カガミノウラガワ
それは、遅すぎた自覚だった。「つかささんとね、付き合うことになったんだ」唐突に告げられたその言葉を、頭の中に飲み込む。脳が咀嚼し、嚥下し、腑に落とし込んだ、その瞬間に。まるで棘だらけの鉛球を飲み込んだように心が沈みちくちくと痛んだ。思いの外ショックを受けていることを自覚して。初めて、自分は恋をしていたんだと、知った。間抜けなことに、失恋したことで自分の想いに気付かされたのだ。その後のことは、あまり憶えていない。気がつくと。ベッドの上で横になって天井を見つめていた。心配されるようなことはなかったから、おそらくはいつも通りに振る舞えたはずと考える。でも、自分のことなどどうでもいいからじゃないか、というネガティブな考えも浮かぶ。考えすぎだろう、でも本当は?そんなことを考え続けて、まだ寝付けずにいた。「はぁ……」涙は出ない。実感がわかない。だって、始まりが終わりだったのだから。感情の持って行きようがない、そんな感覚に戸惑った。どこかぽっかりと、胸に大きな穴が開いたような喪失感。じくじくと、先の潰れた錐で押されるような鈍い胸の痛み。でも、何となく、鬱。「あああーーー……、はぁ……」溜息とともに鬱なテンションも追い出そうと試みるが、出ていくのは気合いだけ。穴の開いた風船に空気を送り込むような感じ。
「うれしそうだったな……」吐かれた台詞の自分のものとは思えない無表情さに驚く。自分の声に驚くなんてことは、表現としてはよく聞く話だが、実際に経験したのは初めてだった。ボンヤリと、天井を見つめ続ける。「なんで、やひとなんだろ」こなたやみさおとつるんでるせいか妙な勘ぐりをされることもあるが、自分は全くのノーマルだしなんだかんだといってもやはり年頃の女の子ではあり、異性に対して憧れを持ったという経験も人並みにはあった。そのいずれのタイプとも違う、平凡で、特筆するとすれば、せいぜい少しお調子者か、というくらいの彼。なのに、実らないと分かったとき、誰よりも心が重かった。顔がよいわけでもない。スポーツが出来るわけでもない。頭がいいわけでもない。……でも。一緒にいて心地よかった。ふざけ合っていて楽しかった。気に掛けてもらえたことが、嬉しかった。「……ん、いかんいかん」考えれば考えるだけドつぼにはまりそう。希望があるうちならそれも楽しいのだろうけど、絶望と分かっていればそれは不毛でしかない。
かといって、指向性を定めない思索はネガティブに傾きがち。なんで相手がつかさなのか、とか。なんで自分が姉なのか、とか。普段は考えもしない考えが、自分の中から湧き出してくる。自分はそんな嫌な人間だったのか、とか。だからやひとは選ばなかったのか、とか。……ダメだ、泣きそう。「あーもう、考えるのやめやめっ!」そうだ、私は柊かがみ。あの子の妹であり、あいつの親友であり。二人とも、嫌いになんてなりたくはない。そして、それ以上に、私はいいかっこしいなんだ。そんな、悪友にからかわれる言葉を、自分に言い聞かせる。だから、私に出来ることは……。……。…………。………………。
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