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「あんたが悲観的なんて、らしくないわよ!」
誠君は驚いて、私達のほうに顔を向ける。
「ちょ、かがみ! 声大きいって!」
「あ、ごめん…」
そうだ…誠君は風邪をひいているんだし、響くことは慎まないと。
「かがみさん、それにこなたさん達も。どうしたの、一体」
「どーしたもこーしたもないでしょ。見ればわかるでしょ」
「見ればって…」
お見舞いに決まっているじゃない。
「まあ、あんたが死んでいないか、こうして確かめにきただけよ」
「ありがとう、かがみさん」
…う。誠君の笑っている姿を見ると、赤くなってしまう。
そうした笑顔が、たまらなく嬉しい。
「いいねえその返し方。ツンデレの鏡だね」
「うるさいわね…
まあ、誠君。そんなに自分を責めなくてもいいわよ。風邪引いたことは不可抗力なんだから」
「そうですよ。学園祭のことは私に任せてください」
「そりゃあ、こなたみたいに? 『ネトゲで徹夜して朝から五月病です』とかいったら、私もこなたを殴るけどさ」
「なんでわたしばっかり!?」
抗議するこなたを無視して、私は誠君に話しかける。
誠君は、電話で話した時よりも元気そうで、安心した。男の子のパジャマ姿を見るのは初めてで、少し恥ずかしい。てゆーかパジャマ姿も素敵ね…って何を言っているんだ私。
「でもかがみさん、風邪移したら悪いし」
「まあ、思ったよりも元気でなによりよ―――何しているのよ、こなた」
みんなを見ていると、こなたが三人にひそひそと内緒話をしているようだった。なんだかはぶられているみたいで、少し不満になる。
「いやさあ、私これからバイトでさ!」
「そうなんだ、こなたさん。大変だね」
「あんたねえ…きたばっかりでしょ」
「ごめんねー誠君、バイトが今、ヒトデ不足でさー。それこそ神出鬼没の少女に救援を頼みたいくらい」
「なによそれ…」
「―――あ、つかさやみゆきさんにも手伝ってもらうから」
「困ったときはお互い様ですから」
「うん、そうだね~」
二人とも、意外に乗り気だ。嫌がっていない以上、私が口をだすわけにはいかなかった。
「こなたさん、つかささん、みゆきさん。今日はありがとね」
「お体を大事にしてくださいね」
「あしたには学校で会えるといいね」
「今日ぐらいは深夜アニメ自重しなよ?
あ、そうだ、はいこれ」
そういってこなたは、みゆきさんから受け取った花束を渡す。
「花束?」
「お見舞いといったら定番じゃん?――これ、かがみが選んだんだよ」
「え…」
私は、そもそもそんなことも忘れていたんだけど…
こなたは、私に口を挟ませず、そのまま一気にまくし立てる。
「まあかがみはツンデレだからね。否定するかもしれないけど、そこは愛情表現ってことで~」
「ちょ、こなた!」
「さーて、かがみ様に怒られる前に邪魔者は退散と行きますか。
つかさ、みゆきさん。たいきゃくたいきゃく! 魔王には叶わないよ!」
「お姉ちゃん、またあした~」
そういって三人ともすたこらさっさと逃げるように出ていった。
「まったく、何やっているんだか。
ごめんね誠君、風邪引いているのに騒がしくて」
「でも本当にはげみになったよ。まさかみんなきてくれるは思わなかったし。
――特にかがみさんがきてくれたことが、かがみさんに会えたことが、本当に嬉しいよ」
「ば、ばか…何言ってるのよ」
「もう一度言っちゃおう。かがみさん、本当にありがとう」
「あ…う…」
言葉にできない。もう、誠君、私をどうしたいっていうのよ…そんな嬉しい言葉を言われたら、私、私…どうにかなっちゃいそうよ。
嬉しくて嬉しくて、私、誠君の顔、まともに見れないよ。
「ところでかがみさん。その手に持っているのは?」
「あ、ああ、これ? 鶏のスープよ。つかさが風邪によくきくっていってたから」
