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「ハァイ○○!
元気してますか~?」
昼休み、学校の自販機でメロンソーダを買おうとしていると、後ろからパトリシアさんが声をかけて来た。
「や、パトリシアさん。相変わらず元気だね…」
「ン~? ○○何だか元気ないネ? どうかしたデスカ?」
「う~ん…、勉強疲れが出てるのかな…。毎日毎日こうだと流石に疲れたかも…」
肩に手を当て首を回すと、『ゴキゴキゴキッ』と信じられない音をたてた。
「凄い音ネ…。○○大丈夫~?」
「うん…、今のはちょっとビックリしたけど…」
○○達はちょうど受験期真っ直中。○○に限らず、こなたやかがみ達も勉強漬けになっていた。
「勉強ばかりじゃダメ! たまにはリフレッシュも必要デスヨ!」
「そうだね。…だけど皆勉強に集中してる大切な時期だから、なかなか遊びに行けないよ」
そう言うと、パトリシアさんは少し考えるそぶりをすると、閃いた様に言った。
-
「だったらワタシと遊びに行きましょう! 一緒にリフレッシュするネ!」
良い事を思い付いた子供のように、パトリシアさんは満面の笑みを浮かべている。
「え? でも、二人で?」
「そうですヨ! …○○はワタシと二人だけじゃ、楽しく無いデスカ…?」
「ううん、そんな事ないよ。じゃあ明日土曜に遊びに行こうか?」
「ハイッ! 一緒にエンジョイしましょう!」
自販機からジュースを取り出し、パトリシアさんと別れて教室に戻った。
(明日はパトリシアさんと遊びに行くのか…。久々に肩の力を抜いて遊ぼうかな。…楽しみだな…)
「○○くん何ニヤニヤしてんの?」
いつの間にか、こなたさんとつかささんが俺の顔を覗き込んでいた。
「え? そんなにニヤニヤしてた?」
「うん、ヤバいくらいね。道で見掛けたら間違なく通報してる」
「俺に何か恨みでも?」
「あはは…、こなちゃんちょっと言い過ぎだよ~。でも○○くんとっても嬉しそうだったよ? 何かあったの?」
「うん、明日パトリシアさんと遊びに行く事になってさ。久々の息抜きだから楽しみなんだ」
-
「…………」
「? どうしたの?」
「…二人で遊びに行くの?」
「今のところはそうだね」
「…そう…、楽しんで来てね」
そうこなたさんが言うと、二人は教室から出て行ってしまった。
「…?」
「♪フフフ~ンフ~ン♪」
「パティ随分楽しそうね? 何か良いネタでもあった?」
「ハイ! 明日○○とデートの約束シマシタ!」
瞬間、ひよりのメガネにヒビが入り、みなみは目の色が暗く落ちていき、ゆたかは笑顔で箸を逆手に持ち変える。が、目は笑っていない。
「…ゆたか…、今はまだダメ…」
「みなみちゃん…。そうだね、人目があるもんね」
4人の間に流れる空気が凍り付いている。それでもパティは気にした様子もなく、明日の事を考えて浮かれていた。
-
土曜の朝9時過ぎ。
駅前には、街灯に寄り掛かりながらパトリシアさんを待つ○○の姿があった。
(早過ぎたかな…。約束が朝10時だからな…)
そんな事を考えながら携帯を見る。約束の時間までの間を考えて
軽く溜め息を吐くと、こちらに駆け寄って来る足音が聞こえた。
「ゴメンなさい! 遅くなったネ!」
息を切らしながらパトリシアさんがやってきた。
「○○ゴメンなさいネ…。遅れちゃいマシタ…」
「いや、大丈夫だよ。ってか約束の時間は10時だからさ」
「ソウデシタカ? ○○がもう居たから遅れたかと思いマシタ」
「うん、何だか楽しみでさ。自然と早く来ちゃったんだよ」
そう言うと、心なしかパトリシアさんの頬が赤く染まる。
「本当ですか!? ウレシイデス!」
