たのである。
「大丈夫、ワタシは気にしないよ。」
「拙者が気にするのでござる!それにお主は昼間から異性と話などして良いのでござるか?お主には付き合ってる御仁がいると聞くぞ。」
タガメッピがこのところビッチと化し、しばしば人間を支配しているという噂は小倉マリーの耳にも届いていた。
ふと、タガメッピの右手から湧き出るようにドッヂボールの球が精製された。小倉マリーも良く知っている。これが彼女の能力『似喰い/スネークイーター』である。彼女の手の平は煙を射出する。そして、タガメッピは煙の一部または全部を幻覚誘発する虚像(オブジェクト)に変えてしまうのである。
あまりにも大気中に蕎麦粉が舞っていたので気が付かなかったのだが、既にこの電車内にはタガメッピの煙が充満していたのである。これでは電車内の好きなところに任意のタイミングで虚像(オブジェクト)を精製出来てしまうだろう。
「あれ?眼鏡替えた?」
「人の話聞いてないでござるな。まあいい。眼鏡は実際に替えたでござるよ。」
小倉マリーは呆れたように言ったが、驚くべきことにそれは、形状、材質、フレームに至るまで同じ眼鏡である。一年も会話していない相手の姿を詳細まで覚えている記憶力。そして外見上見分けのつかない変化を見逃さぬ観察眼。能力にも関係しているのだが、以前より彼女に一目置いている点である。
「それで、一体人払いまでして何のようでござるか。惚けても無駄でござるよ。」
小倉マリーはタガメッピの掛けたサングラスを睨みつつ言った。サングラスには白い文字でDREAMと刻印されている。小倉マリーがそのことに気付くと、タガメッピはそれを外した。
「夢…か。その文字は虚像(オブジェクト)を薄っぺらい紙のようにして刻印したのか。そうさながらプロジェクションマッピングのように。お主の能力も随分と腕を上げたのだな。例えばこの電車の行先案内とかにも使えるな。」
「ワタシ、小倉マリー先輩と仲直りしたいんだ。オバァちゃんより大事な人。」
タガメッピは一段と微笑みながら言った。
「それが目的か。お主は初めから拙者が来るタイミングを狙って電車を独占したのでござるな。その眼鏡と同じみたいに、電車のロールサインに『この先ダンゲロス!!命の保証なし!!』と貼り付けるだけだ。それだけで一般の乗客は恐れおののいて電車に入らなくなるし、この時間帯に登校する生徒は拙者くらいしかいない。」
『この先ダンゲロス!!命の保証なし!!』ダンゲロス高校に通う生徒及び近辺の住民なら誰もが知る、殺し文句である!絶海の孤島ダンゲロス高校と陸地を繋ぐ一本橋に立てかけられたその警告はそれ以上足を踏み入れれば無法地帯のダンゲロス高校での殺人は違法とはならないことを意味する!その言霊に宿る効力はダンゲロス高校が津波で江ノ島まで流され、土地が変わっても絶対の効力を周辺住民に対して発揮した!むしろ湘南民達はダンゲロスとか良く知らないしキモいのでそんな行き先案内の書かれた江ノ電には死んでも入りたくなかった!当然江ノ電本社には苦情殺到!
「小倉マリー先輩…この江ノ電はもう夢の特急エノライナーと化したの。人々の夢を叶える為の特急列車なのよ。わかりにくいからちゃんと説明するね。」
「よろしくお願いします。」
小倉マリーはこういう時に礼儀正しかった。
「小倉マリー先輩って叶えたい夢とかある?」
タガメッピは突然切り出した。小倉マリーは内心混乱していた。この世に説明の上手い人間はいないのだろうか?タガメッピが先程発した「仲直りしたい」という発言…然り、この二人は中学時代に一度不和になり疎遠となっている。仲直りしたいのならばそれもいいだろう。小倉マリーはそう考えている。だが、それと自分の夢がどう関係あるのか。
彼は質問に答えようとしたが、タガメッピはそれよりも早く再び口を開いた。その表情は相変わらず似つかわしくない冷たい優しさに満ちた笑みだった。
「実は『無職の夢』を見た者同士の間で、自分の見たい夢を掛けて争うドリームマッチが開催されるの。」
臆面もなく、突拍子もなくタガメッピは言い放った。小倉マリーは半ば理解したような、もう半分は理解を諦めたような顔でタガメッピを見た。
「夢…夢…夢、でござるか。お主の言う夢とは叶えるのではなく、見る方の夢か。」
ふと、小倉マリーの剣士としての直感が社会的背景に対する前提知識とあわさり、電撃的な閃きを以って彼の脳に一つの解答を与えていた。それは『無職の夢』という単語から導き出された仮説である。
伝聞により事実が歪曲して久しいが、『無職の夢』とは職に就いた経験のない人でも大歓迎さという、大卒ニートは喉から手が出る程あやかりたい、縁起の良い夢らしい。初夢で一富士二鷹三茄子を見るようなものだね。そんな夢見られるなんて超ハッピーかも。そして、この夢を見た人間は一生寝たまま仕事をせずに済むらしい。
つまり、ほんの一瞬、小倉マリーには狂人の戯言のように聞こえたタガメッピの夢云々の発言がその実、世間を騒がせる何らかのファクターと浅からぬ関係を持つビッチなのではないかということだ!
