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「えっ、うそっ、集合って1時じゃないんですか?」
「俺は、2時って聞いたけど」
「…そうだったかもしれない」
「八坂さんにしては早いと思ったら、そういうことね」
「そんなぁ。走って損した」
「まあ、結果オーライじゃない?1時集合のつもりなら、15分遅刻だけど」
「…むむ」
「結局、いつも通りってことか」
「…それを言わないでください。てゆーか、先輩もずいぶん早く来たんですね」
「いまひとつ土地勘がないからさ。遅れたら嫌だからって、余裕持ちすぎちゃったよ」
「なるへそ。でも主賓なんだから、ちょっとくらい遅れてもそれはそれでアリですよ?」

主賓、などと言われると、やはり照れる。
まことにとって、彼女らがこんな風に祝ってくれるなど、考えもしないことだった。

合否が発表されたのは、ほんの二日前だ。
駄目だろう、という気持ちが大きかったが、結果としては受かっていた。
あれでどうして、と思うほどに感触が悪く、自己採点などもする気が起きなかったほどだが、結果は結果だった。

親の次に合格を報せたのは、やまとにだった。
もっとも助けられたのは誰か、と考えたとき、教師よりも先に、彼女の顔が浮かんできた。
限度はあるが、勉強なら自分でも出来る。やまとから貰った安心のようなものは、ひとりでは作れないものだ。

そのやまとの口から、漏れ伝わったのだろう。次の日には、すでに祝賀会が企画されていた。
こうが中心になり、その後輩たちも来るらしい。当然のように、やまとも参加するようだった。

「でも、いきなり呼び出しちゃってすいません」
「大丈夫だよ。ちょっとびっくりしたけど、祝ってくれるのはすごい嬉しいし」
「さっすが先輩、話がわかるっ。やまとなんか、こうが騒ぎたいだけでしょ?とか言うんですよ?」
「八坂さんの場合、それも合ってるんじゃない?」
「そんなこと、ほんのちょっとしかありませんよ」
「あるんじゃん。さすが、永森さんはよく見抜いてるんだね」
「まあ、短い付き合いじゃないからねっ」

こうの口調は、敬語と砕けたものとが混ざっていた。
本人は時々気にしているようだが、別段気に障ることはない。仲が良ければ、タメ口など当然なのだ。

「でも、そんなに仲がいいなら、なんで高校に入ってから会わなかったの?」
「え?なんのこと?」
「桜藤祭まで、一度も会わなかったんでしょ?喧嘩でもしてたの?」
「別に、一度もってわけじゃないですよ。桜藤祭の前にはブランクあったけど、
1年のときはけっこう遊んでたし。星桜の前で、写真も撮ったんですよ」
「え。ああ、そうなんだ」
「そうなんです」

おかしい、と思った。高校に上がってからは一度も。やまとは、確かにそう言った。
聞き間違い、ということはないだろう。なら、やまとの勘違いなのか。そんな勘違いが、ありうるのか。
曖昧な記憶。それは、自分の中にもあった。文化祭に関わるほとんどの情報が、頭から抜け落ちている。
クラスの友人、そしてやまとなども、ちょうどその辺りが怪しいようだ。

受験は終わったのだから、今度はそういうものに向き合うべきなのかもしれない。
「ねえ、八坂さん」
「はい」
「ちょっと、避けてた話題なんだけど」
「なんすか?シリアスモードっすか?」
「桜藤祭のことでさ」
「…なるほど」
「どうして、誰も憶えてないんだろう」
「私の周りじゃ、忙しすぎたから、ってことで落ち着いてますけど」
「それだって、限度があるでしょ」
「まあ、不自然なのは確かだけど。私なんか、あんまり気にしないようにしてますね。
大して困らないし。あ、でも、会計の報告が人によってちぐはぐだったのは効いたなぁ」
「ちぐはぐ?」
「もう、思い出すのも億劫ですよ。ステージが崩れた、なんて妄言吐く人もいたし」
「ひどいな。誰がやったと思ってるんだか」
「あのステージ、先輩が組んだんですか?」
「…違うけど。でも、重要なところに関わった気がする」
「…そう言われれば、私も」
「ちょっと、深く思い出してみようかな。いままでは、考えるのも避けてたし」
「いま、ですか?」
「うん。ちょっと、ひとりで考えてみていい?」
「まあ、お好きにどうぞ。私、コンビニ行ってきますんで」
 こうの言葉が終わらないうちに、まことは眼をつむった。
胸がざわつく。しばらくすると、ぼんやりとしたイメージが、いくつも湧いてくる。
しかし、形になるものは少ない。ステージ。花火。それがどうしたのか。よくわからない。

