こなたは、変なところで鋭い。まことも、話を振った以上、なんとしても隠そうとは思わなかった。
ただし、これからのことではない。二日前の話だ。
確かに、声はかけた。ただそれだけのことで、なぜあんなことをしたのか、今でもわからない。
すれ違う瞬間、呼び止めなくてはいけないような気がした。かわいいとか、美人だとか、そんなことすら考えていなかった。
結局、名前を訊くことしかしなかったのだ。
「…別に、ナンパしたわけじゃないけど」
「過去形ということは、既になにかされたんですか?」
「うん。おとといなんだけど、道で見かけた女の子が急に気になって」
「ちょっとあんた、この時期になにふざけたことやってんのよ」
「まあ、まことさんも殿方ですから、強く否定はしませんが…」
「ねえ、ゆきちゃん。その子、怖くなかったのかなあ?」
「まこと君、見事にフルボッコ」
「なんだか、このコーヒー牛乳ぶっかけたくなるわね」
「かがみんになら、かけられたい人もいるんじゃない?」
「それも、属性というものですか?」
「むしろ、需要?」
「お姉ちゃん、人気者なんだね。すごいなあ」
「微塵も嬉しくないわね」
それにしても、賑やかすぎる。四人ともいい友人だが、揃っているときに話したのは、間違いだったのかもしれない。
女が三人寄れば、というが、四人ではどういう字になるんだろう。そんなことを考えながら、まことはこっそりと輪を離れるタイミングを計ろうとする。
そういうとき、教室の外から名前を呼ばれていることに気付いた。
反射的に振り向くと、よく見知った顔があった。しめた、とばかりに、そちらへ歩み寄る。
「八坂さん」
「まこと先輩、ちょっといいっすか?」
「うん、どうしたの。あっ、ていうか、この間は手伝えなくてごめんね。田村さんも、来れなかったんでしょ?」
八坂こうは、一つ下の後輩だ。文化祭からこちら、妙に懐かれている。明るく、気持ちのいい人物で、頼られて悪い気はしない。
先週、彼女の趣味に関わるイベントの手伝いを頼まれていたが、体調を崩したせいで行けなかった。
それが、軽く負い目にはなっている。
「いやいや、とんでもない。大変でしたけど、上手くいきましたよ。他に手伝いも頼めたし、万事オッケーです。で、それともちょっと関係あるんですけど」
いつになく、真剣な表情をしている。ただ、切迫しているというより、呆れたような色が強い。
その表情の意味も、すぐにわかった。それは、ちょっと待ってくれ、と言いたくなるような話だった。
「先輩、ウチのやまとにちょっかい出したでしょ?」
「やまとって」
「やまとです」
知っている名前だった。知ったのは、二日前。
「まさか」
「そのまさかっすよ。なんたること、伊藤まこと君がかどわかそうとした永森やまとさんは、私の無二の親友なのでした」
ちょっと待ってくれよ。そう思って、顔をそらす。こなたたちが、興味深げにこちらを見ていた。
自分のやったことが、急に恥ずかしく感じられてくる。やまとの顔を思い出しながら、まことは文字通り頭を抱えた。
「ちょっと、待ってくれよ」
「待つもなにも、そういう事実は始めからあったわけで」
でも、待ってくれ。他に、なにも考えられなかった。