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陵桜学園・桜藤祭 当日朝――

「すみません、あと5分で開演です!
 泉さん、最終チェックお願いします」
イベント当日特有の、ドタバタとした騒々しい空気の中、
どことなく緊迫した声音でみゆきさんの指示が飛ぶ。

「あいよー。かがみん手伝ってー」
「こっちがあれで……あれがそっちで……」
「無理、そろそろクラスに戻らないと」
「それがこっちで……これが……、あれー?」
「じゃあつかさ……、は無理か」
「ううー、ごめんねー……。わたし、手が遅くて」
「そもそも他人任せにするな、自分で頼まれたんだろうが」
「はいはいわかりましたよーっと
 クラスに戻ると言いつつまだ残ってるかがみん萌え」
「うう、うるさいわね、あんた達の方が心配だからよ!」

待ちに待った桜藤祭当日、開会直前の朝はこのように大混乱で迎えることとなった。
まあ寸前で修羅場ってる以上生徒に人を手伝える余裕なんてある訳はなく。
しかし確かに手の遅いつかささんの作業が特に残っているのは事実であって。
そして、俺の作業は一人でやればなんとかぎりぎり終わる量なわけで。
だから、隣で手伝ってくれている小さな人影に声をかけた。

「えっと、ひかげちゃん。よかったらつかささん手伝ってあげて!」
「うん、分かったよー」
元気よく答えてすぐさま駆けていく。
ひかげちゃんがコマネズミのように一生懸命走り回る様子は
なんだか見ていてくすぐったくて、微笑ましい。

「むっふっふー。やひとくーん、リアルろりーは犯罪だよー?」
「な、なにいってんのさこなたさん!」
ボンヤリとひかげちゃんの姿を目で追っていた俺に声をかけるこなたさん。
その顔にはからかうような笑みが浮かんでいる。

「んー、ロリっ子美少女に懐いてもらえるのは
 ギャルゲ勝ち組の条件だけどねー。
 まあバレない程度に自重汁って感じ?」
「だから……!」
別にひかげちゃんはそんなんじゃ……。
その言葉は口から吐き出されることなく霧散する
といっても深い心情的な意味なんかじゃなく、
物理的に遮られたからだけど。

「こらそこ二人っ! サボってんな!」
「わ、わわわ、崩れるよーっ!
 助けてー、こなちゃーん、やひとくーん!」
「みなさん、時間がありません! 急ぎましょう!」
「おおっと、やひとくんからかってる場合じゃないや」
「最初からそうだよ!」
かがみさんもようやく本腰を入れてくれるようで、
なんとか開会に間に合わせるために全員一丸となってスパートをかける。

「テープ、テープ」
「つかさ、そこは貼っちゃ駄目よ!」
「あ、そっか。お姉ちゃん、ありがと」
「口を動かす前に手を動かす! みゆき、時間は!?」
「あと……、30秒! 間に合いますか!?」
「それだけあれば上等!」
「わたしもおkおk~!」
「こっちもいけそうだよ!」
「え? え? えっと、えっと……!」
「つかささんはわたしがフォロー!」
「ナイス、ひかげちゃん!」
「nice loli!」
「あんたネタやる余裕があるなら!」
「手は動かしてるよん!
 かがみこそツッコむ余裕を作業に!」
「お前に言われんでもわかっとるわ!!!」
「みなさん、残り5秒です!」
みゆきさんの時報に続いて、非日常ゆえのテンションの高さか
自然にカウントダウンを口ずさんでしまう俺たち。

『4…、3…、2…、1…!』

そして、開会を告げる花火が上がった。

 

目を覚ますと、そこはベッドの上。
日付は転校当日だ。
「さっきのは、夢……?
 それとも時間の繰り返し……?」
この“今日”が何度もループしていることはなんとなく分かる。
けれども、あれが夢か繰り返しかははっきりとはわからない。
おぼろげに残った光景も、少しづつぼやけていく。
だがそのボンヤリとした景色の中でも一つだけ
はっきりとした何かが残っていた。

