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「~ひよりの想い~」(2009/02/08 (日) 23:47:07) の最新版変更点
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<dl><dd>
<p align="left"><font size="2">「どうしよう…。あぁ~、どうしたらいいの~」</font></p>
<p> </p>
<p><font size="1">ひよりんこと田村ひよりは、自室のベッドで頭を抱えて悩んでいた。<br />
明日はパティとこうちゃん先輩に加え、○○先輩も一緒に買い物ついでに遊びに行く約束をしている日なのだ。<br /><br />
「せっかく○○先輩と(二人きりではないにしても)デートなのに…」<br />
「何で今日に限って可愛い服が全部ナフタレン臭いッスか~!」<br /><br />
普段から同人活動まっしぐらなひよりは、部屋ではどてらやジャージを愛用している。<br />
平日はもっぱら制服なので、余所行き用の服は長い間タンスにしまわれていたのだ。<br />
そしてつい先日、なかなか着ないタンスの服に虫が付かないよう、母が防虫剤を入れ替えたばかりなのである。<br /><br />
「なんてタイミングの悪さ…orz」<br /><br />
このままでは制服で行くしかなくなる。<br /><br />
(せめて休みの日ぐらい、○○先輩の前では可愛くいたかったのに…)<br /><br />
ひよりは美人ではないかも知れないが、決して不細工と言われる程でもない。<br />
が、パティやみゆきといった、所謂トップクラスに囲まれているせいで、自分に対して自信が持てなくなっていたのだ。<br /><br /></font></p>
<font size="1"><font size="1"><font size="1">「仕方ないか…。制服で行こう…」<br /><br />
諦めを込めた溜め息を吐き、メガネを机に置いてそのままベッドに俯せになる。<br /><br />
(…先輩…)<br /><br />
桜藤祭が終わってから、ひよりは○○の事を意識するようになっていた。<br /><br />
(…何でだろ…? 何でずっと気になっちゃってるんだろ…?)<br /><br />
当然ながら、ひよりは時間のループを知らない。<br />
そのループの中で○○は、一度ひよりに想いを告げている。<br />
だが、例のごとく時間がループした為に、ひよりの中に淡い想いだけが残ったのだ。<br /><br />
(確かにいろいろお世話になってるけど…)<br />
(好きになる要素がなかった訳じゃないけど…)<br /><br />
○○の事を思い返しながら、ひよりは毛布をかぶる。<br /><br />
(…ううん、違う。何で好きになったかで戸惑ってるんじゃない…)<br />
(先輩を…、人を好きになる事が、こんなに切ないなんて知らなかったんだ…、私…)<br /><br />
寝返りをうち、まどろんでいく事を自覚しながら、○○の顔を頭に描いていく。<br /><br />
(…先輩は私の事をどう思ってるのかな…)<br /><br />
明日に一抹の不安と期待を抱えつつ、ひよりは深い眠りへと落ちていった。<br /><br /></font></font></font><font size="1">翌日の駅前。そこにはラフな格好をしたパティ、こうと○○がいた。<br /><br />
「いや~、先輩すみません! 今ちょうど個人と漫研とで締切被っちゃいまして」<br />
「分かってるよ。それもう100回くらい聞いた」<br />
「あはは~、そうでしたっけ?」<br />
「その続きは『修羅場なもんですから、ひよりんは当分貸せません! 漫研のが終われば貸すんですけどね~』…だろ?」<br />
「オー! 流石○○! 記憶力バツグンネ!」<br /><br />
パトリシアさんが親指をグッと立てて笑う。<br /><br />
「だから100回も聞けば覚えるって。…それよりも、田村さんには言ってないよね?」<br />
「先輩がひよりんにぞっこ…」<br />
「わぁ! こんなとこで大声で言うなよ!」<br />
「あちゃ、すいません。でも大丈夫ですよ。私達は言ってないですし、ひよりんも気付いてないみたいですから」<br />
「オージョーギワガワルイネ!」<br />
「それ用途違う。まぁバレてないなら良いけどね」<br />
「大丈夫ですって! 先輩がこうして居るのも、漫研の手伝いでかたが付きますから」<br />
「ホントハひよりんト早ク遊ビタイカラ手伝ッテルンデスネ?」<br />
「うぐっ…」<br /><br />
言葉に詰まる俺をパティさんと八坂さんがからかっていると、田村さんが制服姿でやって来た。<br /><br />
「すいません、お待たせしたっす…」<br />
「ひよりん遅いよ! …って、何で制服なのさ?」<br />
「こうちゃん先輩…、乙女にはいろいろあるっすよ…」<br />
「腐ッテマスケドネー」<br />
「パティうっさい。っつかここに居る4人は皆腐ってるじゃん」<br />
「俺を数に入れるんじゃない」<br />
「先輩冷たい~。一緒に腐りましょうよ~」<br />
「何だ腐るって…。ほら田村さんも来たし、買い物に行こうよ」<br />
「そうですね。では近くの画材屋さんに行きましょうか」<br /><br /></font><font size="1">画材屋に行く道中、ひよりは物思いに耽っていた。<br /><br />
(皆オシャレだな~…)<br />
(こうちゃん先輩は白を基調にして赤をあしらった服か…。先輩スタイル良いから赤が良く映えて似合うなぁ…)<br />
(パティもオシャレにしてるし、少し胸元とか大胆過ぎない? って感じ…)<br />
(○○先輩もカッコいい~。私服だと凄い大人びて見えるんだ…)<br />
(それなのに私は制服って…。何だか一人浮いてる感じ…)<br />
(…来なきゃ…良かったかな…)<br /><br />
ハァッ…。と溜め息をもらしながら歩いていると、突然○○に声を掛けられた。<br /><br />
「どうしたの? 何か元気ないみたいだけど」<br />
「うひゃあ! せ、先輩? ど、どうしたんですか?」<br />
「うん? いや、どうしたって聞かれたら…、田村さんが元気無さそうだなーと思った、かな?」<br />
「え? あ、いや、何でも無いッスよ! ネタを考えてただけっす」<br />
「そう? でも歩きながら考えると危ないよ」<br />
「そうなんですよね。この前も歩きながら考えてたら、電柱におでこぶつけちゃいましたから」<br />
「うわ…、痛そう…。おでこにぶつけたって、この辺り?」<br /><br />
そう言いながら、○○はひよりのおでこを優しく触る。<br /><br /></font><font size="1">瞬間、ひよりは自分の顔が真っ赤になるのを感じた。<br /><br />
(はひゃ!? せ、せせせ先輩の手が!)<br /><br />
