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大学を無事卒業し、俺は陵桜に帰ってきた。こんなに早く帰ってこれるとは思ってなかったけれど、黒井先生の助力のお蔭で一応は採用が決まったのだ。
そして、四月。俺は教壇に立つ。

「初めまして、俺は伊藤まことです。今年度から、非常勤で現国を担当することになりました。まだ色々と至らないことも多いとは思いますが、よろしくお願いします」


「それで、初めての授業はどうだったの?」
電話越しからでも、ゆたかの心配が伝わってくる。
以前、桜藤祭の演劇の本番前日に不安だ、自信がないなどと言って、情けないところを見せてしまったからだろうか。けれど、今回は桜藤祭の時より自信がある。何より、いつまでも情けないままではいられない。
少し先の事を考えたら、情けないままではゆたかを不安にさせてしまうかもしれないのだから。

「俺としては上々だったと思うよ。学生の間に、塾の講師のバイトをしてたんだ。全然ダメだったってことはないんだけど……」
「ないんだけど?」
「黒井先生には、腰やのーて生徒との間の壁を低くせなあかん、もちっと親しみやすくはできなかったんか? って言われちゃったよ」
黒井先生は、授業を見ていてくれたわけではない。授業の後で、担任をしているクラスの生徒に、色々と話を聞いてくれたのだ。聞いた話によると、授業は良かったけど、話し方が若干堅苦しいとのこと。以後気を付けなければ。
「黒井先生らしいね。でも、生徒との距離はゆっくり縮めていけばいいんじゃないかな? まだ始まったばかりなんだから」
「そうだね、焦らずにがんばるよ。ところで、そっちはどう?」
「こっちは順調だよー。栄養バランスを考えてるから、体調も崩れてないし」
ゆたかは、栄養学を学んで、ちゃんと自分に適した食事をとれば、体が弱いのも改善できるはずだと考え、栄養学部へと進学した。今のところ、その考えがうまくいき、体調が大きく崩れる事は少なくなった。実は、この事にはつかささんが大きく関わっている。
 ゆたかが進学した大学というのは、美味しいだけじゃなく、健康にも気を利かした料理のできる調理師になりたいと言って、栄養学部に進学したつかささんと同じ大学だったのだ。そこで、ゆたかが入学した時に、先輩であるつかささんが一緒に色々考えてくれたらしい。
それからして、どことなく性格が似ている二人は、傍目から見ると姉妹かと思うほど仲がよくなった。ゆたかはよくつかささんの話題をしていたし、一緒にいる時も多かった。
つかささんは四人姉妹の末っ子だ。だから、妹が欲しいと思ったことが何度かあるんじゃないだろうか? 俺はゆたかの話を聞いて、そう思った。
ちなみに、現在つかささんは地元に戻り、有名なレストランのコック見習いとしてがんばっている。これからが一番大変なのだろうけれど、つかささんならきっと大丈夫だと思う。どんな事に対しても、直向きな人だから──。
「お兄ちゃん?」
「あ、ごめん。少し考え事してた」
「もー、ちゃんと話を聞いてた?」
「話はちゃんと聞いてたよ。体調がいいなら、俺も一安心だ」
「うん、私は大丈夫。心配しなくても、大丈夫だよ。だから、今は自分のことに集中してね」
「分かってる、ゆたかに心配かけさせられないしね」
「う、うん、でも……、その……」
「どうしたの?何か心配事?」
「心配事じゃないんだけど、えと……、寂しくなったら電話しても、いい?」
「当たり前だろ、寂しくなくても電話してきていいよ」
「それじゃいつもと変わらないよ。早く教諭になりたいって言ってたでしょ。だから、邪魔したくないんだ」
「……そうだね、ありがとう。俺がんばるよ!」

……そう、俺は早く教諭になるのだ。教諭になれば収入が安定する。そうなれば、何の不安もなく、俺の気持ちを伝えることができる。結果はどうなるかわからない、けれど、このまま立ち止まっているよりはいいはずだ。