ビッチとは人を支配する力だ!
「男と見るや誰彼構わず乗せるクソ電車(ビッチ)めぇぇ…っ!」
何らかの陰謀の影を感じ取った小倉マリーはやおら立ち上がると、腰に帯びていた刀を抜き放った!彼は武士の家系である故に社会的正義感が強いイケメン男子であり、知り合いや見知らぬ人が襲われてたり戦いに巻き込まれている気配を察知すると、義憤に駆られ、わけのわからないことをほざきながら抜刀する女装癖を隠し持っていた!!!そんなだが、ここは敵もいない電車内!とりあえず着席した!そんなところがタガメッピは昔から大好きだった。
「つまり…お主の話を総合するとこういうことか。
なんか悪い夢とか見て、…次に眠った時に気が付いたら妙に現実感のあるキモい夢みたいな戦闘空間に召喚されてて、
ニュアンスとしてはここが現実なのか夢なのかハッキリしない、でももしかしたら異世界とかかもしれない、みたいな感じで、
夢の戦いの中で特に知らない人とドリームマッチを繰り広げるワンデイトーナメントということでござるかぁ!!!絶対に許さん!」
「前から思ってたけど、小倉マリー先輩ってニュータイプみたいなところあるよね。」
小倉マリーは戦いと聞くと参加せずにはいられない戦闘民族だったのだ。
「成る程な。タガメッピ殿、お主が並々ならぬ事情に巻き込まれていることは大体察した。世間にまことしやかに流れているという『無職の夢』の噂。それについて詳しく聞きたい。」
「まず、こんな事件を起こしてる奴なので犯人の名前も安直にドリームマンとかに違いないと思う。」
タガメッピは冷静に言った。この二人の間にかつて存在した兄妹の絆のようなものが復活しつつあった。
「ドリームマンか。つまりお主もドリームマンとかいう不埒な輩に無理矢理見せられたのだな、『無職の夢』を…!」
何ということであろうか!仕事に就けない人の為の措置である『無職の夢』を、それを執行する側がまさかまだ仕事に就かない身分である学生に適用するとは!モラルハザードもここに極まれり!何らかの陰謀が背後に存在するとしか思えない!
するとタガメッピは打って変わって涙ながらに語り出した。
「そう、ドリームマンに車で跳ねられ無理矢理『無職の夢』を見せられたの…!その後遺症でワタシはビッチ化したわ…!」
「それはまあ、起きてしまったことは仕方ないことだし、現状は肯定していかなきゃどうしょうもないんじゃないでござるか。」
武士は常に前を向く生き物なのだ。
「あ、そういう考え方もあるんだ。でもそうだね。ワタシは今度はこっちから攻める番だと思ったの。それでこの夢の特急エノライナーを拵えたのよ。そう、つまり今度はワタシがドリームマッチ売りの少女、ドリームマンレディとなるの。」
タガメッピは手に持っていたドッヂボールの虚像(オブジェクト)を掲げた。小倉マリーが今聞いた話を改めて思い起こしながら見ると、それは妖しく輝いているかのように時折ボヤけた。
「『無職の夢』を見た者は必ず『夢の戦い』に巻き込まれるわ。つまりワタシの記憶を見た者は必ず『夢の戦い』に呼ぶことが出来ると思うの。」
タガメッピは微笑んで言った。
『無職の夢』を見た者だけが『夢の戦い』に参加できる。
つまり、『似喰い/スネークイーター』で『無職の夢』の記憶を他人に見せれば、その者もまた必然的に『夢の戦い』に参加できるのでは?という算段である。
恐るべき計画。小倉マリーはタガメッピの成長ぶりに感動した。
「成る程な、出来るのでござるか?」
その頃、夢の特急エノライナーは間もなく鎌倉高校前を通過する辺りである。当たり前であるが、夢の特急なので停車しない駅が存在する。
この駅くらいから、視界が良好であれば江ノ島まで流されたダンゲロス高校の威風堂々たる姿を拝むことが出来る。二人はしばし窓からの美しい眺めに酔いしれた。
その時、電車連結部付近のドアが開いて、隣の車両から男が入ってきた。男は平安貴族だった。
「ようこそ!私こそがドリームマンの在原業平だ。そしてタガメッピの彼氏だ。」
「在原業平っ!?」
「在原業平っ!?」
平安貴族は実在した!
