星桜の下、佇む少女を見つける。
どうやら、出遅れたらしい。
ぼんやりと星桜を見上げる彼女の背中からは、その表情はうかがい知れない。
でも、何を想っているかは解る…なんて、ちょっと自惚れだろうか。
「…パティさん」
かける声に、少女が振り向く。ちょっとクセのある金髪が、秋風にふわりと揺れた。
「…モウ、オソいデスヨ」
「ごめん」
少し頬を膨らませて、パティさんが抗議する。その姿が妙に愛らしくて、僕は謝りながら、ちょっと笑ってしまう。
「…ごめん、本当に、待たせたよね」
ここに至るまでに、一体どれだけの日々をを繰り返したのか。
その記憶すら薄れつつある今となっては、それはちょっと計り知れないけれど。
俺の言葉に、パティさんは首を横に振って答えとした。
「いいデス。…キテくれまシタカラ」
碧い瞳が、こころなしか潤んで見える。
「ユーキ…」
「パティ…」
呼び捨てにする。
彼女が、そう望むから。
どちらからともなく近づき、抱きしめあって。
ドキドキいってる鼓動が、重なり合って。
「“あの時”の思い出は、いつか消えるかもしれないけど…そのぶん、目いっぱい新しい想い出、作っていこうよ」
俺の隣に、パティがいる。
些細で、でも幸せな想い出を。
「…ユーキ、I love you…」
「Me too…」
ちょっと気取って、英語で返してみたりなんかして。
重ねた唇の感触は、消えることのない、初めての“想い出”となった……
らき☆すた~陵桜学園 桜藤祭~ After Episode
想い出のつづき
パトリシア・マーティンの場合~Loveして☆Hugして☆Kissもして~
「ユーキ! Good Morning!」
いつもの明るい声がしたとたん、腕に柔らかな感触。
パティと腕を組んでの登校風景は、一月もしないうちに学園の名物となった。
なんというか、主に男子生徒の羨望と殺意に満ちた視線が痛い。
「? どーかしたですカ?」
「いや、俺は幸せだなって思ってただけ」
そう、傍にパティの笑顔があれば。何も恐れるものはない。
「…ちょっと奥さん見ました? 朝っぱらからなんというか破廉恥ですこと」
「まーなんていうか、名実共にバカップル化してるわよね、あの二人」
背後から微妙に棘のある言葉がつついてくる。
「どこの井戸端会議だよ、こなたさん」
振り返ると、いつもの面々。
「べっつにー」
ぷいとそっぽを向く。なんか時々、妙にこなたさんがご機嫌ナナメな時がある。
…俺、何かしたっけ?
「でも、ちょっとだけ羨ましいかも。あれくらい幸せいっぱいだったら、学校生活ももっと楽しくなるんだろうね」
「ふふ。そうかもしれませんね」
比較的好意的な意見は、かがみさんとみゆきさん。
実際、パティが恋人になってから、世界がガラリと変わった気がする。
前の学校も、楽しくなかったわけじゃないけど。なんというか、段違いってヤツなのだ。
それはやっぱり、学園祭というイベントを一緒に過ごした仲間達のおかげであり、そして…彼女がいたからこそ、なんだろうな。
「…ア」
不意に、俺の腕がきゅっと締め付けられる。犯人は言うまでもない。
気付くと、もう校門前だった。
「…おワカれ、ですネ」
「…ん。また、放課後ね」
ハイ! と笑顔で頷いて、パティは昇降口へ駆けていった。
*
放課後は、図書室の片隅で。
と言っても、密会とかじゃない。ちょっとした勉強会ってヤツだ。
俺が国語と古文。パティが英語。
…まぁ、お互いの苦手分野を補い合う、というか。
「アラタめてブンポーとかいわれてもピンとキませんネー?」
「まぁ、意図せず使ってるだろうからな。パティたちにしてみれば」
「“おかし”…オカシいってコトですカ?」
「じゃなくて、“趣がある”って意味。…んと、どう説明したもんかな…?」
時々…というか、しょっちゅう…つまるところがあって。
それを二人で一緒に考えて、調べて、見つけて。
これも、ちょっとした想い出のひとつ。
「…そーいえば、ユーキはもうすぐソツギョウですネ」
「…うん」
ふと、パティが呟くように言った。
「サミしく、なっちゃうデス」
「…まぁね。でも、ずっと離れるってワケじゃないよ。そりゃ、今より逢える時間は減っちゃうかもだけどさ」
「…フツーなら、そうデス」
パティの声が、沈む。
「でも、パティは…いつかステイツにカエらないとデス。ハナれバナれになっちゃうですヨ」
そう…パティは留学生。
日本に定住しているわけじゃない。
いつか…帰らないといけない。
「…逢いに行くよ」
いや、違う。
「迎えに、行く」
パティの頭をそっと撫でながら、俺は自分に言い聞かせるように、あるいは誓うように、言う。
「ユーキ…」
潤んだ碧眼が俺を見上げる。
…まずい。
すごく、キスしたくなってきた。
きょろきょろとあたりを見回す。
人の気配は…ないよな?
「パティ…」
そっと肩を抱き寄せる。甘えるように俺によりかかる少女は、他の誰よりも可愛くて―――いとおしい。
「もっと…ギュってしてくだサイ」
彼女の可愛いリクエストに、応えて。
どちらからともなく、目を閉じて。
―――幾度目かの、口付けを交わす。
「ヤクソク、ですヨ?」
腕の中で、パティがくすぐったそうに呟く。
「ゼッタイ、ムカえに、キてくだサイ」
「アイしてマス。…ユーキ」
あの時より、ちょっとだけうまくなった日本語で…
パティが、そう囁いた。