「個人戦4回戦SSその2」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

個人戦4回戦SSその2」(2016/03/07 (月) 20:44:00) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

#divid(SS_area){{{*個人戦3回戦SSその2 【1分前、コンテナ車輌にて】 タン、タン、と短い銃声が鳴り響く。 ガァァァァァという咆哮じみた叫び声と共に、丸太の様に太い腕が男の首に巻き付く。 直前に放たれた二発の銃弾が引き金であった。 ゴギリという鈍い音と共に、男の首が有りえぬ方向に曲がる。 彼女の腕力を持ってすれば造作もない事であった。 5秒もかからぬ内に、男の全身から力が抜ける。恐らくは即死であろう。 白い体毛に覆われた腕をゆっくりと降ろし、男の……口舌院語録の身体を床に置く。 ゴトン、ゴトンと規則的にレールを通過する音と、ハァハァと獣の様な息使いだけがコンテナの中に響く。 それから彼女は……安藤家子は、床に落ちていたナイフを拾い上げると ゆっくりと語録の下腹部目掛け押し込んだ。 服の上からではあったが、ナイフは軽々と身体に突き刺さる。 家子は、すぐにナイフを引き抜いた。 そして、凶器に付着した紅く滴る血を確認した後、それを投げ捨てる。 家子の目線は終始、語録の身体に注がれていた。 目線をそらさぬまま、ゆっくりと座り込む。 その顔は、どこか苦痛に満ちているようでもあった。 銃声が聞こえてから、数十秒も経っていないだろう。 その間も、相変わらずゴトン、ゴトンと列車は走り続けていた。 ダンゲロスSSドリームマッチ イエティ少女は灰被り姫の夢を見るか? 【夢見る口舌院語録】 無色透明という言葉がある。 まぁ、想像しやすいだろう、ガラスやペットボトル等だ。 重要なのは「無色」≠「透明」という事だ。 これは、色ガラスやプラスチックの下敷きとかで想像出来るかもしれない。 なぜ、こんな事を話すかと言うと、今まさに俺の眼前に「無色」ではあるが「透明」では無い世界が広がっていたからだ。 一呼吸置いて、俺は自分の身体が無いことに気づく。 回りを見渡すことすら出来ない。 まさに、意識だけが存在している様な感覚。 目は無いのに、色が無い事を感じ取っている違和感。 声を発するにも喉も口もない違和感。 これは……一体何だ!? 「そんなに警戒しなくてもよい」 気配は無く声だけが聞こえた、いや、これは本当に声だろうか? 耳さえも無いというのに、聞こえたと認識するのはおかしいのだろうか。 「警戒するな?そりゃ無理ってもんだ」 思考同士で会話をしているのだろうか、違和感は拭えないがやり取りはできる様だ。 「お前は選ばれた、それ故に説明を受ける必要がある」 「選ばれた……何にだ」 「夢の戦い」 刹那、俺の頭の中に何かが流れ込んでくる 勝者には瑞夢……迄は帰還出来ない……身につけていたもの……転移は行われず、その1名が…… 情報の洪水が流れ込んでくる、受け入れを拒否出来ない。 一瞬後には、俺はこの戦いのルールを理解させられていた。 情報酔いとでも言えばよいだろうか、意識が大量の情報に溺れる感覚。 「開始は本日24時、対戦相手はアンドウイエコ……」 意識の上に浮かび上がる情報量に苦戦しつつ、一つ一つ紐解いて行く。 「では行くがよい、勝者には瑞夢を敗者には悪夢を」 声が圧を増す、声、いや風だ。 相手の意識に俺の意識が押されている様に思える。 色も、形も、何も無い世界から俺の意識はすごい勢いで押し出されていく。 宇宙飛行士の感じるGとはこういう感じなのだろうか…… 意識のみの世界で意識を失えばどうなるのだろう、それは「死」と同義では無いだろうか。 加速が止まらない……少しずつ、少しずつ 脳は無いはずなのに脳に血が回らない、ああ、俺の意識が……細くなる…… 一本の……細……い……糸の……様に…… プチリ …… ………… ……………… ………………録さん。 何処かで俺を呼ぶ声が聞こえた。 目が開く。 目を開くというのはこんな感覚だったろうか。 喋ろうとするが上手く声が出ない、身体感覚がズレている。 「語録さん、しっかりしてください」 若い男だ、確か言語の所の奴だ。 何度か、「仕事」を一緒にこなした事がある。 俺の身体がここにあるという事を、ようやく脳が認識し始めた。 口を開く、OK、問題無い。 「……大丈夫だ」 「お怪我とかされていませんか」 「ああ……それも、大丈夫みたいだな」 徐々に身体を動かす事を思い出してきた。 久々に自転車に乗った時の感覚だ。 腕は、動く。 時計をちらと見ると4時を回ったところだった。 「奴は確保しました、データも回収済みです」 「……悪い、迷惑掛けた」 最後の最後でみっともないとこを見せちまった。 「ついでだ、事務所まで送っちゃもらえまいか……」 「ええ、構いませんが……ご自宅じゃなくて良いんですか?」 「ああ……新しい仕事が増えちまった」 沸々と血が滾る、探偵としての性だろうか。 複雑怪奇奇妙絢爛奇々怪界 謎のオンパレード、これを喜ばずに何を喜ぶ。 心に熱が灯る。 脳のギアが回る。 本能が思考を突き動かす。 点は線になりシナプスを結ぶ。 面白いじゃないか、「夢の戦い」とやらよ。 確かに、お前からの挑戦状受け取った。 「『It's Show time!』」 俺は帽子を深く被り直した。 【預金残高を確認して呆然とする北条綾女】 ¥10,820,945 何度見返しても画面に記載された金額は変わらない。 上二桁を除けば、うん、それぐらい貯蓄してたっけで済ませる金額だし、 私の記憶の中の貯金額とも合致する。 ドクドクと鳴る心臓の鼓動を感じながら、一旦ATMの前から体をどかす。 待っている人がいるのもそうだし、これ以上、この残高画面を見ていたくなかった。 正直、気味が悪い。 フワフワした頭のまま、コンビニの店内をさまよい、お気に入りのベーグルとサラダを購入する。 コンビニを出て、事務所までの3ブロックほどの通勤路をもやもや歩きながら考える。 何か危ない事件にでも巻き込まれたのだろうか……例えば新手の詐欺とか…… あ、いつものドーナツ買い忘れたなぁ…… さっきのあれって、銀行の手続きミスだったりしないかなぁとか… そうした考えが形になる前に、事務所についてしまった。 まぁ、所長に相談すれば大丈夫だろう。 華やかな大通りから少し入っただけなのに、とても薄暗くジメジメした雰囲気だ。 あの人曰く「『凶悪事件の方から俺にラブコールを掛けてくれるんでね。表通りに構えたら、 乳母車を押した婆さんでも機関銃をぶっぱなして襲撃して来かねないのさ』」だそうです。 ボロボロの雑居ビルの一階、ビルの外装に似つかわしくない大仰な扉に近づき…… ロックが解除されている旨を知らせるランプの点灯に気がつく。 普通に考えれば所長がもう来ているだけなんだろうけど、さっきの件が頭をよぎる。 ああ、もう、やっぱり気味が悪い…… 「所長、もう来てるんですかー?」 ちょっとだけ大きな声で呼びかけながら扉をゆっくりと開ける。 扉の向こうに見知った顔が見えて、ようやくほっと一息。 「所長?」 どうやら、所長に私の声は聞こえていないようだ。 オンボロの(スプリングすら効かない!)ソファーに座り資料の山とにらめっこしている。 周りにはうず高く本が積み上げられている。 今までに、何度も目にした光景だ。 私はそれ以上声をかけるのを止めて、玄関入ってすぐのキッチンスペースへと向かう。 こういう時の所長の第一声は決まってこうだ。 「悪いけど、お茶淹れてくれるかな?」 ベーグルとサラダを冷蔵庫にしまい、お湯を沸かす。 ポットを温める分もあるから、ちょっと多目に。 コンロの火を眺めながら、少し昔を思い出す。 所長にお茶を入れる時の癖みたいなものだ。 昔からミステリィを愛読していた私は、何の疑問もなく 将来は探偵業界で働く物だと思い込んでいた。 もちろん、物語の中の探偵の様な、複雑怪奇な難事件が扱えるのは ごく限られた一部だというのは分かっていた。 それでも、憧れの名探偵達に少しでも近づけるのならと必死で勉強もした。 その結果、ダーナのライセンスも取得できた。 ……一番下のFクラスだけど。 (筆者注 ダーナとは国家探偵協会、Detective Agency National Associationの通称の事、DANAとも) だけど現実は甘くなかった、それこそハードボイルドミステリィの様に。 採用してくれる所がなかった訳じゃない、でもそれは全て事務職としての採用だった。 私は「現場」で「調査」をする「探偵」を強く望んだが、それを受け入れてくれる所は皆無だった。 大手から中小まで、多くの探偵社で面接を受けた。 どこの面接でも決まって最後の質問は判で捺した様に 「それで、探偵として活かせるどういった能力をお持ちで」だった。 魔人として生きていく以上、どうしたって付いて回る事柄だ。 私のそれは戦闘向きでもなく、ましてや調査向きでもなかった。 私の力は「注いだ液体を美味しくする能力」、この力を聞いた誰もが微妙な顔をする。 お茶くみにはいいんじゃないとか、喫茶店のマスターやりなよとかもよく言われたなぁ。 この能力を伝えた所で、私を探偵として欲しがってくれる探偵事務所なんか一つも無かった。 ただ、最後に受けたハッピーリサーチで面接を担当してくれた女の人 (偶然にも下の名前が同じだったことを覚えてる、漢字は違ったけど)から この辺りには、もう一件探偵事務所があると教えてもらったんだった。 看板も出してない様な怪しい事務所だけど……と言われたが、藁にもすがる思いで飛び込んだ。 所長は急な訪問にも、きちんと対応してくれた。 多分、ハッピーの担当の方の名前を伝えたのが良かったのだろう。 一通り、話をして最後にお決まりの質問……正直断られると思った。 だけど、所長の反応は今までの人と大きく異なった。 「なるほど!、それは刺激性のある致死性の低い毒物を継続的に摂取させるには持ってこいの能力だな」 「お、後はミネラルウォーターで『こんなうまい水おれ生まれてこのカタ…飲んだ事が!ねーーーぜぇーーーッ!!』も言えるな、いやぁ良い能力だ」 そんなことを言われたのは初めてだったので、私は呆気に取られて何も言い返せなかった。 ただ、その後の所長の言葉は今でもはっきり覚えている。 「お茶が美味しくなる、結構じゃないか。クライアントが君のお茶を飲んでリラックス出来たお陰で重要な証言を思い出すかもしれない。」 