満面の笑みを湛えてパトリシアさんが嬉しそうに言う。
「でも流石に早過ぎたね。どこもお店開いてないよ」
「そうですネ。○○朝ご飯は食べたデスカ? ワタシサンドイッチ作ってキマシタ!」
「本当? 朝早かったから食べなかったんだよね。食べても良いの?」
「もちろんデス! ○○の為に作ってきたんですヨ!」
-
そう言いながらパトリシアさんは手に持っていたバスケットを俺に渡してきた。
手頃な場所に座り、バスケットを開けて見ると、定番の三角サンドイッチにロールサンド、
ホットサンドにホットドッグと、様々なサンドが入っている。
「凄いね、これ! どれも美味しそうだよ」
「好きなものを好きなだけ食べてクダサイネ!」
向日葵の様な笑顔を向け、パトリシアさんは三角サンドイッチを渡してくれた。
「ありがとう、じゃあ、いただきます!」
一口頬張ると、程よくマスタードがきいていて、レタスとハムがパンと絡み、正にサンドイッチの王道といった味だった。
「美味しいよ! 味付けが完璧だね!」
「本当デスカ!? 良かったデス…」
「パトリシアさん料理上手なんだね。この味付けはシンプルだけど、見事だよ」
「そんなに褒めないでクダサイ…。何だか…、恥ずかしいデスヨ…」
褒められて照れているのか、手を合わせてモジモジしながら呟く。
(…これ俺の為に作ってくれたんだよな…)
そう考えながらパトリシアさんを見る。頬を赤らめて俯いているパトリシアさんの横顔がとても可愛く見えた。
-
――――ドキッ――――
○○は自分の鼓動が大きく高鳴るのを感じた。
(…何か胸が急にドキドキしてきた…。もしかして…、いや、やっぱり俺…パトリシアさんの事…)
桜藤祭以後、○○はパティの事をなにかと考える様になっていた。
「…ン? ワタシの顔に何か付いてますカ?」
「い、いや! 何でもないよ」
「そうですカ…?」
「そ、そう言えばパトリシアさんは食べないの?」
「エ? ワタシは大丈夫ですよ! 全部○○が食べても…」
グゥ~…
パトリシアさんの顔がみるみる赤くなる。
「今の…、お腹の…?」
「~~っ! 何でお腹が鳴っちゃうデスカ~! もぅ…恥ずかしくて死にそうネ…」
「そんなに気にしなくても…。朝ご飯は食べなかったの?」
「乙女の準備には時間が掛かるんですヨ~! それに…、それを作ってたら時間が無くなったネ…」
「そっか…。そうだよね、これだけ作るのは大変だもんね」
バスケットの中一杯に入っているサンドイッチを見る。
「じゃあこうすれば良いよ。はい、パトリシアさん」
そう言いながら、○○はサンドイッチを一つ取り出し、パトリシアの口へ運ぶ。
-
「はい、あ~ん」
「エ? エエェェェ!?」
○○にとっては何気ない行為だったのだが、予想していなかっただけに、パティは目を見開いて驚いた。その反面、心の底から喜んでいた。
(こんなに簡単に理想のシチュエーションが叶うなんて、幸せデス!)
二人でお弁当を食べる。しかも手作りのそれを二人で分け合うというのは、シチュエーションとしては欠かせないとパティは考えていた。
「じゃ、じゃあ食べさせて下さいネ? …ア~ン…」
「うん、あ~ん」
「…ウ~ン! 美味しいデス!」
「パトリシアさんが作ったからね」
「ノンノンノン! 違いますヨ~! ○○がア~ンしてくれたからデスヨ!」
「グッ…、ゴホッゴホッ!」
「だ、大丈夫デスカ?」
突然むせだした○○に慌ててポットの紅茶を入れる。
「だ…、大丈夫だよ…」
「モウ! 落ち着いて食べるネ!」
(まったく…、○○子供みたいヨ…)
むせながら笑顔を作る○○を、パティは微笑ましく見ていた。
-
(いつから…?