○○としては、特に凄い事をしている認識は無いが、<br />
免疫のないひよりには赤面するのに充分だった。<br /><br />
「ん? もしかして熱があるんじゃない? 顔赤いし、おでこも熱いよ?」<br />
「そ、そうですか? じ、じゃあ私、今日はお先に失礼しますね! こうちゃん先輩、パティごめんなさい! 私帰るっす~!」<br /><br />
そう言いながらひよりは全力で来た道を逆走していった。<br />
恥ずかしかった。地味な自分があの中にいる事が。<br />
何より○○の隣りにいる事が恥ずかしかった。<br /><br />
(あんなにカッコいい人の隣りに私がいちゃダメっ! こんな地味な私が…)<br /><br />
確実に恋愛フィルターがかかっているが、ひよりにはどんな男性よりも素敵に見えていた。<br /><br /></font><font size="1">全力で走ったせいか、部屋に辿り着くと、その場にへたりこんでしまった。<br /><br />
少し落ち着いてくると、どうしようもなく胸が切なくなってきた。<br /><br />
どうして自分は地味なんだろう<br />
どうしてもっと綺麗じゃないんだろう<br />
どうしてスタイルが良くないんだろう<br /><br />
気付くとひよりは泣いていた。嗚咽を噛み殺しながら、ひよりは一人で泣いていた。<br /><br />
(○○先輩…、…先輩ぃ…)<br /><br />
胸の奥から込み上げて来る切なさを抱え、ひよりは一人で泣き続けた。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />
一方その頃の○○達は、喫茶店に3人でいた。ただし、○○は椅子の上に正座させられている。<br /><br />
「○○先輩…」<br /><br />
恐ろしくドスの効いた声で八坂こうが呟く。<br /><br />
「ひよりんに一体何をしたんですか!」<br />
「オージョーギワガワルイネ!」<br />
「だから用途が違う。…俺は何もしてないよ! おでこをぶつけたって言ってたから、その…、ちょっとおでこ撫でたけど…」<br />
「…本当ですか…?」<br />
「ホントだよ! …やっぱりイヤだったのかな…」<br /><br /></font><font size="1">○○から話を聞いたこうは考えた。<br /><br />
(これが本当だとしたら、イヤと言うより恥ずかしかった可能性が高いか…)<br />
(ひよりんは自分を過小評価するところがあるから…)<br />
(普段と変らない自分と、普段と違うあたし達を比べたのかも…)<br />
(……知らない間に気合い入っちゃってたかな…)<br /><br />
こうは自分とパティの格好を見る。決して派手では無いが、自分達の魅力を引き出す格好をしている。<br /><br />
(…諦めたつもりだったんだけどね…。ゴメンよひよりん)<br /><br />
心の中で謝りつつ、こうは口を開く。<br /><br />
「こうなったら取るべき方法は一つです! 先輩は今からひよりんの家へダッシュです!」<br />
「え! いや、しかし女の子の家に突然押しかけるのは…」<br />
「先輩!!」<br /><br />
テーブルを叩き、こうはいつもより真剣なまなざしで○○を見る。<br /><br />
「今行かないと、ひよりんを失う事になりますよ! 良いんですか!?」<br /><br />
脅しでも何でもなかった。こうはひよりの性格上、今日がこのまま過ぎてしまったら○○を避ける可能性がある事を知っていた。<br /><br /></font><font size="1">「……っ!」<br /><br />
言葉を無くす○○に、こうは続けて言う。<br /><br />
「ひよりんが好きなんじゃないですか? 大切なんじゃないですか!?」<br />
「大切だ! 誰よりも大切だよ!」<br /><br />
弾かれたように立ち上がり、こうの問い掛けに答える。その眼は、迷いも曇りもなかった。<br /><br />
「…行ってあげて下さい。きっと待ってますから」<br />
「分かった。ありがとう、二人とも」<br /><br />
伝票を掴み、颯爽と喫茶店を後にする○○を、こうとパティは黙って見つめていた。<br /><br />
どれくらい泣いただろうか。気が付けば部屋は暗くなっていた。<br /><br />
(…随分泣いてたっすね…)<br /><br />
涙が枯れ果てるかと思う程泣いていたが、○○の顔を思い浮かべると、また一筋の雫が流れた。<br /><br />
(誰かを好きになるのって、こんなに辛かったんだ…)<br />
(こんな想いなら…、いっそ無い方が…)<br /><br /></font><font size="1">♪ずっと探してたんだ~♪運命の人ってやつを~♪<br /><br />
携帯の着うたが鳴り始める。○○用に設定した曲「かおりんのテーマ」だ。<br /><br />
(…○○先輩…?)<br /><br />
慌てて携帯を取るが、泣き続けていた為、喉を2、3回鳴らしてから電話に出た。<br /><br />
「…もしもし…?」<br />
『あ、田村さん。俺だよ、○○です』<br />
「はい、先輩どうしたんですか?」<br />
『いや、田村さん、様子はどうかなって思ってさ。今大丈夫?』<br />
「…はい、心配をおかけしましたっす」<br />
『そう、良かった。それでね、少し話したい事があるんだけど、良いかな?』<br />
「へ…? 別に大丈夫ですけど…。何ですか?」<br />
『うん、じゃあちょっと失礼して…』<br /><br />
(ピンポ~ン)<br /><br />
(…まさか…)<br /><br />
ドタドタドタドタ! …カチャッ<br /><br />
「やあ」<br />
「…え?」<br /><br />
片手を上げてにこやかに挨拶する○○がそこにいた。<br /><br /></font><font size="1">「…何してるっすか?」<br />
「田村さんに会いに来たんだよ」<br /><br />
俺がそう言うと、田村さんは嬉しそうな、悲しそうな、どちらともつかない顔をした。<br /><br />
「…立ち話もなんですから…、どうぞ」<br /><br />
最初より幾分沈んだ感じがした。<br /><br />
「? …うん、じゃあお邪魔するね」<br /><br />
部屋に通された後、田村さんはお茶を入れて来ると言って部屋から出て行った。<br /><br />
(何だか元気無かったな…)<br /><br />
そう考えて、頭を振る。<br /><br />
(俺まで沈んでどうする!)<br /><br />
気持ちを切替え部屋を見渡す。割りと和風な感じの部屋だ。<br /><br />
(…同人誌が山程入れてある棚があるな…)<br />
(自分の書いたのと、他のサークルのやつかな?)<br /><br />
さすがに物色するわけにはいかず、大人しく座っていると、田村さんがお茶を2つ持って戻ってきた。<br /><br /></font><font size="1">「あ、ありがとうね。熱は大丈夫?」<br />
