好きな人のために
「……はよう」私、小早川ゆたかは朝からある練習をしていた。「…さん、おはよう……。うん、ちゃんと自然に言えてるよね」ようやく納得がいき時計を見る。「あっ、そろそろ家を出なきゃ」部屋を出てあいさつをし、外に出る。そして、いつもより少しだけ力を入れて一歩を踏み出し呟いた。「もう、あんなふうに言われないようにしなきゃ…」
「そろそろかな…」いつもの待ち合わせ場所で俺は彼女であるゆたかちゃんを待っていた。こうやって一緒に学校へ行くようになったのは付き合う事になったすぐ後、ゆたかちゃんの、「学年が違うから会える時間が少なくてちょっと寂しいですね」の一言が始まりだった。その時全く同じ事を考えていた俺は、せめて登下校は一緒にしようと提案し今に至るわけだ。そんな回想シーンを頭で流していると、向こうからやってくるゆたかちゃんの姿が見えてきた。向こうも俺に気づいたのか気持ち足早になる。そんな中、俺はゆたかちゃんを見て少し違和感を感じた。何かがいつもと違うような……。「……あっ、髪型変えたのか」違和感の正体。それは、いつもはツインテールにしている髪を下ろしていたのだ。そういや、髪下ろしてるの初めて見たや。けどこの髪型も似合ってて可愛いなぁ、なんて考えちゃうのは親バカならぬ彼女バカなんだろう。そんな事を思ってると、もうゆたかちゃんは目の前まで来ていた。とりあえず朝のあいさつをする。「おはよ、ゆたかちゃん」
するといつもは、「お兄ちゃん、おはようっ!」と、いつも笑顔で答えてくれてるゆたかちゃんが、今日は顔を赤らめながらもじもじしている。あ、あれっ?おかしな事は言ってないよな?そりゃ髪型違うのが気になってちょっと見入ったりはしたけど…。そんな事を考えていると、ゆたかちゃんは何かを決意したようにシッカリと俺を見てあいさつを返してきた。「お、おはようっ。えと……ゆ、ゆう…さん」………………えっと……ゆうさんって誰だ?ゆたかちゃんは、確かに俺の方を見てあいさつをしたよな。んで、俺の名前は真堂ゆう。な~んだ。なら全然問題ナッシン……って、ちょいと待て~っ!「あ、あのさ。ゆたかちゃん今なんて言った?」「あの…おはようって……」「いや、そこじゃなくてその後に」「えっ?えっと……ゆ、ゆうさん…って」ヤッパリ聞き間違いなんかじゃない!確かに、ゆたかちゃんは俺の事を「お兄ちゃん」ではなく「ゆうさん」と、呼んでいた。う~ん。お兄ちゃんって呼ばれ方に慣れてたせいか少しこそばゆいけど、名前で呼ばれるのもなかなか……って、今考えるのはそこじゃないだろっ!?
昨日電話で話した時は、まだ俺の事はお兄ちゃんって呼んでたよな。何で急に呼び方を変えたんだろ?心境の変化?お兄ちゃんって呼び方を誰かにからかわれた?うーん……さっぱりだ……。そんな感じで頭の中で1人問答をしていると、ゆたかちゃんが少し不安そうな顔で、「ど、どうかしましたか?」と、聞いてきた。ってかそうだよ、考えてないで本人に聞いたら手っ取り早いじゃん。早速俺は事の真意を聞き出そうとした。「ねぇ、ゆたかちゃん。ちょっと聞きたいんだけどさ」「はい。なんですか?」「今までは俺の事をお兄ちゃん、って呼んでたでしょ?けどさっきは名前で呼んできたよね。どうかしたのかなってさ」すると、ゆたかちゃんの表情が少し暗くなった。「……名前で呼ばれるの、嫌でしたか?」「う、ううん。そんな事ないよっ。ただちょっと気になっただけなんだ」そう言うとゆたかちゃんは笑顔になり、「ならいいですよね。さっ、こんなところで話してたら遅刻しちゃいますよ~。急ぎましょう、ゆうさんっ」と言いながら俺の手を握り、少し足早になりながら学校へと歩き出した。
ゆたかちゃんに引っ張られるような形で学校に向かう中、俺は名前で呼ばれた事について再び考えていた。けれど結局答えは出ず、周りの人達にも意見を聞こうと思った。「おはよ~っ」俺が教室についてから約10分、ようやく待ち人がやって来た。「ねぇこなたさん」「ん?ゆーくん、なに?」「ちょいと聞きたい事があんだけどいい?」「スリーサイズは秘密だよ?」「別に知りたくないから安心してくれ」「むー、そう言われると複雑な気分。まーいいや、どしたの?」「実はゆたかちゃんの事なんだけど……」俺は朝の出来事を話した。「ナルホドね~。」「うん。それでさ、何か変わったこととかなかったかなって」「ん~…特にはなかったと思うけど。ただ単に名前で呼んでみたかった~、とかじゃないのかな?」「そーなのかな…」「ま、私も何か思い出したら教えるね」「サンキュ、頼むよ」話を終えたこなたさんはつかささん達のところに向かってった。ただ単に名前で呼んでみたかった……ホントにそれだけなのかな?結局、この日の午前中の授業はずっとこの事を考えたせいで怒られるわ叩かれるわで散々だった。
