対馬堂 穂波プロローグ


――対馬堂穂波(ついまどう ほなみ)は、夢を見る。
夢に出るのは対馬堂理玖(ついまどう りく)。彼女の唯一の家族。妹の無惨なる死。

これが対馬堂穂波の見る“(ゆめ)”。



「――解放(オープン)

少女が呟き、スカートをはたとひらめかせた。
翻る布地から、大腿が覗き、白が垣間見える。
それは純白の――刃。大腿に蛇のように絡みつく、蛇腹剣に少女の手が伸びた。

スカートを翻した少女は、鞭のようにしなる多節剣を構え、横薙ぎに揮う。

生き物のように牙剥く刃が、敵対者の肉をこそぎ落としていく。
くるくると舞い遊ぶように回り斬る。スカートを翻しながら、刃片と血しぶきが絡み踊る。

カッ、と靴音が響く。鞭剣持つ少女がたおやかに一礼した。
直後、周囲の男たちが倒れ落ちる。

「まさか、これっぽちで打ち止め?小さい殿方なのね……」
少女は挑発的に妖しく笑う。

「クソガキが、馬鹿にしやがって……!」激昂した男が、銃を取り出そうとした時には。
投げつけられた蛇腹剣が、腕に巻きつき肉を抉った。

「――解放(オープン)
苦悶に怯む男の腕から、蛇腹剣が消失する。新しい兵器が展開される。
スカートから飛び出した二丁の大型拳銃から、同時に銃声。
頭と心臓を強かに撃ちぬいた。


銃声も断末魔も消えた倉庫の中を、コン、コン、と規則的な音が刻む。
階段を登る靴音。足音の主、ロングスカートの少女はそこで、縛られた少女を見つけ微笑んだ。

解放(オープン)。まったく、こんな下衆どもにのうのうと捕まって……」
少女はスカートからナイフを取り出すと、誘拐された少女を縛る縄を切っていく。

「まあ嬲り物にはされず、よく堪え忍んだみたいだから。今日のところは不問」


「――いい?理玖」

ロングスカートの少女の名は、対馬堂穂波。
いま、縄を切ってもらって助けだされたあたし――対馬堂理玖のお姉ちゃんだ。





お姉ちゃんはあたしの理想だ。
妹のあたしから見ても、いや、妹のあたしだからこそ分かる。完璧な生き物だ。
弛まぬ鍛錬と、天賦の才がある。
勉強もずっとできるし、運動神経もいい。息を呑むような、すらっとした美人。胸も大きい。
能力は『スカートの中の戦争』。スカートの中にあらゆる兵器武器を産み出す、強力なものだ。
しかもお姉ちゃんは、戦いの中で完璧に使いこなしてる。
マイナス点を付けられているのは、無愛想なことくらいだろう。
あたしが勝てるのは愛嬌くらいしかない。


だけど、もう限界。これ以上、お姉ちゃんを見ていられない。


お姉ちゃんは、あたしの唯一の家族だ。
両親は、幼いころに蒸発したと聞いてる。今は多額の奨学金(特に、お姉ちゃんの)に頼る生活だ。
お姉ちゃんは特待生だ。首席も狙えると、噂では聞いたこともある。
当然寮は一緒の部屋だ。

ご飯はあたしが作ることが多い。
お姉ちゃんは生徒会に、部活に、委員会にと忙しい。
本当はお姉ちゃんが作るほうがずっと美味しいんだけど。
料理の才能もお姉ちゃんはずっと上。

私はずっと、お姉ちゃんの帰りを待つ。
最近は遅いことが多い。忙しいんだろう。
待つのが辛いわけではない。どうせ、宿題もたくさんやらないといけない。
帰ってきてから、一緒に食卓を囲む。
問題なのが、この時だ。

ご飯はまあ、まずくはない。
お姉ちゃんには劣るけど、練習はした。

ちょっと火をかけすぎて濃くなった味噌汁をすすりながら、お姉ちゃんの顔を覗き見る。
お姉ちゃんはこっちを見て笑っていた。

「――理玖?どうしたの?」

――これだ。この笑顔。

張り付いたような笑みを、お姉ちゃんは私に向けてくる。
心からの喜びの笑みではなく、暗い感情を湛えた笑み。お姉ちゃんの感情は読み取れる。

あたしの知らないお姉ちゃんが、また遠くなる。
それが許せなくて、あの笑顔が、耐えられなくて。
あたしは力を使うと決めた。

お碗を置いて、お姉ちゃんの頬に触れる。
驚いた顔が見える。そんな顔を見たのは、久しぶりかもしれない。
それでこれが最後。


軌道辿(みちた)りし幽霊走者(ゴーストランナー)”。
お姉ちゃんも知らない、あたしの魔人能力。


一生に一度だけの力。人の人生を、全部奪い取る力。
名前も、能力も、記憶も、夢も。全部あたしのものにする。
お姉ちゃんは記憶を失い、抜け殻のようになるのかもしれない。
でも、それは。あたしの決意を揺らがす理由には全くならない。

全ては、お姉ちゃんを救うため――














ではない。

だって、あたしは。対馬堂理玖は。
あたしと違って、全てに恵まれた、理想の姉。

――対馬堂穂波のことが、死ぬほど嫌いなのだ。


あたしはこれから、対馬堂穂波になった。
彼女の栄光も力も、全部あたしのものになった。
あたしが思い描いた夢。

これからは、あたしがお姉ちゃんだ。
お姉ちゃんのことを全部知る。全てだ。

新たに得た記憶を辿って行くと、お姉ちゃんの昨夜の夢の光景が浮かび上がる。



――対馬堂穂波は、夢を見る。
夢に出るのは対馬堂理玖。彼女の奪った彼女自身。己の無惨なる死。

これが対馬堂穂波(あたし)の見る“悪夢(ゆめ)”。



あたしは真実を識った。
お姉ちゃんの、力を奪い。記憶を垣間見。見る夢を識った。
“不醒(さめず)の呪い”の正体。“無色の夢”を見た者は、互いに争う運命にある。
敗者には覚めぬ凶夢を。勝者には冷めぬ瑞夢を。

これが凶夢ならば。起きれば全て失われる。
今、あたしが覚えていられることはありえない。

よりにもよってこんな夢。
「……はは」
乾いた笑いが出た。姉の嗤い顔が目に浮かぶ。

あれは、劣等なあたしを蔑む顔じゃない。
夢の中で無惨に殺し尽くした、出来損ないを眺めての、ただの思い出し笑いだ。



――対馬堂穂波は、夢を見る。
夢に出るのは対馬堂理玖。彼女が殺したいほど憎む、妹の無惨なる死。

これは対馬堂穂波(お姉ちゃん)の見た“瑞夢(ゆめ)”。



次はあたしの番だ。あたし自身が夢の戦いをすることになる。
対馬堂穂波(お姉ちゃん)は勝った。対馬堂穂波(あたし)が、負けるわけがない。
絶対に負けない。あたしが対馬堂穂波なんだ。
最終更新:2016年01月25日 20:10