「はい、ご心配をおかけしましたっす」<br /><br />
どこかよそよそしい。<br /><br />
(さっきから目線も合わせてくれない…。八坂さん達に言われて来たけど…)<br />
(…どうすりゃ良いんだ? あれか? 玉砕してこいって事なのか?)<br /><br />
八坂さんに言われた事を思い返す。<br /><br />
『今行かないと、ひよりんを失う事になりますよ! 良いんですか!?』<br /><br />
(…失うなんて絶対にイヤだ。…だけど、どうしすればいいのか全然分かんないよ…)<br /><br />
「先輩…、何かお話があったんじゃないんですか?」<br />
「あ~、うん。そうなんだけど…。ほら、熱があったみたいだから心配で…」<br /><br />
そう言った途端、田村さんの顔が更に曇った。<br /><br /></font><font size="1">「あ~、うん。そうなんだけど…。ほら、熱があったみたいだから心配で…」<br /><br />
ひよりは複雑だった。<br /><br />
(先輩が来てくれたのは嬉しいッスけど…)<br />
(先輩はどうゆうつもりで来たんだろう…)<br /><br />
自分の好きな人が心配してくれる。それだけで嬉しいはずだが、ひよりが喜べない理由はそこにあった。<br />
『自分に好意を抱いてくれているから』という発想は、マイナス全開の自信の無さから、最初から選択肢になかった。<br /><br />
(後輩に対する優しさだったら…、私…)<br /><br />
「…田村さん? もしかして…泣いてたの?」<br /><br />
声にハッとして顔を上げると、すぐ目の前に○○の顔があった。<br /><br />
(……っ!)<br /><br />
何でこんなに簡単に踏み込んでくるのか。ある意味無神経とも言えるこの行動に、ひよりの胸の奥にあったものが溢れ出してしまう。<br /><br />
「…何で…、何でなんですか?」<br />
「後輩だから気に掛けてるんですか?」<br />
「知り合いだから優しいんですか?」<br />
「…私は…、私はそんな優しさならいらないです!」<br />
「だって…! だって私は…! 先輩が好きなんですから!」<br /><br /></font><font size="1">「だって…! だって私は…! 先輩が好きなんですから!」<br /><br />
一気に捲し立てる田村さんの言葉を聞いて、○○は愕然とした。<br />
同時に自分の鈍さと無神経さを呪った。<br />
何で自分は気付けなかったのか。<br />
どうして田村さんをここまで傷つけてしまったのか。<br /><br />
「…ゴメンよ…」<br /><br />
自然と口から出たのは謝罪の言葉だった。心の底から出た言葉、大切な相手を傷付けた事に対する言葉だった。<br /><br />
「…分かってるッス…」<br /><br />
その言葉を聞いたひよりは、拒絶の言葉だと勘違いしてしまう。<br /><br />
「え? いや、違うんだよ!田村さんが嫌いとかじゃなくて、むしろ…」<br />
「…いいッス…。私なんか地味ですし…、胸なんかペチャンコだし…、おでこ広いし…」<br />
「好かれる訳がないのは分かってるッス…」<br /><br />
慌てて○○が否定するが、ひよりはただ「いいッス…」を繰り返すだけである。<br /><br /><br /><br /><br />
「ひよりっ!」<br /><br />
自分が何をされたか理解するのに幾らかの時間を必要とした。<br />
とてもテンポの早い何かが聞こえる。<br />
自分の顔が、何かに押しつけられている。<br />
暫くして、自分が○○の腕に抱き締めている事に初めて気付いた。<br /><br /></font><font size="1">「…せ、先輩…?」<br />
「…しっ。静かに…」<br />
「…………」<br />
「聞こえる? 俺の鼓動…」<br />
「…はい」<br />
「凄いドキドキしてるでしょ?」<br />
「緊張してるんだよ。…大切な人を抱き締めてるから」<br />
「…え…?」<br />
顔を動かし○○を見上げる。<br />
「田村さんがちゃんと言ってくれたのに、俺が言わない訳にはいかないよね」<br />
「よく聞いててくれよ? …俺は、田村さんが好きだ」<br /><br />
あまりにも衝撃的な事が続いたため、ひよりは半ば放心して○○の顔を見ていた。<br />
「…田村さん…?」<br />
「ぅひゃい! な、何ですか?」<br />
慌てるひよりを○○は優しい目で見つめ、抱き締めていた手をさらに大きく、優しい手つきで包む。<br />
「もう一度言うよ。好きだ…、大好きだよ…田村さん…」<br />
ひよりは夢を見ているのではないかと疑った。<br />
(なんだかボ~ッとするし…、夢なんだ…)<br />
抱き締められている感覚を夢だと勘違いし、夢ならば何でも聞いてしまえ、と口を開く。<br /><br />
「でも…、先輩さっき『ゴメン』って…」<br />
「それは、自分が意図して無いとは言え、大切な人を傷付けてたんだよ? 謝らないとダメだろ?」<br />
「だけど…、私なんか地味だし…。パティやこうちゃん先輩に比べてスタイルだって…」<br />
「俺には、どんな女の子より可愛いく見える」<br />
「それに覚えてる? 劇の代役をやる時、沢山資料を用意してくれたでしょ?」<br />
(…あれ? でも代役って、かがみ先輩足挫いてなかったような…。…でも確かにそんな事もあったような…?)<br />
「あれが嬉しかったんだよ。不安で不安で仕方の無かった時に、誰より親身になって応援してくれたから」<br /><br /></font><font size="1">「…な、何だか恥ずかしいッスね…。今の格好も充分恥ずかしいッスけど…」<br />
「あはは、ゴメンね? でも、もう少しこのままでもいいかな?」<br />
「…別に構わないッスけど…」<br /><br />
ひよりはまだ○○の気持ちに半信半疑のようだった。少し考えた○○は、ひよりのおでこを撫でながら声を掛ける。<br /><br />
「じゃあ一つ証拠をあげるよ」<br />
「…証拠…?」<br /><br />
そう呟いた時、ひよりはあごを持たれ、唇を○○の唇で塞がれていた。<br /><br />
「むぅ…っ!?」<br /><br />
少し長めに唇を吸われ、その後何度か啄むようなキスを終えて、二人の顔が離れる。<br /><br />
「……はぁっ……」<br />
「これが証拠じゃ…、ダメかな…?」<br />
「…い、いきなり過ぎるっすよ…。…先輩…、ドSっすね…」<br />
「そうかな…? こんな俺はイヤ?」<br />
「…好きッス。Sなところも含めて、全部…」<br />
「そう、良かった」<br /><br />
にっこりと優しく微笑む○○の顔をひよりは見つめる。<br />
この時初めて『夢にしては長い』と思った。<br /><br /></font><font size="1">「あれ…?」<br />