「一見、無害のような能力でも犯罪にも使える、逆も然りだ」 「探偵に必要なのは洞察力、思考の柔軟性。能力を活かすも殺すもそれ次第さ」 そう言うと所長は「北条さん、 握手をしよう」と右手を前に差し出してきた。 素直に応じた、その瞬間…… 「さて、咄嗟の握手から分かる事は?」 「へっ、えっ、と、分かる可能性があるのは利き腕、相手の出身文化圏、職業、えーっと後は…」 「OK、もう大丈夫。思考の疾走性は十分、覚悟も本物か」 必死に今迄読んできたミステリィを思い返していた私に所長は声を掛けた。 「早速だけど、明日の10時から来てもらって良いかな。労働条件はその時に話そうか」 それが今から一年くらい前の事だ。 出会ってから採用して貰うまでに10分も掛かっていなかったような気がする。 うちの所長は熟慮と即断即決を使い分けるのが上手いのかな。 ……と、そうしている内にケトルがシュンシュンと蒸気を吐き出した。 カップとポットにお湯を注ぎ、ケトルを火に戻す。 今日はちょっと贅沢にロンネフェルトのダージリンにしよう。 茶葉を選び、ポットのお湯を捨てて準備完了。 贅沢にリーフを入れて、熱湯を勢い良く注ぎ入れる。 ゆっくりと茶葉が開くのを待つ、ダージリンの爽やかな香りが鼻をくすぐる。 頃合が来たら、今度はカップのお湯を捨てナプキンで水分を拭き取る。 ポットから、ゆっくりと紅茶を注ぎ入れる、最後の一滴までしっかりと。 うん、美味しそう。 カップをソーサーに乗せて所長の所へ向かう。 「所長、おはようございます」 案の定、近くまで寄っても気がつかなかったので、こちらから声を掛けた。 「北条君、おはよう、悪いんだけどお茶を……」 ああ、これは重症だ。 「はい、どうぞ」 カップをテーブルに置くとようやくこちらを向いた。 「……ありがとう」 少しバツが悪そうな顔をしているのは自分の思考が読まれたからかな、なんて調子に乗ってみる。 何らかの資料を捲る手を休めて、紅茶をすする所長。 ……今なら聞いても良いかな? 「あのう、ちょっとご相談があるんですけど」 そう、忘れてはいけない、今朝の銀行の件だ。 恐らく、難しい案件を抱えているだろうし、今しか聞けない。 「どうしたんだい、まるで銀行口座に大金が振り込まれたみたいな顔をして!?」 へ? 「1つ、格好を見ると出社したてだ、なのにいつも持っているコンビニの袋を持っていない。 キッチンに寄ってるみたいだけど、冷蔵庫にドーナツは入れないだろ? 人間、ルーチンワークを忘れるには何か理由がある。 だから、コンビニで何かあったと推測出来る。」 お茶を一口飲む。 「2つ、今日は北条君の給料日だ。下ろさないまでも確認したくなる事は十分に考えられる。 この時、わざわざ銀行に寄らなくても、どうせコンビニを使うんだったら、 ついでにコンビニのATMで済ませてしまった方が効率的だろう」 また一口 「3つ、何より重要なのが、俺は北条君の口座に大金が振り込まれている事を知っている。 なぜなら、振り込んだのは俺だから。以上」 ああ、またこの人は訳のわからない事を言い出して…… 「納得のいく説明をして下さい。こっちは朝から嫌な気分になったんです、ただのドッキリとか言ったら怒りますよ」 「なに、簡単な事さ。お給料の先払いだよ、この先1年分プラス賞与2回分に迷惑料ってとこかな?」 ますます訳がわからない。 「『説明しよう!』 見て分かる通り、厄介な案件を抱え込んだ。 しかもこの案件、今日中に解決出来なければ、俺はいつまで続くか分からない意識不明になる。 最悪、死ぬ事もあるかもしれない。 何言ってるのか、分からないって顔をしてるな、大丈夫、俺だって良くわかってない。」 「ふざけてる訳じゃなさそう……ですね」 滅多に見せない真剣な表情を見るに、本気みたいだ。 「まぁ、俺だって信じられないよ、ただ『「ありえない」なんて事はありえない』のさ だから北条君には万が一、俺が戻って来なかった時の残務整理をお願いしたい。 事務所を閉めたり、財務関係の処理をしたり…… その厄介ごとを頼むための前払いさ、後からじゃ遅いからね」 「……随分と弱気なんですね、ちょっとびっくりしちゃいました」 「おいおい、買い被ってもらっちゃ困る、俺はそこまで優秀じゃないよ」 ……嘘つき、内心絶対自分のことを優秀だと思ってる癖に。 でも、いつもとは違う空気感。 「さて、それじゃ色々と回らないといけないから、後は任せるよ。 残務処理についてはPCにリストアップしておいた、それじゃあ……」 「もう会えないかもしれないのに、軽いんですね」 「運が良ければ、また明日何事もなく会えるさ」 なんとなく、……本当になんとなく、このまま行かせちゃダメだと思った。 「分かりました、じゃあ一つだけ私のお願いを聞いて下さい。貴方が行っててしまう前に……」 私もソファーに横並びで座る。 シリアスなシーンだ、声色を落として……間を考えて。 ぎゅっと所長のスーツの袖を掴む。 所長の顔が少しだけ曇る、……ここだ。 「シャワーを浴びてお髭を剃ってください。みっともないですし、少し汗くさいです」 所長の顔が曇り顏から、少しほうけた顔を経て、最後に苦笑いに変わった。 「ふふっ、ご忠告ありがとう、北条ちゃん」 あっ 「もう、きたじょうですってば!」 毎度おなじみのやり取りをようやく出来た事を、私は凄く嬉しく思った。 【書斎にて本を探す口舌院語録】 俺の事務所が入っている雑居ビル、あれは五階建てなんだが一階と二階を借りている。 一階が事務所スペース、そして二階が俺の自室兼書斎だ。 びっしりと図書館の様に規則正しく並べられた書架。 その中から、俺は日本人小説家の棚を探す。 万が一、戻ってこれない時のためにこの光景を脳裏に焼き付ける。 俺が力を使う関係上、この書斎は入れ替わりが激しい。 よく使う本なんかは通販で数十冊単位で注文する事もしばしばだ (よくイタズラじゃ無いかの確認もされるが) 希少な本を使わざるを得ない時などはよく涙したものだ。 お目当の棚を見つけ出す、日本人作家や行……あった。 この本もよく使うから、複数冊ストックしているから在庫については心配していなかった。 ノベルス版を手に取る、いつ頃だろうか表紙絵がこのリメイク絵になったのは。 今読んでも全く色褪せない面白さ、ある意味今日のライトノベルや少年漫画の源流と言えなくもない。 山田風太郎作、「甲賀忍法帳」。 こいつが今夜の俺の切り札だ。 俺は、その本を懐に忍ばせると書斎を後にする。 「また来るよ」 誰がいるわけでもない部屋に呟きを残して。 【憂鬱な昼休みを迎える白田まさし】 どうしてこんな事になってしまったんだろう。 教室の空気が重い、僕の心はもっと重いかもしれない。 誰も座っていない二つの席を眺める。 一つは、僕のとても大事な恋人、もう一つは僕の大事な……友人の席だ。 先日の食材紛失事件の真相が明らかにされた為か、僕だけでなくクラスメイトの表情もどこか沈んで見える。 家子ちゃんが悩んでいたのと同様に、萌華ちゃんも悩んでいたのだろうか。 幾ら考えても、答えは見つからない。 堂々めぐりだ。 授業も頭に入って来ない。 あの時、萌華ちゃんが言った一言が今も胸の奥でチリチリとくすぶっている。 「この先、本当にいつまでも家子と一緒にいられると思う? 仲良くし続けられる? 大人になっても」 あの時は、そんな先の事は分からないと言ってしまった。 だが、それは本当に、そんなに先の事だろうか。 後、数年もしないうちにまた新しい進路を選択する時が来る。 進学をしたり、社会に出たりするかもしれない。 そうした中で、ずっと家子ちゃんと一緒にいる事が出来るんだろうか。 大人になるという事は、決して差別をするという事ではないはずだ。 だけど……今まで家子ちゃんに向けられてきた偏見や憶測を思い出すと、そうも言ってられない気がする。 僕はどうなるのだろう、変わらずにいられるだろうか…… リーンゴーンリーンゴーン…… 昼休みを告げる鐘だ、昨日まではこのチャイムを心待ちにしていた。 でも今は家子ちゃんと萌華ちゃんと一緒にお昼を食べる、そんな日常がもう手の届かない遠くに行ってしまった様だ 地理の教師が、終礼を簡素に済ましそそくさと退出する。 お昼か、正直食欲は湧かない、購買に行く気力さえない…… そんな事を考えていた時だった。 「…………組、白田まさし君、お客様がお越しです。二階応接室までいらしてください」 校内放送だ、誰かが僕に会いに来ているらしい。 誰だろう……昨日の事件の事で何か聞かれるんだろうか…… 僕はさらに重くなった心と足を引き摺って、応接室へ向かった。 応接室に入ると、そこには黒ずくめの男の人が座っていた。 格好だけ見ると、ちょっと目立つ、学校にはあまりそぐわない恰好の人だ。 僕が入ると、その人はソファーから立ち上がり帽子を取った。 「やぁ、初めまして。白田君だね、俺は口舌院語録、『通りすがりのサラリーマン』じゃなかった……探偵をやっている。よろしく」 自己紹介すると同時に右手を差し出してきた。 ……ああ、握手か。 一瞬間を作ってしまったが、僕も右手を差し出し返し握手する。 それにしても……探偵だって? 「白田……まさしです」 握り返した瞬間だっただろうか、一瞬、口舌院さんは物凄く険しい表情をした。 何か失礼をしてしまったのだろうか 「おっと、こいつは失礼。まぁ座ってくれ」 険しい表情をかき消す様にかぶりを振ると、口舌院さんは座った。 表情も元に戻っている。 「さて、早速だが白田君、君には安藤家子さんについて色々と教えて欲しい」 話を切り出された時はやっぱりかと思った、それと同時に何で探偵なんかが聞きに来るのだろうとも思った。 しかし口舌院さんは、さらにこう続けた。 「といっても、昨日の事件についてではないんだ。……んー、説明が難しいがこれから起こる事件についてとでも言えばいいのか」 「どういう事ですか?」 「ああ、うんちょっと待ってくれな、俺も整理中でさ……」 てっきり昨日の事件について聞かれると思っていた僕は虚を突かれた、これから起こる事件……家子ちゃんに何かあったのなら、そんな表現は使わないだろう。 もしかして、行方を眩ましてしまった萌華ちゃんの件だろうか? 口舌院さんはしばし思案してから、さらに予想外の質問をぶつけてきた。 「白田君、君だったら大きいつづらと小さいつづら、どっちを選ぶ?」 「は?」 あっけにとられる僕の顔を見て、口舌院さんは意地悪そうに笑った。 【電話を終えまた電話を掛ける口舌院語録】 「ええ、そうです、大きい方がいいですね、入らないと困るので。小さい方は多分使わないので既製品で、ええ、よろしくお願いします。