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 ――今日はゆたかの誕生日だ。
 同僚たちに冷かされながらも、早めに帰ってきた俺は、誕生日だからとゆたかを外食に誘った。
 行き先は、今や立派なコックになった、つかささんの勤めるレストランだ。
 ゆたかは以前から、つかささんの考案した料理を、食べてみたいと言っていた。

「つかさお姉ちゃんの料理、楽しみだね」
「そうだね」
 ゆたかは、つかささんの事を、つかさお姉ちゃんと呼んでいる。
 気がついたら、そう呼んでいたそうだ。信頼している証拠だろう。
 つかささんは、お姉ちゃんと呼ばれると、照れくさげに、けれど、嬉しそうに微笑む。

 予約した席に着き、料理を待つ。
 しばし、ゆたかと雑談をしていると、つかささんが料理を運んでくるのが見えた。
 つかささんは俺の顔を見ると、意味ありげに微笑む。何だか嫌な予感がする……。
「お待たせしました、ゆっくりしていってねー。それと……」
「それと?」
「まこと君、がんばってね!」
「えっ」
 つかささんは、時に鋭い。
 ガッツポーズを作り、エールを送ってくれるつかささんを見ながら、俺は今さらそんなことを考えていた。
 つかささんが去った後、ゆたかが不思議そうに俺を見る。
「お兄ちゃん、何をがんばるの?」
「え!? それは……、来年度から教諭だね、おめでとう、がんばってね。の略だと思うよ! たぶん」
 我ながら苦しい。
「そうなんだ、つかさお姉ちゃんも、応援してるんだね」
「そ、そうだね、がんばらないと! ……じゃあ、料理を食べよっか。早くしないと、冷めちゃうよ」
「うん、そうだね」
 ゆたかは気付いてないようだ、助かった……。
 できれば、計画通りに進めたい。

「今日はありがとう、お兄ちゃん。料理、美味しかったよ」
 頬を少し染め、嬉しそうな笑顔を、こちらに向けるゆたか。
 純粋に喜び、心から笑ってくれるところは、初めて会った頃と変わらない。

 レストランを後にし、帰路につく。そして、途中にある公園で、少し休憩することにした。
 この公園は、小さくやや寂しい雰囲気だけれど、不思議と冷たい印象はない。むしろ、暖かい印象を受ける。
 製作者が色々と配慮した、純粋な優しさを感じるのだ。だからか、近隣の人達に愛されているらしい。
 俺が、この場所を選んだのは、この公園のイメージに、ゆたかに近いものを感じたからなのかもしれない。

「えっと……、ゆたか、渡したいものがあるんだ」
「え?」
 婚約指輪を手渡す。急にプロポーズじゃ、驚かせてしまうだろうから、先に指輪を渡して、何の話を切り出すのか気付いてもらうのだ。

「あ……、ありがとう、お兄ちゃん。プレゼント、大事にするね」
 顔を赤らめ、ゆたかは嬉しそうに微笑む。
「へ?」
 失念していた、ゆたかは、ちょっとうっかりさんだということを……。
 婚約指輪を、誕生日プレゼントと受け取られてしまった。どうやら、ストレートに言った方が良かったようだ。
 不測の事態に、頭の中が真っ白になる。

「ゆたか、ちょっと待って! 受け取るのは、俺の話を聞いて、よく考えてからにしてほしいんだ」
「え……?」
 話を切り出せたのはいいけれど、不測の事態により、どう伝えるつもりだったかが抜け落ちてしまった。
 ……これは、考えてきた台詞ではなくて、ありのままの感情を言葉にしろということなのか?
 アドリブに強い人なんて、そうはいないだろうに……。
 こうなったら、段取りなんて関係ない。

「その……、俺たち付き合い始めてから、八年だよな」
「……うん」
「時間がかかったけど、ようやく伝えられる」
「……何を?」

 俺はゆたかの目を見つめる。
 ゆたかも俺の目を見つめる。

「俺が……、ゆたかを愛してるってこと。この気持ちは、世界中の誰にも負けない自信がある。もちろん、ゆいさんにもね」
「……」
「だから……、結婚しよう」
「……」

 先に視線を外したのは、ゆたかだった。何かに耐えるように俯いている。
「ゆたか?」
「……いの?」
「え?」
「私で、……いいの? きっと……、お兄ちゃんを、不幸にしちゃうよ……?」
 表情は見えない。けれど、声が震えている。
 ゆたかは、ずっと体が弱いことを気にしていた。そのことが、ゆたかを不安にさせている……。
 俺は、ゆたかを優しく抱きしめた。

「そんなことないよ。この八年間、不幸だなんて感じたことは、一度もない。むしろ、ゆたかと一緒にいられることが、すごく幸せなんだ……」
「……お兄ちゃん……」
「だからさ、体が弱いから、なんて理由じゃ、俺の気持ちを動かす事なんてできないよ」
 その時、ゆたかの感情が零れ落ちた。
「……ご、ごめん……ね。泣かないように、がんばった……んだけ、ど……」
「泣きたい時は、泣いた方がいいよ。何かに耐えるって事は、どこかに負担をかけるって事だから」
「……でも、強くなって、お兄ちゃん……を、支えて……あげたくて。わ、私……支えてもらって……ばかりだし」
「何言ってるんだよ。俺、いっつもゆたかに支えてもらってるんだぞ?」
「え……?」
「それに、俺だけじゃない、ゆたかは色々な人を支えてるんだ」
「……ホントに……?」
「岩崎さんが言ってたよ、ゆたかはいるだけで人を明るくできる、本当に優しい人だって」
「え……」
「俺もさ、ゆたかの純粋な優しさに、ずっと支えられてきたんだ……」
「……」
 ゆたかは何も答えない。けれど、俺を抱きしめて、泣いていた。
 俺は、ゆたかが安心できるよう、抱きしめる腕に優しさを込める。

「ごめんね、お兄ちゃん。いきなり泣いちゃって」
「もう大丈夫?」
「うん、落ち着いたよ」
「そっか、良かった。……えっと、それでさ、その……答えは?」
「……えと、もう一度言ってくれたら、答えるよ……。ワガママかな?」
 照れくさげに、お願いをしてくるゆたか。
 まいったな……。そんな顔されたら、断れないじゃないか。
「……仕方ないな。……俺は、ゆたかを世界で一番愛してる。だから、結婚しよう」
「うん……。私も……、お兄ちゃんを愛してる。世界で……一番」
「待たせてごめんな、ゆたか」
「ずっと……待ってたよ、お兄ちゃん」
 大切な事を忘れていた。少し、惜しい気もするけど、仕方のないことだ。
「ゆたか、お兄ちゃん禁止。もう、彼氏彼女の関係じゃなくなるんだから」
「え? ええ?」
 目を点にするゆたか。そこまで驚く事だろうか?
「ええと、うんと、その、それじゃあ……、まー君で」
「!?」
 今度は俺が、目を点にする。きっと顔が真っ赤だろう。
 ……ってゆたかも真っ赤じゃないか。
 お互いの顔を見て、お互い笑い合った。恥ずかしいのは、お互い様だ。

「それじゃ、改めてよろしく、ゆたか」
「うん、よろしくね、まー君」
 手を繋ぎ合い、歩き出す。
 クリスマスは、二人で結婚指輪を探しに行こう……。
 そんな事を考えながら、夜空を見上げる。今夜は雲一つなく、月が綺麗だ。
 まるで、月も俺たちを、祝福してくれているかのようだった。