在原氏とは平城天皇の血を引く高貴な血筋であるが、政変によって京から左遷され、業平の代になり在原姓を名乗ることで再び入京を果たした家柄として知られる。その為、業平は政治的には目立った功績を残していないが、優れた歌人として数々の古典文献に名前が登場する!
また非常に恋多き男であったとも言われ!古来から美男子の代名詞にも持ち出される程だ。彼の恋に関する関する数々の噂が千年以上たった現在でも残ってるのは凄いことかも。
「あ、紹介するね、こちらさっきのワタシの参加者増産計画を実行しようとしたら止めに来た大会運営者(ドリームマン)の在原業平さん。このようにあらゆる状況を利用することで敵すらも味方に引き入れることが可能なんだよ。」
タガメッピとドリームマンは既に協力状態にあったのだ。
「そうなのでござるかっ!?いやっ」
だが、それ以上に小倉マリーが聞き捨てならなかったのは在原業平がタガメッピの彼氏という事実であった。
「巫山戯るな!俺はタガメッピ殿のお兄さん的な存在なのでござる!良い男じゃねーか!俺と付き合え!!」
小倉マリーは混乱するとわけのわからないことを話す癖がある。
「成る程な、三角関係というわけじゃねーの。
だが、今回のドリームマッチは三十六人の平安歌人、所謂三十六歌仙が戦いの監視人(ドリームマン)となって参加者の選定を行い、夢のような異空間で相争わせる夢バトルだったというわけさ。この戦いは別次元におわします高貴なる帝に献上する予定である。」
平安貴族は由緒正しい順の事柄から話をしてしまう癖がある。
「どうでも良い!拙者にも戦いに参加させるでござる!タガメッピ殿だけでは危険でござる!」
この時、在原業平は内心「一番危険なのはてめーの見た目だよ」と思ったが、これはあくまで小倉マリーの編み出した最強の戦闘法である。
「どうか落ち着いてほしい。これは単に野蛮な戦闘ではなく格式の定められた高貴な歌合のようなものなのだ。まずはこれを見てくれ。」
在原業平が宥めるようにそう言うと、懐から取り出したのはなんとスマートフォンである。
「夢の戦いだし、せっかくだからお羊さんを導入してみたんだ。」
在原業平が翳したスマートフォンに映し出されたのはお羊さんの可愛らしい絵だった。
「殺すぞ。それで、ドリームマッチのアウトラインについて話して欲しいでござる。」
小倉マリーは優しく言った。
だが、在原業平の返答は意外なものだった。
「ちょっ、ちょっと待ってよ。俺難しい言葉とかわかんない。アウトラインって何?」
なんと、在原業平は生粋の平安貴族なので日本語以外は分からなかったのだ。これには周囲にいた二人も完全に予想外で、今時アウトラインの意味もわからない奴がまさかスマートフォンを弄ってるなんて思わなかったのだ。
「そう言えば報酬の話がまだだったな。今回の戦いでは勝った側が好きな夢を好きなだけ見ることが出来る。好きなだけだ。一生見ても良い。このことはタガメッピ殿から聞いているかな?」
在原業平は巧みに話題転換した。有職故実を身に付けた平安貴族なだけはあると言えよう。
「夢でござるか?現実ではなく?」
「夢は荒唐無稽な方が好ましいなぁ。叶えたい夢はあるか?」
小倉マリーはタガメッピの眼を見た。タガメッピは微笑んだ。
「そうね…!あるわ。ワタシは小倉マリーと仲直りして、ウイスキー作りをすることよ!」
「えっ…」
「世界に誇るダンゲロスウイスキーを作ることがワタシ達の中学時代の夢だったの!」
在原業平がヤンキーとかを見る目でタガメッピを見た。平安貴族はヤンキーに絡まれたら死ぬくらい潔癖症な生き物なのはご存知の通りだろう。
タガメッピと小倉マリーは中学時代、世界に誇るダンゲロスウイスキーを作るべく部活動をしていた。その名もダンゲロスウイスキー愛好会という。ウイスキーを嗜むには二人はまだ幼過ぎた。小倉マリーは武士としての強さを求めるようになり、二人は疎遠になった。
