「うまくいったかな…」
屋上に一人立ち尽くしている私は空を見上げながら呟いた。
昼休みが終わって帰ってくる二人の様子を見ればおそらくすぐにわかるだろう。
だから昼休みが終わるぎりぎりまでここにいるつもりだった。
結果を知るのが怖かったから…
私が二人の想いに気付いたのは桜藤祭の準備期間だった。
最初にわかったのはお姉ちゃんの方。
お姉ちゃんが男の子の話をするのは珍しいのに、お姉ちゃんとの会話で誠君の名前が出てくることが多かった。
少し注意深く見ると、お姉ちゃんが誠君のことが好きなんだなってことが分かった。
多分、周りにはばれないように気をつけてるんだろうなってことも…
誠君の想いに気付いたのはもう少し後…
道具係で一緒に仕事をする機会が多かった私と誠君は、話をする時間も多かった。
その中で少しづつお姉ちゃんのことを誠君が話題にすることが多くなってきた。
二人の想いに気付いた時、私は一つの決断を迫られた。
それは私にとって選択の余地のない辛い決断だった。
-
てっきり桜藤祭が終わったら、二人が付き合うと思っていた私は、未だまったくその気配がないのに拍子抜けした。
その一方で、ホッとしている自分がいるのも確かだった。
しかし、しばらくするとそうも言ってられなくなってきた。
お姉ちゃんが目に見えて元気がなくなってきたからだ。
「お姉ちゃん、最近無理してない?」
そんな私の問いかけにもお姉ちゃんは、苦しそうに言い訳をするだけだった。
お姉ちゃんは自分の想いをこのまま隠し続けようとしてるんだ…
このままじゃお姉ちゃんがダメになってしまう。
私は以前から考えていた一つの計画を実行することにした。
ふと考えると、ただ私もこの現状に耐えられなくなっただけなのかもしれない。
お互いがお互いに気を遣って、変化を恐れて…
立ち止っているのはみんな同じ。お姉ちゃんも、誠君も、そして私も…
計画のための第一歩。まず誠君に星桜の樹で会う約束を取り付ける。
授業が終わった後、やっと終わったという様子で伸びをしている誠君に話しかけた。
「誠君。明日ちょっと相談したいことがあるんだけどいいかな」
「いいよ?何?明日じゃなきゃダメなの?」
「うん。ごめんね」
「いや、大丈夫だよ」
-
そのときの誠君の表情を私は忘れられないだろう。
視線が一瞬の間、少しだけ私の顔からずれ、私の肩越し、つまり教室のドアの方に移動した。
そしてほとんどわからないくらいの短い時間だけ、嬉しそうに笑った。私には見せたことのない微笑みだった。
私も誠君に気付かれないようにごく自然に体の向きをかえ、誠君が見ていた方向を見た。
そこにはお姉ちゃんが立っていた…
ちくりと胸を刺すような痛みが走った。
「うん、ありがとう。じゃああとでメールするね」
お姉ちゃんに聞こえるか聞こえないか、ぎりぎりの音量で言った。
お姉ちゃんが聞いたらどういう風に思うか、双子の妹だからこそ、手に取るようにわかっていた。
それをわかっていながら…いや、それをわかっていたからこそ私はわざと聞こえるように言ったのかもしれない。
誠君が想いを寄せる人に対して、意地悪をしたくて…
このままじゃ、ダメになっちゃうのは私の方だ…
その夜、相談、という名目で、次の日の約束を取り付けた後、部屋を出ていく私の背中に向けてお姉ちゃんは言った。
「つかさがそうだったなんて、私、気付かなかったな。がんばってね」
私も…いっそのこと何も知らなければよかった。
そうして何も知らないままこの想いを貫けたらどんなに良かっただろう。
たとえその思いが届かなくても、隠す必要がなかったら…
「そんなんじゃないよ、お姉ちゃん」
その言葉は空疎に響いた。
お姉ちゃんに言ったんじゃなくて、自分に言い聞かせているのかもしれなかった。
-
そして今日、いよいよ約束の昼休みが来たとき、私はすぐに教室を出てこの屋上に来ていた。
お姉ちゃんに一言だけメールを打つ。
お姉ちゃんならこれですべてを察するだろう。
私がお姉ちゃんの想いに気付いていたことも、私がどういう目的でお姉ちゃんと、誠君を星桜の樹に呼び出したかも。
それでも一つだけ気付かないことがあるだろうな。
私の想い…それだけは絶対に気付かない。
それでいいと思った。そうでなければいけなかった。
昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
3年生の教室の階まで来て、私の足がすくんだ。
お姉ちゃんと、誠君…
それを見た瞬間、すべてを理解した。
二人が一緒に階段を上ってきたことは私の計画が完璧に成功したことを示していた。
まともに二人を見ることができなかった。
向こうも私に気付いたようだった。お姉ちゃんが照れくさそうにしているのが分かった。
一瞬だけお姉ちゃんから顔をそらして、なんとか笑顔を作った。
「お姉ちゃん、おめでとう」
本音ではあった。お姉ちゃんの想いが叶ったことを祝福する気持ち。
こうなることを望んで、計画を立てたのだから、当然それが遂げられた喜びと祝福の気持ちはあった。
それなのにどうして泣きたくなるんだろう。
自分の中でどうしようもない黒い感情が湧きあがってくるのを感じる。
嫉妬…妬み…悲しみ…
お姉ちゃんに対して、私こんな感情を抱いたことはなかったのに。
どうしよう…お姉ちゃんの顔がまともに見れない。
どんな顔をしていいか分からなかった。
「つかさ、あの~…ありがとね」
お姉ちゃんは照れながら言った。その顔は、恥ずかしさで真っ赤になりながらも、とてもうれしそうだった。
その顔を見た瞬間、その言葉を聞いた瞬間心の中に光がさしたようだった。
よかった…ほんとによかった…
素直にそう思える自分がいた。大好きなお姉ちゃんと、誠君が幸せそうに笑っているのを見て、本当によかったと思えた。
-
「お姉ちゃん、おめでとう!」
今度は何も後ろ暗いことはなかった。迷いもためらいもなく胸を張ってそう言えた。
誠君の方を見る。誠君もお姉ちゃんと同じ顔をしていた。嬉しさと恥ずかしさが半々で同居している顔。
それを見てちょっとだけ切なくなった。
遠ざかっていく誠君の後ろ姿と私の想いに私は小さく手を振った。
「バイバイ」
誰にも聞こえないくらい小さな私のつぶやきは授業の始まりを告げるチャイムの音に溶けていった。
最終更新:2009年01月13日 00:44