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 少し、苛立っていた。
 模試の結果が、思わしくない。このままでは、志望校には届かない可能性が出てきた。
 自分ではなんともないつもりだったが、やはり転校したことが響いているのかもしれない。
 ひとりで、帰ることにした。こなた達に混ざることも出来たが、どこかで悪態をついてしまうかもしれない。
 とにかく、自分の実力が足りないだけなのだ。
 下を向いたまま、まことは校門を出た。呼び止められなければ、人がいたことにも気付かなかっただろう。

「まこと君」
「な、永森さん?」
「おつかれさま」
「う、うん。なんか、用事?」
「こうを、待っているの。一緒にお茶をする約束だから」
「あー、なるほど。さっき五限が終わったから、もう来るんじゃないかな」
「どうかしら。期待はできないわね」
「…まあ、時間に大らかな人だから」
「あの子は、ルーズなだけ」
「はっきり言うねえ」
「中学の頃からだもの。もう、言葉を選ぶ気にもならないわ」

 こうの手で強引に引き合わされてから、一週間ほどになる。やまとに会うのは、これで三回目だ。
 出逢った日の直感は、もうあまり意識しない。すでに、友人になっているのだ。
 そのときはひどく驚かされたが、結局はこうのはからいが良い方に転がった。

「それにしても、ずいぶん着込んでるね」
「寒いのは苦手だから」
「そうなんだ。よかったら、中庭で何か飲まない?ベンチもあるし」
「ありがとう。でも、今日は先生の許可ももらっていないし」
「ダッフルなんだから、どこの子かなんてわかんないよ。なんなら、飲み物も奢るよ?」
「…お人好しなのね」
「そうかも。でも、帰ったところで勉強するだけだし、俺も息抜きしたいから」
「…私で息抜きになるなら、行こうかな」
「ほんとに?俺、無理矢理言わせてない?」
「大丈夫よ。立っているのは、辛かったから」
「そっかそっか。では、お兄さんについてきなさい」
「…いかがわしい言い方ね」

 中庭に戻り、並んでベンチに腰を下ろした。
 缶入りの熱い紅茶を、やまとは愛おしそうにすすっている。吐息の白さが、やけに印象に残った。

「…おいしい」
「ちょっと、人通り多いかな。転校生だから、いい場所とか知らなくて」
「構わないわ。この方が、こうも見つけやすいだろうし」

 校舎と校門を繋ぐ大路。そこに寄り添うようにあるのが、いまいる中庭だった。
 生徒の往来がすべて見えるので、実際に待ち合わせに使われることが多い。
 やまとが落ち着けないことが、まことには気がかりだった。
改めて見ると、やまとはかわいい。綺麗、という感じもする。
 鼻筋が通っていて、涼しげな目元によく釣り合っている。色も白く、寒さがその頬をかすかに染めていた。
 大人びたイメージがあるが、両手で大切そうに缶を包む仕草は、妙に愛らしい。
 髪型も気になる。ポニーテールのようだが、二つに分かれている。知らず、まことはその髪に触れたい衝動を抑えていた。

「どうかしたの?」
「あ、いや、なんでもない」
「…誰か、こっちに来るみたい」
「え?…ああ、柊姉妹」

 近づいてくるのは、かがみとつかさだった。双子で、かがみが姉だ。
 かがみはつかさのフォローに忙しい、などと言われるが、むしろよく補い合っているとまことには思えた。

「まこと、おつかれ」
「おつかれ、かがみさん。あとのふたりは?」
「みゆきは生徒会の仕事納め。こなたは、まだ教室」
「一緒に帰らないの?」
「黒井先生が、希望者募って受験対策してるのよ。それに出るっていうから」
「こなちゃん、最近になってすごく頑張ってるんだよ。
お姉ちゃんもゆきちゃんも頑張ってるから、フラフラしてるのが我慢できない、って言ってた」
「つかさ、あんまり言いふらすんじゃないの。まあ、まことだからいいかもしれないけど」
「あうう、ごめんなさい」
「永森さん、聞こえた?」
「いいえ。なにも」
「うん、俺も。てなわけで、心配いらないよ、つかささん」
「悪いわね。気ぃ遣わせて」
 かがみが、やまとの方を見た。きりっとした印象が、似ているといえば似ている。

