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 まゆみが生まれてから一週間が経った。けれど、どうもゆたかの体力が戻らないらしい。
 本来ならば、そろそろ退院できるはずだったが、ゆたかはまだ入院している。
 ゆたかは体が弱いから、通常より体力の戻りが遅いのかもしれない。
 一方のまゆみはというと、看護師や医師の人たちからよく可愛がられている。
 これも名前の恩恵なのだろうか?

「ゆたか、体の調子はどう?」
「まだ、良くならないみたい。……ごめんね、家のこと全部任せちゃって」
「何言ってるんだよ、いつもゆたかに任せっきりだっただろ? だから、こんな時くらい俺ががんばらないとな」
「ありがとう、まー君」
「気にしなくていいよ。だから、今はちゃんと体力を戻さないと」
「うん、そうだね。……それで、今日は学校どうだった?」
「試験の返却をしたんだけど、委員長たちの試験結果が良くてね」
「それじゃあ、約束通りまゆみの写真を見せてあげたんだ?」
「うん、そしたら、あいつら何て言ったと思う? 凄く可愛いじゃないですか、先生に似ないといいですね、だぞ。ひどいよな」
「こなたお姉ちゃんや、日下部先輩と同じ感想だね」
「まったく、みんな俺の扱いが酷くない?」
「きっと、まー君はからかいやすいんだよ」
「……だから、あんなに冷かされたりしたのか」
「色々な意味で、それも才能だと思うよ」
「うーん、喜び難い才能だな」
 二人で苦笑いをする。
 このいじられ体質は、まゆみに遺伝してないといいのだけれど……。

 出産から三週間が経った。ゆたかは未だに体力が戻らない。むしろ、弱っているようにも思える。
 けれど、それは俺の勘違いであってほしい――。
「まー君? どうかしたの?」
「え? あぁ……、何でもないよ」
「ごめんね、こんなに長引くと、色々なこと考えちゃうよね……」
「……」
 表情が曇るゆたか。この場合の色々とは、良い意味ではないことがわかる。
 言葉を返すことができないということは、俺も同じようなことを考えているからだろうか……。
 それはだめだ、ゆたかの不安を煽ることになってしまう。
「まー君……、もし、私が――」
「ゆたか」
「え? な、何?」
「うまくいかないときは、ネガティブに考えやすいものだけど、そんな時は、逆にポジティブに考える方が、うまくいくもんだよ」
「え……」
「ほ、ほら、俺が受験期の時、成績が上がらなくて落ち込んでたのを、ゆたかに励まされて、奮起してがんばって合格しただろ? あれと同じだよ」
「……」
 反応が無い、この励ましでは効果なんてないほど、ゆたかは不安なのか。
「そう……だよね」
「ゆたか?」
「辛い時こそ、がんばらないとだめだよね」
 良かった、俺の気持ちが伝わったようだ。
「その通りだよ!」
「うん、私がんばるね」
 落ち込むのは、ゆたかには似合わない。元気が出て本当に良かった。

 出産から四週間、ゆたかは弱っているのが見てわかるほど、衰弱してきていた。
 みゆきさんも、様々な文献を調べてくれているけれど、効果は大して無かった。
 日に日に弱っていくゆたかを見るのは辛い。けれど、そんな辛さは、本人のそれとは比べ物にならないだろう。
 だから、使える時間は、全てゆたかの傍にいる。少しでも、ゆたかの不安を和らげられるように……。

「あれ、みゆきさん。こんにちわ」
 ゆたかの病室に向かう途中、みゆきさんに出会った。
「あっ、まことさん。こんにちわ。……その、申し訳ありません。私の力が足りないばかりに、ゆたかさんを苦しめてしまって……」
 謝るみゆきさん。けれど、みゆきさんは自分の限界以上に、ゆたかを助けてくれている。
 それなのに、自分のせいだなんて……。
「そんなことないよ、みゆきさん」
「ですが、私が優れた医師であったなら……、あの時、強引にでも優秀な方にまかせていたならば、このようなことにはならなかったはずです」
「……それは違うよ。みゆきさん以外だったら、中絶を勧めてると思う。でも、みゆきさんは、ゆたかの意志を尊重してくれた」
 中絶は、ゆたかに一生の傷を作ってしまう。そのことを、しっかりと考えた上で、みゆきさんは決意してくれた。
 難しいことはわかっているのに、ゆたかの意志を理解してくれた。
「だから、感謝してるよ。どんな結果になったとしても……」
「ま、まことさん……、すみ……ません」
 みゆきさんは、泣いている。
「……みゆきさん、医者がそんな顔してたら、患者が不安になっちゃうよ。だから、涙を拭かないと」
 感謝の気持ちを込めて、俺はみゆきさんにハンカチを差し出す。
「ありがとうございます。……すみません、お恥ずかしいところを見せてしまいましたね」
 やっとみゆきさんが笑った。まあ、苦笑いではあるけれど。恐らく、励ましにはなったはずだ。
「気にしないでいいよ、誰だって不安になるんだから」
 だからこそ、俺は不安に負けてはいけない。ゆたかを支えるために。


 出産から五週間、ゆたかは満足に動けなくなるほど、衰弱している……。
 俺にできることは、ゆたかを励まし、傍にいることだけだった。

「まー君、ありがとう」
「ゆたか、急にどうしたんだ?」
「言える内に、言っておかないとって思って」
「ゆたか……、その冗談笑えないぞ」
「ううん、冗談じゃ……ないよ」
「……ゆたか?」
「自分の体だから、わかるんだ。もう長くはないんだって」
「……」
 言葉が出ない、何か言わなければと思うのだけれど、一言も出てこない。
 俺は、言葉を失ったかのように黙り込んでしまう。
「ずっと……、私を支えてきてくれたよね。不安な時も、落ち込んだ時も、楽しい時も、ずっと一緒にいてくれたよね」
「……」
「本当は、まー君とまゆみと、もっと一緒にいたかったんだけど……」
「……」
「でも、幸せだったよ。まー君はどうだったかわからないけど、私は幸せだったよ」
「……俺も、幸せだったよ」
 ようやく出た言葉は、ゆたかの運命を受け入れた言葉だった。
「よかった」
「……言っただろ? 俺もずっとゆたかに支えられてたって。だから、……ありがとう、ゆたか」
「うん……」
「盆には、ちゃんと帰って来てくれよ。迷わないように、迎え火を焚くからさ」
「絶対に帰るよ。まー君とまゆみにも会いたいし」
「そうだな、俺に霊感でもあれば良かったんだけど」
「確かに、霊感があったら、ちゃんと会えるのにね」
 二人で笑い合う。些細な時間ですら、惜しい……。

「ゆたか」
「まー君?」
 ゆたかに優しく、口付ける。今までの思いを込めて……。
「世界で一番愛してるよ、ゆたか」
「うん、私も世界で一番、まー君とまゆみを愛してる」



 ――翌日
「今まで、ずっと幸せをくれて、ありがとう」
 そう俺に伝えて、ゆたかは旅立った……。