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西日が、少し眩しくなってきた。
 帰りの電車を待っているはずが、もう5本ほど見送っている。
 あと少し、ほんの少しだけ一緒にいたい。そう思いながら、ずるずると時間が過ぎていく。

 まことに告白された。それを聞いて、やまとは泣きじゃくることしかできなかった。
 なにに泣いていたのかは、自分でもよくわからない。
 ただ、嬉しさや興奮より、ほっとしたような気持ちが強かったように思う。

 言葉もなく、ただ並んで座っている。ふと、まことの視線を感じた。

「…なぁに?」
「え」
「さっきから、こっち見てるから」
「ああ。別になにってことでもないんだけど」
「本当に?」
「ん。まあ、やまとはもう俺の彼女なんだなってしみじみ思ってた」
「なっ」

まただ。こうやってこちらばかりが動揺するのも、もう何度目かわからなかった。
 多少恥ずかしい台詞も、まことはしれっと呟く。それで、話す相手はすっかり丸め込まれてしまう。
 さっきまでいた喫茶店でも、顔色を変えていたのはずっとこちらだった。

 泣き止むまで待たせることになっても、まことはそこでずっと手を握ってくれていた。

「でも、急になにかが変わるわけでもないのかな」
「そんなの、当たり前じゃない」
「これから、ってことか。まあ、そういうものかもね」
「…なによ。自分ばっかり落ち着いちゃって」
「ん?」
「私ばっかりオドオドして、馬鹿みたい。こういうときって、もっと話しづらいものじゃないのかな。普通」
「そう言われても、俺はずっと思ってたことを言葉にしただけだから」
「だからっ、そんなことを平然と言わないでよ!」
「なんで?だめ?」
「あなたが当たり前みたく言うことが、ひとには恥ずかしいこともあるんだからね?少しは自覚してよ」
「あぁ、似たようなことこの間も言われた」
「…誰に?」

「こなたさん。でも、だからって性格を変えるわけにもいかないしなぁ」
「別に変えなくてもいいよ。けど…」

 ほんの少しだけ、しこりのように不安がある。
 まことは、自分を可愛いと言ってくれる。ただそれは、彼にとってごく当たり前のことなのだ。
 他の女の子にも、きっと同じことを言っている。気が付くと、胸のあたりに小さなわだかまりがあった。

 自分は、とてもいやなことを考えている。ただの妬きもちとも言えるし、大袈裟に言えばまことを信じていないのだ。

「…私だけドキドキさせられるのは、やっぱりずるい」
「俺がドキドキしてないって?」
「だって、そう見えるから」
「そんなことないよ。俺だって」

 まことが手を繋いできた。右腕から心臓に、小さくなにか走った。

「こういうときは、ドキドキする」
「…ん」
「わかった?」
「…うん。わかった…と思う」
「そっか」
まことが微笑むと、やまともようやく安心できた。今日という日は、ずっと動揺し続けていたようなものだ。
 手を繋いで、一緒にいる。いまは、ただそれを感じていればいい。

「そういえば、俺、卒業したら独り暮らしはじめるから」
「え?でも、まこと君の大学って…」
「まあ、下宿するほどの距離じゃないね。実は、引っ越すときに親と約束してたんだ。
それなりの大学に受かったら家を出てもいいって。しかも家賃は親もち」
「ずいぶん甘いのね」
「一人っ子だしね。それに、これから受験って時期の引っ越しだったから、親も色々気にしてくれてさ。
就職するまでは甘えておこうかなー、と」
「…いいな。私も独り暮らししてみたい」
「遊びに来なよ。お茶くらいしか出せないけど」
「お茶って言うけど、家事とかできるの?全然想像できない」
「俺はからっきしだよ。でも、やまとがしてくれるんでしょ?」
「…それは冗談?」
「どうだか」

 そのうち、冗談でなくなるのかもしれない。
 いまはまだ、なにもわからない。わからないことが、嬉しくもある。

 ホームに、無機質なアナウンスが響いた。まことが、大きく息をつく。


「そろそろ行こうか、やまと」
「…うん」

 手を繋いだまま、まことだけが立ち上がった。しかし、この電車に乗るのはやまとだ。
 離れたくない。駄々をこねるような気持ちを察したのか、まことは困ったように笑みを浮かべた。

「大丈夫だよ。いつでも、会いたいときに会えばいいんだから」
「…そうだね」
「まあ、これまでも似たようなものだったけど。ほら、立って。電車くるよ?」

 強く腕を引かれ、立ち上がる。男の人の力だった。
 正確に電車は停まり、ドアが開く。
 流されるように、やまとは車両に乗り上げた。まことが、繋いでいた手を離す。

「ねえ、まこと君。これからは」
「ん?」
「…これからは」

 そこから、うまく言葉にできない。
 いつも一緒にいたい。自分だけを見てほしい。甘えてみたい。困らせるくらい、好きでいたい。
 そういうことを、すべてまとめて伝えたかった。

 言葉では言えない。それでも、伝える方法はある。いまの自分には、それができる。
 聞き飽きたメロディ。もうすぐ、ドアが閉まる。


まことの方へ倒れこみ、そのまま口付けをした。
 立ち尽くすまことを押して、少し勢いよく離れる。なにも言わない。ドアが空気を遮り、景色が動き出す。
 姿が見えなくなっても、やまとはまことのいた方向を見つめ続けた。

 唇には、もうなにも残っていない。それでも、どこか満足だった。
 自分のはじめてのキスで、まことにはなにか残ったのか。
 
 これからは、好きだという気持ちをいくらでも注いでいい。そう思うだけで、胸がいっぱいになった。
 小さな不安など、すでにどこかへ飛んでいる。
 帰ったら枕を抱いて、ベッドで転げまわる。そんな自分を想像しながら、やまとはゆっくりと右手を握り締めた。