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中庭編」(2008/04/13 (日) 14:54:52) の最新版変更点

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<div class="mes"> 少し、苛立っていた。<br />  模試の結果が、思わしくない。このままでは、志望校には届かない可能性が出てきた。<br />  自分ではなんともないつもりだったが、やはり転校したことが響いているのかもしれない。<br />  ひとりで、帰ることにした。こなた達に混ざることも出来たが、どこかで悪態をついてしまうかもしれない。<br />  とにかく、自分の実力が足りないだけなのだ。<br />  下を向いたまま、まことは校門を出た。呼び止められなければ、人がいたことにも気付かなかっただろう。<br /><br /> 「まこと君」<br /> 「な、永森さん?」<br /> 「おつかれさま」<br /> 「う、うん。なんか、用事?」<br /> 「こうを、待っているの。一緒にお茶をする約束だから」<br /> 「あー、なるほど。さっき五限が終わったから、もう来るんじゃないかな」<br /> 「どうかしら。期待はできないわね」<br /> 「…まあ、時間に大らかな人だから」<br /> 「あの子は、ルーズなだけ」<br /> 「はっきり言うねえ」<br /> 「中学の頃からだもの。もう、言葉を選ぶ気にもならないわ」<br /><br />  こうの手で強引に引き合わされてから、一週間ほどになる。やまとに会うのは、これで三回目だ。<br />  出逢った日の直感は、もうあまり意識しない。すでに、友人になっているのだ。<br />  そのときはひどく驚かされたが、結局はこうのはからいが良い方に転がった。<br /><div class="mes"> <p>「それにしても、ずいぶん着込んでるね」<br /> 「寒いのは苦手だから」<br /> 「そうなんだ。よかったら、中庭で何か飲まない?ベンチもあるし」<br /> 「ありがとう。でも、今日は先生の許可ももらっていないし」<br /> 「ダッフルなんだから、どこの子かなんてわかんないよ。なんなら、飲み物も奢るよ?」<br /> 「…お人好しなのね」<br /> 「そうかも。でも、帰ったところで勉強するだけだし、俺も息抜きしたいから」<br /> 「…私で息抜きになるなら、行こうかな」<br /> 「ほんとに?俺、無理矢理言わせてない?」<br /> 「大丈夫よ。立っているのは、辛かったから」<br /> 「そっかそっか。では、お兄さんについてきなさい」<br /> 「…いかがわしい言い方ね」<br /><br />  中庭に戻り、並んでベンチに腰を下ろした。<br />  缶入りの熱い紅茶を、やまとは愛おしそうにすすっている。吐息の白さが、やけに印象に残った。<br /><br /> 「…おいしい」<br /> 「ちょっと、人通り多いかな。転校生だから、いい場所とか知らなくて」<br /> 「構わないわ。この方が、こうも見つけやすいだろうし」<br /><br />  校舎と校門を繋ぐ大路。そこに寄り添うようにあるのが、いまいる中庭だった。<br />  生徒の往来がすべて見えるので、実際に待ち合わせに使われることが多い。<br />  やまとが落ち着けないことが、まことには気がかりだった。<br /> 改めて見ると、やまとはかわいい。綺麗、という感じもする。<br />  鼻筋が通っていて、涼しげな目元によく釣り合っている。色も白く、寒さがその頬をかすかに染めていた。<br />  大人びたイメージがあるが、両手で大切そうに缶を包む仕草は、妙に愛らしい。<br />  髪型も気になる。ポニーテールのようだが、二つに分かれている。知らず、まことはその髪に触れたい衝動を抑えていた。<br /><br /> 「どうかしたの?」<br /> 「あ、いや、なんでもない」<br /> 「…誰か、こっちに来るみたい」<br /> 「え?…ああ、柊姉妹」<br /><br />  近づいてくるのは、かがみとつかさだった。双子で、かがみが姉だ。<br />  かがみはつかさのフォローに忙しい、などと言われるが、むしろよく補い合っているとまことには思えた。<br /><br /> 「まこと、おつかれ」<br /> 「おつかれ、かがみさん。あとのふたりは?」<br /> 「みゆきは生徒会の仕事納め。こなたは、まだ教室」<br /> 「一緒に帰らないの?」<br /> 「黒井先生が、希望者募って受験対策してるのよ。それに出るっていうから」<br /> 「こなちゃん、最近になってすごく頑張ってるんだよ。<br /> お姉ちゃんもゆきちゃんも頑張ってるから、フラフラしてるのが我慢できない、って言ってた」<br /> 「つかさ、あんまり言いふらすんじゃないの。まあ、まことだからいいかもしれないけど」<br /> 「あうう、ごめんなさい」<br /> 「永森さん、聞こえた?」