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余計なこと。それを、言おうとしている。こうと自分だけの秘密。
でも、この人なら受け入れてくれるかもしれない。違う。この人に、聞いてもらいたい。
「静かなんかじゃない。こんなのは、私じゃない。わからないことが、多すぎるの。
自分のことも、あの日のことも、全部わからない」
「やっぱり、なにかあるんだ」
「あなたになら、話してもいい気がするの。本当に、聞いてくれる?」
「…いいよ」
本当に、これでいいのか。人に話して理解される内容では、到底ない。
それでも、言いたかった。ずっと、誰かに打ち明けたかった。
その相手にまことを選んだのは自分で、今はそれだけで充分じゃないのか。
「私、こうと会った日のことが、思い出せないの」
「会った日?」
「高校に上がってから、一度も会えなくて。でも、あなたの学校の文化祭の日に、待ち合わせる約束をしていたの。
私たち、確かに会った。そのときのことが、どうしても」
「…思い出せないの?」
「こうも、同じだって言ってた。気がついたら、ただ普通に連絡を取り合っていて。
あなたが言うような静かな私になったのも、その頃からなの。
なにをしても、なにをされても、感情がうまく出てこない。嬉しいのに、楽しいのに、それを伝えられない」
まことは、ほとんど相槌も挟まない。ただ、聞いてくれている。
余計な、本当に余計なことを喋っている。でも、止まらない。目の前の人に、全てを吐き出したい。
声が、熱を帯びている。押さえつけられたものを、身体の底から引きずり出す。
「あの子、気にならないって言ってくれた。だけど、私はずっと不安だった。
こうが仲良くしていた永森やまとは、もういないんじゃないか、って。いまの私といても、こうはきっと楽しくなんかない。
昔から、いっつも素直じゃなかった。嬉しくても、いつもツンケンして、こうを困らせてた。
そんな私に、神様からバチが当たったのかもしれない。あの子と一緒にいる資格なんか、無いのかもしれない。
わからないよ。文化祭でこうと会ったのは、すごく大切な瞬間だったはずなのに。
なんで、忘れちゃったの?なんで、私だけが変わっちゃったの?気にしたくなかった。考えないようにしてた。
でも、もう限界だよ。私、こうが好き。大好きなの。こうといる自分が、本当の自分じゃない。そんなのは」
自分の中で、なにかが破れた。しかし、嫌な感覚はではない。
熱い。
涙は、熱い。ずっと、忘れていた熱さ。いま、思い出した。
「そんなのは、嫌」
すべて言えた。最後まで、聞いてくれた。
いまは、泣くことしか出来ない。いつまでも、泣いていたかった。
ぐらりと、身体が傾く。自分は、目眩を起こしている。
違う。まことだった。堅い胸に、抱き寄せられている。
泣いたままでいい。そう言われた気がした。
まぶたの裏。なにか映った。あれは、桜の木。でも、花はついてない。