確認しますが時間の方は本当に……ありがとうございます」 ボタンを押して電話を切る。 ガラス職人さんの方はこれでオッケーだ。 次は……こいつか…… こっちからコンタクトを取りたくはないが致し方ない。 他に、頼める人材がいない、いや頼むだけならできるが、今回ばかりは時間制限が厳しい。 意を決してコールをする。 1コール……2コール……、繋がった…… 「はいどうも、どうしたんですか語録さん、珍しいですね!」 ああ、腹が立つにこやかな声だ…… 「言語、頼みがある、今朝の分の貸しを早速返してくれ」 「おや、本格的に珍しい。ええ、ええ、語録さんの頼み事でしたら喜んで聞きますよ」 「実はな………」 …… ………… ……………… …………………… 「はぁー、また変わった事を思いつきますね」 「出来るのか、出来ないのかどっちだ?」 こんな時まで、こいつののらりくらりとした喋りに付き合ってはいられない。 「問題無いですよ、22:00までに動かせる様に準備と根回ししておけばいいんですね。」 「ああ、頼む」 「動かすのに必要な人員はこっちで集めて問題無いですね」 「頼む、ただし身内で固めてくれよ」 「分かりました、それじゃあお任せください!」 思ったよりも聞き分けが良かった……、それもこれも言語の頼み事を聞いてやってたからか。 情けは人の為ならずとはこの事か。 しかし、今の俺には一瞬たりとも休んでいる暇は無い。 プランニングを確認する、次は……寺か。 寺は、直接出向いた方が早いな。 俺は壁に掛けてあった帽子を被ると、早速寺に向かう事にした。 【コンテナ車輌にて】 ゆっくりとした息遣いと走行音が支配する空間。 横たえられた、男の指先がピクリと動いた。 ほんの一瞬であった。 彼女が、それを見逃したとしても不思議では無い。 相も変わらず、列車は走り続けていた。 【事務所で整理する口舌院語録】 「戦闘空間は列車……っと、こんな所か?」 PCに情報を入力、整理する。 夢の戦いとやらに挑むに当たって、準備するに越した事はない。 俺は夢で教えられたルールを一つ一つ読みこんで行く。 ルールというのは必要不可欠なロジックだ。 把握出来ない奴は、それだけで負けていく。 片手でオンラインバンキングの操作をしながら、箇条書きした要点を眺める。 ・戦闘空間を越えてしまった者は場外負けとなります。 ・戦闘領域:各車両から30m以内 ふむ 後続車輌に相手を残したまま、連結部を破壊した場合はどうなるのだろうか…… 各車輌から30mという事は、車輌に残ってさえいれば問題無いか? いや、しかし機関車が走る以上30m以上離れてしまった場合は、引き分けを余儀なくされないか…… 戦う場所も考えなきゃいかんが、持ち込む物も考えないと行けないか。 列車内だと書籍の補充は厳しかろう。 となると、持ち込めるだけ持ち込まないとな。 厳選する必要がある、英単語辞書は持っていくとして後は…… なるべく薄く色々な種類を持っていかないとな。 ……列車での戦闘と言えばバッカーノは持って行ったほうが良いな。 PC画面上に振込完了の文字。 後は引き継ぎも残さないと行けないか。 引き継ぎを書きつつ、さらにルールの把握を詰める。 ・現実世界の身体は強制的に睡眠状態となります。 ・夢の中に入った際の肉体の状態は睡眠状態となる直前の状態と同様です。負傷していた場合は負傷状態のまま戦闘空間へと転送されます。 ここも重要か? 強制的に睡眠状態になるという事は、つまり現実世界の肉体は無防備になるという事だ。 万が一、寝てしまってはいけない所で開戦時間を迎えてしまうとマズイ訳か。 そして、それは対戦相手も同じという事だ…… もし、対戦相手を現実世界で襲撃出来れば……いや、難しいか 相手もあの夢を見ている、警戒するだろう。 だが…… ・戦闘開始時刻に転送予定の者がすでに1名以下であった場合、戦闘空間への転移は行われず、その1名が“夢の戦い”に勝利したことになります。 こんな暗殺を推奨する様なルールまである。この様な状況では…… ちくりと頭に痛みの様な感覚。 何だ、今何か閃きかけた…… こういう時は余計な事を考えず閃きだけを追いかける。 強制的に睡眠状態……負傷していた場合……現実世界で……寝てしまってはいけない……1名以下 直前の思考をトレースする。 …………駄目だ、逃げてしまった。 こういう時の閃きというのは重要な事が多い。 また後で思い起こすとしよう。 後は、ここか…… 褒賞と罰、瑞夢と悪夢……これはやはりそういう事なのか…… 書きこんだルールに自分の疑問を付け足していく。 一個一個、見落としが無い様に。 ……地味な作業は得意なのさ。 ふと気がつくと結構な時間が経っていた…… そろそろ頃合いか。 ちょっとばかり憂鬱だがそう言ってもいられないか。 机の上のスタンドマイクを引き寄せ、ボタンを押す。 PC上の60という数字がカウントダウンが始める。 同時に、今までまとめていた資料をアップする。 浅見さんを通じて警察へは根回し済み、準備は問題ないだろう。 あー、久々で何と喋って良いのやら。 ふざけるとあいつにまた怒られるかな。 5……4……3……2……1…… 「あーあー、マイクテストマイクテスト……どうも諸君」 【出社する皐月殺】 「お電話ありがとうございます、ハッピーリサーチ、担当佐藤でございます」 「……畏まりました、担当している職員の名前を教えていただけますか」 「はい、確かに承っております。ご予約いただいておりました木村様でございますね」 コールセンターブースをちらと覗いてからメインオフィスに向かう。 ここはあたしが勤めているハッピーリサーチの本社ビルだ。 一丁前にも賃貸じゃなくて持ちビルだ。 8階建てのビルの上層2階分がオフィス。 コールセンターブースやクライアントとの応接ブースを抜けると、物々しいドアがお迎えだ。 ドアの傍にあるレンズに眼をかざす。 ピッと緑色のランプが光りロックが解錠される。 流石に個人情報の塊のような会社だ、セキュリティ面だけは厳重だ。 メインのオフィスルームに入る。 だだっ広い部屋に多数のデスクが広がる、スタンダードなオフィスだ。 探偵という職業柄、ここに残っていない奴も多いし、そもそも来ない奴もいる。 逆に深夜であっても残ってるやつもいるし、ここに住んでるんじゃないかって奴もいる。 「副所長、おはようございます」 「おはようございます!」 こっちに気づいた何人かが挨拶してくる。 そう、あたし副所長、アイムナンバー2、イェー! ……はぁ、朝から何やってんだか。 「おいーっす」 適当に返しながら、自分のデスクに向かう。 オフィス一番奥の机……の真横。 散らかったデスクの上に、よれよれのバッグを置いてからコーヒーを淹れに行く。 その途中……、デスクに突っ伏して目が死んだ同僚と目が逢う。 「おーい、どうしたぁ喜多、目が死んでるぞ」 「うううー、殺さーん、あたしもう2日も帰って無いんですよー……」 「まじか……、うっわ、くっさ!」 「酷くないですか、殺さん!」 喜多南、うちのエージェントの中でも優秀な方なこいつがここまで弱ってるとは珍しい。 「何々、なに抱えてんのよ?」 「例の昏睡事件の調査です、所長から直々に頼まれててー……」 あんにゃろう、またあたしの頭越しに命令しやがって。 ……所長なんだから、当然なんだろうけど納得いかない。 うちの所長は口舌院語録という、どうしようもないろくでなしだ。 そもそも自分の事務所の癖に、月に一度も顔を見せない。 でっかい所長席なんかただの置物に成り下がっている。 ろくでなしの癖に、探偵としての能力だけは高いのがよりムカつく。 「昏睡事件?、何でだ、別に警察から協力要請されてるわけでも無いだろ」 「わかんないですよ~、所長の事だからいつもの探偵の勘ってやつじゃないですか?」 「ふーん、……うっわ、こんな件数起きてるのか」 「一応、事故や病気やらで意識不明なやつは外してもこれだけ発生してますね。確かに異常な件数です。」 「ほうほう、なんか掴めたか」 「あー、意味があるか分かんないですけど一個だけ」 「言ってみぃ」 「被害者の表情がですね、綺麗に二分されてるんですよ。凄く楽しそうな表情と悪夢にうなされてるような表情、殆どの人がどっちかなんですよね」 原因不明の昏睡事件、この所報道もされてきている。 ある日突然眠ったように意識を失い、そのまま起きてこない。 普通であれば、単なる奇病とでも扱われるだろうが、全国各地で多数発生していることから 一部では魔人による人為的な事件だという説も出てきている。 「二週間前ぐらいから、全国の被害者のとこ行って聞き取りして、そんで戻ってきてまとめ中です」 「……何で帰んないのさ?」 「だって、所長がいつ来るかわかんないから、ううー」 「あのボケナス気にしてるんなら無駄だよ、あたしが許す、帰れ!」 ……今度会ったらぶん殴ってやろうか 「ううー、殺さーん、ありがとうございますー、それじゃあお言葉にあm」 ヴィーーーヴィーーヴィーー けたたましい音と共に緑色の回転灯が点灯し明滅する。 喜多とあたしは顔を見合わせる。 オフィスにいた他の職員も慌てて自分のデスクに戻る。 仮眠室から飛び出してくる奴もいるな。 「喜多、すまんな」 「うわーん、殺さーん……」 「文句はあいつに直接言ってくれ」 死にそうな表情の喜多を置いて、あたしもデスクに戻る。 椅子に座るなり、スリープモードからPCを回復させる。 緑色の回転灯の意味は「その場の全職員は待機して所長からの連絡を待て」だ。 30秒程で点灯は終わる。 オフィスの空気が変わる、静寂、そしてピリピリとした緊迫感。 『あーあー、マイクテストマイクテスト……どうも諸君』 最近はとんと聞かない声、以前は聞き慣れた声。 『いきなりで悪いが、現在発生している昏睡事件に関して重要な情報を手に入れた』 『その為、我がハッピーリサーチは全力を挙げて対応を行う事を決定した』 『では、調査指示を行う、CランクBランクのライセンス持ちは緊急の案件を抱えているもの以外は、これから指定する人物の素性調査を行ってもらう』 『マル被の名前はアンドウイエコ、繰り返す、アンドウイエコ。魔人である可能性は高いが確定していない』 『分かっている情報は以上だ、同姓同名も多いだろうが手分けして調査を頼む、警察にも協力要請はしているので利用してもらって構わない』 『進捗状況は2時間毎に共有、進展がなくとも構わない』 『この捜査はスピードが勝負だ。今日の夕方、いや昼の内には完了しておきたい』 矢継ぎ早に様々な指示が飛んでくる。 イントラネットにも既に、語録自身がまとめたであろうレポートがアップされていた。 