「かがみさんの手作り?」
「そうよ? い、嫌なら食べなくてもいいわよ。つかさやこなたと違って、おいしいとも限らないんだからね」
もう少し料理がうまかったら、自信を持って誠君に食べさせてあげられるのに…
自分で言って悲しいけれど…変な料理を食べて、誠君が体調を崩すくらいなら、いっそのこと食べてもらわないほうがいい、と思う。
「馬鹿だなあ、かがみさんは」
「馬鹿で悪かったわね! 仕方ないじゃない、料理は苦手なんだから!」
「そうじゃないよ。かがみさんが作ってくれたもので、俺がおいしくないなんて思うわけないってこと。
かがみさんが作ってくれた、それだけで俺は嬉しいんだから」
「…ばか、そんな恥ずかしいこと言わないでよ」
それに会えて嬉しかったのはあんただけじゃない。
誠君に会えて、本当に嬉しかったのは―――。
「風邪、移されてもいい?」
「かがみさん、日本語おかしいよ…」
「う、うるさい! は、はずかしいんだからね!」
そういって私は前かがみになって、熱で蒸気している誠君の顔に近づける。
「ん…、はあ、はあ」
誠君のぜいぜいと喘ぐ音に、唇を通して伝わる誠君の気持ちに、たまらなく私は紅潮するのだった。
「大好き、だよ…」
不思議と私は微笑んでいた。
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「でもこなちゃん、いいとこあるね。 お姉ちゃんのために、二人っきりにしてあげようなんて」
「まあかがみは鈍感だからね。宿題をいつも写させてもらっている義理もあるわけだし、たまには恩返しというわけだよ」
「でも泉さん、どうしてアイリスの花を、泉さんが全額だして買ったことをかがみさんに伝えなかったんですか?
お財布事情が苦しいことは、その、泉さんの財布をみせてもらって、私も知っているのですが…」
「かがみはさ、私が今月DVDでお金ないことしっているからさ。私が払ったっていったら、かがみのことだから意地でも半額払うかなって」
私からのプレゼント。かがみからお金を受け取りたくない。安っぽいプライドなのはわかってる。
でもやはり、プレゼントは自腹でこそ意味がある、と思う。
「こなちゃん、優しいね~ さすがお姉ちゃんの元夫だね」
「元って、つかさ…」
「もうひとつ、いいですか?」
みゆきさんは、これが一番の疑問、といった風に私を見る。まあ、何のことかは察しがつく。
「ほーい?」
「どうして、アイリスの花を選んだんですか? 泉さんですよね、この花にしようって決めたのは」
「そうなんだ。 どうして、こなちゃん?」
「―――あなたを大切にします」
「…?」
つかさが首をかしげる。
「アイリスの、花言葉だよ。
なんとも素敵だと思わない?」
「綺麗な花言葉ですね。かがみさんに、お似合いです」
「まあ誠君が知っているかどうかは知らないけどね~」
「素敵だねー、でもこなちゃん、どうして知っていたの?」
「いやあその、年齢制限のある漫画の主人公が、ヒロインに告白する決め台詞にね…」
「そうなんだ…こなちゃんは、相変わらずだね」
「誰に向けたのかは、私もわからないんだけどね」
「どういう意味?」
「こっちの話」
私からかがみなのか。かがみから誠君へ、なのか、正直わからない。
「泉さん?」
「――とはいえかがみも、さすがに誠君が風邪なわけだし、思い切ったことはできないだろうなー」
「こなちゃん、それって…」
「あいまいな言葉でわかるとは、つかさ、恐ろしい子っ!」
「そんなんじゃないよ~」
つかさは、顔を赤くして否定する。あ~、やっぱ天然には癒されるなあ。
本当は、複雑な感情もあったけれど、何よりも、かがみが嬉しいと思える選択肢を選んだつもり。
私的にはバッドだったのかなあ。
でも、なによりも…
――かがみ、お幸せにね。
かがみの幸せな顔、私もすっごく好きだから。