シャーリィ・トリエントプロローグ
青い修道服のような衣装を身に付けた少女、シャーリィ・トリエントは祈っていた。
薄暗い倉庫、後ろ手に手錠をかけられ、座り込んだ彼女の瞳に錆びついた薄い壁と薄ら笑う5人の男達の顔が映る。
数少ない窓からはわずかな赤みがかった光が入り込んでいた。夕時が近付いているのだろう。
はて、何故こんなことになったのだったか。
確か彼らが神への祈りを捧げたいというのでその手伝いをするべく付いてきたはずであった。
それがいつの間にか腕に手錠をかけられあれよあれよとこの状況に陥っていたのである。
「一体なぜこのような事を……」
「そりゃあシスターで存分に楽しむために決まってるでしょうがァ!」
「いやあまさに神に感謝ってとこだわな、ギャハハ!!」
リーダーらしき中途半端に逞しい男とその周りにいるモヒカン頭の男や髪を金色に染めた小男が下品な笑いをしながらシャーリィを見下ろした。
シャーリィは困惑の表情を浮かべ、手錠をかけられた腕をかちゃかちゃとゆする。
「このような事、神がお許しになりません……天罰が下りますよ」
「ギャハハハハ!天罰だってよオイ!!」
「いいねぇ落としてみてくれよシスター様、神様ァ、ハハハハ!!」
不健康に痩せた長身の男や顔中にピアスを付けた男の笑い声が響く。
「ああ、神よ……御救いくださいませ……」
「誰も助けちゃくれねえよおシスター様ァ!ギャハハハハ!!」
―――――
「シャーリィ様が悪漢にさらわれたですってェ!?本当ですの!!?」
「嘘を付く事に意味を感じません」
その頃二人、シャーリィと同じような衣装を身に付けた二人の少女が地を駆けていた。
一人は赤い短髪。もう一人は黒い長髪の少女である。
赤髪の少女は慌てた様子で黒髪の少女に半ば叫ぶように話しかける。
一方の黒髪の少女は見た目はそれほど慌てた様子はなく淡々とした様子で返事を返していた。
「シャーリィ様はどこにいらっしゃいましてございますの!?」
「使われていない貸倉庫に連れていかれたという情報があります」
「急がなくてはなりませんでございますわよ栗栖様!!」
「わかっています香取様」
二人の少女、香取紅宇と栗栖千夜は走った。シャーリィの元へ。貸倉庫へ一心不乱に走った。
そして二人が走っていく度に少しずつ太陽が赤く染まり、沈んでいった。
「ここでございましてですの!?」
「そうです」
貸倉庫に辿り着いた紅宇は急いで中に入ろうとした。
しかし、それは出来なかった。急ぎ入ろうとした紅宇を千夜が引きとめたからだ。
紅宇が抗議をしようとしたその瞬間、貸倉庫は音を立てて倒壊した。
―――――
薄暗い貸倉庫の中、地面に組伏せられたその人の上に跨り、上下に揺れるように動く者がいた。
そこからは肉をたたきつけるような音と液体が散るような音が響く。
荒い呼吸と耐えきれず溢れ出た短く小さな喘ぎ声がその口からだらしなくこぼれた。
「あっ、ぁっ!お、ぉああ、お、ぉおぉっ、や、やめ、あ、おごぉおッ!!」
その声をまるで聞いていないように、その行為はやめられる事もなく無慈悲に繰り返された。
地面に組伏せられた金髪の小男の顔は無残に赤く腫れあがり、血が滴っていた。
そしてその上に跨ったシャーリィはその拳……いや、拳が包まれたセピア色の球体が真っ赤に染まっていた。
「し、シスター……や、やめてくれ!……し、死んじまうよぉ……!!そいつも!!」
顔中にピアスを付けた男が赤く染まる腹部を抑えながら必死に叫んでいた。
よくよく見ると腹部だけではなく、足や肩にも赤い染みが大きく広がっていた。
「何を言っているんですか。死にませんよ、彼は」
もはや声を出す事すらなくなった金髪の小男にシャーリィが拳を振り下ろす度、彼女の手首から千切れた……いや、綺麗に切断された手錠の鎖がちゃりちゃりと音を立てる。
そして、当然の事と言わんばかりに微笑みながらシャーリィは告げる。
「神の御加護があるならば、彼は死んだりいたしません。そこにいる彼らには神の御加護がなかったのです」
そう言ったシャーリィの視線の先には、首と胴体が別れたモヒカン頭の男や左胸に風穴があいた痩せた長身の男が倒れていた。
ピアス男はその場にへたり込み、まだ動く片足を必死に動かして後ろに逃げようとする。
するとシャーリィはピアス男を指差し、そのままそっと空中に小さな円を描く。
そこに十円玉ほどの大きさの、金色の紋章が描かれたセピア色の円形の壁が現れた。
「神の御加護を」
セピア色の壁はそのまま高速で飛びピアス男の脳天を貫いてかき消えた。
ピアス男はそのまま後ろに倒れ、動かなくなった。
「彼にも神の御加護がなかったようですね……来世では良き生を歩めますように……」
シャーリィは心からそう祈った。
神の御加護がなかった彼らに心の底から祈ったのだ。
その顔はまさに聖職者のそれであった。
「ふ、ふざけてんじゃねえぞシスタァーッ!!!」
最後に残ったリーダーらしき中途半端に逞しい男が怒号を散らす。
彼も腹部に赤い染みを作り、苦痛の表情を浮かべながらもシャーリィを睨んでいた。
「ま、まさか魔人だったとはなァ、シスター……だが魔人が自分だけだなんて思うんじゃねえぞォ!!」
男はバチバチと音を立てて体中から放電しながらシャーリィに近付く。