いつから○○がワタシの中にいたんデスカ…?)
自分の中にいる○○に問い掛けるが、答えは返ってこない。
(桜藤祭の時から…? あの時から、アナタはずっとワタシの心の中にいるんデスネ…)
記憶がフラッシュバックする。劇の代役を任された○○、不安ながらも一生懸命頑張っている○○、
自分達の即売会の為に一緒に悩んでくれた○○…。
それらのシーンを思い返して、胸の奥が切なく、熱くなる。
だが、同時にどうしようもない哀しさが押し寄せる。
(…もうすぐしたら、○○も卒業してしまいマス…)
(それに…、ワタシもアメリカへ帰らないとイケマセン…)
パティは留学生である。当然、いつかはアメリカへ帰る事になっている。
(アメリカに帰ったら、きっと○○もワタシの事は忘れてしまうネ…)
(…だから…、最後かも知れない想い出を…、ワタシにクダサイ…)
受験が本格的に近付くと、もう○○とは簡単に遊べなくなる。
そう考えると、○○との想い出作りの最後のチャンスかも知れないと、パティは思った。
「パトリシアさん?」
突然声を掛けられ、はじかれたように顔を上げる。
-
「ハ、ハイッ!?
どうかしましたカ?」
「…いや、何でもないよ。それより、ごちそうさま! とっても美味しかったよ!」
「全部食べてくれたんですカ!? ウレシイデス!」
満面の笑顔で○○からバスケットを受け取る。
(今日はずっと笑顔でイキマス! ○○との最後の想い出は笑顔で作りたいカラネ!)
パトリシアさんからのお弁当を食べ時計を見ると、10時を既に回っていた。
「あ、10時過ぎてたのか。もうそろそろお店も開きだすだろうし、行こうか?」
「ハイッ! イ~ッパイ楽しみましょうネ!」
大輪の花のような笑顔で、「はぐれない様にデス!」と言い、ギュッと手を握ってきた。
「まずはどこに行きますカ?」
「う~ん…、パトリシアさんと一緒なら、やっぱり『あそこ』かな?」
やがて二人はとあるビルの前にきた。
「流石○○! 分かってますネ!」
「う~ん、ここでそんなに喜んでくれるのか…」
二人が来たのは、秋葉原にある「とら○あな」1号店である。
-
「ホラホラ! 早く行きマスヨ!
タイムイズマネーデス!」
「わ、分かってるって。だからそんなに引っ張らないでくれ!」
手を引かれるがままに、パトリシアさんに付き添う。
商業誌、同人誌、CDなどを見て回るパトリシアさんは、本当に楽しそうな笑顔をしていた。
(正直…、よく分かんないんだけど…。まぁ喜んでくれているし、良いか)
(それに、パトリシアさんの手って、軟らかくて暖いな…)
しばらくパティの好きにさせながら、○○はパティとの二人だけの時間を楽しんだ。
夕方。
お昼を過ぎても、「とらの○な」を出なかった為、何も食べないまま駅前へ戻って来た。
-
「う~ん!
今日は沢山遊んだな~。流石にお腹も空いたけど」
「…………」
「ん? どうしたの? パトリシアさん」
「○○ゴメンナサイ…」
「…え?」
「今日はずっとワタシだけ楽しんで…、○○は楽しくなかったんじゃないデスカ…?」
「そんな事ないよ。『と○のあな』もあんまり行った事無かったから、新鮮で楽しかったし」
「何よりパトリシアさんと一緒にいろいろ盛り上がったじゃない? あれがとても楽しかったよ」
(何しろ自分の好きなアニメや絵描きの本を見つける度に、目を輝かせてたからな…)
(あれは見ていて飽きないよ)
○○は「○らのあな」での事を思い返しながら言う。
だが、パトリシアさんの表情はまだ暗いままだ。
不思議に思い、声を掛けようとすると、パトリシアさんの目から涙が溢れていた。
(ワタシのバカ! バカバカバカ!)