「どうしたの? 田村さん」「…先輩、ちょっと私の頬をつねって欲しいッス」<br />
「え? いくら俺がSっぽいからって、田村さんがMにならなくても…」<br />
「ち、違うッスよ! ちょっとで良いんでお願いです」<br />
「う~ん、じゃあ抓るよ?」<br /><br />
優しく、軽い痛みを覚えるくらいで、頬を抓られる。<br /><br />
「…痛い…」<br /><br />
もちろん、のたうち回る程では無いにしろ、痛みを感じたのは確かである。<br /><br />
「じゃあ…これ、夢じゃない…?」<br />
「当たり前だよ。ファーストキスを夢オチにされたくないな」<br /><br /><br /><br /><br /><br />
「えぇぇぇ!」<br />
「ど、どうしたの?」<br />
「夢じゃないッスか? だ、だってさっき先輩、私の事好きって…」<br />
「? そうだよ?」<br /><br />
さらりと肯定する○○を驚きの目で見る。よくよく自分の体勢を確認すると、夢だと思っていた『抱き締められている』体勢になっている。<br /><br />
「じゃ、じゃあさっきの告白も…、き、きき、キスも…」<br />
「夢なんかじゃない。ちゃんとした現実だよ。…田村さんは、夢の方が…、よかったかな…?」<br />
「……そんな事…ないっす…」<br /><br /></font><font size="1">恥ずかしそうに顔を伏せながら、抱き締められていた体勢から、ひよりが腕を○○の背中に回し、『抱き合う』体勢になる。<br /><br />
「だって…私も…、先輩が好きッスから…」<br /><br />
ようやく通じた淡い想い。一時はこの想いのせいで、胸が引き裂かれそうな程切なくなった。<br />
『こんな想いをするくらいなら…』と思ってしまう事もあった。<br />
だけど、今は違う。この想いのお陰で、こんなにも満ち足りた気持ちになれた。<br />
この想いがあるから、今、愛される幸せを感じられた。<br />
○○からの想いを温もりと共に感じ、ひよりは知らず涙を流していた。<br /><br />
(嬉しい涙って、こんなに気持ち良いんだ…。ありがとう、先輩…。私を選んでくれて…)<br /><br />
「先輩…」<br />
「何?」<br />
「これは夢じゃないッスよね?」<br />
「まだ言ってるの? そんなに俺が信じられないかな?」<br />
「いえ! 違うッス! ただ、夢じゃないなら一つお願いが…」<br />
「ん?」<br />
「ひより…って呼んで欲しいっす。さっき…、呼んでくれましたよね…?」<br />
「ん? あぁ、勢いでつい…ね」<br />
「呼んで欲しいっす」<br />
「いやしかし、いきなりって何か恥ずかしいだろ?」<br />
「呼ぶっす」<br />
「いや…、だからね…?」<br /><br /></font><font size="1">「呼ばないなら、次の同人誌は○○先輩と白石先輩の18禁を…」<br />
「愛してるよ、ひより」<br />
「……はい、私も…愛してます…」<br />
「…まったく…。まさか無理矢理呼ばせるとはね…。こうなったらいつでも名前で呼ぶからな!」<br />
「の…、望むところっす!」<br /><br />
とても恋人の会話に聞こえず、二人は同時に笑い出す。<br /><br />
「あはははっ! これから先も、こうして一緒に笑えたらいいね」<br />
「もちろんッス! …でも、浮気はしないで下さいッスね…」<br />
「あぁ、もちろんだよ。じゃあ…、誓いのキスをしようか?」<br />
「あぅ…、またキスっすか? …嬉しいからいいっすけど…」<br /><br />
目を閉じ○○に顔を向ける。少し待っていると、おでこに軟らかい感触が感じられた。<br /><br />
「…おでこ?」<br />
「うん、あんまり可愛かったからつい…」<br />
「でこが可愛いって…。何か複雑っす」<br /><br />
お互い顔を見合わせクスッと笑い合う。<br />
きっとこれから先もずっとこうだろう。何気ない会話でお互い笑い合える。<br />
そんな素敵な二人でいられるよう、ひよりは想いを込めて告げた。<br /><br />
「○○さん…」<br /><br /><br /><br />
「大好きッス!」<br /><br />
FIN</font>
<div align="left"><font size="1"><font size="1"><font size="1"><font size="1"><font size="1"><font size="1"><font size="1"><font size="1"><font size="1"><font size="1"><font size="1"> </font></font></font></font></font></font></font></font></font></font></font></div>
</dd>
<dd>
<div align="left">
<p> </p>
<p><font size="1">おまけ</font></p>
<p> </p>
<p> </p>
<p><font size="1">カランカランカラン…<br />
パティとこうは、○○が出て行った扉を眺めていた。<br />
「あとは先輩が上手くやるだけね」<br />
「…………」<br />
「…? パティ?」<br />
「オージョーギワガワルイネ…」<br />
「だからそれは用途が…」<br />
そこまで言って、こうは口をつむぐ。パティの目から大粒の涙が溢れていたからだ。<br />
「…パティ…」<br />
「…ひよりんハワタシノベストフレンドデス…」<br />
「ダカラ…ひよりん二ハ笑ッテイテ欲シカッタンデス…」<br />
「○○ナラキットひよりヲ幸セニスルッテワカッテル…」<br />
「ダケド…、ソウ想エバ想ウ程、胸ガ苦シクナッテ…」<br />
こうには何となく分かっていた。パティも○○に好意を寄せていた事。<br />
そして、ひよりんの為に一生懸命その想いを押さえていた事も。<br />
嗚咽を堪えるパティの頭を優しく抱え、落ち着かせるように頭をなでる。<br />
「うん…、辛かったね…、パティ…」<br />
その一言で押さえていたものが決壊したのか、一気に声を上げて泣き出した。<br />
「今は泣いちゃいなよ。無理しないで、全部出しな、ね?」<br />
「ウッ…ウゥ…、ウゥァァァァァァン!」<br />
(○○先輩…、可愛い後輩二人の苦悩と涙の分は、きっちりお返ししてもらいますからね!)<br />
(…ついでにアタシの分もね)<br />
こうは泣きじゃくるパティをなだめつつ、妖しく目を光らせるのだった。<br />
後日、こうとパティは顔面にシューズとビンタの跡をつけた○○に、ケーキバイキング5万円分奢ってもらう事になるのだが、それはまた別のお話。<br /><br />
FIN</font><br /><span id="fck_dom_range_start_1234104013875_56"> </span></p>