電撃は貸倉庫のあちこちにバチバチと当たり、薄い布に引火し薄暗い貸倉庫の中に明かりが灯った。
メラメラと燃える布は彼の心情風景を表しているようであった。
「神は仰いました。神の御加護がある者は、まだ生きてすべき事がある者は、決して死なないと。
すなわち、私はここで死ぬことはありえません。私にはまだ、神の言葉を皆に伝えるという使命があるのですから」
清らかな瞳で男を見据えたシャーリィは立ち上がった。
拳と、体の前に張られたセピア色の壁が消え、そこに付着していた血がシャーリィの真下の金髪の小男の顔や服にぴちゃぴちゃと落ちた。
血に濡れた小男はぴくりとも動かない。神の元へと旅立ったのだろう。
「死に腐れやァーーーッ!!!!」
男は電撃をシャーリィに向かって放つ。
しかし、シャーリィが再び張ったセピア色の円形壁にその電撃は完全に阻まれる。
壁を張ったまま、シャーリィは男に少しずつ近付く。
「来るなァ!!来るんじゃねえ!!!」
男の顔は鬼気迫っていた。しかし、それと同時に恐れていた。
まるで姿勢を崩さず近付いてくるそのシスターの、神々しい笑顔に。
シャーリィは目の前の壁を指差し、くるりと円を描く。
それと同時に壁は回転を始める。少しずつ速く。速く。速く。
「死ね、死ね、死ね、シスターッ!!シスターーーーーッ!!う、うぉおおおおおおおお!!!!」
男はもはや後退も出来なかった。
彼には神の御加護はなかったのだ。
―――――
「こ、これは一体何が起こりやがりましたの!?」
「香取様、言葉が乱れています」
紅宇と千夜は倒壊した貸倉庫の前で呆然と立っていた。
シャーリィ様は無事なのだろうか。
そう考えていると、瓦礫の真ん中に一人の人影がある事に気付いた。
「あれは……!」
「シャーリィ様」
二人は近付く。
そこにはセピア色の壁に守られながら天に向かって祈るシャーリィがいた。
その身体にも服にも一点の汚れも染みもなく、沈みかけた夕陽に照らされ、神々しく輝いていた。
「シャーリィ様!ご無事でございましてですの!?」
「香取様、栗栖様、お二人とも何故このようなところに……?」
「シャーリィ様が悪漢にかどわかされたと聞いて」
「まあ、それで来てくださったのですか?ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。私には神の御加護があるのですから」
シャーリィは二人に向かってにこりと微笑んだ。
その姿を見て、二人は一安心した様子でほっと息をもらした。
「シャーリィ様、この倉庫に一体何がありましてですの?」
「神が仰られました。この建物には悪しき気があるので破壊せよとのお告げでした。ですので」
「もう少しで私達も倒壊に巻き込まれるところでした」
「それはそれは、お二人にも神の御加護があったのですね。神に感謝しましょう」
「はい!!ありがとうございますですわ神様!!」
三人はその場で再び天に向かって跪き祈った。
そこで紅宇が倒れている男たちの存在に気付く。
「シャーリィ様!これが例の悪漢ですのね!!」
「ええ、彼らに神の御加護がなかったとはいえ、生き埋めになるのは悲しい事。神の教えに従い、お助けいたしました」
男たちの周りにも壁が張られ、瓦礫からは守られていた。
血まみれの彼らに紅宇と千夜はたじろぐ事もなく近付いていく。
「来世では良い行いをして神に従いお生きなさいませ」
「どうか安らかにお眠りください」
二人が男達に祈ると、シャーリィはにこりと微笑む。
「さあ、香取様、栗栖様。神は言っています。カエサルの物はカエサルに。と」
「わかっていますですわよ!」
そう言うと紅宇は男達の懐を漁り、財布や指輪等、金目の物を次々に取り出していった。
続き、千夜も呟きながら男達の懐を探る。
「カエサルの物はカエサルに。清きお金は我ら正しき神の御子に、ですね。シャーリィ様」
「その通りです」
そう言ってシャーリィは体が縦半分に切断された男の懐から財布を取り出すのであった。
「シャーリィ様、今日はこれからどうしましょう」
「そうですわね。天からの贈り物もございましたし、これからどこかへ行きましょうか」
「シャーリィ様!!私、焼肉食べたいでございますわ!!」
「……人はパンのみにて生くるにあらず。神の御言葉によって生きるのであると、神は仰っています……行きましょう、焼肉」
シャーリィは微笑んでそう言った。
紅宇はその言葉に飛び跳ねんばかりの勢いで喜び、千夜も淑やかに微笑んだ。
「やりましたわ!!お行きになりましょうシャーリィ様!!」
「特上カルビ」
「ええ、ちょうど夕飯時、今日は神に感謝し、豪勢に行きましょう」
「レッツゴーでございますわ!!」
「特上タン塩」
夕暮れの中、三人の敬謙なる神の御子達は歩いていくのであった。
―――――
その日、シャーリィは夢を見た。
天も地も無い、無色透明で広大な空間に自我だけが存在している感覚。
シャーリィはその中でも神の声を聞いた。
敬謙なる神の子として、戦う事が自分の運命であると。
シャーリィはその声に従った。
そして、目が覚めた。
「わかりました、神よ。それが私の試練であるならば、喜んで受け入れましょう……」
シャーリィは神の授け物と神の水の香りがする吐息を少しだけはき出し、戦いの準備へと赴くのであった。