一瞬、自分の目を疑いました。ええ。
今日の日付の欄に「まこと先輩と初デートvAM9:30駅集合」なんていうハートマーク付きのマジック書きなんてあるわけないと。
いやいや、きっと原稿に向かいっぱなしで、目が疲れてるんスね。二度ほどまばたきしてからもう一度カレンダーを見て、私はようやく現実を知った。
血の気が引いていく「さあああっ」という音を、私は聞いた気がした。瞬間、体中が変にぞくっとして、原稿に夢中で忘れていた全てを私は思い出した。
一昨日、まこと先輩と街へ出かける約束をした事。昨日の夜そのまこと先輩とメールした後、妙に気分が浮いてなかなか寝付けず、なら冬コミ用の原稿にでも取り掛かろうかと思い立って机に向かっていた事。そのまま夢中になりすぎて、今に至る事。
「も、もしかして…」
机の上で冷静に時を刻み続ける先ほどの電波時計を引っ掴んだ私は、全てを悟ったっス。
ええ、全てを。
──9時59分。
どうみても遅刻です。本当にありがとうございました。
「た、大変っスー!」
と、とにかく先輩に連絡入れなきゃ!携帯、携帯はどこに…何で携帯のアラームが鳴らないんスか!一昨日先輩と約束した時点ですでにアラームを登録していた筈なのに。
ちゃんと鳴ってくれたらいくら原稿に夢中な私でも気付くっス!と携帯の不甲斐なさに腹を立てながら、先輩に電話をかけるべくベットの枕元に置いてある携帯電話を掴んで、私は全てを知りました。
電池切れで、携帯は完全に沈黙していましたよ、ええ。アンビリカルケーブル…じゃなかった、充電器のケーブルに繋ぐのも忘れていたなんて、どんだけ浮かれてるんスか私。
とにかく携帯は少しでも充電しておかないと!あと着替えて、外出用の小物もかき集めて、そうだ、シャワーも浴びてないしっ!ああっ、やる事多すぎて頭がメダパニっス!ひより は こんらん している!
どてらとパジャマを乱暴に脱ぎ去り、Tシャツとショーツ姿になった時点で。
あ、お化粧してないや…。と気付いて、さらに絶望する私。
さ、さすがにすっぴんのままでは出られないっスよね…。普段女を捨てているような生活をしているとは言え、その、えーと、恋人というか、彼氏というか、とにかく!
大好きな先輩との初めてのデートで、メイクの一つもしないのはありえないくらい、分かるっス!
とはいうものの、時間が無いどころか、言い訳の余地もないくらい大遅刻なわけで…
うう、先輩お怒りだろうな…
軽くファンデ叩いて、ルージュ引くくらいにしよう。マスカラとかマニキュアとかいろいろ用意したのにぃ…私のバカ。バカバカバカ。