(何で今日くらいちょっと見るだけで我慢出来なかったデスカ!)
(やりたい事やお話したい事がイッパイあったのに…)
-
パティは軽く「とらのあ○」を見て回ってから、
お昼にはどこかでご飯を食べながら、楽しくお話しようと思っていた。
だが、今日に限って探していた本やCDなどが次々と目に入り、結局片っ端から物色してしまったのだ。
(最後の想い出がこんなのなんて…、最低ネ…)
そう思うと、自分が許せなくて涙が出てきてしまった。
慌てた様子で、○○が声を掛けてくる。
「ど、どうしたの? 何かあった?」
「…ウッ…ヒック……」
「な、何か欲しかったのが無かったとか? だったら他の店に探しに…」
「違うネ…。そんなんじゃアリマセン…」
「クヤシインデス…。せっかく○○と遊びにきたのに…。ずっと『あそこ』にいた自分が情けないんデス…」
「もっとお話とかタクサンしたかったのに…」
「ゴメンナサイ…、○○…、ゴメン…ナ、サ…」
謝っている間に、パティは泣き出してしまった。
顔を俯かせ泣いていると、フワリと頭を撫でる感じがした。
顔を上げると、○○が困ったような笑顔をして、パティの頭を撫でていた。
-
「泣かないで。俺はとっても楽しかったよ?」
「それに、お話するだけじゃ見えない、パトリシアさんの顔を沢山見れたから」
「それだけで、俺は嬉しかったんだよ」
優しい笑顔でそう言った○○は、愛しさを込めながらパティの頭を撫で続けた。
「だから…泣かないで。パトリシアさんが泣くと、俺まで悲しくなっちゃうよ」
優しく頭を撫でられ、パティはついに限界になってしまった。
「ウッ…、ウワァァァン!」
○○に抱き付き声を上げて泣き出した。
自分でも止められない想いが、次から次へと溢れ出てきてしまう。
我慢が出来ず一人で楽しんでしまった事の後悔。
やりたい事が沢山あったのに、自分のせいで出来なかった事の情けなさ。
近い将来アメリカへ帰る事の寂しさ。
何より、○○に対する誰にも負けない強い想い…。
それらが混ざり合い、パティの心の容量を越えてしまったのだ。
-
自分の胸で泣きじゃくるパトリシアさんを見つめ、○○は自問自答する。
(俺は一体何をしていたんだ?)
(パトリシアさんは、こんなに俺の事を考えてくれてるのに…)
(ただ見てるだけで、何も自分からしようとしなかった)
(お弁当もパトリシアさんが作ってくれたけど、俺はご飯くらい適当に済ませれば良いって思ってた)
(『とら○あな』も喜んでくれはしたけど、積極的に何かをしようとしていなかった)
(それじゃあ一緒に居るなんて言わない。それはそこに『在る』だけじゃないか!)
(誰かと一緒に居るってそうゆう事か?)
(――――違うだろうが!)