「何となく……、違和感が……」

そう、これまでの“それ”と何かが違う。
何が違うかまではまだ分からないけれど。
“それ”が何かの前触れなんじゃないかと、
そんなことを、ふと思った。


『宮河ひなたのあんらき☆しすた』

「はい、今日も始まりましたあんらき☆しすた
 司会の宮河ひなたです」

「ゲストの桜庭ひかるだ。よろしく頼むぞ」

「何か足りないぞ、と思ったそこのあなた!
 もうあなたも立派なあんらき☆しすたー!
 今日はなんともう一人の司会のひかげちゃんが……!
 続きは番組のあとで!」

「それでいいのか? ……いいなら本題に入るが。
 今日のテーマは……」

『朝食と餌付け』

「んー、変わったテーマですねー」
「うむ。ピンポイント過ぎるほどに個人指向な情報番組を自負しているからな」
「答えになっていない気もしますが~
 まあ気にせずに番組を勧めていきましょう
 まずは朝食についての解説をお願いします~」

「栄養学的に見ても、朝食というのはやはり食事の中でも重要な位置を占めている
 抜いてしまうと集中力の欠如や情緒不安定な状態を招くのは周知の通りだ」
「やっぱり朝ご飯を食べないと、力が出ないですしねぇ」
「時間がないという方も、咀嚼という行為自体に脳を活性化させる効果があるので
 最悪クッキーのような菓子でもかまわないから口に入れた方がいい」
「でもそれは、食べないよりはマシ、という程度ですので
 時間に余裕があるのなら、当然きちんと栄養のあるものを食べた方がいいですねー」

「ではもう一つのお題・餌付けについてだが、これは読んで字の如く、だな」
「食べ物を与えることで野生動物などを懐かせること、ですね」
「まあ一般的に使われる意味においては間違ってはいないな。
 ちなみに餌付けという行為は実際は生態系などに気を遣い細心の注意を払って行うべきことで~~」
「あー長くなりそうなので今日はこの辺で。あんらき☆しすた、また来週ー」

テレビからはいつものアニメではなく、妙な情報番組が流れていた。
「つい見入っちゃったけど、……これほんとに情報番組なのか?」
いったい誰のニーズに合わせていると言うんだろうか、全く分からない。
しかしそんなことを取り留めなく考えていたのがまずかった。
我に返って時計を見るとすでにいつもの登校時刻になっていた。
そして、いつものといえば。
「やひと、起きてるの!?
 早くしないと遅刻するわよっ!」
当然のように階下から掛かる声にももう驚かない。
「わかってるよ! もう準備できてるから!」
慌てず騒がず余裕……、はないけど、
急げばまだまだ間に合う時間だ。

心持ち急ぎ気味に服を着替え、身支度を済ませて階段を下りると。
「ほら、朝ごはん! 食べながら行きなさい!」
そこにはサンドイッチを構えた母親の姿があった。
(……はてな?)
なんとなく落ち着かない、不思議な感覚。
それは繰り返し記憶のないことによるものだけではなく、謎の番組との奇妙な符号にも起因する。
『あんらき☆しすたはピンポイント過ぎるほどに個人指向な情報番組を目指していますから~』
時空を超えた電波を受信した気がしたのは、この際捨てて置くことにした。


奥歯に何か挟まったような違和感を抱きながらの登校。
掛け違えたボタン、というよりは、乗り違えた路線で。
引っかかっていた何かはあっさりと結実し状況を変化させていた。
「うう……」
道に見たこともない女の子がうずくまっている。
……ほんと、最近こういうの多いなぁ。
こなたさんに言わせれば萌えのニュータイプといったところか。
うん、嫌すぎる。

