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 男の人に甘えたいと思うのは、やまとにとって初めての経験だった。
 だから、それが恋であるということも、初めて知った。

 まことの前で、泣いた。あれ以来、頭の中には常にまことがいる。何日たっても、消えない。
 好きなんだな、と認めるのに、抵抗は感じなかった。
 まだ、淡い。それでも、間違いなくまことに恋をしつつあった。

 憧れた相手なら、他にもいる。小学校の担任に、フラワーショップの店員に、恋ともいえない曖昧なものを抱いた。
 まことに対する気持ちは、そんなものとはまるで違う。ただときめくというだけではなく、いつも近くに居たくなる。

 あの日から、まことはしばしば電話をくれるようになった。それも、もう2週間ほどない。まことは、入試が近いのだ。
 いくらなんでも、息抜きなどとは言っていられないのだろう。会えない日々が続くほど、胸の中のまことは大きくなっていった。

 そんな状況で、電話が来た。つい、普通に喜んでしまったが、まずは何事かと訝しむべきだったのかもしれない。
 自分と喋っている余裕など、あるはずがないのだ。

「…それじゃあ、特に用件があるわけじゃないのね?」
「うん。なんか、人と話したくなっちゃって」
「呆れた。こんなことしてて、大丈夫なの?」
「どうかな。でも、このままじゃ不安で眠れそうになかったし」
「だったら、電話なんかしないで公式のひとつでも解けばいいのに」
「今さらじたばたするより、永森さんと話したほうが有益、ってんじゃダメ?」
「そんなの知らないけど」
「俺はそう思うな。つまり、これも勉強の一環なわけ」
「だからって、バカじゃないの?センター、明日なんでしょ?」
「バカでもいいから、もっと違うこと話そうよ」
「…わかったわよ。勝手にすれば?」
「そうする。じゃあ、最初にお礼言っとこうかな」
「なんの?」
「息抜き。あれのおかげで、勉強のペース取り戻せたから」
「…私、泣いちゃったけど」
「あれは、俺が泣かしたようなもんだし。くっついてもらえて、むしろ役得だったね。それに、あれから永森さん、なんだか明るくなったよね」
「く、暗くて悪かったわね」
「そんなことないけど。昔の自分に、戻れそう?」
「…けっこう、戻ってるかも」
「戻ってるよ。はじめて会った頃は、憎まれ口なんて言わなかったもん」
「どうせ、口が悪いわよ」
「ほら、そういうの」

 確かに、泣いたことがきっかけで心が軽くなっている。
 こうと話すときも、中学の頃のようなやり取りが出来た。それが楽しくて、さらに心は軽くなった。
 いまでは、感情の枷はほとんど消えかかっている。

 戻ったのは性格だけで、こうとの再会の記憶は、どこか遠くにあるままだった。
 それなら、それでいい。こうがいて、まことがいて、本当の自分がいる。それが、ただ嬉しかった。

 素直に喜ぶ、というのは、元から苦手だった。好きな相手といるときほど、照れ隠しをしてしまう。
 こうにはとっくに見抜かれているが、まことにとってはただの憎まれ口でしかないのかもしれない。
「…嫌なわけじゃ、ないんだけど」
「え?」
「たまにキツいこと言っちゃうけど、これは元々だから。まこと君が嫌いとか、そういうわけじゃ」
「ああ、なるほど。別に気にならないよ。かがみさんって、いたじゃん?あの子も、ちょっとそんな感じだし」
「…そう」
「えっと、あれだよ。ツンデレだ、ツンデレ」
「もうっ、こうと同じこと言わないでよ」

 女の子の名前が出てきてしまった。
 まことを好きになるにつれ、やまとには気になりだすことがあった。もしかして、この人は異性にもてるのかもしれない。
 中庭でこうを待っているとき、まことに話しかけてきたのは女の子ばかりだった。
 よく見たわけではないが、三人がそれぞれにかわいかった気がする。
 特に、みゆきという人は明らかにスタイルが良く、かなり美人だった。おまけに、まことを好きでいるような気配さえあった。

 恋人はいるのか。訊くのは、怖かった。しかし、黙って耐えるのはもっとつらい。こういうことは、結局、訊かずにはいられないのだ。

「ねえ、まこと君。まこと君って、つき合ってる人はいるの?」
「…悲しいことを訊かないでおくれよ」
「本当に、いない?」
「永森さんは、俺を泣かしたいのかな?そんな話は、18年生きてきて、1回も…いや、1回ぐらいあったような。でもまあ、とにかくございませんな」
「なにそれ。あったの?なかったの?」
「…なかったね」
「…ふうん」
「じゃあ、永森さんはどうなのさ」
「わっ、私?」
「うん。彼氏、いるの?」
「だって、女子高よ?」
「別に、彼女でもいいんだけど」
「…漫画の読みすぎ」
「そうかぁ。まあ、現実はそんなもんだよね。で、彼氏は?」
「し、しつこいわね。あなたと同じよ」
「ふむふむ。永森さん好みの、賢くて頼りがいのある人には出逢えていない、と」
「…こうに吹き込まれたんだっけ」
「吹き込まれたっていうか、すごく楽しそうに語ってたよ。他にも、誕生日とか、好きな食べ物とか」
「変なこと、聞かされてない?」
「ないない。あ、でも」
「でっ、でも?」
「…俺の口からは、ちょっと」
「なに、なんなの?あの子、なにを言ったの?」
「八坂さんから、直接どうぞ」
「なによそれっ。気になるじゃない!」
「大したことじゃないよ?ただ、俺もセクハラ野郎にはなりたくないし…」
「…最悪っ」
「まあ、聞いちゃったものは仕方なし」
「…それなら、まこと君のことも教えてよ」
「え?」
「あなたが私のこと知ってるなら、私も知ってなきゃ不公平でしょ?」
 つまらない口実だな、と思った。それでも、構わない。
 まことについて、誰よりも知っている女の子でいたかった。あの姉妹より、こうより詳しく。それに、みゆきよりも。

「…うーん。訊かれりゃ、答えるけど」
「じゃあ、訊くね。まず、誕生日は?」
「1月24日。予定日は12月だったんだけど、長引いたらしくて」
「もうすぐじゃない」
「今年ばっかりは、それどころじゃないけどね」
「…本当にそう思ってるのかしら。それじゃ、なにか趣味はあるの?」
「…ん、特には無いかも。いろいろやるけど、全部そこそこ」
「将来の夢」
「お嫁さん」
「…どうして、即答なの?」
「これ、1回言ってみたかったんだよね」
「…本当は?」
「えっと、なにかな。コレというのは無いかも。ただ、強いて言えば」
「言えば?」
「…なんか、恥ずかしいな。あれだよ。幸せな家庭、ってやつ?うちの家も、仲いいし」
「…へえ」
「ああっ、悪うございましたね、平凡な夢で」
「そんなことないよ。兄弟とか、いるんだっけ?」
「いや、一人っ子だけど」
「そう。それじゃあ」
「ちょ、待ってよ。永森さん、いくつ訊くつもり?」
「別に、答えづらいことは質問してないでしょ?」
「…いいですけどね」
「なら、これでおしまいね。まこと君は、その」
「うん」
「なんていうか…どういう女の子が好きなの?」
「…そんなことに興味がおありで?」
「な、ないけど。お互い知ってないと、ふっ、ふこっ」
「不公平?」
「そうっ」
「…わかったよ。っていっても、特に無いんだよね」
「ないわけ、ないじゃない」
「うーん…考えたことがないからなあ」
「…背が高いとか、スタイルがいいとか。それか、眼鏡の人がいい、とか」
「微妙。そもそも、永森さんと話してると、永森さんのことしか考えられないし」
「…あ、えっ、え?」
「だって、そうでしょ?話してる相手のこと考えるのは、当然だし」

 油断すると、これだった。まるで意識もせずに、くすぐるようなことを言う。
 どこが好き、というのではなかった。理想に近いとも思えない。惹かれていることだけが、はっきりとわかる。
 放っておけば、どんどん惹きつけられる。早くそうなってしまいたいと、どこかで思ってもいた。

「…バカなこと言ってないで、そろそろ寝たら?」
「バカなことって、そっちがふった話じゃん」
「う、うるさいなぁ。寝不足になったって、知らないからね?」
「大丈夫だよ。多分、よく眠れる」
「じゃあ、寝坊しちゃえばいいのよ」
「…ここだけの話、なんか、素になれるんだよね」
「なによ、いきなり」
「もともと下手くそなんだけど、永森さんの前だと、隠し事とか無駄な気がしちゃってさ。逆に、本音で喋れるっていうか」
「…そう」
「とにかく、今日もお陰で楽になりました、ってこと」
「…私も。私もね、まこと君の前では素直でいたい…かな…」
「え?ごめん、声ちっちゃいかも」
「…なんでもない」
「つまり、なんでもなくないわけだ」
「うるさいなぁ、もうっ!さっさと寝ちゃえっ!」
「ははっ。…ねえ、永森さん」
「なによぉ」
「ホントに、明るくなったよね。その方が、かわいいよ」
「…え」
「好みのタイプ、わかったかも。かわいい人…ってんじゃダメかな。じゃあ、おやすみ」

 そのまま、電話は切れた。
 ベッドに仰向けになり、やまとはおもわず放心した。
 しばらくして、ようやく心臓が高鳴りだす。話した内容など、すべて飛んでいる。

 どういう神経で、あんなことを言うのだろう。最後の言葉だけが、頭を埋め尽くしている。
 舞い上がるな。そう思っても、どうにもならなかった。

 枕を、思い切り抱きしめる。ベッドを、転がってみる。なにをしても、まことの声がまとわりついてきた。
 ずるい。ほんの少しの言葉で、もっと好きになってしまった。こんなのは、ずるい。

 試験、頑張って。それをメールにしようと思って、やめた。いまは、まるで頭が回らない。
 まことは、もう眠っただろうか。おやすみとも、言えなかった。

 おやすみ、まこと君。呟いて、目を閉じる。
 ほら、顔が浮かぶ。どこまで、深く入り込むつもり?もう、勝手にしてよ。
 私は、もう眠るからね。できるなら、夢でも逢えたらいいね。
 おやすみ、まこと君。