思い出そうとすると、こんな調子だった。そのうちに、怖くなってやめてしまう。
今日は、それを越えてみるつもりだった。

ひとつ、大きなイメージにぶつかった。桜の樹。自分が、寝ている。そこに、女の子が近づいていく。
顔ははっきりしないが、女の子だということは、なぜかわかる。
下を向き、はにかんでいる。それが誰かを考えたとき、不意にざわつきが大きくなった。
思い出したくない。違う。なにかに、妨げられている。
負けるな。もう少しで、手が届く。思い出せ。あれは、大事な人のはずだ。
優しい。やわらかい。そして、温かい。そう、あれは。

あと一歩。そう思ったとき、声が降ってきた。
10分ほど、経っているようだった。うたた寝から覚めたような感じする。実際に、船を漕いでいたのかもしれない。

「…えーっと、まこと先輩?」
「マコト、Are you O.K.?」
「…田村さん。あ、パティも」
「ひょっとして、寝てました?」
「起きてた…と思う」
「Sorrry,マコト。先に来てるとは、思わなかったデス」
「けっこう、早めに出たんスけど」
「ふたりとも、一緒に来たの?」
「はい。すぐに、やまとさんも来ますよ。電車が同じだったもんで」
「そっか。…ってか、自分らって面識あったんだ?」
「やまとさんと、ですか?実は、それなりにあるんスよ」
「一緒にEventやったカラネ」
「こーちゃん先輩に呼ばれて、アニ研にも遊びに来てましたよ」
「そっかそっか。でも、なんですぐ来ないんだろ」
「あれッスよ。鏡を見てるんです」
「…直前で、わざわざ?」
「女のコには、色々あるデスヨ?」
「ふうん」
「あ、でも、来たみたいッスね」
「…ほんとだ」

まっすぐ、こちらに向かってくる。なぜか、あまりこちらを見ようとしない。
やまとに会うのは、ずいぶん久しぶりだ。
妙に緊張している自分に、まことは気付いた。すでに、やまとから目が離せなくなっている。

かわいい格好してるな。もう、そんなに寒くないからね。最初に、なにを言おうか。
思いつかないうちに、やまとは目の前に立っていた。

「…久しぶりだね、まこと君」
「うん。久しぶり。えっと…お変わりなく?」
「なにそれ、変なの。親戚の集まりみたいよ?」

笑った。かわいいな、と言いそうになったのを、ぎりぎりで抑えた。
「まこと君こそ、お変わりなく?」
「変だったさ。ずっと、会いたかったんだ。昨日は一日中、キミのことばかり考えていた。もう、離さないよ」
「こっ、こう?いたの?やめてよっ、後ろからいきなり。びっくりするじゃないっ」
「八坂さん。今のは、誰の真似?」
「もち、まこと先輩の。ねえねえ、似てた?似てた?ときめいた?」
「全っ然」
「判定きびしいね、やまとは。でも、似てたよねぇ、ひよりん?」
「…いや、というかですね」
「コウが、Appointmentを守るナンテ!」
「失礼ッスけど、今日は遅刻してないんですね…」
「わ、私だって、たまにはこういう日もあるのだよっ」
「こうのことだから、間違って1時間ぐらい早く来ちゃったんでしょ?」
「…あれ?あれれ?先輩、やまとにばらした?」
「俺は言ってないけど、バレバレみたいね」
「…こーちゃん先輩。結局、そういう落ちッスか」
「カンドーして損しまシタ…」
「むうっ、ふたりして私をそんな眼でっ」

みんな、笑っていた。開放的な雰囲気が、身に沁みるようだった。
今日は、思い切り楽しもう。そう、素直に思えた。

全員が、歩き出す。やまとと話そうとしたが、先にこうにつかまった。
「せんぱぁい」
「え、なに?」
「やまとに絡もうとしたでしょ」
「…そうだけど」
「あの子、どうですか?先輩的にも、満更じゃないんでしょ?」
「まんざら、って…。そりゃ、かわいいけど」
「かわいいだけですか?」
「どういう意味」
「好きかどうかって、聞いてるんです」

こうの声の色が、不意に変わった。
小さいが、こちらにだけはしっかり聞かせようとしている。表情にも、緩みがなかった

「やまとに、恋してます?」
「嫌いじゃないけど」
「誤魔化さないでください。こっちは真剣に訊いてるんです」
「…どちらかといえば、好きだよ」
「ひっぱたきますよ?」
「説明くらいさせてよ」
「はあ」
「永森さんのことは、好きだよ。なんというか、その」
「女の子として?」
「そう。そういう意味で、好きになってると思う」
「思う、ってなにさ。はっきりしなよ」
「だからっ」
「だから?」
「…ブレーキがかかるんだよ」