夢の戦い、にわかには信じがたい話しだけど…… ちらっと喜多の方を見る、今捜査を指示されたのはBランクCランクだけだ。 あたしや喜多は、Aランクライセンス持ちだ、……一応このまま指示がなければ副所長権限で帰してやれるが…… 喜多も、それを祈っているかの様な顔だ。 『なお、Aランクの者は、この後個別に指示を行う、ミーティングルームへ来る様に、以上、検討を祈る』 ……あ、死んだ。 御愁傷様、文句はこの後直接言いな。 あたしは必要最小限の筆記具を持ってミーティングルームへと急いだ。 【コンテナ車輌にて蘇る口舌院語録】 最初に見えたのは天井だった……俺は仰向けで倒れている。 俺は何をしていたんだっけか。 下腹部が熱を持っている、そこから上がって来る痛みと口の中に広がる鉄の味が俺の思考をクリアにしてゆく。 ……そうだ、全部、思い出した……という事はうまくいったのか ……いや、まだだ。 ごぼりと胃の奥から血が上がって来る、時間はそうないだろう。 体もほぼ動かない、しゃべる事も出来ないだろう。 俺は必死に集中して、手のひらに銃を生み出す。 弾は最初から、そうなる様に仕込んである…… 後は当たりさえすればいいのだ、当たりさえすれば。 俺は震える指で引き金を引いた。 銃声が静かに響いた。 【コンテナ車輌にて】 ごぼりという奇妙な音に家子は気付いた。 それと同時に、語録の口から赤い血が湧き出て垂れている事にも。 「ア゛ーーーーーーーーー!」 家子が泣き声の様に吠える。 いつの間にか語録の手には黄金色に輝く銃が握られていた。 家子がズシズシと語録が駆け寄る。 だが、それよりも先にパンと乾いた銃声が鳴った。 その銃口は……語録の方を向いていた。 家子は、構わず近寄り語録の近くにしゃがみ込む。 「ゴーーローークーーサーーンーー」 「ごふっ、ごふっ……ああ、大丈夫だよ、家子ちゃん。」 「ヨーーカッーーターーー」 「ふぅ、ありがとう、家子ちゃんは本当に優しいな」 「ハーーコーーブーーネーー」 語録の体を家子が軽々と持ち上げる。 「ははっ、お姫様にお姫様抱っこしてもらうなんて貴重な経験だな。」 力なく語録が嘯く。 「まぁ、どちらにせよ、この勝負『俺達』の勝ちだ」 【真相を披露する口舌院語録】 俺と家子ちゃんは、コンテナ車輌の隣にある食堂車に来ていた。 家子ちゃんは、少し狭そうにしているが、それでも問題ないと言ってくれた。 さて、何から説明すれば早いだろうか。 まずは、そうだな、うちのエージェントの有能っぷりから話そうか。 指示を出してから4時間足らずで、全国のアンドウイエコ氏の情報をまとめてきてくれた。 情報に強い魔人がいるとはいえ、組織の力というのは侮れない。 各地方支部の協力もあり優先度付けされたリストが届いた。 そこから家子ちゃんに辿りついたわけだが、こればっかりは偶然だった。 ただ、昨日事件に巻き込まれていたという記述が引っかかっただけだ。 (まぁ、それでも二回程からぶってるんだけどね) そこからは、面取り(直接会うことな)の準備をして、まずは友人の白田君に会った。 彼には非常に申し訳ないことをしたが、許してほしい。 「人や物体に触れ、そこに残された記憶を読み取る。 引き出した記憶を具現化した弾に込めて人を撃つと、撃たれた人はその記憶を植えつけられる。 ただし、記憶を引き出された本人がこの弾で撃たれると、その人は記憶を失う。 冨樫義博 著 HUNTER×HUNTER 12巻」 あらかじめ使っておいた、この弾を使って彼の記憶を盗み取った。 この時点でほぼ今日のプランニングは出来ていた。 そして、家子ちゃんに会いに行った 最初は調子が悪いと断られたが、口舌院語録の名前を出したら会ってくれた。 この辺は、少し賭けでもあった。 何せ、今日夢の中で殺し合うかも知れない相手だ。 だが、白田君から聞き出した家子ちゃんのパーソナリティを信じることにした。 後は、戦う必要がないことを説明するだけだった。 そう!、俺達は戦う必要が無かった。 まず俺は、この事件の解決を望んでいる。 勝つにせよ負けるにせよ、俺の欲しい物はそこに無い。 家子ちゃんは勝つ事を望んでいるだろう、能力の事を考えても間違いない。 むしろ俺としては勝たせてあげたかった。 そこで俺はとあるルールを利用する事にした。 やはりルールを整理する時に感じた閃きは正しかったのだ。 ・戦闘開始時刻に転送予定の者がすでに1名以下であった場合、戦闘空間への転移は行われず、その1名が“夢の戦い”に勝利したことになります。 この一文だ、そう! 戦闘開始前に一方が死んでいれば転送は行われない。 つまり、「戦闘開始時刻にだけ死んでいられればいいのだ」 こうすれば、勝者だけを作る事が出来るのだ! 家子ちゃんは好きに夢を見る事が出来るし、俺が悪夢に囚われる事もない。 一石二鳥という奴だ。 後は下準備だけだ、確実に死んでから復活できる能力を探すだけだ。 俺の能力は文章の長さに効果が比例する。 ある程度、長い文章で死んで復活する文章を思い起こし、結果使ったのがこれだ。 ―――薬師寺天膳の変化は続いている。 ジクジクした分泌物のなかに、病理学にいう肉芽組織が発生しつつあった。 つまり、いわゆる「肉があがってくる」という状態になってきたのだ。 ふちの密着した傷でさえ、ふつうの人間なら三日ぐらいかかるこの治癒工程が彼の肉体のうえでは、数刻のあいだに行なわれた。 しかも彼は、完全な死人だ。 ―――いや、耳をすましてきくがいい。 とどめを刺されたはずの彼の心臓が、かすかにかすかに搏動をしている音を。 山田風太郎 著 講談社ノベルス 刊 甲賀忍法帳 186P その傷は完全にふさがって、うす赤い痣をとどめるのみになっている。 なんたる奇蹟、彼は死から甦った! しかし、これはどういう現象か。 奇怪は奇怪だが、世にありえないことではない。 蟹の鋏はもがれてもまた生じ、とかげの尾はきられてもまたはえる。 みみずは両断されてもふたたび原形に復帰し、ヒドラは細断されても、その断片の一つずつがそれぞれ一匹のヒドラになる。 ―――下等動物にはしばしばみられるこの再生現象は、人間にも部分的にはみられる。 表皮、毛髪、子宮、腸、その他の粘膜、血球などがそうで、とくに胎児時代はきわめて強い再生力をもっている。 薬師寺天膳は、下等生物の生命力をもっているのか。 それとも胎芽をなお肉のなかに保っているのか。 いずれにせよ、このぶんでみると、再生力のまったくないといわれる心筋や神経細胞ですら、彼の場合は再生するに相違ない。 山田風太郎 著 講談社ノベルス 刊 甲賀忍法帳 194P この二つの文章を死ぬ直前に打ち込み、後は復活を待つだけだ。 問題が二つあった、描写が違っていると俺の能力は発動しない。 時間の問題で即死する必要があった為、傷に関してはわざわざ家子ちゃんにつけてもらった。 さらに問題なのは、この描写では復活出来るのは「薬師寺天膳」という男のみである、当然俺は薬師寺天膳ではない。 だが、魔人の能力は思い込みの強さによる能力。 俺が俺の事を薬師寺天膳だと認識していれば問題無い、そこで俺はとある制度に目を付けた。 全くの違う名前でありながら、合法的に持つ事ができる異名、つまり戒名である。 俺は近くの寺に行き生前戒名をたまわった、その名も「薬師寺天膳大居士」 妙に語呂がいいのも素晴らしい、こうして俺は晴れて薬師寺天膳となった。 むしろ一番大変だったのは、家子ちゃんに俺を「殺させる」説得だった。 いくら、生き返る前提とはいえ、年頃の女の子に人殺しをさせるのは俺も嫌だった。 だが、今回最も大事なのはタイミングなのだ。 24時前に死ななければいけず、24時前に復活が始まってもいけないのだ。 その点、彼女の持つ、人外の筋力はこういってはなんだが最適であった。 さて、後は最後の仕上げをするだけだ…… 「なぁ、家子ちゃん、多分次に君は眠ったら、そこは夢の世界だろう。何度も聞いたけど本当にいいんだね」 俺は家子ちゃんに話しかける。 《はい、覚悟は出来てます、少し怖いけど》 家子ちゃんは器用にタブレットを操り返信してくれる。 「ご家族や友人を置いていく事もかい……」 《それは》 彼女の手が止まる。 《それでも、もう置いていかれたくないから》 「そうか、それなら俺から言う事は無い」 そうさ、俺からじゃないよなぁ ポケットに突っ込んだ携帯を取り出しコールする。 それだけで伝わる手筈になっている。 「『ねぇ、探していたのは12時過ぎの魔法』ってね」 俺の方を不思議そうに見る家子ちゃん。 その時、前方車輌に続くドアが開いた。 ……やっぱり大きいつづらを選ぶよな、君なら。 黒い大きな箱を抱えた彼は、白田君は既に涙ぐんでいた。 「ナーーーーンーーデーーーー!?」 家子ちゃんもびっくりしている、そりゃそうだろう家族にさえ内緒の筈なんだから。 「家子ちゃん」 白田君が家子ちゃんに駆け寄る。 「僕は、君とずっと一緒にいられるかって、大人になっても一緒にいられるかって萌華ちゃんに聞かれた」 「そんな先の事は分からないって答えた、今もやっぱり分からない。でも!」 彼は黒い大きな箱から靴を取り出した。 それは大きな大きな、到底人間サイズではないガラスのヒール。 「今、この瞬間、僕が、ずっと、一緒に居たいと思っている事は本当なんだ、一生一緒に居て欲しいんだ」 顔が涙でぐしゃぐしゃだ。 家子ちゃんも震えている。 さて、おじさんはほんの一押しだけしますか。 「シンデレラ姫、王子がお待ちですよ。靴を履かれては?」 そのセリフで弾かれたように家子ちゃんが白田君に飛び掛かった。 一瞬にして、今までの巨躯から可憐な少女に体が変じる。 「じ、白田君ー」「家子ちゃん」 二人は体が折れんばかりに抱擁を繰り返す。 なるほど、元々の身体だと本当に折っちゃうからか…… 靴を履いて貰いたかったが… これからの人生を彼らがどう過ごすかは彼ら自身が決めることだ。 「うっわ、熱々ねぇ」 この場に聞こえるはずの無い声が聞こえた は!? 何でお前がいるんだよ。 「久しぶりにあったんだから、なんかないの、所長」 「…よう、副所長」 「つーか、何であたしがこんなとこに来なきゃならないのよ、あんた言語になんか言ったでしょ?」 思い返す、なんだ? 「身内で固めて」……言語の野郎、確かに言った、確かに言ったぜ だからと言って元嫁を呼ぶか、普通。 「最悪だ……」 「こっちのセリフよ」 「それにしても、あんた、なんで列車なんか動かすのよ。家子ちゃんを収容できる病院まで連れてくってだけでしょ、トラックでも良いじゃない?」 「本当は馬車が良かったんだけどね」 「は?」 「よく言うだろう、シンデレラエクスプレスってね」 「本当に、あんたってセンスないよね」 列車は走り続ける、幾人もの人生を乗せて。}}}