<br /> 「いいえ。なにも」<br /> 「うん、俺も。てなわけで、心配いらないよ、つかささん」<br /> 「悪いわね。気ぃ遣わせて」<br />  かがみが、やまとの方を見た。きりっとした印象が、似ているといえば似ている。<br /><br /> 「この子、永森さん。フィオリナの子なんだけど、ちょっと縁があって」<br /> 「ふうん。ちょっとした縁、ね」<br /> 「いや、別に俺は」<br /> 「はいはい。柊かがみです。よろしく。こっちは、妹のつかさ」<br /> 「どうも、つかさです」<br /> 「…よろしく」<br /> 「邪魔しちゃ悪いし、行きましょうか」<br /> 「待ち合わせに付き合ってるだけだよ」<br /> 「なんでもいいけど。あんた、勉強ちゃんとやってんの?模試、悪かったんでしょ」<br /> 「問題ないよ。自分のことは、自分で考えてるから」<br /> 「どうかしら。この分だと、センターも知れてるんじゃない?この間だって、なんか浮ついた話を聞かされたけど」<br /> 「それは、関係ないでしょ?」<br /> 「…そうよね。ごめん、余計なこと言った」<br /> 「いや、いいんだけど」<br /> 「…そうかな。そんじゃ、帰るから」<br /> 「うん。バイバイ。つかささんも」<br /> 「まこと君、ばいばい」<br /><br />  ふたりが、同時に背を向ける。しかし、しばらくしてつかさだけが駆け戻ってきた。</p> <div class="mes">「ふえ、疲れたあ…」<br /> 「どうしたの?」<br /> 「うん。あのね、まこと君。お姉ちゃんのこと、怒らないでほしいの」<br /> 「俺が、かがみさんを?」<br /> 「お姉ちゃん、最近ずっと遅くまで勉強してるの。それに今週は、丁度その、アレだから」<br /> 「それは、言わないでいい」<br /> 「永森さん?」<br /> 「そっか。じゃあ、いいや。だからね、悪気があってあんな態度してるんじゃないよ、って」<br /> 「大丈夫だよ。俺、ちゃんとわかってるから。模試がヤバイのも、事実だしね。とにかく、怒ってなんかないよ」<br /> 「…よかったあ」<br /> 「かがみさん、待ってるんじゃない?」<br /> 「あ、そうだった!まこと君、また明日ぁ」<br /> 「転ばないでよ…って、行っちゃった」<br /> 「なんだか、いい組み合わせね」<br /> 「永森さんと八坂さんも、いいと思うよ」<br /> 「そうかしら?」<br /><br />  彼女らのやり取りは、この間の部室でしか見ていない。それだけでも、ふたりの信頼はよく見て取れた。<br />  それから、しばらくかがみ達の話をした。<br />  やまとは、ときどき慎ましく笑う。それは、小さく花が咲いたようだった。<br />  見とれそうになるのを振り切り、まことはコーヒーを飲み干した。<br />  もう少し、やまとと居たい。そう思っている自分がいた。しかし、そろそろこうが来るかもしれない。<br /><div class="mes">「なんか、気持ちがほぐれた」<br /> 「イライラしてたの?」<br /> 「ちょっとね。受験、厳しくて。やっぱり、人と喋った方が良かったみたい」<br /> 「そうかもね。ひとりでいると、どうしても塞いじゃうもの」<br /> 「それでさ、永森さん。今度、俺とどこか行かない?」<br /> 「…え?」<br /> 「イライラが無くなっただけじゃ、プラマイゼロでしょ。だから、もうちょっとだけ息抜きしたいんだ」<br /> 「ずいぶん、突然ね」<br /> 「俺の中では、筋道が立ってるんだけど」<br /> 「…こうを誘った方が、楽しいんじゃない?」<br /> 「確かに楽しいだろうけど、あの子じゃ元気すぎて、息抜きって感じにはならないから。<br /> 自分でも急だと思うけど、考えといてくれない?」<br /> 「…ええ。わかったわ」<br /><br />  静かな物言いの中に、かすかな戸惑いが感じられる。やまとを動揺させたことが、ちょっと楽しく思えた。<br />  大路に顔を戻すと、こちらへ向かう影があった。遠目であっても、群集に埋もれない存在感を放っている。<br />  間違いなく、みゆきだ。コートの上からでも、スタイルの良さが浮き出ている。一体、どんな身体をしているのか。<br />  <br /> 「…まことさん。そちらの方は?」<br /> 「あ、えっと、永森さん。永森やまとさん」<br /> 「もしかして、先日話されていた方ですか?あの、路上でお声を」<br /> 「う、うん。実は」<br /> 「そうですか。あなたが。まことさんは、あなたと」<br /><div class="mes"> みゆきの様子は、どこかおかしい。<br />  真っ先にやまとを気にするのもそうだし、気のせいか、言葉には感極まったような調子がある。<br /><br /> 「もう、すっかり仲良しなんですね」<br /> 「どうかな。悪くはないけど」<br /> 「もしよろしければ、今度私たちにも紹介して下さいますか?」