</div>
</dd>
</dl>
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<p align="left"><font size="2">「どうしよう…。あぁ~、どうしたらいいの~」</font></p>
<p> </p>
<p><font size="1">ひよりんこと田村ひよりは、自室のベッドで頭を抱えて悩んでいた。<br />
明日はパティとこうちゃん先輩に加え、○○先輩も一緒に買い物ついでに遊びに行く約束をしている日なのだ。<br /><br />
「せっかく○○先輩と(二人きりではないにしても)デートなのに…」<br />
「何で今日に限って可愛い服が全部ナフタレン臭いッスか~!」<br /><br />
普段から同人活動まっしぐらなひよりは、部屋ではどてらやジャージを愛用している。<br />
平日はもっぱら制服なので、余所行き用の服は長い間タンスにしまわれていたのだ。<br />
そしてつい先日、なかなか着ないタンスの服に虫が付かないよう、母が防虫剤を入れ替えたばかりなのである。<br /><br />
「なんてタイミングの悪さ…orz」<br /><br />
このままでは制服で行くしかなくなる。<br /><br />
(せめて休みの日ぐらい、○○先輩の前では可愛くいたかったのに…)<br /><br />
ひよりは美人ではないかも知れないが、決して不細工と言われる程でもない。<br />
が、パティやみゆきといった、所謂トップクラスに囲まれているせいで、自分に対して自信が持てなくなっていたのだ。<br /><br /></font></p>
<font size="1"><font size="1"><font size="1">「仕方ないか…。制服で行こう…」<br /><br />
諦めを込めた溜め息を吐き、メガネを机に置いてそのままベッドに俯せになる。<br /><br />
(…先輩…)<br /><br />
桜藤祭が終わってから、ひよりは○○の事を意識するようになっていた。<br /><br />
(…何でだろ…? 何でずっと気になっちゃってるんだろ…?)<br /><br />
当然ながら、ひよりは時間のループを知らない。<br />
そのループの中で○○は、一度ひよりに想いを告げている。<br />
だが、例のごとく時間がループした為に、ひよりの中に淡い想いだけが残ったのだ。<br /><br />
(確かにいろいろお世話になってるけど…)<br />
(好きになる要素がなかった訳じゃないけど…)<br /><br />
○○の事を思い返しながら、ひよりは毛布をかぶる。<br /><br />
(…ううん、違う。何で好きになったかで戸惑ってるんじゃない…)<br />
(先輩を…、人を好きになる事が、こんなに切ないなんて知らなかったんだ…、私…)<br /><br />
寝返りをうち、まどろんでいく事を自覚しながら、○○の顔を頭に描いていく。<br /><br />
(…先輩は私の事をどう思ってるのかな…)<br /><br />
明日に一抹の不安と期待を抱えつつ、ひよりは深い眠りへと落ちていった。<br /><br /></font></font></font><font size="1">翌日の駅前。そこにはラフな格好をしたパティ、こうと○○がいた。<br /><br />
「いや~、先輩すみません! 今ちょうど個人と漫研とで締切被っちゃいまして」<br />
「分かってるよ。それもう100回くらい聞いた」<br />
「あはは~、そうでしたっけ?」<br />
「その続きは『修羅場なもんですから、ひよりんは当分貸せません! 漫研のが終われば貸すんですけどね~』…だろ?」<br />
「オー! 流石○○! 記憶力バツグンネ!」<br /><br />
パトリシアさんが親指をグッと立てて笑う。<br /><br />
「だから100回も聞けば覚えるって。…それよりも、田村さんには言ってないよね?」<br />
「先輩がひよりんにぞっこ…」<br />
「わぁ! こんなとこで大声で言うなよ!」<br />
「あちゃ、すいません。でも大丈夫ですよ。私達は言ってないですし、ひよりんも気付いてないみたいですから」<br />
「オージョーギワガワルイネ!」<br />
「それ用途違う。まぁバレてないなら良いけどね」<br />
「大丈夫ですって! 先輩がこうして居るのも、漫研の手伝いでかたが付きますから」<br />
「ホントハひよりんト早ク遊ビタイカラ手伝ッテルンデスネ?」<br />
「うぐっ…」<br /><br />
言葉に詰まる俺をパティさんと八坂さんがからかっていると、田村さんが制服姿でやって来た。<br /><br />
「すいません、お待たせしたっす…」<br />
「ひよりん遅いよ! …って、何で制服なのさ?」<br />
「こうちゃん先輩…、乙女にはいろいろあるっすよ…」<br />
「腐ッテマスケドネー」<br />
「パティうっさい。っつかここに居る4人は皆腐ってるじゃん」<br />
「俺を数に入れるんじゃない」<br />
「先輩冷たい~。一緒に腐りましょうよ~」<br />
「何だ腐るって…。ほら田村さんも来たし、買い物に行こうよ」<br />
「そうですね。では近くの画材屋さんに行きましょうか」<br /><br /></font><font size="1">画材屋に行く道中、ひよりは物思いに耽っていた。<br /><br />
(皆オシャレだな~…)<br />
(こうちゃん先輩は白を基調にして赤をあしらった服か…。先輩スタイル良いから赤が良く映えて似合うなぁ…)<br />
(パティもオシャレにしてるし、少し胸元とか大胆過ぎない? って感じ…)<br />
(○○先輩もカッコいい~。私服だと凄い大人びて見えるんだ…)<br />
(それなのに私は制服って…。何だか一人浮いてる感じ…)<br />
(…来なきゃ…良かったかな…)<br /><br />
ハァッ…。と溜め息をもらしながら歩いていると、突然○○に声を掛けられた。<br /><br />
「どうしたの? 何か元気ないみたいだけど」<br />
「うひゃあ! せ、先輩? ど、どうしたんですか?」<br />
「うん? いや、どうしたって聞かれたら…、田村さんが元気無さそうだなーと思った、かな?」<br />
「え? あ、いや、何でも無いッスよ! ネタを考えてただけっす」<br />
「そう? でも歩きながら考えると危ないよ」<br />
「そうなんですよね。この前も歩きながら考えてたら、電柱におでこぶつけちゃいましたから」<br />
「うわ…、痛そう…。おでこにぶつけたって、この辺り?」<br /><br />
そう言いながら、○○はひよりのおでこを優しく触る。<br /><br /></font><font size="1">瞬間、ひよりは自分の顔が真っ赤になるのを感じた。<br /><br />
(はひゃ!? せ、せせせ先輩の手が!)<br /><br />
○○としては、特に凄い事をしている認識は無いが、<br />
免疫のないひよりには赤面するのに充分だった。<br /><br />
「ん? もしかして熱があるんじゃない? 顔赤いし、おでこも熱いよ?」<br />