#divid(SS_area){{{*個人戦4回戦SSその2 【1分前、コンテナ車輌にて】 タン、タン、と短い銃声が鳴り響く。 ガァァァァァという咆哮じみた叫び声と共に、丸太の様に太い腕が男の首に巻き付く。 直前に放たれた二発の銃弾が引き金であった。 ゴギリという鈍い音と共に、男の首が有りえぬ方向に曲がる。 彼女の腕力を持ってすれば造作もない事であった。 5秒もかからぬ内に、男の全身から力が抜ける。恐らくは即死であろう。 白い体毛に覆われた腕をゆっくりと降ろし、男の……口舌院語録の身体を床に置く。 ゴトン、ゴトンと規則的にレールを通過する音と、ハァハァと獣の様な息使いだけがコンテナの中に響く。 それから彼女は……安藤家子は、床に落ちていたナイフを拾い上げると ゆっくりと語録の下腹部目掛け押し込んだ。 服の上からではあったが、ナイフは軽々と身体に突き刺さる。 家子は、すぐにナイフを引き抜いた。 そして、凶器に付着した紅く滴る血を確認した後、それを投げ捨てる。 家子の目線は終始、語録の身体に注がれていた。 目線をそらさぬまま、ゆっくりと座り込む。 その顔は、どこか苦痛に満ちているようでもあった。 銃声が聞こえてから、数十秒も経っていないだろう。 その間も、相変わらずゴトン、ゴトンと列車は走り続けていた。 ダンゲロスSSドリームマッチ イエティ少女は灰被り姫の夢を見るか? 【夢見る口舌院語録】 無色透明という言葉がある。 まぁ、想像しやすいだろう、ガラスやペットボトル等だ。 重要なのは「無色」≠「透明」という事だ。 これは、色ガラスやプラスチックの下敷きとかで想像出来るかもしれない。 なぜ、こんな事を話すかと言うと、今まさに俺の眼前に「無色」ではあるが「透明」では無い世界が広がっていたからだ。 一呼吸置いて、俺は自分の身体が無いことに気づく。 回りを見渡すことすら出来ない。 まさに、意識だけが存在している様な感覚。 目は無いのに、色が無い事を感じ取っている違和感。 声を発するにも喉も口もない違和感。 これは……一体何だ!? 「そんなに警戒しなくてもよい」 気配は無く声だけが聞こえた、いや、これは本当に声だろうか? 耳さえも無いというのに、聞こえたと認識するのはおかしいのだろうか。 「警戒するな?そりゃ無理ってもんだ」 思考同士で会話をしているのだろうか、違和感は拭えないがやり取りはできる様だ。 「お前は選ばれた、それ故に説明を受ける必要がある」 「選ばれた……何にだ」 「夢の戦い」 刹那、俺の頭の中に何かが流れ込んでくる 勝者には瑞夢……迄は帰還出来ない……身につけていたもの……転移は行われず、その1名が…… 情報の洪水が流れ込んでくる、受け入れを拒否出来ない。 一瞬後には、俺はこの戦いのルールを理解させられていた。 情報酔いとでも言えばよいだろうか、意識が大量の情報に溺れる感覚。 「開始は本日24時、対戦相手はアンドウイエコ……」 意識の上に浮かび上がる情報量に苦戦しつつ、一つ一つ紐解いて行く。 「では行くがよい、勝者には瑞夢を敗者には悪夢を」 声が圧を増す、声、いや風だ。 相手の意識に俺の意識が押されている様に思える。 色も、形も、何も無い世界から俺の意識はすごい勢いで押し出されていく。 宇宙飛行士の感じるGとはこういう感じなのだろうか…… 意識のみの世界で意識を失えばどうなるのだろう、それは「死」と同義では無いだろうか。 加速が止まらない……少しずつ、少しずつ 脳は無いはずなのに脳に血が回らない、ああ、俺の意識が……細くなる…… 一本の……細……い……糸の……様に…… プチリ …… ………… ……………… ………………録さん。 何処かで俺を呼ぶ声が聞こえた。 目が開く。 目を開くというのはこんな感覚だったろうか。 喋ろうとするが上手く声が出ない、身体感覚がズレている。 「語録さん、しっかりしてください」 若い男だ、確か言語の所の奴だ。 何度か、「仕事」を一緒にこなした事がある。 俺の身体がここにあるという事を、ようやく脳が認識し始めた。 口を開く、OK、問題無い。 「……大丈夫だ」 「お怪我とかされていませんか」 「ああ……それも、大丈夫みたいだな」 徐々に身体を動かす事を思い出してきた。 久々に自転車に乗った時の感覚だ。 腕は、動く。 時計をちらと見ると4時を回ったところだった。 「奴は確保しました、データも回収済みです」 「……悪い、迷惑掛けた」 最後の最後でみっともないとこを見せちまった。 「ついでだ、事務所まで送っちゃもらえまいか……」 「ええ、構いませんが……ご自宅じゃなくて良いんですか?」 「ああ……新しい仕事が増えちまった」 沸々と血が滾る、探偵としての性だろうか。 複雑怪奇奇妙絢爛奇々怪界 謎のオンパレード、これを喜ばずに何を喜ぶ。 心に熱が灯る。 脳のギアが回る。 本能が思考を突き動かす。 点は線になりシナプスを結ぶ。 面白いじゃないか、「夢の戦い」とやらよ。 確かに、お前からの挑戦状受け取った。 「『It's Show time!』」 俺は帽子を深く被り直した。 【預金残高を確認して呆然とする北条綾女】 ¥10,820,945 何度見返しても画面に記載された金額は変わらない。 上二桁を除けば、うん、それぐらい貯蓄してたっけで済ませる金額だし、 私の記憶の中の貯金額とも合致する。 ドクドクと鳴る心臓の鼓動を感じながら、一旦ATMの前から体をどかす。 待っている人がいるのもそうだし、これ以上、この残高画面を見ていたくなかった。 正直、気味が悪い。 フワフワした頭のまま、コンビニの店内をさまよい、お気に入りのベーグルとサラダを購入する。 コンビニを出て、事務所までの3ブロックほどの通勤路をもやもや歩きながら考える。 何か危ない事件にでも巻き込まれたのだろうか……例えば新手の詐欺とか…… あ、いつものドーナツ買い忘れたなぁ…… さっきのあれって、銀行の手続きミスだったりしないかなぁとか… そうした考えが形になる前に、事務所についてしまった。 まぁ、所長に相談すれば大丈夫だろう。 華やかな大通りから少し入っただけなのに、とても薄暗くジメジメした雰囲気だ。 あの人曰く「『凶悪事件の方から俺にラブコールを掛けてくれるんでね。表通りに構えたら、 乳母車を押した婆さんでも機関銃をぶっぱなして襲撃して来かねないのさ』」だそうです。 ボロボロの雑居ビルの一階、ビルの外装に似つかわしくない大仰な扉に近づき…… ロックが解除されている旨を知らせるランプの点灯に気がつく。 普通に考えれば所長がもう来ているだけなんだろうけど、さっきの件が頭をよぎる。 ああ、もう、やっぱり気味が悪い…… 「所長、もう来てるんですかー?」 ちょっとだけ大きな声で呼びかけながら扉をゆっくりと開ける。 扉の向こうに見知った顔が見えて、ようやくほっと一息。 「所長?」 どうやら、所長に私の声は聞こえていないようだ。 オンボロの(スプリングすら効かない!)ソファーに座り資料の山とにらめっこしている。 周りにはうず高く本が積み上げられている。 今までに、何度も目にした光景だ。 私はそれ以上声をかけるのを止めて、玄関入ってすぐのキッチンスペースへと向かう。 こういう時の所長の第一声は決まってこうだ。 「悪いけど、お茶淹れてくれるかな?」 ベーグルとサラダを冷蔵庫にしまい、お湯を沸かす。 ポットを温める分もあるから、ちょっと多目に。 コンロの火を眺めながら、少し昔を思い出す。 所長にお茶を入れる時の癖みたいなものだ。 昔からミステリィを愛読していた私は、何の疑問もなく 将来は探偵業界で働く物だと思い込んでいた。 もちろん、物語の中の探偵の様な、複雑怪奇な難事件が扱えるのは ごく限られた一部だというのは分かっていた。 それでも、憧れの名探偵達に少しでも近づけるのならと必死で勉強もした。 その結果、ダーナのライセンスも取得できた。 ……一番下のFクラスだけど。 (筆者注 ダーナとは国家探偵協会、Detective Agency National Associationの通称の事、DANAとも) だけど現実は甘くなかった、それこそハードボイルドミステリィの様に。 採用してくれる所がなかった訳じゃない、でもそれは全て事務職としての採用だった。 私は「現場」で「調査」をする「探偵」を強く望んだが、それを受け入れてくれる所は皆無だった。 大手から中小まで、多くの探偵社で面接を受けた。 どこの面接でも決まって最後の質問は判で捺した様に 「それで、探偵として活かせるどういった能力をお持ちで」だった。 魔人として生きていく以上、どうしたって付いて回る事柄だ。 私のそれは戦闘向きでもなく、ましてや調査向きでもなかった。 私の力は「注いだ液体を美味しくする能力」、この力を聞いた誰もが微妙な顔をする。 お茶くみにはいいんじゃないとか、喫茶店のマスターやりなよとかもよく言われたなぁ。 この能力を伝えた所で、私を探偵として欲しがってくれる探偵事務所なんか一つも無かった。 ただ、最後に受けたハッピーリサーチで面接を担当してくれた女の人 (偶然にも下の名前が同じだったことを覚えてる、漢字は違ったけど)から この辺りには、もう一件探偵事務所があると教えてもらったんだった。 看板も出してない様な怪しい事務所だけど……と言われたが、藁にもすがる思いで飛び込んだ。 所長は急な訪問にも、きちんと対応してくれた。 多分、ハッピーの担当の方の名前を伝えたのが良かったのだろう。 一通り、話をして最後にお決まりの質問……正直断られると思った。 だけど、所長の反応は今までの人と大きく異なった。 「なるほど!、それは刺激性のある致死性の低い毒物を継続的に摂取させるには持ってこいの能力だな」 「お、後はミネラルウォーターで『こんなうまい水おれ生まれてこのカタ…飲んだ事が!ねーーーぜぇーーーッ!!』も言えるな、いやぁ良い能力だ」 そんなことを言われたのは初めてだったので、私は呆気に取られて何も言い返せなかった。 ただ、その後の所長の言葉は今でもはっきり覚えている。 「お茶が美味しくなる、結構じゃないか。クライアントが君のお茶を飲んでリラックス出来たお陰で重要な証言を思い出すかもしれない。」 「一見、無害のような能力でも犯罪にも使える、逆も然りだ」 「探偵に必要なのは洞察力、思考の柔軟性。能力を活かすも殺すもそれ次第さ」 そう言うと所長は「北条さん、 握手をしよう」と右手を前に差し出してきた。 素直に応じた、その瞬間…… 「さて、咄嗟の握手から分かる事は?」 