こうの語調に反撥するように、こちらの言葉も粗くなる。あまり、止めようとは思わなかった。
「心から本気で好きになろうとすると、歯止めがかかるんだ」
「…自制するほどのケダモノでも、飼ってんの?」
「そんなのがいるなら、いっそ解き放ってやりたいね。俺自身、永森さんのことはかなり意識してるよ。
だけど誰かに、好きになるな、って言われてる気がして、そこから踏み出せないんだ」
「そんなことを言う人が、先輩にはいるわけだ」
「いないよ、そんなの。自分でも、よくわからないんだ」
「出た出た。やまとに初めて逢ったときも、そんなことのたわってましたよね」
「そういう言い方するなって。本当のことなんだから」
「…ふうん」

本当のことを言って、なぜそんな皮肉めいたことを返されるのか。
本気で苛立ちそうになる自分を、まことはどうにか飲み込んだ。

なぜ、好きになりきれないのか。どこで、引っかかっているのか。
先ほどのイメージが、また浮かんできた。桜の樹と、女の人。やはり、それなのか。
「まあ、信じます。先輩は嘘つけない人ですからね。でもって、先輩」
「まだ、なんかあんの?」
「いま私と話して、イラッとしましたか?」
「正直、ちょっと」
「私はね、先輩。やまとが大事なんです。いまさら言うのも、照れますけど」
「…それで?」
「わかってはいるんです。自分が口出すことじゃない、って。でも、どうしても黙ってられない」
「…悪かったねぇ、はっきりしない男で」
「違います。要するに、ただのお節介なんです。
部長なんかやってるうちに、こうなっちゃったんです。で、それを治そうとも思ってません」
「つまり、どういうこと?」
「これからもちょくちょく口出ししますんで、よろしくってことです」
「…もう、好きにしてよ」
「いいんですか?」
「だって、やめろっつってもやるんでしょ?」
「…先輩」
「んー?」
「先輩があんまり怒らなくて、嬉しいです。
やまとのこと、ちゃんと見てあげてください。私、先輩ならいいかなって思えます」
「…勝手だなぁ」
「そうですね。だけど」
「わかったよ。でも、もう少し考えさせてくれないかな」
「それは、先輩の勝手です。だから、私も勝手にします」
「…なるほどね」
「よっしゃっ」
 こうが、急に声を張った。前を歩く3人が、弾かれたようにこちらを向く。

「What!?」
「せせ、先輩?なにごとッスか?」
「パティ、ひよりんっ。今日は飛ばすよっ」
「ちょっと、こう。まこと君のお祝いだって、忘れてない?」

たしなめるやまとに、こうは何事か囁いている。
なにを言われたのか、やまとはやや緊張した顔でこちらに寄ってきた。

「なぁに?まこと君」
「え?」
「こうが、まこと君から話があるって」

あいつめ、と、まことは胸の中で呟いた。でまかせを伝えて、話す機会を作ったつもりらしい。
なんとも癪だったが、だからといってやまとを追い返す気にもなれない。

苛立ちの名残なのか、妙に気分が昂揚している。
こんな気分に任せて喋ってみるのも、たまにはいいかもしれない。
ふと、まことの中に悪戯っぽい考えがよぎった。
「あのさ」
「うん」
「今日から永森さんのこと、やまとって呼んでもいい?」

慌てると思ったが、やまとはしばらく茫然としていた。
それから不意に落ち着きをなくし、眼を泳がせては時々なにか言いかける。
顔には、少しずつ赤みが差している。

こういう様子を見ていると、どんどん苛めたくなってしまう。
からかうほどに、やまとは可愛らしい反応を返してくれる。

自分を好きなのかもしれない、という想像は、押し殺すようにしていた。勘違いなら、みっともないだけだ。

「合格のご褒美ってことで、ね?」
「わけわかんないわよっ」
「じゃあ、だめなの?」
「…呼びたいんなら、いいけど」
「ありがと、やまと」
「…うん。まあ、悪くはないかもね」
「でしょ?」

名前を呼ぶというのは思い付きだったが、意外なほど気分が晴れた。楽しもうという気持ちが、戻ってくる。
自分がつまらない顔をしていては、場も冷めるだろう。仮にも、今日の主役なのだ。
誰かしらと集まって騒ぐのも久しぶりだから、多少は羽目も外してみたい。

こうと、目が合った。悪びれたように笑いながら、軽く謝るような仕草をしている。
こちらも、苦笑で返す。それを、やまとが不思議そうに眺めていた。

なんでもないよ、やまと。そう言うと、やまとは下を向いてはにかんだ。