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「導入編」(2008/04/09 (水) 16:21:16) の最新版変更点

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<p>｢なにそれっ。要するに、ナンパされたってこと？｣<br />
｢…こう。声が大きいわ｣<br />
｢へえー。ナンパかあ。今時ねえ。ふむ。やまとがねえ｣<br />
｢ねえ、聞いてる？｣<br />
｢聞いてる聞いてる。カラオケなんだから平気だって｣<br />
｢…そういう問題じゃないわ｣<br /><br />
　この子は、興奮するといつもこうなる。そう思いながら、やまとは軽い溜息をついた。<br />
　自分のことで、あまり騒がれるのは好きではない。声が大きいというのはそういう意味だ。<br />
　ただ、今だけはそのうるささが楽しかった。こうが、中学の頃とまるで変わっていない。そう思えるからだ。<br /><br />
｢で、どんな人だったの？変なことされなかった？｣<br />
｢大丈夫よ。だけど｣<br />
｢だけど？｣<br />
｢陵桜の人かもしれない｣<br />
｢え、ウチの？なんで？｣<br />
｢学生服だったの｣<br />
｢…ははあ、なるほど。でも、それだけじゃわかんなくない？学ランのトコなんて、いくらでもあるし｣<br />
｢そうね。なんとなく、思っただけ｣<br />
｢まあ、うちはフィオリナと近いからねえ。案外あたってるかもしれないけど。しっかし、制服着てナンパとは、大した度胸だわ｣<br /><br />
　こうは腕を組み、なにやら思索している。彼女には、腕組みが似合わない。胸が邪魔で、それを抱えるような格好になる。<br /><br />
　路上で、男の子に声をかけられた。昨日の話で、学校から帰る途中のことだ。<br />
　すれ違う直前に、相手が立ち止まった。なにかと思いよけて通ったところを、後ろから話しかけられたのだ。<br />
　道でも訪ねられるかと思ったがそうではなく、動揺した声でこちらの名前を訊き、次に自身が名乗った。<br />
　わけがわからなかったが、不思議と怖くもなかった。他には、なにもされなかったのだ。</p>
<div class="mes">
<p>｢それで、その人はなんて言ってたの？一目惚れしたから、毎朝みそ汁を作ってくれ、とか？｣<br />
｢…展開が無茶苦茶ね。別になにも。名前を訊かれただけよ｣<br />
｢名前、言ったの？｣<br />
｢ええ。言ったけど｣<br />
｢あのねえ、やまと。そういう時は、適当なこと言ってはぐらかさなきゃ。女子高の周りウロウロしてる奴なんて、ロクなもんじゃないよ？｣<br />
｢…そんな感じでもなかったけど。なんというか、普通の人｣<br />
｢いやいや、そいつはきっと、日頃からフィオリナの生徒をチェックしているに違いないね。<br />
でもって、これはという女の子に声をかけてかどわかすわけだ｣<br />
｢こう、また妄想？｣<br />
｢なんかあったら、すぐに言いなよ。なんなら、明日から一緒に帰ろうか？やまとに付き纏う奴には、ロケットシューズかましてやるから｣<br />
｢…靴を飛ばすのは、はしたないと思う｣<br /><br />
　一緒に帰るというのは、冗談半分だろう。しかし、悪くないと思えてしまう。学校にも友達はいるが、行き帰りはひとりでいることが多い。<br />
　進んで時間を分け合いたいような人間には、高校では出会えなかった。自分にとって、そういう存在はこう以外にいない。<br />
　このところ、彼女との寄り道が増えている。学校が違うのだから、わざわざ示し合わせるような感じになるが、それを面倒に思うことはなかった。</p>
<div class="mes">｢ナンパ、っていう感じでもなかったけど｣<br />
｢ナンパでなけりゃ、ストーカーだね。うーん、陵桜の人かあ。ウチの学校、でっかいからなあ。変態の五人や十人は、いるかもなあ｣<br /><br />
　なにかあると、こちらが照れくさくなる程に親身だった。そういうところが、こうはすごい。<br />
　今も、自分のことのように悩んでくれている。嬉しくもあるし、大したことじゃないのにと、少し恐縮もする。<br /><br />
　昨日のことを思い返す。あれは、なんだったんだろう。妙に自然だった。怖さもなく、逃げたくもならない。<br />
　危険な人ではないと、わかっていたような気がする。でも、知らない。確かに、知らない人だった。<br /><br />
｢名前は、なんつってたの？まあ、知ったところでって感じだけど｣<br />
｢そんなに、大したことじゃないから｣<br /><br />
　心配してくれてありがとう。それは、思っても口にしない。声に出さないまま、伝わるものもある。<br /><br />
｢うーん、そっかあ。しかし、気になる。やっぱり、そいつの名前だけ訊いていい？｣<br />
｢まあ、いいけど｣<br /><br />
　男の子の名前は、淀みなく出てきた。多分、単純な名前だからだろう。<br />
　告げた瞬間、こうが固まった。<br /><br />
｢…それ、マジ？｣<br />
｢ええ。間違いないわ。こう、どうかしたの？｣<br />
｢私、その人知ってる｣<br />
｢…え｣<br />
｢…まこと先輩、なにやってんすか｣<br /><br />
　こうは、ソファにもたれかかった。似合わない腕組みをしている。<br />
　呆れ果てたという顔で、いない人物に向かって話しかけていた。</div>
</div>