「この子、永森さん。フィオリナの子なんだけど、ちょっと縁があって」
「ふうん。ちょっとした縁、ね」
「いや、別に俺は」
「はいはい。柊かがみです。よろしく。こっちは、妹のつかさ」
「どうも、つかさです」
「…よろしく」
「邪魔しちゃ悪いし、行きましょうか」
「待ち合わせに付き合ってるだけだよ」
「なんでもいいけど。あんた、勉強ちゃんとやってんの?模試、悪かったんでしょ」
「問題ないよ。自分のことは、自分で考えてるから」
「どうかしら。この分だと、センターも知れてるんじゃない?この間だって、なんか浮ついた話を聞かされたけど」
「それは、関係ないでしょ?」
「…そうよね。ごめん、余計なこと言った」
「いや、いいんだけど」
「…そうかな。そんじゃ、帰るから」
「うん。バイバイ。つかささんも」
「まこと君、ばいばい」

 ふたりが、同時に背を向ける。しかし、しばらくしてつかさだけが駆け戻ってきた。

「ふえ、疲れたあ…」
「どうしたの?」
「うん。あのね、まこと君。お姉ちゃんのこと、怒らないでほしいの」
「俺が、かがみさんを?」
「お姉ちゃん、最近ずっと遅くまで勉強してるの。それに今週は、丁度その、アレだから」
「それは、言わないでいい」
「永森さん?」
「そっか。じゃあ、いいや。だからね、悪気があってあんな態度してるんじゃないよ、って」
「大丈夫だよ。俺、ちゃんとわかってるから。模試がヤバイのも、事実だしね。とにかく、怒ってなんかないよ」
「…よかったあ」
「かがみさん、待ってるんじゃない?」
「あ、そうだった!まこと君、また明日ぁ」
「転ばないでよ…って、行っちゃった」
「なんだか、いい組み合わせね」
「永森さんと八坂さんも、いいと思うよ」
「そうかしら?」

 彼女らのやり取りは、この間の部室でしか見ていない。それだけでも、ふたりの信頼はよく見て取れた。
 それから、しばらくかがみ達の話をした。
 やまとは、ときどき慎ましく笑う。それは、小さく花が咲いたようだった。
 見とれそうになるのを振り切り、まことはコーヒーを飲み干した。
 もう少し、やまとと居たい。そう思っている自分がいた。しかし、そろそろこうが来るかもしれない。
「なんか、気持ちがほぐれた」
「イライラしてたの?」
「ちょっとね。受験、厳しくて。やっぱり、人と喋った方が良かったみたい」
「そうかもね。ひとりでいると、どうしても塞いじゃうもの」
「それでさ、永森さん。今度、俺とどこか行かない?」
「…え?」
「イライラが無くなっただけじゃ、プラマイゼロでしょ。だから、もうちょっとだけ息抜きしたいんだ」
「ずいぶん、突然ね」
「俺の中では、筋道が立ってるんだけど」
「…こうを誘った方が、楽しいんじゃない?」
「確かに楽しいだろうけど、あの子じゃ元気すぎて、息抜きって感じにはならないから。
自分でも急だと思うけど、考えといてくれない?」
「…ええ。わかったわ」

 静かな物言いの中に、かすかな戸惑いが感じられる。やまとを動揺させたことが、ちょっと楽しく思えた。
 大路に顔を戻すと、こちらへ向かう影があった。遠目であっても、群集に埋もれない存在感を放っている。
 間違いなく、みゆきだ。コートの上からでも、スタイルの良さが浮き出ている。一体、どんな身体をしているのか。
 
「…まことさん。そちらの方は?」
「あ、えっと、永森さん。永森やまとさん」
「もしかして、先日話されていた方ですか?あの、路上でお声を」
「う、うん。実は」
「そうですか。あなたが。まことさんは、あなたと」
 みゆきの様子は、どこかおかしい。
 真っ先にやまとを気にするのもそうだし、気のせいか、言葉には感極まったような調子がある。

