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「……良かった。先輩、いた」

 安堵の息といっしょに、声がこぼれおちる。
 田村さんは、今にも泣きそうな笑顔で、俺の前にいた。

「約束、したろ?」
「はい…そうっスよね」
 訂正。既に泣いてた。
 目じりに涙の粒が浮かぶ。

「泣くことないじゃん」
「うぅ…そ、そうっスけど…」
 俺が手渡したハンカチで、涙を拭う。
「不安だった? ひょっとしたら、俺いないかもとか」
 そう問うと、顔を赤らめながら「…………っス」と頷いた。

「……ありえないよ、そんなこと」

 田村さんの身体を抱き寄せる。
 ふわり、と黒髪がなびいて、甘酸っぱい匂いが鼻腔をくすぐる。

「…せ、せんぱい?」

「君の前からいなくなるなんて、絶対にありえない。……ずっと傍にいるために、ここに来たんだから」
 あやすように、髪を撫でる。

「…誰よりも大好きな、君の傍にさ」
「先輩…」

 そっと、頬に手を添える。彼女の身体が、一瞬びくっとなる。
「ちょっ、先輩…強引っスよ…」
「……好きなくせに」
「うぅ…やっぱりドS。……否定できないっスけど」

 ―――奪うように、口付けを交わす。

「ひより」
「……先輩」
 ふわりと、笑う。


 …やっぱ、可愛い。



「………大好きっス」
 腕の中で、ひよりの声が優しく響いた。



   らき☆すた~陵桜学園 桜藤祭~ After Episode
   想い出のつづき
   田村ひよりの場合~すろーりぃ☆すたいる~



 晩秋とはとても思えない柔らかな日差しが、空気を暖める。
 いわゆる、小春日和ってヤツだ。
「ん~っ、いい天気だ」
「そうっスね。暖かいって言うか、暑いくらい」
 背伸びして、深呼吸。

 何の変哲も無い日曜日。
 俺たちは遠出して、とある自然公園へ遊びに来ていた。

 俺は受験勉強に、ひよりは創作活動に行き詰って、ふたりして唸っていたところを「気分転換にデートでもしたら?」と八坂さんの助言を受けてのことだ。


 …言われるまでろくすっぽデートしてなかったのかよ、という突っ込みはご遠慮願いただきたい。


 そういえば、ひよりの私服ははじめて見るかも。
 黒のタートルネックに、ピンク色のニットのベスト。スカートはちょっと短めで、ニーソックスと柔らかそうなブーツがちょこっとした感じでかなり可愛い。
「…ど、どうしたんスか? 私のことじっと見て…」
「ん、可愛いから見とれてた」

 …ボンッ、ってな擬音が似合う勢いで、ひより赤面。

「ちょ、そ、そーゆーことは真顔で言わないで下さいっ。……恥ずかしいっスから」
「はは」
 …言うほど真顔でもないけどね。俺もちょっと照れくさい。

「さて…何して遊ぶ?」
 聞いてみる。けっこう広い公園は、池もあればハイキングコースもある。一日使っても回りきれるかどうか怪しい。
「…何したもんでしょう?」
「…おいおい」
「いやぁ、デートの話とかはよく描くっスけど、実際に自分がその立場になっちゃうと案外思いつかないもんっスね…」
 ジト汗浮かべて、ひよりが俯く。
 ツッコミどころなのだが、とっさに思いつかないのは俺も同じだ。
「…お」
 と、池のほとりにボートが浮かんでいるのが見えた。
「ね、ひより」
「?」
「あれ、乗ってみようか?」


  *


「…大丈夫っスか? 結構、力入ってるみたいっスけど」
「へーきさへーき。ちょっとなれてないだけだから」
 じっとりと額に滲む汗をぬぐいながら、ボートをこぐ。
 水面を抜ける風が、火照った身体に心地いい。
「ギャルゲーとかだと、このあとアクシデントおきてひっくり返っちゃったりするのがセオリーっスよね」
「知らない知らない。…ってかそんな恐ろしいこと言わんでちょうだい」
 幾ら暖かいとはいえ、水温は低い。
「それより、気分転換で来てるんだから。今日はそーゆーの、忘れようよ」
「…そうっスよね。ごめんなさい」
 ぺこっと、頭を下げる。
「こらこら、そんな暗い顔しない」
 あみだに被ってたベレー帽をどけて、頭を撫でる。
「……」
 頬をほんのりと染めて、目を伏せる。
「…もうちょっと、してて欲しいっス」
 手を止めると、そう言って促してくる。それが可愛くて、時間も忘れてなでる。
 気がつくと、太陽も真上にきていた。
「…お昼、行くか?」
「…はいっス」
 同時に鳴った腹の虫を抑えて、二人して苦笑した。


 ―――それから、それから。


 腹ごなしにハイキングコースをぶらついて、舞い散る落ち葉にあーでもないこーでもないと会話を膨らませる。
 ときおり、ピーヒョロロロロ…とトンビが気持ちよさそうに空をすべり、のどかな雰囲気に、歩みを止めて空をぽーっと見上げる。

 時々ひよりの付き合いで行く秋葉原や池袋とは違う、スローな時間が、煮詰まった俺たちを、マッサージするかのようにほぐしていった。


「ふぅ~っ。気持ちいいな」
「…っスねぇ」
 小高い丘の頂に立つ巨木の下に腰掛け、背を幹に預ける。
「たまには、こーゆーのも悪くないな」
「の~んびり、ま~ったりって感じっス」
 穏やかな笑顔で、ひよりが頷いた。
「ん…。今昼寝したら絶対気持ちいいよな~」
「え? 風邪ひいちゃいません?」
 温かいとはいえ、11月もそろそろ終わろうって頃だ。
「…じゃ、風邪ひかないように見張っててくれない?」
「…さりげにムチャ振りっスねそれ」
 口を尖らせるひよりだけど、目は笑ってる。
「……おりゃ」
「へ? きゃっ」
 ころん、と寝転ぶ。頭はひよりの膝の上。
「…よっし、膝枕作戦、成功」
 小さくガッツポーズ。
「作戦も何も、いきなり寝転がっただけじゃないっスか」
「まーまー、ちょっとだけだから。ちょっとだけ」
 もぉ…と呆れたように呟く。でもすぐに笑顔を浮かべて、俺の頭をそっと撫でる。
「じゃ、ちょっとだけっスよ?」
 なんて、顔を赤らめながらそう言う。

 そっと、目を閉じる。
 土の匂いと、風の匂いと、それから…ひよりの匂いが、脳をとろかす。
「…膝、堅くないっスか?」
「全然。すげー気持ちいい」
「うぅ…なんかエッチっぽいっスよ?」

 …なんか、いい。

 こんな雰囲気。こんな空気。
 できることなら、ずっと味わっていたい。

 勿論、無理だってわかってる。



 けど…たまには、さ。

 大好きな女の子と一緒に、のんびり過ごす。

 そーゆー時間が、あったっていい。
 …だろ?


「せんぱい」
「んー?」

「…呼んでみただけっス」

 俺の想い人が、ふわりと微笑んだ。