「へっ、えっ、と、分かる可能性があるのは利き腕、相手の出身文化圏、職業、えーっと後は…」 「OK、もう大丈夫。思考の疾走性は十分、覚悟も本物か」 必死に今迄読んできたミステリィを思い返していた私に所長は声を掛けた。 「早速だけど、明日の10時から来てもらって良いかな。労働条件はその時に話そうか」 それが今から一年くらい前の事だ。 出会ってから採用して貰うまでに10分も掛かっていなかったような気がする。 うちの所長は熟慮と即断即決を使い分けるのが上手いのかな。 ……と、そうしている内にケトルがシュンシュンと蒸気を吐き出した。 カップとポットにお湯を注ぎ、ケトルを火に戻す。 今日はちょっと贅沢にロンネフェルトのダージリンにしよう。 茶葉を選び、ポットのお湯を捨てて準備完了。 贅沢にリーフを入れて、熱湯を勢い良く注ぎ入れる。 ゆっくりと茶葉が開くのを待つ、ダージリンの爽やかな香りが鼻をくすぐる。 頃合が来たら、今度はカップのお湯を捨てナプキンで水分を拭き取る。 ポットから、ゆっくりと紅茶を注ぎ入れる、最後の一滴までしっかりと。 うん、美味しそう。 カップをソーサーに乗せて所長の所へ向かう。 「所長、おはようございます」 案の定、近くまで寄っても気がつかなかったので、こちらから声を掛けた。 「北条君、おはよう、悪いんだけどお茶を……」 ああ、これは重症だ。 「はい、どうぞ」 カップをテーブルに置くとようやくこちらを向いた。 「……ありがとう」 少しバツが悪そうな顔をしているのは自分の思考が読まれたからかな、なんて調子に乗ってみる。 何らかの資料を捲る手を休めて、紅茶をすする所長。 ……今なら聞いても良いかな? 「あのう、ちょっとご相談があるんですけど」 そう、忘れてはいけない、今朝の銀行の件だ。 恐らく、難しい案件を抱えているだろうし、今しか聞けない。 「どうしたんだい、まるで銀行口座に大金が振り込まれたみたいな顔をして!?」 へ? 「1つ、格好を見ると出社したてだ、なのにいつも持っているコンビニの袋を持っていない。 キッチンに寄ってるみたいだけど、冷蔵庫にドーナツは入れないだろ? 人間、ルーチンワークを忘れるには何か理由がある。 だから、コンビニで何かあったと推測出来る。」 お茶を一口飲む。 「2つ、今日は北条君の給料日だ。下ろさないまでも確認したくなる事は十分に考えられる。 この時、わざわざ銀行に寄らなくても、どうせコンビニを使うんだったら、 ついでにコンビニのATMで済ませてしまった方が効率的だろう」 また一口 「3つ、何より重要なのが、俺は北条君の口座に大金が振り込まれている事を知っている。 なぜなら、振り込んだのは俺だから。以上」 ああ、またこの人は訳のわからない事を言い出して…… 「納得のいく説明をして下さい。こっちは朝から嫌な気分になったんです、ただのドッキリとか言ったら怒りますよ」 「なに、簡単な事さ。お給料の先払いだよ、この先1年分プラス賞与2回分に迷惑料ってとこかな?」 ますます訳がわからない。 「『説明しよう!』 見て分かる通り、厄介な案件を抱え込んだ。 しかもこの案件、今日中に解決出来なければ、俺はいつまで続くか分からない意識不明になる。 最悪、死ぬ事もあるかもしれない。 何言ってるのか、分からないって顔をしてるな、大丈夫、俺だって良くわかってない。」 「ふざけてる訳じゃなさそう……ですね」 滅多に見せない真剣な表情を見るに、本気みたいだ。 「まぁ、俺だって信じられないよ、ただ『「ありえない」なんて事はありえない』のさ だから北条君には万が一、俺が戻って来なかった時の残務整理をお願いしたい。 事務所を閉めたり、財務関係の処理をしたり…… その厄介ごとを頼むための前払いさ、後からじゃ遅いからね」 「……随分と弱気なんですね、ちょっとびっくりしちゃいました」 「おいおい、買い被ってもらっちゃ困る、俺はそこまで優秀じゃないよ」 ……嘘つき、内心絶対自分のことを優秀だと思ってる癖に。 でも、いつもとは違う空気感。 「さて、それじゃ色々と回らないといけないから、後は任せるよ。 残務処理についてはPCにリストアップしておいた、それじゃあ……」 「もう会えないかもしれないのに、軽いんですね」 「運が良ければ、また明日何事もなく会えるさ」 なんとなく、……本当になんとなく、このまま行かせちゃダメだと思った。 「分かりました、じゃあ一つだけ私のお願いを聞いて下さい。貴方が行っててしまう前に……」 私もソファーに横並びで座る。 シリアスなシーンだ、声色を落として……間を考えて。 ぎゅっと所長のスーツの袖を掴む。 所長の顔が少しだけ曇る、……ここだ。 「シャワーを浴びてお髭を剃ってください。みっともないですし、少し汗くさいです」 所長の顔が曇り顏から、少しほうけた顔を経て、最後に苦笑いに変わった。 「ふふっ、ご忠告ありがとう、北条ちゃん」 あっ 「もう、きたじょうですってば!」 毎度おなじみのやり取りをようやく出来た事を、私は凄く嬉しく思った。 【書斎にて本を探す口舌院語録】 俺の事務所が入っている雑居ビル、あれは五階建てなんだが一階と二階を借りている。 一階が事務所スペース、そして二階が俺の自室兼書斎だ。 びっしりと図書館の様に規則正しく並べられた書架。 その中から、俺は日本人小説家の棚を探す。 万が一、戻ってこれない時のためにこの光景を脳裏に焼き付ける。 俺が力を使う関係上、この書斎は入れ替わりが激しい。 よく使う本なんかは通販で数十冊単位で注文する事もしばしばだ (よくイタズラじゃ無いかの確認もされるが) 希少な本を使わざるを得ない時などはよく涙したものだ。 お目当の棚を見つけ出す、日本人作家や行……あった。 この本もよく使うから、複数冊ストックしているから在庫については心配していなかった。 ノベルス版を手に取る、いつ頃だろうか表紙絵がこのリメイク絵になったのは。 今読んでも全く色褪せない面白さ、ある意味今日のライトノベルや少年漫画の源流と言えなくもない。 山田風太郎作、「甲賀忍法帳」。 こいつが今夜の俺の切り札だ。 俺は、その本を懐に忍ばせると書斎を後にする。 「また来るよ」 誰がいるわけでもない部屋に呟きを残して。 【憂鬱な昼休みを迎える白田まさし】 どうしてこんな事になってしまったんだろう。 教室の空気が重い、僕の心はもっと重いかもしれない。 誰も座っていない二つの席を眺める。 一つは、僕のとても大事な恋人、もう一つは僕の大事な……友人の席だ。 先日の食材紛失事件の真相が明らかにされた為か、僕だけでなくクラスメイトの表情もどこか沈んで見える。 家子ちゃんが悩んでいたのと同様に、萌華ちゃんも悩んでいたのだろうか。 幾ら考えても、答えは見つからない。 堂々めぐりだ。 授業も頭に入って来ない。 あの時、萌華ちゃんが言った一言が今も胸の奥でチリチリとくすぶっている。 「この先、本当にいつまでも家子と一緒にいられると思う? 仲良くし続けられる? 大人になっても」 あの時は、そんな先の事は分からないと言ってしまった。 だが、それは本当に、そんなに先の事だろうか。 後、数年もしないうちにまた新しい進路を選択する時が来る。 進学をしたり、社会に出たりするかもしれない。 そうした中で、ずっと家子ちゃんと一緒にいる事が出来るんだろうか。 大人になるという事は、決して差別をするという事ではないはずだ。 だけど……今まで家子ちゃんに向けられてきた偏見や憶測を思い出すと、そうも言ってられない気がする。 僕はどうなるのだろう、変わらずにいられるだろうか…… リーンゴーンリーンゴーン…… 昼休みを告げる鐘だ、昨日まではこのチャイムを心待ちにしていた。 でも今は家子ちゃんと萌華ちゃんと一緒にお昼を食べる、そんな日常がもう手の届かない遠くに行ってしまった様だ 地理の教師が、終礼を簡素に済ましそそくさと退出する。 お昼か、正直食欲は湧かない、購買に行く気力さえない…… そんな事を考えていた時だった。 「…………組、白田まさし君、お客様がお越しです。二階応接室までいらしてください」 校内放送だ、誰かが僕に会いに来ているらしい。 誰だろう……昨日の事件の事で何か聞かれるんだろうか…… 僕はさらに重くなった心と足を引き摺って、応接室へ向かった。 応接室に入ると、そこには黒ずくめの男の人が座っていた。 格好だけ見ると、ちょっと目立つ、学校にはあまりそぐわない恰好の人だ。 僕が入ると、その人はソファーから立ち上がり帽子を取った。 「やぁ、初めまして。白田君だね、俺は口舌院語録、『通りすがりのサラリーマン』じゃなかった……探偵をやっている。よろしく」 自己紹介すると同時に右手を差し出してきた。 ……ああ、握手か。 一瞬間を作ってしまったが、僕も右手を差し出し返し握手する。 それにしても……探偵だって? 「白田……まさしです」 握り返した瞬間だっただろうか、一瞬、口舌院さんは物凄く険しい表情をした。 何か失礼をしてしまったのだろうか 「おっと、こいつは失礼。まぁ座ってくれ」 険しい表情をかき消す様にかぶりを振ると、口舌院さんは座った。 表情も元に戻っている。 「さて、早速だが白田君、君には安藤家子さんについて色々と教えて欲しい」 話を切り出された時はやっぱりかと思った、それと同時に何で探偵なんかが聞きに来るのだろうとも思った。 しかし口舌院さんは、さらにこう続けた。 「といっても、昨日の事件についてではないんだ。……んー、説明が難しいがこれから起こる事件についてとでも言えばいいのか」 「どういう事ですか?」 「ああ、うんちょっと待ってくれな、俺も整理中でさ……」 てっきり昨日の事件について聞かれると思っていた僕は虚を突かれた、これから起こる事件……家子ちゃんに何かあったのなら、そんな表現は使わないだろう。 もしかして、行方を眩ましてしまった萌華ちゃんの件だろうか? 口舌院さんはしばし思案してから、さらに予想外の質問をぶつけてきた。 「白田君、君だったら大きいつづらと小さいつづら、どっちを選ぶ?」 「は?」 あっけにとられる僕の顔を見て、口舌院さんは意地悪そうに笑った。 【電話を終えまた電話を掛ける口舌院語録】 「ええ、そうです、大きい方がいいですね、入らないと困るので。小さい方は多分使わないので既製品で、ええ、よろしくお願いします。確認しますが時間の方は本当に……ありがとうございます」 ボタンを押して電話を切る。 ガラス職人さんの方はこれでオッケーだ。 次は……こいつか…… こっちからコンタクトを取りたくはないが致し方ない。 他に、頼める人材がいない、いや頼むだけならできるが、今回ばかりは時間制限が厳しい。 