-
暫く泣いていると、パティは自分を暖い感触が包んでいる事に気付く。
「…○○…?」
彼の名前を呟くと、○○はより強く、だけど優しい力でパティを抱き締める。
「ゴメンね…、パトリシアさん…」
「何で○○が謝るデスカ? …ワタシが悪い…」
「そんな事ないよ!」
遮るように○○が声を上げる。
「そんな事ないっ…! だって、俺は何もしなかったんだよ! ご飯もどこかで食べれば良いとしか考えてなかった」
「『と○の○な』に行っても、俺はただ見てるだけだった!」
「俺がもっとちゃんとしてれば…、パトリシアさんはこんなに悲しまなかった」
「だから…、俺が悪いんだ…。ゴメンよ…パトリシアさん…」
パティは溢てくるものを止める事が出来なかった。
だが、今溢れているものは、先程までのものとは違う。
嬉しい涙が止まらなかった。
○○を愛しい気持ちが止まらなかった。
そして何より、こんなに自分に優しくしてくれる○○の気持ちが嬉しかった。
(やっぱりワタシの大好きな○○ネ…、とってもとっても…、素敵な人…)
-
手をゆっくり○○の背中に回す。
「○○…、聞いて欲しい事がアリマス…」
「覚えていますか…?桜藤祭の時…、○○は一生懸命ワタシ達の為に頑張ってくれました…」
「それに…、代役を演じ切った○○は…とてもカッコ良かったネ…」
「あの時、ワタシ…○○に大切な事を言った気がするヨ…」
「けど、それは夢の中のような気がするネ…」
「だから…、今ここでもう一度言いマス…」
「…○○…、……I LOVE YOU……」
時間のループがあったせいか、告白した事自体は覚えているが、それが夢のようにぼやけた記憶になっているようだ。
「パトリシアさん…」
○○が答えを告げようとすると、パトリシアさんは腕の中で首を振る。
「ダメネ…。答えは聞きたくないヨ…」
「…どうして…?」
「これから○○は受験で忙しくなるネ…。それに…、いつかはワタシはアメリカへ帰るんデス…」
「…だから…、○○とは想い出のままでサヨナラした方が…」
-
ギュ~ッ!
突然○○はパティの鼻を摘み上げる。
「イ、イタイイタイイタイ! イキナリ何をするんデスカ!?」
「パトリシアさんがバカだからだよ」
「バ、バカって何ですカ!? ワタシは○○の邪魔になりたくないから…」
「好きな人が邪魔な訳ないじゃないか」
「ソウデスヨ! 好きだから邪魔に…。…エ? 好き…?」
キョトンとするパトリシアさんを優しく見つめる。
「答え聞いちゃったね? 何度でも言うよ。俺はパトリシアさんが好きだ」
「……ダ、ダメデス……。聞いたら…、我慢出来なくなっちゃいマスヨ…」
「しなくて良いんだよ。それに、好きな人と会えなかったり、話が出来なかったら受験どころじゃないさ」
「デモ…、ワタシはアメリカに…」
「迎えに行くよ。いつか、必ず」
『○○の邪魔になってはいけない』
パティなりの考えで押さえていた感情が、○○の言葉一つ一つで解き放たれる。
「○○…っ!」
泣きそうになるのを堪え、○○の胸に顔を埋める。
-
「イインデスカ?
ワタシ…、我慢しませんヨ…?」
「もちろん。俺も我慢しないからね。会いたくなったら会うし、愛しくなったら、こんな事もするよ」
そう言いながら、○○はパティの顔を上げさせて唇を奪う。
「ぅん…っ! …ん…」
一瞬驚いたようで、身体を硬直させるが、すぐに○○に身を任せる。
「んっ…チュッ……はぁ…」
「……まさかいきなりシテくるとは思いませんデシタ……」
「俺も自分がこんなに大胆だとは知らなかったよ」
幸せそうな笑みを浮かべながら、○○の胸の中へと顔を埋める。
「…いつか…、迎えに来てクダサイネ…」
「ああ、もちろん」
「受験が終わるまでは、時々で良いから会ってクダサイ…」
「俺は毎日がいいけど…」
そう言うと、パトリシアさんはキッと顔を上げる。
「ダメデスヨ! ちゃんと勉強してクダサイ! アニメを見るのも忘れたらダメネ!」
そう言いながら人差し指を○○の鼻へ突き付ける。
「あと、会えないからって、浮気は許しませんヨ! …ホントにイヤデスヨ…?」