「そ、そうですか? じ、じゃあ私、今日はお先に失礼しますね! こうちゃん先輩、パティごめんなさい! 私帰るっす~!」<br /><br />
そう言いながらひよりは全力で来た道を逆走していった。<br />
恥ずかしかった。地味な自分があの中にいる事が。<br />
何より○○の隣りにいる事が恥ずかしかった。<br /><br />
(あんなにカッコいい人の隣りに私がいちゃダメっ! こんな地味な私が…)<br /><br />
確実に恋愛フィルターがかかっているが、ひよりにはどんな男性よりも素敵に見えていた。<br /><br /></font><font size="1">全力で走ったせいか、部屋に辿り着くと、その場にへたりこんでしまった。<br /><br />
少し落ち着いてくると、どうしようもなく胸が切なくなってきた。<br /><br />
どうして自分は地味なんだろう<br />
どうしてもっと綺麗じゃないんだろう<br />
どうしてスタイルが良くないんだろう<br /><br />
気付くとひよりは泣いていた。嗚咽を噛み殺しながら、ひよりは一人で泣いていた。<br /><br />
(○○先輩…、…先輩ぃ…)<br /><br />
胸の奥から込み上げて来る切なさを抱え、ひよりは一人で泣き続けた。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />
一方その頃の○○達は、喫茶店に3人でいた。ただし、○○は椅子の上に正座させられている。<br /><br />
「○○先輩…」<br /><br />
恐ろしくドスの効いた声で八坂こうが呟く。<br /><br />
「ひよりんに一体何をしたんですか!」<br />
「オージョーギワガワルイネ!」<br />
「だから用途が違う。…俺は何もしてないよ! おでこをぶつけたって言ってたから、その…、ちょっとおでこ撫でたけど…」<br />
「…本当ですか…?」<br />
「ホントだよ! …やっぱりイヤだったのかな…」<br /><br /></font><font size="1">○○から話を聞いたこうは考えた。<br /><br />
(これが本当だとしたら、イヤと言うより恥ずかしかった可能性が高いか…)<br />
(ひよりんは自分を過小評価するところがあるから…)<br />
(普段と変らない自分と、普段と違うあたし達を比べたのかも…)<br />
(……知らない間に気合い入っちゃってたかな…)<br /><br />
こうは自分とパティの格好を見る。決して派手では無いが、自分達の魅力を引き出す格好をしている。<br /><br />
(…諦めたつもりだったんだけどね…。ゴメンよひよりん)<br /><br />
心の中で謝りつつ、こうは口を開く。<br /><br />
「こうなったら取るべき方法は一つです! 先輩は今からひよりんの家へダッシュです!」<br />
「え! いや、しかし女の子の家に突然押しかけるのは…」<br />
「先輩!!」<br /><br />
テーブルを叩き、こうはいつもより真剣なまなざしで○○を見る。<br /><br />
「今行かないと、ひよりんを失う事になりますよ! 良いんですか!?」<br /><br />
脅しでも何でもなかった。こうはひよりの性格上、今日がこのまま過ぎてしまったら○○を避ける可能性がある事を知っていた。<br /><br /></font><font size="1">「……っ!」<br /><br />
言葉を無くす○○に、こうは続けて言う。<br /><br />
「ひよりんが好きなんじゃないですか? 大切なんじゃないですか!?」<br />
「大切だ! 誰よりも大切だよ!」<br /><br />
弾かれたように立ち上がり、こうの問い掛けに答える。その眼は、迷いも曇りもなかった。<br /><br />
「…行ってあげて下さい。きっと待ってますから」<br />
「分かった。ありがとう、二人とも」<br /><br />
伝票を掴み、颯爽と喫茶店を後にする○○を、こうとパティは黙って見つめていた。<br /><br />
どれくらい泣いただろうか。気が付けば部屋は暗くなっていた。<br /><br />
(…随分泣いてたっすね…)<br /><br />
涙が枯れ果てるかと思う程泣いていたが、○○の顔を思い浮かべると、また一筋の雫が流れた。<br /><br />
(誰かを好きになるのって、こんなに辛かったんだ…)<br />
(こんな想いなら…、いっそ無い方が…)<br /><br /></font><font size="1">♪ずっと探してたんだ~♪運命の人ってやつを~♪<br /><br />
携帯の着うたが鳴り始める。○○用に設定した曲「かおりんのテーマ」だ。<br /><br />
(…○○先輩…?)<br /><br />
慌てて携帯を取るが、泣き続けていた為、喉を2、3回鳴らしてから電話に出た。<br /><br />
「…もしもし…?」<br />
『あ、田村さん。俺だよ、○○です』<br />
「はい、先輩どうしたんですか?」<br />
『いや、田村さん、様子はどうかなって思ってさ。今大丈夫?』<br />
「…はい、心配をおかけしましたっす」<br />
『そう、良かった。それでね、少し話したい事があるんだけど、良いかな?』<br />
「へ…? 別に大丈夫ですけど…。何ですか?」<br />
『うん、じゃあちょっと失礼して…』<br /><br />
(ピンポ~ン)<br /><br />
(…まさか…)<br /><br />
ドタドタドタドタ! …カチャッ<br /><br />
「やあ」<br />
「…え?」<br /><br />
片手を上げてにこやかに挨拶する○○がそこにいた。<br /><br /></font><font size="1">「…何してるっすか?」<br />
「田村さんに会いに来たんだよ」<br /><br />
俺がそう言うと、田村さんは嬉しそうな、悲しそうな、どちらともつかない顔をした。<br /><br />
「…立ち話もなんですから…、どうぞ」<br /><br />
最初より幾分沈んだ感じがした。<br /><br />
「? …うん、じゃあお邪魔するね」<br /><br />
部屋に通された後、田村さんはお茶を入れて来ると言って部屋から出て行った。<br /><br />
(何だか元気無かったな…)<br /><br />
そう考えて、頭を振る。<br /><br />
(俺まで沈んでどうする!)<br /><br />
気持ちを切替え部屋を見渡す。割りと和風な感じの部屋だ。<br /><br />
(…同人誌が山程入れてある棚があるな…)<br />
(自分の書いたのと、他のサークルのやつかな?)<br /><br />
さすがに物色するわけにはいかず、大人しく座っていると、田村さんがお茶を2つ持って戻ってきた。<br /><br /></font><font size="1">「あ、ありがとうね。熱は大丈夫?」<br />
「はい、ご心配をおかけしましたっす」<br /><br />
どこかよそよそしい。<br /><br />