意を決してコールをする。 1コール……2コール……、繋がった…… 「はいどうも、どうしたんですか語録さん、珍しいですね!」 ああ、腹が立つにこやかな声だ…… 「言語、頼みがある、今朝の分の貸しを早速返してくれ」 「おや、本格的に珍しい。ええ、ええ、語録さんの頼み事でしたら喜んで聞きますよ」 「実はな………」 …… ………… ……………… …………………… 「はぁー、また変わった事を思いつきますね」 「出来るのか、出来ないのかどっちだ?」 こんな時まで、こいつののらりくらりとした喋りに付き合ってはいられない。 「問題無いですよ、22:00までに動かせる様に準備と根回ししておけばいいんですね。」 「ああ、頼む」 「動かすのに必要な人員はこっちで集めて問題無いですね」 「頼む、ただし身内で固めてくれよ」 「分かりました、それじゃあお任せください!」 思ったよりも聞き分けが良かった……、それもこれも言語の頼み事を聞いてやってたからか。 情けは人の為ならずとはこの事か。 しかし、今の俺には一瞬たりとも休んでいる暇は無い。 プランニングを確認する、次は……寺か。 寺は、直接出向いた方が早いな。 俺は壁に掛けてあった帽子を被ると、早速寺に向かう事にした。 【コンテナ車輌にて】 ゆっくりとした息遣いと走行音が支配する空間。 横たえられた、男の指先がピクリと動いた。 ほんの一瞬であった。 彼女が、それを見逃したとしても不思議では無い。 相も変わらず、列車は走り続けていた。 【事務所で整理する口舌院語録】 「戦闘空間は列車……っと、こんな所か?」 PCに情報を入力、整理する。 夢の戦いとやらに挑むに当たって、準備するに越した事はない。 俺は夢で教えられたルールを一つ一つ読みこんで行く。 ルールというのは必要不可欠なロジックだ。 把握出来ない奴は、それだけで負けていく。 片手でオンラインバンキングの操作をしながら、箇条書きした要点を眺める。 ・戦闘空間を越えてしまった者は場外負けとなります。 ・戦闘領域:各車両から30m以内 ふむ 後続車輌に相手を残したまま、連結部を破壊した場合はどうなるのだろうか…… 各車輌から30mという事は、車輌に残ってさえいれば問題無いか? いや、しかし機関車が走る以上30m以上離れてしまった場合は、引き分けを余儀なくされないか…… 戦う場所も考えなきゃいかんが、持ち込む物も考えないと行けないか。 列車内だと書籍の補充は厳しかろう。 となると、持ち込めるだけ持ち込まないとな。 厳選する必要がある、英単語辞書は持っていくとして後は…… なるべく薄く色々な種類を持っていかないとな。 ……列車での戦闘と言えばバッカーノは持って行ったほうが良いな。 PC画面上に振込完了の文字。 後は引き継ぎも残さないと行けないか。 引き継ぎを書きつつ、さらにルールの把握を詰める。 ・現実世界の身体は強制的に睡眠状態となります。 ・夢の中に入った際の肉体の状態は睡眠状態となる直前の状態と同様です。負傷していた場合は負傷状態のまま戦闘空間へと転送されます。 ここも重要か? 強制的に睡眠状態になるという事は、つまり現実世界の肉体は無防備になるという事だ。 万が一、寝てしまってはいけない所で開戦時間を迎えてしまうとマズイ訳か。 そして、それは対戦相手も同じという事だ…… もし、対戦相手を現実世界で襲撃出来れば……いや、難しいか 相手もあの夢を見ている、警戒するだろう。 だが…… ・戦闘開始時刻に転送予定の者がすでに1名以下であった場合、戦闘空間への転移は行われず、その1名が“夢の戦い”に勝利したことになります。 こんな暗殺を推奨する様なルールまである。この様な状況では…… ちくりと頭に痛みの様な感覚。 何だ、今何か閃きかけた…… こういう時は余計な事を考えず閃きだけを追いかける。 強制的に睡眠状態……負傷していた場合……現実世界で……寝てしまってはいけない……1名以下 直前の思考をトレースする。 …………駄目だ、逃げてしまった。 こういう時の閃きというのは重要な事が多い。 また後で思い起こすとしよう。 後は、ここか…… 褒賞と罰、瑞夢と悪夢……これはやはりそういう事なのか…… 書きこんだルールに自分の疑問を付け足していく。 一個一個、見落としが無い様に。 ……地味な作業は得意なのさ。 ふと気がつくと結構な時間が経っていた…… そろそろ頃合いか。 ちょっとばかり憂鬱だがそう言ってもいられないか。 机の上のスタンドマイクを引き寄せ、ボタンを押す。 PC上の60という数字がカウントダウンが始める。 同時に、今までまとめていた資料をアップする。 浅見さんを通じて警察へは根回し済み、準備は問題ないだろう。 あー、久々で何と喋って良いのやら。 ふざけるとあいつにまた怒られるかな。 5……4……3……2……1…… 「あーあー、マイクテストマイクテスト……どうも諸君」 【出社する皐月殺】 「お電話ありがとうございます、ハッピーリサーチ、担当佐藤でございます」 「……畏まりました、担当している職員の名前を教えていただけますか」 「はい、確かに承っております。ご予約いただいておりました木村様でございますね」 コールセンターブースをちらと覗いてからメインオフィスに向かう。 ここはあたしが勤めているハッピーリサーチの本社ビルだ。 一丁前にも賃貸じゃなくて持ちビルだ。 8階建てのビルの上層2階分がオフィス。 コールセンターブースやクライアントとの応接ブースを抜けると、物々しいドアがお迎えだ。 ドアの傍にあるレンズに眼をかざす。 ピッと緑色のランプが光りロックが解錠される。 流石に個人情報の塊のような会社だ、セキュリティ面だけは厳重だ。 メインのオフィスルームに入る。 だだっ広い部屋に多数のデスクが広がる、スタンダードなオフィスだ。 探偵という職業柄、ここに残っていない奴も多いし、そもそも来ない奴もいる。 逆に深夜であっても残ってるやつもいるし、ここに住んでるんじゃないかって奴もいる。 「副所長、おはようございます」 「おはようございます!」 こっちに気づいた何人かが挨拶してくる。 そう、あたし副所長、アイムナンバー2、イェー! ……はぁ、朝から何やってんだか。 「おいーっす」 適当に返しながら、自分のデスクに向かう。 オフィス一番奥の机……の真横。 散らかったデスクの上に、よれよれのバッグを置いてからコーヒーを淹れに行く。 その途中……、デスクに突っ伏して目が死んだ同僚と目が逢う。 「おーい、どうしたぁ喜多、目が死んでるぞ」 「うううー、殺さーん、あたしもう2日も帰って無いんですよー……」 「まじか……、うっわ、くっさ!」 「酷くないですか、殺さん!」 喜多南、うちのエージェントの中でも優秀な方なこいつがここまで弱ってるとは珍しい。 「何々、なに抱えてんのよ?」 「例の昏睡事件の調査です、所長から直々に頼まれててー……」 あんにゃろう、またあたしの頭越しに命令しやがって。 ……所長なんだから、当然なんだろうけど納得いかない。 うちの所長は口舌院語録という、どうしようもないろくでなしだ。 そもそも自分の事務所の癖に、月に一度も顔を見せない。 でっかい所長席なんかただの置物に成り下がっている。 ろくでなしの癖に、探偵としての能力だけは高いのがよりムカつく。 「昏睡事件?、何でだ、別に警察から協力要請されてるわけでも無いだろ」 「わかんないですよ~、所長の事だからいつもの探偵の勘ってやつじゃないですか?」 「ふーん、……うっわ、こんな件数起きてるのか」 「一応、事故や病気やらで意識不明なやつは外してもこれだけ発生してますね。確かに異常な件数です。」 「ほうほう、なんか掴めたか」 「あー、意味があるか分かんないですけど一個だけ」 「言ってみぃ」 「被害者の表情がですね、綺麗に二分されてるんですよ。凄く楽しそうな表情と悪夢にうなされてるような表情、殆どの人がどっちかなんですよね」 原因不明の昏睡事件、この所報道もされてきている。 ある日突然眠ったように意識を失い、そのまま起きてこない。 普通であれば、単なる奇病とでも扱われるだろうが、全国各地で多数発生していることから 一部では魔人による人為的な事件だという説も出てきている。 「二週間前ぐらいから、全国の被害者のとこ行って聞き取りして、そんで戻ってきてまとめ中です」 「……何で帰んないのさ?」 「だって、所長がいつ来るかわかんないから、ううー」 「あのボケナス気にしてるんなら無駄だよ、あたしが許す、帰れ!」 ……今度会ったらぶん殴ってやろうか 「ううー、殺さーん、ありがとうございますー、それじゃあお言葉にあm」 ヴィーーーヴィーーヴィーー けたたましい音と共に緑色の回転灯が点灯し明滅する。 喜多とあたしは顔を見合わせる。 オフィスにいた他の職員も慌てて自分のデスクに戻る。 仮眠室から飛び出してくる奴もいるな。 「喜多、すまんな」 「うわーん、殺さーん……」 「文句はあいつに直接言ってくれ」 死にそうな表情の喜多を置いて、あたしもデスクに戻る。 椅子に座るなり、スリープモードからPCを回復させる。 緑色の回転灯の意味は「その場の全職員は待機して所長からの連絡を待て」だ。 30秒程で点灯は終わる。 オフィスの空気が変わる、静寂、そしてピリピリとした緊迫感。 『あーあー、マイクテストマイクテスト……どうも諸君』 最近はとんと聞かない声、以前は聞き慣れた声。 『いきなりで悪いが、現在発生している昏睡事件に関して重要な情報を手に入れた』 『その為、我がハッピーリサーチは全力を挙げて対応を行う事を決定した』 『では、調査指示を行う、CランクBランクのライセンス持ちは緊急の案件を抱えているもの以外は、これから指定する人物の素性調査を行ってもらう』 『マル被の名前はアンドウイエコ、繰り返す、アンドウイエコ。魔人である可能性は高いが確定していない』 『分かっている情報は以上だ、同姓同名も多いだろうが手分けして調査を頼む、警察にも協力要請はしているので利用してもらって構わない』 『進捗状況は2時間毎に共有、進展がなくとも構わない』 『この捜査はスピードが勝負だ。今日の夕方、いや昼の内には完了しておきたい』 矢継ぎ早に様々な指示が飛んでくる。 イントラネットにも既に、語録自身がまとめたであろうレポートがアップされていた。 夢の戦い、にわかには信じがたい話しだけど…… ちらっと喜多の方を見る、今捜査を指示されたのはBランクCランクだけだ。 あたしや喜多は、Aランクライセンス持ちだ、……一応このまま指示がなければ副所長権限で帰してやれるが…… 喜多も、それを祈っているかの様な顔だ。 