<br /> 「まあ、永森さんが嫌でなければ」<br /> 「いいお返事を期待しています。急ぎますので、これで失礼しますね。<br /> ごきげんよう、まことさん。それに、永森さん」<br /><br />  わずかな会話で、みゆきは帰ってしまった。その歩みは、急ぐと言っていた割に速くない。<br />  他の生徒に紛れるまで、まことは眼が離せなかった。<br /><br /> 「きれいな人ね」<br /> 「うん。でも」<br /> 「なんだか、泣きそうだった」<br /> 「やっぱり、そう見えた?なんだったんだろう」<br /> 「勘違いされたんじゃない?私がいたから」<br /> 「なにそれ。それじゃ、みゆきさんが」<br /> 「そういうことでしょう?」<br /> 「それはないよ。ないと、思う」<br /> 「まあ、私にはわからないけど」<br /> 「俺、またコーヒー買ってくる。なにか、欲しい?」<br /> 「いらないわ。でも」<br /><br />  話題を振り切って立ち上がると、やまとも続いた。すぐに戻るといって、どこかへ行ってしまう。<br />  多分、トイレだろう。そういうことが、なんとなくわかる。昔から、なぜか女の子の友達が多かったのだ。<br />  手の中で細い缶を転がしながら、ベンチに戻る。その途中で、走るような音が聞こえた。<br /><div class="mes">「こなたさん」<br /> 「あっ、まこと君っ」<br /> 「どうしたの?そんなに急いで。さっき、かがみさんが」<br /> 「アニメ始まっちゃうから、ごめん!」<br /><br />  小柄な身体が、信じられないような速さで過ぎ去った。あのコンパスで、どうやったらあれだけ走れるのか。<br />  ふと、時刻が気になった。<br />  こなたが来たということは、もう一時間以上、こうを待っていることになる。陽の明りはすでになく、夜の空気が漂いだしている。<br />  心配になる。あの子は、寒いのが苦手と言っていた。なんとなく、辺りを見回す。<br />  二人、人がいた。片方が、間断無く謝りつづけている。人気のなくなった大路に、こうの甲高い声が響いた。<br /><br /> 「ごめんっ。この通りっ。お願いだから許して!」<br /> 「こう。私がなにに怒ってるのか、わかる?」<br /> 「寒い中、待たされたこと?」<br /> 「それは、平気だったわ。ねえ、白石堂のお座敷は、何時までだっけ?」<br /> 「…5時です」<br /> 「今は、何時?」<br /> 「ああ、もうっ、わかってるよう。今度の日曜、遊ぼ?やまとの行きたいところ、どこでも付き合うから」<br /> 「…その日は、予定が入るかもしれない」<br /> 「八坂さん」<br /> 「あれっ、先輩?」<br /> 「一緒に待っていてくれたわ。なんだか、人が好いのね」<br /> 「勝手にいただけ、ってね。八坂さん、なにかあったの?」<br /> 「いや、実はですね」<br /><br />  聞いてみれば、それなりに正当な理由だった。<br />  謝るときに言えばいいようなものを、こうは自分の正しさなど少しも主張しない。<br />  とにかく、心の底から謝るだけなのだ。それをやられると、なんとなく許してしまいたくなる。<br />  そうやって何度となく懐柔されている自分が、本当のところやまとは苦々しいのだろう。<br />  見ている分には、微笑ましい。やはり、いい組み合わせなのだ。<br /><div class="mes">「まこと君」<br /> 「ん、なに?寒いから、歩きながら話そうか」<br /> 「さっきの話、考えてもいいわ」<br /> 「…ホントに?」<br /> 「ええ。都合のいい日がわかったら、連絡してくれる?私も、空けておくから」<br /><br />  渡された付箋には、あらかじめ連絡先が書いてあった。こうも、同じようにしていたはずだ。<br />  親友の真似をしてみるような少女っぽさも、やまとにはある。また一つ、彼女を知ったような気分になった。<br /><br /> 「なな、なになに?内緒の話?私のこと?」<br /> 「八坂さん、そんなに気にしないでいいよ。永森さんも、実はそんなに怒ってないんでしょ?」<br /> 「だめよ。甘やかすと、よくないわ」<br /> 「やまとぉ」<br /> 「そんな声出しても、だめ。まこと君、行きましょ」<br /><br />  やまとを挟むような格好で、歩き出した。やまとは、まことにばかり話しかけてくる。<br />  わざとやっているんだろう。それも、こうが本当に落ち込んでしまう前にやめた。<br />  ふたりの掛け合いを眺めていると、楽しい。自分の苛立ちが、ちっぽけに思える。<br />  出逢ってから間もない。それでも、三すくみの会話は止むことがなかった。</div> </div> </div> </div> </div> </div> </div>

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