(さっきから目線も合わせてくれない…。八坂さん達に言われて来たけど…)<br />
(…どうすりゃ良いんだ? あれか? 玉砕してこいって事なのか?)<br /><br />
八坂さんに言われた事を思い返す。<br /><br />
『今行かないと、ひよりんを失う事になりますよ! 良いんですか!?』<br /><br />
(…失うなんて絶対にイヤだ。…だけど、どうしすればいいのか全然分かんないよ…)<br /><br />
「先輩…、何かお話があったんじゃないんですか?」<br />
「あ~、うん。そうなんだけど…。ほら、熱があったみたいだから心配で…」<br /><br />
そう言った途端、田村さんの顔が更に曇った。<br /><br /></font><font size="1">「あ~、うん。そうなんだけど…。ほら、熱があったみたいだから心配で…」<br /><br />
ひよりは複雑だった。<br /><br />
(先輩が来てくれたのは嬉しいッスけど…)<br />
(先輩はどうゆうつもりで来たんだろう…)<br /><br />
自分の好きな人が心配してくれる。それだけで嬉しいはずだが、ひよりが喜べない理由はそこにあった。<br />
『自分に好意を抱いてくれているから』という発想は、マイナス全開の自信の無さから、最初から選択肢になかった。<br /><br />
(後輩に対する優しさだったら…、私…)<br /><br />
「…田村さん? もしかして…泣いてたの?」<br /><br />
声にハッとして顔を上げると、すぐ目の前に○○の顔があった。<br /><br />
(……っ!)<br /><br />
何でこんなに簡単に踏み込んでくるのか。ある意味無神経とも言えるこの行動に、ひよりの胸の奥にあったものが溢れ出してしまう。<br /><br />
「…何で…、何でなんですか?」<br />
「後輩だから気に掛けてるんですか?」<br />
「知り合いだから優しいんですか?」<br />
「…私は…、私はそんな優しさならいらないです!」<br />
「だって…! だって私は…! 先輩が好きなんですから!」<br /><br /></font><font size="1">「だって…! だって私は…! 先輩が好きなんですから!」<br /><br />
一気に捲し立てる田村さんの言葉を聞いて、○○は愕然とした。<br />
同時に自分の鈍さと無神経さを呪った。<br />
何で自分は気付けなかったのか。<br />
どうして田村さんをここまで傷つけてしまったのか。<br /><br />
「…ゴメンよ…」<br /><br />
自然と口から出たのは謝罪の言葉だった。心の底から出た言葉、大切な相手を傷付けた事に対する言葉だった。<br /><br />
「…分かってるッス…」<br /><br />
その言葉を聞いたひよりは、拒絶の言葉だと勘違いしてしまう。<br /><br />
「え? いや、違うんだよ!田村さんが嫌いとかじゃなくて、むしろ…」<br />
「…いいッス…。私なんか地味ですし…、胸なんかペチャンコだし…、おでこ広いし…」<br />
「好かれる訳がないのは分かってるッス…」<br /><br />
慌てて○○が否定するが、ひよりはただ「いいッス…」を繰り返すだけである。<br /><br /><br /><br /><br />
「ひよりっ!」<br /><br />
自分が何をされたか理解するのに幾らかの時間を必要とした。<br />
とてもテンポの早い何かが聞こえる。<br />
自分の顔が、何かに押しつけられている。<br />
暫くして、自分が○○の腕に抱き締めている事に初めて気付いた。<br /><br /></font><font size="1">「…せ、先輩…?」<br />
「…しっ。静かに…」<br />
「…………」<br />
「聞こえる? 俺の鼓動…」<br />
「…はい」<br />
「凄いドキドキしてるでしょ?」<br />
「緊張してるんだよ。…大切な人を抱き締めてるから」<br />
「…え…?」<br />
顔を動かし○○を見上げる。<br />
「田村さんがちゃんと言ってくれたのに、俺が言わない訳にはいかないよね」<br />
「よく聞いててくれよ? …俺は、田村さんが好きだ」<br /><br />
あまりにも衝撃的な事が続いたため、ひよりは半ば放心して○○の顔を見ていた。<br />
「…田村さん…?」<br />
「ぅひゃい! な、何ですか?」<br />
慌てるひよりを○○は優しい目で見つめ、抱き締めていた手をさらに大きく、優しい手つきで包む。<br />
「もう一度言うよ。好きだ…、大好きだよ…田村さん…」<br />
ひよりは夢を見ているのではないかと疑った。<br />
(なんだかボ~ッとするし…、夢なんだ…)<br />
抱き締められている感覚を夢だと勘違いし、夢ならば何でも聞いてしまえ、と口を開く。<br /><br />
「でも…、先輩さっき『ゴメン』って…」<br />
「それは、自分が意図して無いとは言え、大切な人を傷付けてたんだよ? 謝らないとダメだろ?」<br />
「だけど…、私なんか地味だし…。パティやこうちゃん先輩に比べてスタイルだって…」<br />
「俺には、どんな女の子より可愛いく見える」<br />
「それに覚えてる? 劇の代役をやる時、沢山資料を用意してくれたでしょ?」<br />
(…あれ? でも代役って、かがみ先輩足挫いてなかったような…。…でも確かにそんな事もあったような…?)<br />
「あれが嬉しかったんだよ。不安で不安で仕方の無かった時に、誰より親身になって応援してくれたから」<br /><br /></font><font size="1">「…な、何だか恥ずかしいッスね…。今の格好も充分恥ずかしいッスけど…」<br />
「あはは、ゴメンね? でも、もう少しこのままでもいいかな?」<br />
「…別に構わないッスけど…」<br /><br />
ひよりはまだ○○の気持ちに半信半疑のようだった。少し考えた○○は、ひよりのおでこを撫でながら声を掛ける。<br /><br />
「じゃあ一つ証拠をあげるよ」<br />
「…証拠…?」<br /><br />
そう呟いた時、ひよりはあごを持たれ、唇を○○の唇で塞がれていた。<br /><br />
「むぅ…っ!?」<br /><br />
少し長めに唇を吸われ、その後何度か啄むようなキスを終えて、二人の顔が離れる。<br /><br />
「……はぁっ……」<br />
「これが証拠じゃ…、ダメかな…?」<br />
「…い、いきなり過ぎるっすよ…。…先輩…、ドSっすね…」<br />
「そうかな…? こんな俺はイヤ?」<br />
「…好きッス。Sなところも含めて、全部…」<br />
「そう、良かった」<br /><br />
にっこりと優しく微笑む○○の顔をひよりは見つめる。<br />
この時初めて『夢にしては長い』と思った。<br /><br /></font><font size="1">「あれ…?」<br />
「どうしたの? 田村さん」「…先輩、ちょっと私の頬をつねって欲しいッス」<br />
「え? いくら俺がSっぽいからって、田村さんがMにならなくても…」<br />