『なお、Aランクの者は、この後個別に指示を行う、ミーティングルームへ来る様に、以上、検討を祈る』 ……あ、死んだ。 御愁傷様、文句はこの後直接言いな。 あたしは必要最小限の筆記具を持ってミーティングルームへと急いだ。 【コンテナ車輌にて蘇る口舌院語録】 最初に見えたのは天井だった……俺は仰向けで倒れている。 俺は何をしていたんだっけか。 下腹部が熱を持っている、そこから上がって来る痛みと口の中に広がる鉄の味が俺の思考をクリアにしてゆく。 ……そうだ、全部、思い出した……という事はうまくいったのか ……いや、まだだ。 ごぼりと胃の奥から血が上がって来る、時間はそうないだろう。 体もほぼ動かない、しゃべる事も出来ないだろう。 俺は必死に集中して、手のひらに銃を生み出す。 弾は最初から、そうなる様に仕込んである…… 後は当たりさえすればいいのだ、当たりさえすれば。 俺は震える指で引き金を引いた。 銃声が静かに響いた。 【コンテナ車輌にて】 ごぼりという奇妙な音に家子は気付いた。 それと同時に、語録の口から赤い血が湧き出て垂れている事にも。 「ア゛ーーーーーーーーー!」 家子が泣き声の様に吠える。 いつの間にか語録の手には黄金色に輝く銃が握られていた。 家子がズシズシと語録が駆け寄る。 だが、それよりも先にパンと乾いた銃声が鳴った。 その銃口は……語録の方を向いていた。 家子は、構わず近寄り語録の近くにしゃがみ込む。 「ゴーーローークーーサーーンーー」 「ごふっ、ごふっ……ああ、大丈夫だよ、家子ちゃん。」 「ヨーーカッーーターーー」 「ふぅ、ありがとう、家子ちゃんは本当に優しいな」 「ハーーコーーブーーネーー」 語録の体を家子が軽々と持ち上げる。 「ははっ、お姫様にお姫様抱っこしてもらうなんて貴重な経験だな。」 力なく語録が嘯く。 「まぁ、どちらにせよ、この勝負『俺達』の勝ちだ」 【真相を披露する口舌院語録】 俺と家子ちゃんは、コンテナ車輌の隣にある食堂車に来ていた。 家子ちゃんは、少し狭そうにしているが、それでも問題ないと言ってくれた。 さて、何から説明すれば早いだろうか。 まずは、そうだな、うちのエージェントの有能っぷりから話そうか。 指示を出してから4時間足らずで、全国のアンドウイエコ氏の情報をまとめてきてくれた。 情報に強い魔人がいるとはいえ、組織の力というのは侮れない。 各地方支部の協力もあり優先度付けされたリストが届いた。 そこから家子ちゃんに辿りついたわけだが、こればっかりは偶然だった。 ただ、昨日事件に巻き込まれていたという記述が引っかかっただけだ。 (まぁ、それでも二回程からぶってるんだけどね) そこからは、面取り(直接会うことな)の準備をして、まずは友人の白田君に会った。 彼には非常に申し訳ないことをしたが、許してほしい。 「人や物体に触れ、そこに残された記憶を読み取る。 引き出した記憶を具現化した弾に込めて人を撃つと、撃たれた人はその記憶を植えつけられる。 ただし、記憶を引き出された本人がこの弾で撃たれると、その人は記憶を失う。 冨樫義博 著 HUNTER×HUNTER 12巻」 あらかじめ使っておいた、この弾を使って彼の記憶を盗み取った。 この時点でほぼ今日のプランニングは出来ていた。 そして、家子ちゃんに会いに行った 最初は調子が悪いと断られたが、口舌院語録の名前を出したら会ってくれた。 この辺は、少し賭けでもあった。 何せ、今日夢の中で殺し合うかも知れない相手だ。 だが、白田君から聞き出した家子ちゃんのパーソナリティを信じることにした。 後は、戦う必要がないことを説明するだけだった。 そう!、俺達は戦う必要が無かった。 まず俺は、この事件の解決を望んでいる。 勝つにせよ負けるにせよ、俺の欲しい物はそこに無い。 家子ちゃんは勝つ事を望んでいるだろう、能力の事を考えても間違いない。 むしろ俺としては勝たせてあげたかった。 そこで俺はとあるルールを利用する事にした。 やはりルールを整理する時に感じた閃きは正しかったのだ。 ・戦闘開始時刻に転送予定の者がすでに1名以下であった場合、戦闘空間への転移は行われず、その1名が“夢の戦い”に勝利したことになります。 この一文だ、そう! 戦闘開始前に一方が死んでいれば転送は行われない。 つまり、「戦闘開始時刻にだけ死んでいられればいいのだ」 こうすれば、勝者だけを作る事が出来るのだ! 家子ちゃんは好きに夢を見る事が出来るし、俺が悪夢に囚われる事もない。 一石二鳥という奴だ。 後は下準備だけだ、確実に死んでから復活できる能力を探すだけだ。 俺の能力は文章の長さに効果が比例する。 ある程度、長い文章で死んで復活する文章を思い起こし、結果使ったのがこれだ。 ―――薬師寺天膳の変化は続いている。 ジクジクした分泌物のなかに、病理学にいう肉芽組織が発生しつつあった。 つまり、いわゆる「肉があがってくる」という状態になってきたのだ。 ふちの密着した傷でさえ、ふつうの人間なら三日ぐらいかかるこの治癒工程が彼の肉体のうえでは、数刻のあいだに行なわれた。 しかも彼は、完全な死人だ。 ―――いや、耳をすましてきくがいい。 とどめを刺されたはずの彼の心臓が、かすかにかすかに搏動をしている音を。 山田風太郎 著 講談社ノベルス 刊 甲賀忍法帳 186P その傷は完全にふさがって、うす赤い痣をとどめるのみになっている。 なんたる奇蹟、彼は死から甦った! しかし、これはどういう現象か。 奇怪は奇怪だが、世にありえないことではない。 蟹の鋏はもがれてもまた生じ、とかげの尾はきられてもまたはえる。 みみずは両断されてもふたたび原形に復帰し、ヒドラは細断されても、その断片の一つずつがそれぞれ一匹のヒドラになる。 ―――下等動物にはしばしばみられるこの再生現象は、人間にも部分的にはみられる。 表皮、毛髪、子宮、腸、その他の粘膜、血球などがそうで、とくに胎児時代はきわめて強い再生力をもっている。 薬師寺天膳は、下等生物の生命力をもっているのか。 それとも胎芽をなお肉のなかに保っているのか。 いずれにせよ、このぶんでみると、再生力のまったくないといわれる心筋や神経細胞ですら、彼の場合は再生するに相違ない。 山田風太郎 著 講談社ノベルス 刊 甲賀忍法帳 194P この二つの文章を死ぬ直前に打ち込み、後は復活を待つだけだ。 問題が二つあった、描写が違っていると俺の能力は発動しない。 時間の問題で即死する必要があった為、傷に関してはわざわざ家子ちゃんにつけてもらった。 さらに問題なのは、この描写では復活出来るのは「薬師寺天膳」という男のみである、当然俺は薬師寺天膳ではない。 だが、魔人の能力は思い込みの強さによる能力。 俺が俺の事を薬師寺天膳だと認識していれば問題無い、そこで俺はとある制度に目を付けた。 全くの違う名前でありながら、合法的に持つ事ができる異名、つまり戒名である。 俺は近くの寺に行き生前戒名をたまわった、その名も「薬師寺天膳大居士」 妙に語呂がいいのも素晴らしい、こうして俺は晴れて薬師寺天膳となった。 むしろ一番大変だったのは、家子ちゃんに俺を「殺させる」説得だった。 いくら、生き返る前提とはいえ、年頃の女の子に人殺しをさせるのは俺も嫌だった。 だが、今回最も大事なのはタイミングなのだ。 24時前に死ななければいけず、24時前に復活が始まってもいけないのだ。 その点、彼女の持つ、人外の筋力はこういってはなんだが最適であった。 さて、後は最後の仕上げをするだけだ…… 「なぁ、家子ちゃん、多分次に君は眠ったら、そこは夢の世界だろう。何度も聞いたけど本当にいいんだね」 俺は家子ちゃんに話しかける。 《はい、覚悟は出来てます、少し怖いけど》 家子ちゃんは器用にタブレットを操り返信してくれる。 「ご家族や友人を置いていく事もかい……」 《それは》 彼女の手が止まる。 《それでも、もう置いていかれたくないから》 「そうか、それなら俺から言う事は無い」 そうさ、俺からじゃないよなぁ ポケットに突っ込んだ携帯を取り出しコールする。 それだけで伝わる手筈になっている。 「『ねぇ、探していたのは12時過ぎの魔法』ってね」 俺の方を不思議そうに見る家子ちゃん。 その時、前方車輌に続くドアが開いた。 ……やっぱり大きいつづらを選ぶよな、君なら。 黒い大きな箱を抱えた彼は、白田君は既に涙ぐんでいた。 「ナーーーーンーーデーーーー!?」 家子ちゃんもびっくりしている、そりゃそうだろう家族にさえ内緒の筈なんだから。 「家子ちゃん」 白田君が家子ちゃんに駆け寄る。 「僕は、君とずっと一緒にいられるかって、大人になっても一緒にいられるかって萌華ちゃんに聞かれた」 「そんな先の事は分からないって答えた、今もやっぱり分からない。でも!」 彼は黒い大きな箱から靴を取り出した。 それは大きな大きな、到底人間サイズではないガラスのヒール。 「今、この瞬間、僕が、ずっと、一緒に居たいと思っている事は本当なんだ、一生一緒に居て欲しいんだ」 顔が涙でぐしゃぐしゃだ。 家子ちゃんも震えている。 さて、おじさんはほんの一押しだけしますか。 「シンデレラ姫、王子がお待ちですよ。靴を履かれては?」 そのセリフで弾かれたように家子ちゃんが白田君に飛び掛かった。 一瞬にして、今までの巨躯から可憐な少女に体が変じる。 「じ、白田君ー」「家子ちゃん」 二人は体が折れんばかりに抱擁を繰り返す。 なるほど、元々の身体だと本当に折っちゃうからか…… 靴を履いて貰いたかったが… これからの人生を彼らがどう過ごすかは彼ら自身が決めることだ。 「うっわ、熱々ねぇ」 この場に聞こえるはずの無い声が聞こえた は!? 何でお前がいるんだよ。 「久しぶりにあったんだから、なんかないの、所長」 「…よう、副所長」 「つーか、何であたしがこんなとこに来なきゃならないのよ、あんた言語になんか言ったでしょ?」 思い返す、なんだ? 「身内で固めて」……言語の野郎、確かに言った、確かに言ったぜ だからと言って元嫁を呼ぶか、普通。 「最悪だ……」 「こっちのセリフよ」 「それにしても、あんた、なんで列車なんか動かすのよ。家子ちゃんを収容できる病院まで連れてくってだけでしょ、トラックでも良いじゃない?」 「本当は馬車が良かったんだけどね」 「は?」 「よく言うだろう、シンデレラエクスプレスってね」 「本当に、あんたってセンスないよね」 列車は走り続ける、幾人もの人生を乗せて。}}}

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: