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 桜藤祭。星桜の樹。そして、やまと。どれも、特別な意味を持っていた。
 ならば、自分がそれらを憶えていることにも、なにか意味があるのか。

 同じ時間を、繰り返す。およそ信じられるような話ではない。しかし、それは確かに起こった。
 やまとに乗り移った未知の存在が、自分たちを守るために、それを作り出したのだ。
 その元凶を断つべく、様々な冒険をした。その中で、かけがえのない思い出も手に入れた。
 そして、やまとから離れたもう一人のやまとに、再会する約束もした。

 いまは、すべてが終わっている。そして、すべてを忘れるはずだった。誰もが、日常に戻っていく。
 こなたもかがみも、もうなにも憶えていない。しかし、みゆきの持つ記憶だけは、なぜか消えることがなかった。
 親友たちと分かち合った、大切な思い出。自分だけが憶えているのは、つらいことだった。
 それでも、与えられた意味があるのなら。

 その答えが、もうすぐ手に入る。そんな予感が、みゆきにはあった。

「ゆきちゃん、いいかな」
「つかささん。お忘れ物ですか?」
「ううん、違うの。あのね、ちょっとね」
「どうぞ座ってください。先ほどまで立ち続けで、お疲れでしょう」

 今日は、終業式だった。すでに解散になり、ほとんどの生徒が家路に就いている。
 少しひとりになりたくて、みゆきは教室に戻っていた。

「私に、御用ですか?」
「うん。その、余計なことかもだけど。ゆきちゃん、元気がないみたいだったから」
「…そのように、見えてしまいましたか?」
「ゆきちゃん、お姉ちゃんと同じで、つらくても自分じゃ言わないもん。お勉強、大変なのかなって」
つかさは、よく他人の心配をする。人の心を感じ取る、才能のようなものがあった。
 そして、それを自身の心に写してしまうのだ。同じ痛みを抱いているから、彼女の言葉にはわずかの嫌味もない。
 つかさの優しさがそういうところから来ていると、みゆきは知っていた。

 その上、微妙に核心を外していたりする。いまも、みゆきは勉強のことで悩んでいたのではない。
 核心を突かれない分、こちらの気負いもなくなる。
 とにかく、やることのすべてに丸みがあるのだ。その中の半分も、つかさは自分では意識していないのだろう。

「ありがとうございます。なんだか、嬉しいです。でも、ご心配には及びませんよ」
「ほんとに?」
「ええ。少し、考え事をしていただけです」
「それって、なあに?私じゃ、わからないかな」
「…つかささんは、運命を信じますか?」
「うんめい?」
「はい。絆とか、巡り合わせと言ってもいいかもしれません」
「ふえ、えっと。えへへ、なんだか難しいね」
「そうですね。とても難しいことです」

 運命というものについて、深く考えたことはなかった。
 しかし、自分がいま目の当たりにしているものは、他の言葉では表現できない。

 短い、とても短い言葉による約束。それを憶えているのも、自分を除いてはもういない。
 消えていくと思われたその約束が、息を吹き返した。きっかけを作ったのは、まことだ。
 彼は、自分の前にやまとを連れてきてくれた。
 それは本来のやまとであって、再会を誓った時とは別の人格だろう。そんなことは、問題ではなかった。
 まことは、なにかに導かれるように、途切れかけた絆を繋いでくれたのだ。

 みゆきの心は、震えていた。なんて、素晴らしいことだろう。
 この再会を見届けるために、自分は記憶を残されたのではないか。そう、心から思った。
「でもね。私、なんとなくわかるよ。私とゆきちゃんが会えたのは、きっと運命だよね」
「…私と、ですか?」
「こなちゃんとも、もちろんお姉ちゃんとも。まだ終わりじゃないけど、みんなといられてすごく楽しかったもん。
いままでで、いちばん大事な友達。だから、私は運命を信じたいなあ」
「…そうですね。私たちは、きっと出逢う前から繋がっていたのだと思います」

 畏まった物言いをしてしまう自分が、時にもどかしかった。
 本当は、いますぐこの友人を抱きしめたい。そのくらい、つかさの言葉は心を揺らした。

 いつまでも、このままで。しばしば、そんなことを考えた。卒業した後のことは、想像しないようにしている。
 目標に向かい進んではいても、つかさ達と離れたくない気持ちも強い。
 そして、それは絶対に叶わない願いでもあった。

 ならば、この気持ちだけでも伝えたい。
 いきなり抱きしめることが出来ないなら、自分の言葉で伝えられないか。
 いつも他愛のない話をしていた、この声と言葉で。

「つかささん。我が侭を、聞いて下さいますか?」
「え?ゆきちゃんの?」
「嫌ならば、拒んでいただいて構いません」
「えっと、どうかな。ゆきちゃんのわがままなら、聞けると思うな」
「…抱きしめさせて下さい」
「えっ?ええっ?ゆきちゃんが、私を抱きしめちゃうの?」
「お嫌ですか?」
「…ちょっと、びっくりしたかも」
「卒業してしまう前に、感じておきたいんです。私の、親友を。だから、泉さんたちにも、お願いするかもしれません」
「そっか。うん、いいよ。私、全然ヤじゃないよ」
「…こんな伝え方しか出来ず、申し訳ありません」
「どうして?ゆきちゃんの喋り方、好きだよ。だって、やさしいもん」
「…つかささん」
「えへへ。なんか、照れちゃうね。えと、立った方がいいのかな」
つかさが、慌てたように椅子から離れた。みゆきも、立ち上がる。
 前に人を抱きしめたのは、いつだったろう。そんなことを考えながら、つかさの頭を抱え込んだ。
 つかさの匂い。じわじわと、温かさが伝わってきた。つかさが、身を寄せてくる。
 不意に、胸の辺りが熱くなった。自分ではない。つかさの、涙だった。

「…ゆきちゃん」
「つかささん?」
「ゆきちゃん。私、やっぱりやだ。離れ離れになるのは、やだよ」
「…卒業しても、きっと変わりません」
「わかるけど、だめ。ずっと、一緒にいたい。一緒に遊んで、一緒にお昼を食べて。
こなちゃんも、お姉ちゃんも、ゆきちゃんも。一緒じゃなきゃ、楽しくないよ」
「そんなことを、言わないで下さい」
「私、怖いの。卒業したらお終いになっちゃって、みんなが、知らない人たちになっちゃうかも、って。
そんなことないって思うけど、どうしても、どうしても考えちゃうの」
「私は、変わりませんよ」
「違うの。みんな大学に行くために、変わるために頑張ってる。
なのに、私だけこんなこと思ってるの。変わりたくないなんて、考えちゃいけないのに」

 つかさの言葉が、自分の想いと重なった。いま、彼女は高良みゆきの分まで泣いているのだ。
 どこまでも、優しい。そうだ。これが、つかさなのだ。
「私も、同じです。同じなんです。泉さんも、かがみさんも、きっと同じです。誰も、卒業なんて」
「ゆきちゃん」
「絶対に、忘れません。絶対に、会いに行きます。全員がそう思っていれば、離れ離れになんか、きっとなりません」
「そう、信じていい?ほんとうに、誰も忘れないでいられる?」
「私は、信じます。だから、つかささんも」
「うん。うん。信じる。私たち、運命だもん。だから、大丈夫だよね」

 それ以上は、言葉にならなかった。
 運命。やまとだって、また姿を見せたではないか。
 自分は、ただ信じていればいい。親友たちを。彼女らを愛している、自分自身を。

 つかさの涙が、温かい。もうしばらく、そこに心を預けることにした。