「ち、違うッスよ! ちょっとで良いんでお願いです」<br />
「う~ん、じゃあ抓るよ?」<br /><br />
優しく、軽い痛みを覚えるくらいで、頬を抓られる。<br /><br />
「…痛い…」<br /><br />
もちろん、のたうち回る程では無いにしろ、痛みを感じたのは確かである。<br /><br />
「じゃあ…これ、夢じゃない…?」<br />
「当たり前だよ。ファーストキスを夢オチにされたくないな」<br /><br /><br /><br /><br /><br />
「えぇぇぇ!」<br />
「ど、どうしたの?」<br />
「夢じゃないッスか? だ、だってさっき先輩、私の事好きって…」<br />
「? そうだよ?」<br /><br />
さらりと肯定する○○を驚きの目で見る。よくよく自分の体勢を確認すると、夢だと思っていた『抱き締められている』体勢になっている。<br /><br />
「じゃ、じゃあさっきの告白も…、き、きき、キスも…」<br />
「夢なんかじゃない。ちゃんとした現実だよ。…田村さんは、夢の方が…、よかったかな…?」<br />
「……そんな事…ないっす…」<br /><br /></font><font size="1">恥ずかしそうに顔を伏せながら、抱き締められていた体勢から、ひよりが腕を○○の背中に回し、『抱き合う』体勢になる。<br /><br />
「だって…私も…、先輩が好きッスから…」<br /><br />
ようやく通じた淡い想い。一時はこの想いのせいで、胸が引き裂かれそうな程切なくなった。<br />
『こんな想いをするくらいなら…』と思ってしまう事もあった。<br />
だけど、今は違う。この想いのお陰で、こんなにも満ち足りた気持ちになれた。<br />
この想いがあるから、今、愛される幸せを感じられた。<br />
○○からの想いを温もりと共に感じ、ひよりは知らず涙を流していた。<br /><br />
(嬉しい涙って、こんなに気持ち良いんだ…。ありがとう、先輩…。私を選んでくれて…)<br /><br />
「先輩…」<br />
「何?」<br />
「これは夢じゃないッスよね?」<br />
「まだ言ってるの? そんなに俺が信じられないかな?」<br />
「いえ! 違うッス! ただ、夢じゃないなら一つお願いが…」<br />
「ん?」<br />
「ひより…って呼んで欲しいっす。さっき…、呼んでくれましたよね…?」<br />
「ん? あぁ、勢いでつい…ね」<br />
「呼んで欲しいっす」<br />
「いやしかし、いきなりって何か恥ずかしいだろ?」<br />
「呼ぶっす」<br />
「いや…、だからね…?」<br /><br /></font><font size="1">「呼ばないなら、次の同人誌は○○先輩と白石先輩の18禁を…」<br />
「愛してるよ、ひより」<br />
「……はい、私も…愛してます…」<br />
「…まったく…。まさか無理矢理呼ばせるとはね…。こうなったらいつでも名前で呼ぶからな!」<br />
「の…、望むところっす!」<br /><br />
とても恋人の会話に聞こえず、二人は同時に笑い出す。<br /><br />
「あはははっ! これから先も、こうして一緒に笑えたらいいね」<br />
「もちろんッス! …でも、浮気はしないで下さいッスね…」<br />
「あぁ、もちろんだよ。じゃあ…、誓いのキスをしようか?」<br />
「あぅ…、またキスっすか? …嬉しいからいいっすけど…」<br /><br />
目を閉じ○○に顔を向ける。少し待っていると、おでこに軟らかい感触が感じられた。<br /><br />
「…おでこ?」<br />
「うん、あんまり可愛かったからつい…」<br />
「でこが可愛いって…。何か複雑っす」<br /><br />
お互い顔を見合わせクスッと笑い合う。<br />
きっとこれから先もずっとこうだろう。何気ない会話でお互い笑い合える。<br />
そんな素敵な二人でいられるよう、ひよりは想いを込めて告げた。<br /><br />
「○○さん…」<br /><br /><br /><br />
「大好きッス!」<br /><br />
FIN</font>
<div align="left"><font size="1"><font size="1"><font size="1"><font size="1"><font size="1"><font size="1"><font size="1"><font size="1"><font size="1"><font size="1"><font size="1"> </font></font></font></font></font></font></font></font></font></font></font></div>
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<div align="left">
<p> </p>
<p><font size="1">おまけ</font></p>
<p> </p>
<p><font size="1">カランカランカラン…<br />
パティとこうは、○○が出て行った扉を眺めていた。<br />
「あとは先輩が上手くやるだけね」<br />
「…………」<br />
「…? パティ?」<br />
「オージョーギワガワルイネ…」<br />
「だからそれは用途が…」<br />
そこまで言って、こうは口をつむぐ。パティの目から大粒の涙が溢れていたからだ。<br />
「…パティ…」<br />
「…ひよりんハワタシノベストフレンドデス…」<br />
「ダカラ…ひよりん二ハ笑ッテイテ欲シカッタンデス…」<br />
「○○ナラキットひよりヲ幸セニスルッテワカッテル…」<br />
「ダケド…、ソウ想エバ想ウ程、胸ガ苦シクナッテ…」<br />
こうには何となく分かっていた。パティも○○に好意を寄せていた事。<br />
そして、ひよりんの為に一生懸命その想いを押さえていた事も。<br />
嗚咽を堪えるパティの頭を優しく抱え、落ち着かせるように頭をなでる。<br />
「うん…、辛かったね…、パティ…」<br />
その一言で押さえていたものが決壊したのか、一気に声を上げて泣き出した。<br />
「今は泣いちゃいなよ。無理しないで、全部出しな、ね?」<br />
「ウッ…ウゥ…、ウゥァァァァァァン!」<br />
(○○先輩…、可愛い後輩二人の苦悩と涙の分は、きっちりお返ししてもらいますからね!)<br />
(…ついでにアタシの分もね)<br />
こうは泣きじゃくるパティをなだめつつ、妖しく目を光らせるのだった。<br />
後日、こうとパティは顔面にシューズとビンタの跡をつけた○○に、ケーキバイキング5万円分奢ってもらう事になるのだが、それはまた別のお話。<br /><br />
FIN</font><br /><span id="fck_dom_range_start_1234104013875_56"> </span></p>
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