導入編
「なにそれっ。要するに、ナンパされたってこと?」「…こう。声が大きいわ」「へえー。ナンパかあ。今時ねえ。ふむ。やまとがねえ」「ねえ、聞いてる?」「聞いてる聞いてる。カラオケなんだから平気だって」「…そういう問題じゃないわ」 この子は、興奮するといつもこうなる。そう思いながら、やまとは軽い溜息をついた。 自分のことで、あまり騒がれるのは好きではない。声が大きいというのはそういう意味だ。 ただ、今だけはそのうるささが楽しかった。こうが、中学の頃とまるで変わっていない。そう思えるからだ。「で、どんな人だったの?変なことされなかった?」「大丈夫よ。だけど」「だけど?」「陵桜の人かもしれない」「え、ウチの?なんで?」「学生服だったの」「…ははあ、なるほど。でも、それだけじゃわかんなくない?学ランのトコなんて、いくらでもあるし」「そうね。なんとなく、思っただけ」「まあ、うちはフィオリナと近いからねえ。案外あたってるかもしれないけど。しっかし、制服着てナンパとは、大した度胸だわ」 こうは腕を組み、なにやら思索している。彼女には、腕組みが似合わない。胸が邪魔で、それを抱えるような格好になる。 路上で、男の子に声をかけられた。昨日の話で、学校から帰る途中のことだ。 すれ違う直前に、相手が立ち止まった。なにかと思いよけて通ったところを、後ろから話しかけられたのだ。 道でも訪ねられるかと思ったがそうではなく、動揺した声でこちらの名前を訊き、次に自身が名乗った。 わけがわからなかったが、不思議と怖くもなかった。他には、なにもされなかったのだ。
「それで、その人はなんて言ってたの?一目惚れしたから、毎朝みそ汁を作ってくれ、とか?」「…展開が無茶苦茶ね。別になにも。名前を訊かれただけよ」「名前、言ったの?」「ええ。言ったけど」「あのねえ、やまと。そういう時は、適当なこと言ってはぐらかさなきゃ。女子高の周りウロウロしてる奴なんて、ロクなもんじゃないよ?」「…そんな感じでもなかったけど。なんというか、普通の人」「いやいや、そいつはきっと、日頃からフィオリナの生徒をチェックしているに違いないね。でもって、これはという女の子に声をかけてかどわかすわけだ」「こう、また妄想?」「なんかあったら、すぐに言いなよ。なんなら、明日から一緒に帰ろうか?やまとに付き纏う奴には、ロケットシューズかましてやるから」「…靴を飛ばすのは、はしたないと思う」 一緒に帰るというのは、冗談半分だろう。しかし、悪くないと思えてしまう。学校にも友達はいるが、行き帰りはひとりでいることが多い。 進んで時間を分け合いたいような人間には、高校では出会えなかった。自分にとって、そういう存在はこう以外にいない。 このところ、彼女との寄り道が増えている。学校が違うのだから、わざわざ示し合わせるような感じになるが、それを面倒に思うことはなかった。
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