しかしいくら拒否しようとも出会ってしまった現実を変えることは難しい。
かといってうずくまった女の子を無視してしまうのも寝覚めが悪い。
さてどうしようか、と考えているとタイミングよく声が聞こえてきた。
「うう……、おなか空いたよう……
 死んじゃうよう……」
病状確認終了、空腹把握。
妙な病気よりはマシかな、といくらか気を楽にして話しかける。
「あの、よかったらこれ、食べる?」
「……誰!」
唐突に掛けられた声にバネ仕掛けのオモチャのように飛びすさって距離を取る女の子。
「えっと、通りすがりの学生、としか言いようがないんだけど」
そこまで警戒しなくともと少しだけ凹みつつも、ここで引いたら逆に不審者だと自分を鼓舞してさらに切り込んでいく。

「知らない人にご飯とかっ」
一瞬の反抗の後、空気をひねるような音、そして沈黙。
反感よりも先に小気味良さを感じさせる凛とした反発に惚れ惚れする暇もなく、
くぐもったようなお腹の音が響き女の子は一瞬にして真っ赤になってしまった。

「あー……」
偶然の産物による沈黙に感謝と当惑を交えたため息を交えつつ相手の反応を伺う。
「……っ、ううーっ……」
もう消えてしまいたい、とでも言い出しそうなほどに赤く染まった顔を見て
少しだけその音に反応してしまったことを後悔するが、
あそこまではっきり聞こえてしまったものを聞こえなかったふりというのも不自然で。
「俺、そこまでお腹空いてないし」
もう気にせずにそのまま餌付け続行を決める。
いやどうこうするつもりなんてのはありませんがね?
「……」
それじゃ食べる、と食いついてくる様子はないけれど
ちらりちらりとサンドイッチを盗み見てるあたりかなり心が傾いているようだ。
ただ最初に取った態度が邪魔をしてるせいで素直になれないんだろう。
というわけで、一計を案じることにした。

「じゃあ、ここに置いておくよ」
名付けて、人の目がなければ食べてくれるだろう作戦。
「どうしても食べたくなかったら捨てていいから」
そして念には念を入れて食べ物捨てたらもったいないお化け作戦も同時発動。
「っ! 駄目だよ! 食べ物粗末にしちゃ!」
思った通りに食いついてくる女の子。
それでも食欲よりもまず倫理面を気にしてくる女の子に好感。

「だったら君が食べてくれる?」
「……」
こちらの攻撃に、さっきよりいくらか長い逡巡。
多分、もう一押し。
「遅刻しそうだし、邪魔だから」
ちなみにこれは本当。ここからじゃ本気で走らなきゃ間に合わない。
そこでサンドイッチを持っていれば大変なことになるだろう。
具体的には具とパンの泣き別れとか。
そうなると特に卵サンドなんかはちょっと洒落にならない凄惨さを呈することになるわけで。

「……わかった」
そんな考えを知ってか知らずか、長い躊躇のあと、ようやく納得してくれたようで、女の子はおずおずと手を差し出した。
まるで餌付けだなぁ、と朝の番組を思い出しつつその手にサンドイッチを渡してあげる。
「……」
「それじゃ、ね」
一声を掛けたあとのこと。
そのまま走り去るのがかっこいいんだろうけど、何となく振り返った。
「……」
恥じるような、困ったような、そんな顔をしながら立ちつくす女の子。
「あ、……ありがとう」
風に乗って、そんな声が聞こえた気がした。


「ん? ごきげんだねぇ、やひとくん」
何とか遅刻を回避して教室でこなたさんと顔を合わせた途端掛けられた台詞がこれ。
そんな空耳一つでそこまで機嫌がよくなるというのもどうなんだろう。
全く男というのは単純だ。
「気味悪いくらい明るいわね、どうしたの?」
このさいかがみさんの暴言はスルー。
わざわざせっかくのいい気分に水を差すこともない。
「まあね、いいことするのは気分がいいなぁ」
「だよねー。いいことしたら、すごくいいことしたなーって気持ちになるよね」
「「……」」
「……まあ、気にしないであげて」
「???」
つかささん、不思議そうな顔が不思議です。