「もちろんしないよ。…俺を信じて」
「ハイ…、信じマス…」
-
「…それと、一つだけイイですか?」
「パティ…って呼んで下さい…。でないと、イヤです…」
「あの時…、夢では呼んでくれましたヨ…?」
(夢…? ループした時の事かな…)
「うん。…愛してるよ、パティ…」
「…ワタシもデス…。いつでも…、いつまでも…、愛してマス…」
良い雰囲気のなか、再び顔を近付けようとすると、周りからざわめき声が聞こえた。
ふと周りを見渡すと、部活帰りの学生や、買い物途中の主婦などが一斉にこっちを見ていた。
-
一瞬にして頭が沸騰する。
突然のパティの涙。
パティからの告白。
それらが相俟って今置かれている状況を忘れていたが、今ここは夕方の駅前だった。
パティを見ると、同じく失念していたようで、顔を真っ赤にしてこっちを見ている。
「ど、どどどど、どうしまショウ~!?」
「とりあえず…、逃げよう! パティ!」
パティの手を取り一目散に逃げ出す。
周りからは『愛の逃避行だ!』『お幸せに!』などと聞こえてくる。
「○○! 何だか今が今日一番楽しいネ!」
「それは同意せざるを得ないな! 恐ろしく恥ずかしいけど!」
手を取り合い二人は駆けて行く。その顔にはもう迷いはない。
パティは、好きな人と一緒にいて良い理由を知った。
○○は、好きな人と一緒にいる事の意味を知った。
二人の想いは、もはや迷う事は無い。
「○○~!」
離れていても伝わる言葉。
離れ離れになる二人が、愛を確かめ合う一つの言葉。
パティは枯れる事のない思いを、笑顔と言葉に乗せて高らかと告げた。
「大好きデスヨ!」
FIN
おまけ
腹拵えを済ませた5人は、パティと○○が動いたのを見て、慎重に後をつける。
(…手握ってる…)
(パトリシアさんいぃなぁ~)
(…ネタになりそうな…。でも書きたくないような…)
(羨ましいなぁ…。…みなみちゃん高枝切り鋏で切っちゃダメ)
(…どっから出したッスか?)
そうこうしている内に着いたのが、秋葉原の「とら○あな」一号店だった。
途端に、約二名の目が光る。
(先輩…)
(うむ…、一時任務中止だ)
(どうしたの? こなちゃん)
(つかさ…。世の中には譲ってはならない時があるんだよ…)
(それが…、今なんッスよ!)
言うが早いか、二人は一号店の中に飛び込んで行った。
- (ふぇ~…。大事な用事かなぁ…?)
(…欲に負けただけに見えますが…)
本来の目的である二人を探していると、ゆたかが声を上げた。
(あ~! こんなとこにカフェがありますよ!)
(ホントだ~、尾行して疲れたし、寄って行こうか?)
(はいっ)
(…そうですね…)
それから暫くして…。
「しまった! もう閉店だよ!」
「ホントッスか!? 夢中になり過ぎた…」
「二人は?」
「…さすがにもう…」
「うぅ~…、撒かれてしまったか…。やるなパティ」
「どちらかと言うと、物欲ってかオタク欲に負けたような…」
「だって、ホントに欲しいものがあったら悔しいじゃん?」
「気持ちは分かるッスけどね…」
一号店から出ると、隣りの本店からつかさ達が出てきた。
- 「つかさ?
何してたの?」「カフェでずっとおしゃべりしてたよ~。スイーツも美味しかった~」
スパンッ!
「いかほどっ!」
「まったく…、ちゃんと尾行してよね!」
「泉先輩…、ワタシ達も同罪では…?」
「二人共見失っちゃったね…」
「…残念…」
のたうち回るつかさを尻目に、ゆたかとみなみは溜め息を吐く。
「仕方ない…。今日は帰ろうか…」
「月曜に○○先輩を問詰めるッスか?」
「そんな事しないよ。だけど、次の土曜の○○くんを予約しとくつもり」
「あ、私も予約する~!」
「先輩達は勉強するッス!」
「そうだよお姉ちゃん! ○○先輩は私が預かるからね!」
「…いくらゆたかでも…、それは阻止する…。…全力で…っ!」
一触即発の空気の中、一人、また一人と夜の街へと帰っていった。
後日、5人から一斉にアプローチを受け、5人が血で血を洗う抗争に勃発したのは、また別のお話。
FIN