「ねぇ、まだ覚えてる?」
学園祭も中盤に差し掛かったころたまたま通りがかりに八坂さんにそう声をかけられた。
「永森さんのこと?」
八坂さんが俺にその質問をしてくるとしたらそれ以外には考えられなかった。
永森やまと…その名前の人物が今では本当に実在したのか、おぼろげな記憶になっていた。
いや、実在しないはずはない。実際まだ記憶もしっかりとしている。
時間をかければ転校してからこの桜藤祭当日までを何回もループしいろいろな体験をしたことも思い出せる。
ただ時間がたつにすれだんだんとその細かい部分や順序があいまいになってきているのも事実だった。
「今日が終われば、すべての記憶は消える…か」
「そうなれば先輩、やまとのことも忘れちゃうのかな」
そんなことはない、そう言いたかった。
でも、こうしてる間にもみんなと過ごした山ほどの思い出は失われつつある。
そしてあのときの永森さんの言葉を信じれば、最終的にはループをしていたことも永森さんのことも忘れてしまうはずだった。
「せっかくやまとと会えたのに、私、そのことも忘れちゃうのかな」
「でも、永森さんは同化されていただけだから、会おうと思えば会えるんじゃないかな?」
「私もそう思って電話やメールをしてみてるんだけど通じないんだよね」
あの時永森さんから聞いた言葉は、一年生のみんなや八坂さんには伝えておいた。
時間のループの記憶があるもの同士、知っておく権利があると思ったからだ。
まあその記憶も今日中には消えてしまうのだけど…
「大丈夫、きっとまた会えるよ」
根拠はなかった…でも、なぜかほとんど確信をもってそう思っていた。
そう、きっとまた会える…
八坂さんと二人並んで窓の外を見る。
晴れ渡った空の下、今日という日を祝福するように星桜の樹が咲き誇っていた。
翌日
「早く起きなさーい、遅刻するわよ~」
「ふぁ~い」
眠い目をこすりながら居心地の良いベッドからのそのそと這い出る。
昨日は桜藤祭がなんとか無事に終わった後、片付けをしなくちゃいけなかったから相当体に疲労がたまっている。
まったく学園祭の次の日ぐらい休みにしてくれたっていいよな。
まあそんな愚痴を言ったところで仕方がない。
制服に着替えて外に出る。
通学途中、ぼーっと桜藤祭のことを考えていた。
転校してからすぐに巻き込まれたからか何かものすごくいろいろなことがあったような気がする。
しかし、それが何?…と問われると具体的に何があったのかは思い出せない。
すごく多くのことを体験したはずなのにいざそれを思い浮かべようとすると当たり前の桜藤祭の準備をしていたことしか思い出せない。
じゃあ…と、とりあえずこの数日間で仲良くなった友達について思い出そうと思った。
これはすらすらと出てくる。
こなたさん、つかささん、かがみさん、みゆきさん、日下部さん、峰岸さん、八坂さん、小早川さん、岩崎さん、パティさん、田村さん…
うん、ちゃんと思い出せる。
あれ?…なにか違和感を覚える。
確かもう一人いなかったっけ?…
もう一度思い出してみる。やっぱりこれで全員だよな…
それでも何かが引っかかる…
「いたっ!」
「あ、ご、ごめんなさい!」
ボーっと考え事をしていると曲がり角から歩いてきた人とぶつかってしまった。
なんてベタなシチュエーションなんだ…
こなたさんがここにいたらまたフラグがどうとか言い出しそうだ。
「あれ?」
その人の顔を見たとき確かに前に会ったことがある…と思った。
デジャビュってやつか?
「あの…前に会ったことあります?」
「いえ、私は昨日引っ越してきたから、多分人違いだと思います」
「そっか」
人違いか…というか昨日からすごく大切なことを忘れてってる気がする。
大丈夫か?俺の頭…
「でも…」
ん?
「私も、前にあなたと会ったことがある気がします」
やっぱり…
「あなたは陵桜学園の学生さんですか」
「うん、そうだよ」
「私、今日から陵桜学園に転校してきたんです、よろしくお願いします」
「そうなんだ。こちらこそよろしくね」
また会えた。
「あ、自己紹介がまだでしたよね。私の名前は…」
俺は知ってる。君の名前は…
『永森やまと』
終