そして昼休み。俺はみなみちゃんに話を聞こうと思い、昼飯を食べ終えゆたかちゃんの教室に向かおうとした。すると丁度良いタイミングで、ゆたかちゃんとみなみちゃんに廊下で出くわすことができた。「あ、おに……ゆうさん。こんにちは」「こんにちは、先輩……」「や、こんにちは。…あれ?ゆたかちゃん、もしかして具合悪い?」「あはは…分かっちゃいました?」「って事は今から保健室行くところ?」「はい…」「そっか。ねぇ、俺もついていっていいかな?ゆたかちゃんの事心配だし」「もちろんいいですよ。ありがとうございます、ゆうさん」保健室に到着し、ゆたかちゃんをふゆき先生に任せた後、俺とみなみちゃんは保健室を出た。「先輩、それじゃ私はこれで……」「あっ、みなみちゃんちょっと待って」「…どうかしましたか?」俺は今朝のことをみなみちゃんに話してみた。「そんな事があったんですか…」「うん。んでさ、今日……最近でもいいや。ゆたかちゃん何か変わった事ってなかったかな?」「変わった事、ですか?………そう言えば」「何かあったの?」
「今日の朝、教室でゆたかに「どうしたらみなみちゃんみたいに背が高くなるの?」って、すごい真剣な顔で聞かれました……」「どうすれば背が高くなるの、か……後は何かあった?」「…すいません、後は特には……」その時、丁度予鈴が鳴り響いた。俺はみなみちゃんにお礼を言うと教室へと向かった。そう言えば、さっき廊下でゆたかちゃんに会った時、何か言いかけてたな。確か…「おに」とか言ったら急にしまった!って感じの顔になってたっけ。おに…、おに…、鬼…じゃないよな。おにー…、お兄…っ!「お兄ちゃん」かっ!ただ単に呼んでみたかっただけってんなら言い直さないだろうし、あんなしまった!みたいな顔もしないハズ……だよな?って事は、ゆたかちゃんは何か理由があってお兄ちゃんって呼び方を変えようとしてるって事になる。けど、一体どうして急に……。その後、廊下ですっかり考え込んでしまった俺は、我に返って教室に戻った時には既に5時限目も終わりかけてしまっていた。
放課後、俺はゆたかちゃんと一緒に帰ろうと思っていたが、みなみちゃんから早退したと教えられ1人で家に帰っていた。その途中、俺はある人に出会った。「あれ~?ゆう君じゃん」「あ、こんにちは。…そだっ!ちょっと聞きたい事があるんですけど……」午後八時。俺はファミレスで待ち合わせをしていた。「……お、来た来た。ゆいさーん、こっちですっ!」「お待たせ~っ、待たせちゃったかな?」「いえいえ、俺もさっき来たばっかですから」そう、俺が帰りに会ったのはこの人。ゆたかちゃんの実姉である成実ゆいさんだ。あの時は仕事中だったから長い時間は難しいということだったので、仕事が終わったら話を聞いてもらうことにしたのだ。「それで…ゆたかについて相談があるって言ってたけど……どうしたのかな?」「はい。実は…」俺は事の経緯を説明した。「なるほどねー。それで最近変わった事がなかったか教えてほしいってわけね」「はい。些細な事でもいいんで思い出してもらえませんか?」「ん~最近か~……あっ、そう言えば!」「何かあったんですかっ?」
「日曜日ゆたかに会いに行った時に「どうすればお姉ちゃんみたいにスタイル良くなれるかな?」って聞かれたよ。後、化粧の仕方を教えて欲しいって言ってた位かな?」 「スタイルと化粧か……」「も~、ゆたかからそんな事を言ってくるなんてお姉さんびっくりしちゃったよっ!」「ふむふむ。そう言えば、ゆたかちゃんからそーゆー話をしてきた事って今までありましたか?」「ううん。初めてだったよ」「そうですか。うーん…何があったんだろうな」2人で考える。それからしばらくしてゆいさんが何かを閃いた。「そう言えばさ、ゆう君土曜日にゆたかとデートしてきたんだって?」「なっ!なぜにそれを!?」「ゆたかがそりゃー楽しそ~に話してくれたからね」「そ、そうですか…」「その時はなにか変わったこととかなかったの?」「えっと、あの日は……」一つ一つ記憶を手繰り寄せていく。それから数分後、俺は答えかもしれないものに辿り着いた。「あ~~~っ!」「うぁっ!?ゆう君どうしたのさ?」「分かった……」「ホント!?」「はい、多分間違いないですっ」「そっか~。良かったね」「本当にありがとうございましたっ!」