「もう、すっかり仲良しなんですね」
「どうかな。悪くはないけど」
「もしよろしければ、今度私たちにも紹介して下さいますか?」
「まあ、永森さんが嫌でなければ」
「いいお返事を期待しています。急ぎますので、これで失礼しますね。
ごきげんよう、まことさん。それに、永森さん」

 わずかな会話で、みゆきは帰ってしまった。その歩みは、急ぐと言っていた割に速くない。
 他の生徒に紛れるまで、まことは眼が離せなかった。

「きれいな人ね」
「うん。でも」
「なんだか、泣きそうだった」
「やっぱり、そう見えた?なんだったんだろう」
「勘違いされたんじゃない?私がいたから」
「なにそれ。それじゃ、みゆきさんが」
「そういうことでしょう?」
「それはないよ。ないと、思う」
「まあ、私にはわからないけど」
「俺、またコーヒー買ってくる。なにか、欲しい?」
「いらないわ。でも」

 話題を振り切って立ち上がると、やまとも続いた。すぐに戻るといって、どこかへ行ってしまう。
 多分、トイレだろう。そういうことが、なんとなくわかる。昔から、なぜか女の子の友達が多かったのだ。
 手の中で細い缶を転がしながら、ベンチに戻る。その途中で、走るような音が聞こえた。
「こなたさん」
「あっ、まこと君っ」
「どうしたの?そんなに急いで。さっき、かがみさんが」
「アニメ始まっちゃうから、ごめん!」

 小柄な身体が、信じられないような速さで過ぎ去った。あのコンパスで、どうやったらあれだけ走れるのか。
 ふと、時刻が気になった。
 こなたが来たということは、もう一時間以上、こうを待っていることになる。陽の明りはすでになく、夜の空気が漂いだしている。
 心配になる。あの子は、寒いのが苦手と言っていた。なんとなく、辺りを見回す。
 二人、人がいた。片方が、間断無く謝りつづけている。人気のなくなった大路に、こうの甲高い声が響いた。

「ごめんっ。この通りっ。お願いだから許して!」
「こう。私がなにに怒ってるのか、わかる?」
「寒い中、待たされたこと?」
「それは、平気だったわ。ねえ、白石堂のお座敷は、何時までだっけ?」
「…5時です」
「今は、何時?」
「ああ、もうっ、わかってるよう。今度の日曜、遊ぼ?やまとの行きたいところ、どこでも付き合うから」
「…その日は、予定が入るかもしれない」
「八坂さん」
「あれっ、先輩?」
「一緒に待っていてくれたわ。なんだか、人が好いのね」
「勝手にいただけ、ってね。八坂さん、なにかあったの?」
「いや、実はですね」

 聞いてみれば、それなりに正当な理由だった。
 謝るときに言えばいいようなものを、こうは自分の正しさなど少しも主張しない。
 とにかく、心の底から謝るだけなのだ。それをやられると、なんとなく許してしまいたくなる。
 そうやって何度となく懐柔されている自分が、本当のところやまとは苦々しいのだろう。
 見ている分には、微笑ましい。やはり、いい組み合わせなのだ。
「まこと君」
「ん、なに?寒いから、歩きながら話そうか」
「さっきの話、考えてもいいわ」
「…ホントに?」
「ええ。都合のいい日がわかったら、連絡してくれる?私も、空けておくから」

 渡された付箋には、あらかじめ連絡先が書いてあった。こうも、同じようにしていたはずだ。
 親友の真似をしてみるような少女っぽさも、やまとにはある。また一つ、彼女を知ったような気分になった。

「なな、なになに?内緒の話?私のこと?」
「八坂さん、そんなに気にしないでいいよ。永森さんも、実はそんなに怒ってないんでしょ?」
「だめよ。甘やかすと、よくないわ」
「やまとぉ」
「そんな声出しても、だめ。まこと君、行きましょ」

 やまとを挟むような格好で、歩き出した。やまとは、まことにばかり話しかけてくる。
 わざとやっているんだろう。それも、こうが本当に落ち込んでしまう前にやめた。
 ふたりの掛け合いを眺めていると、楽しい。自分の苛立ちが、ちっぽけに思える。
 出逢ってから間もない。それでも、三すくみの会話は止むことがなかった。