だが、タガメッピはビッチ化した今でもウイスキー作りの夢を追い求めていたのだ。
そんな風に三人で和気藹々と話ししてたら男子二人に声を掛けられちゃった。実は七里ヶ浜駅で既に乗っていたのだ。 その人達は刑事さんだった。聞き込み調査という新手のナンパらしい。
「君たち、ちょっといいかな。私たちはおそば取り締まり官だ。名は左門蹴平。」
なんとおそば取り締まり官とは、一言で言うとヴァンパイアハンター的な警察だ。そして男子のなりたい職業ナンバー十二位だ。死亡率の高さのわりに人気があるかも。
おそば取り締まり官はそばアレルギーの人に気を使わずにそこらへんでそばを打つ空気の読めない奴を見付け、小麦粉まみれにして保健所にぶち込むのが目的だ。
左門と名乗った刑事は身長二メートルはあろうかという巨漢だった。その体躯は荒事の多い警察業に相応しく、マジでヤバかった。
「そして僕は山崎秋文。」
アキフミはチャラかった。
「刑事さん達が何か御用ですか?」
「君たちの中で役所に申請もなく無断でそばを打っている不届きものがいると聞いてバーベキューパーティーをわざわざ中断して駆けつけたって訳さ。」
そう言った左門は確かに左手にバーベキューを持っていた。
「なぁ、僕の誕生日パーチーをどうしてくれるんだいあぁっ」
後に聞くところによると山崎の魔人能力は『伊豆見ても波瀾バンジョー』と言うらしい。アキフミはこう見えてバンジョーを奏でるのが超得意だ。アキフミの奏でる愛の旋律を聴いた美少女は、知らず知らずのうちに、伊豆に引き寄せられる!
そう、タガメッピ達はマジでいつの間にか、伊豆方面に向かって歩いていたのだ。電車の運転手を買収(物理)して自分が運転手を勝って出た筈の在原業平がいつの間にかタガメッピ達の前に現れたのもそれが理由だ。
「こっちだよ。」
「えっ」
いつの間にか、車内には見たこともない女学生がいた。多分刑事さんと一緒に乗ったのでしょう。どこかで見たことのあるような、懐かしい風貌だ。だが、タガメッピはそれが誰なのか思い出せない。その場にいた誰もがその女学生を見た。彼女の示した方角にはダンゲロス学園が見える。校舎も体育館もグラウンドも全部良く見える位置だ。電車は既に江ノ島駅に到達しつつあった。
「凄いね、よく見える。」
「凄いのはこれからだよ。」
「えっ」
彼女が手にしていたのはリモコン的ななにかであった。
「いえす、うぃぃぃぃぃきゃぁんッッ」
リモコンのdボタンを押すとダンゲロス学園の施設一斉にが爆発した。まるでお花畑に一斉に春が訪れたようだった。
「オバマだね」
なんとドリームマンレディの顔面はいつの間にかオバマ大統領と化していた。
「Yes,we can.(我がコードネームはオバマフェイス。これで少しは社会も綺麗になると思う。)」
オバマフェイスとは、爆撃で全身の7割にやけどを負ったがオバマケアによる寄生虫治療で顔面がオバマになったタイプの変質者だと思った。
「えっ」
「我々はね、あんな汚物の固まりみたいな学校はずっと無くなったほうが社会のためだって思ってたの。最期に楽しい思い出をありがとう。じゃあ、そろそろ死のうか。」
一体どこから出したんだろう。オバマフェイスは刀を抜いていた。そのまま床に座し、なんと切腹してしまった。
すると、どういうことであろうか、オバマフェイスの背後に浮かび上がったのは、なんとアメリカで演説中のオバマ大統領の姿である。
「幻法『オバマ山彦』ッ!」
これがッ!オバマフェイスの恐るべき魔人能力!!『オバマ山彦』ッ!オバマフェイスの体内に寄生するオバマケアによる寄生虫はオバマフェイスの魔人能力を媒介して遠く離れたオバマ大統領の姿を克明に映し出す!
「そしてッ!オバマケアによる副作用でワシの身体はオバマ大統領とリンクしておる!!ワシへの攻撃は直接オバマ大統領への攻撃と思えい!」
演説中のオバマ大統領が苦しみ始めた!
悪夢!オバマフェイスはオバマケアによって高い体力を誇る!無論、ちょっと位置とかを調節すれば切腹では死ぬことはない!(銃撃では死ぬ)オバマフェイスへの攻撃はそれ即ち、オバマ大統領への攻撃!アメリカへの攻撃となる!リメンバーパールハーバー!!!
「やめろおおおおアメリカはマズイ!」
「マジでヤバイって!アメリカを敵に回すのはヤバイって!止めて!マジで止めてえええクラッシュギアあげるけん。」
「何がッ!一体何が目的でござるか!」
混乱する一同!アメリカを人質にとる能力の前ではなす術なし!アメリカこそが最強!
「ワシの目的はこの世界への復讐。」
オバマフェイスは危ない人だった!
だが、この状況の中で冷静な人物がいた!小倉マリーだ!彼は手に携帯を持ってどこかへ通話していた!ついに小倉マリーの能力が発動するのだ、
「もしもし!警察ですか!不審者がいるんです!助けて下さい!」
通報!だが、様子がおかしい!小倉マリーの肉体が半分座席シートに埋まっている…!?
「変質者とは…拙者のことでござるッ!!」
これが…小倉マリーの能力だ!忍法『隠れん坊将軍』!小倉マリーの肉体は今や座席シートの中に潜行していた!彼は自らが通報されている間、物体をすり抜ける能力を獲得するという、ある種の無敵状態に陥る!この状態は彼が安全を確保するまで続き、そのため小倉マリーはいつ通報されてもいいように女装しているのだ!
「今だタガメッピ殿!お主の能力を使うんだ!この場を収めるのはお前の『似喰い/スネークイーター』しかない!そういう能力だ!」
座席シートの中から小倉マリーが叫んだ!
タガメッピはこの場を収めるべく両手を刑事さん達にかざした。
「えっじゃあお願いします。」
アキフミが返事した。
「『似喰い/スネークイーター』」
タガメッピの両掌から煙が噴出する。
争いなんて止めて、みんなで幸せになろう。
タガメッピは過去にオバァちゃんと体験した大切な想い出を思い浮かべた。
「煙がっオバマ大統領になっていく!」
アキフミが驚いた。
タガメッピは自分の記憶を煙にして噴出できる。それは記憶の中の人や物の姿となり、これに触れた者はワタシに脳を支配されるのだ。でも負担が凄い。
オバマ大統領四体は荒縄を引っさげて刑事達に襲いかかった。
「うわわわああ来るな!来るなオアァァァ~…ッ!心が落ち着く…!」
「心が落ち着くオアァァァ~…ッ!オアァァァ~…ッ!」
「ふぉおおお」
刑事二人はオバマ大統領の幻影に捕縛され、在原業平は束帯を引き破って半裸になり、その場に転がり悶絶し始めた。
でもおかしいかも。タガメッピが頭の中に思い浮かべたのはおばあちゃんとフリスビーした情景だったのに。なぜかオバマ大統領になってしまった。
事故以来タガメッピの記憶は曖昧で混濁している。
まあ、とにかく刑事達は脳を食いつぶされた。悲鳴を挙げるのも当然だろう。
だって負担が凄いんだから。
「嫌だああああ!オバァちゃんが…オバァちゃんが…心が落ち着くオアァァァ~…ッ!」
オバマフェイスもまた心が落ち着き切腹を止めてしまう!オバマフェイスの背後に映るアメリカで演説中のオバマ大統領も朗らかな笑顔に!
「グオオオオ貴様は取り締まり対象だ!どさくさで逃してなるものかああ」
左門刑事はオバマ大統領の幻影に緊縛されつつも懐を漁ると銀行通帳を取り出した!そこに記載された金額がみるみるうちに減っていく!
「馬鹿なこれはどういう能力だ?」
左門刑事の能力は『サモン友人帳』。自らが捕まえた凶悪な死刑囚を判決確定後から死刑執行まで召喚できる能力だが、発動にはCIAの長官に月給の半分を賄賂として送る必要があり、この為に左門は警察上層部に睨まれ未だに出世できない諸刃の剣なの。また解き放った死刑囚が逃げ出した場合は左門の責任となり免職は免れ得ないらしい。その為、正義感の強い左門刑事は大ピンチの時しかこの能力を使わない。
マジ責任感強いかも。左門は気絶し召喚された死刑囚は在原業平が半裸で悶絶しながら退治した。
在原業平は半裸で悶絶しながら死刑囚を荒縄で縛り上げるのが趣味らしい。
本当の恋が始まった気がした。
本戦へつづく☆
※この物語に登場するオバマ大統領は実在の人物とは一切関係ありません。