「いえいえ、可愛い妹とその彼氏の事だもん。役に立ててお姉さん嬉しいよ」ゆいさんは満面の笑みで言った。本当にゆたかちゃんが好きなんだな。…さっ、後は明日ゆたかちゃんに伝えるだけだな。次の日、俺はゆたかちゃんを星桜に呼び出した。そして放課後、俺がついた時には既にゆたかちゃんが来ていた。「急に呼び出しちゃってゴメンね」「いえ。それで、どうかしたんですか?…ゆうさん」「うん。ゆたかちゃんに伝えたいことがあったからさ」「伝えたいこと……ですか?」「ゆたかちゃん、この前から俺の事名前で呼んでるよね。と言うか、[お兄ちゃん]って呼ばないようにしてるよね」ゆたかちゃんの体が小さくビクッとした。「保健室に行く途中でも、お兄ちゃんって言いかけてたのをわざわざ言い直してたしさ。でさ、どうして急にそういう風にしたんだろうって、俺昨日から考えてたんだ。それで……多分だけど理由も分かったんだ」ゆたかちゃんは俺の話を黙って聞いていた。「土曜日にデートした時に寄ったクレープの屋台……でしょ」ゆたかちゃんが驚いた表情をする。どうやら当たりみたいだ。俺はあの時の事を思い出した。
土曜日、俺はゆたかちゃんとのデートの途中でクレープの屋台に寄ったんだ。「ほらほら、お兄ちゃん早くっ!」「あははっ、そんな急がなくてもクレープは逃げないよ」「いらっしゃいませ、どれにしますか?」「う~ん……私はイチゴにしようかな?お兄ちゃんはどうします?」「そだな……じゃあチョコとバナナで」「はい、少々お待ちください。」「えへへ、楽しみですね」そして出来上がったクレープを受け取るときの何気ない店員さんの一言が原因だったんだ。「お待たせしました。」「どうもです」「あ、お兄ちゃんお金…」「これ位払うって」「あ、ありがとうございます」「ふふ、兄妹でデートなんて仲が良いんですね」「え………?」
「すごい…悲しくなったんです」ふと、ゆたかちゃんが口を開く。「確かに私、背も高くないし、ぺったんこですし、ゆうさんと並ぶと恋人というよりか兄妹みたいに見えるのはしょうがないって分かってます……」「けど私とゆうさんは確かに恋人同士で…、だから周りからどういう風に見えてても関係ないって思ってました。」「けれど……実際に[兄妹]って言われるとすごい辛くて、すごい悲しくて……」だんだんとゆたかちゃんの声が震えていく。「なんで私はこんななんだろうって…自分の事が嫌いになっちゃいそうで…」「少しでも[恋人]として周りに見えるように、少し子供っぽいけど小さい頃から好きだった髪型をやめたり、大好きな[お兄ちゃん]って呼び方をやめようとしたけど…全然駄目で……」ゆたかちゃんは大粒の涙を流し始めた「だんだん、私がお兄ちゃんと付き合うのが悪い気がして……、お兄ちゃんにはもっと私なんかより素敵な人が似合うって思っちゃったり、お兄ちゃんも私なんかより他の人がいいんじゃないかなって……っ!?」俺はゆたかちゃんが喋り終える前に抱きしめた。
「そんな悲しいこと言わないでよ…」「けど……っ!?」ゆたかちゃんは何かを言おうとしたが、俺は抱きしめる腕に力を少し入れそれを阻んだ。「俺にとって大切な人なのはゆたかちゃんなんだよ。隣にいてほしいのも、笑顔を見せてほしいのも、大好きなのもゆたかちゃんだけなんだよっ」「お兄、ちゃん……」「似合う似合わないなんてもんは関係ない。俺はゆたかちゃんに側にいてほしい。ゆたかちゃんじゃなきゃ駄目なんだよ…」「おにぃ……ちゃん………」「だから…俺の事を好きでいてくれるなら……側にいてくれないかな?」「グスッ…私……お兄ちゃんの隣にいていいんですね……」「当たり前だよ…。俺の隣はゆたかちゃん専用なんだからさっ」「……ハイッ!」それからしばらく、俺とゆたかちゃんは星桜にもたれながらお互いに体を寄せ合っていた。「ねぇ、お兄ちゃん」「ん?どうしたの、ゆたかちゃん」「この前のクレープの屋台、今から行きませんか?」「えっ?」「溜め込んでたもの全部吐き出したらお腹空いちゃいました」「俺は構わないけど……平気なの?」「はい。今なら私はお兄ちゃんの恋人なんだって自信を持って思えますから」
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